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10 翌朝

目が覚めると、異世界だった。


つまり、眠る前と状況が同じだったということだ。

昨日寝る前に『実は超リアルな夢を見ているだけで、起きたら元の世界に戻っているのではないか』と淡い期待をしていたのだ。


何時だろう。スマホも時計もないのでわからない。

ぐっすり寝た感覚はある。上半身を起こして背伸びをした。


窓から外を見ると、空は雲一つなく晴れ渡っている。

起き上がり靴を履いて立ち上がると、まだ足の裏が痛くてジンジンした。


一階に降りると、航さんはいなかった。

天気が良いことだし少し周囲を散策してこようと、身支度を整えて外に出た。


太陽の光が降り注いで暖かい。清々しい朝の空気を肺一杯に吸い込む。

隣の家は留守のようだ。隣の家との間は花壇になっており、色とりどりの花が咲いていた。祠の泉で見た杜鵑草に似た花もあった。花好きの航さんが手入れしているのだろう。

花壇の奥は家庭菜園になっていた。いろんな種類の野菜やハーブが植えられている。


家の前の道に戻った。道は少し細くなって森の中まで続いている。

森の中に少し進んでみた。木漏れ日がやさしく降り注いでいて、小鳥のさえずりが耳に心地よい。神社の裏山にいるようで心が落ち着く。

少し先まで行ってみたが、気が変わって引き返した。一本道なので迷うことはないだろうが、知らない土地の森の奥まで進むのはさすがに危険だ。


家の前に戻ると、前方から航さんがたくさんの荷物を抱えて歩いてくるのが見えた。

駆け寄って荷物を持つのを手伝った。


「食いしん坊がいるからな。食材をたくさん仕入れてきたぞ」


と言いながら笑う航さんは、すごく嬉しそうだ。

それから、航さんと一緒に朝食を作った。


朝食というより昼に近い時間になってしまった。

買ってきたばかりの焼きたてのパンと、ベーコンエッグとスープがテーブルに並んだ。

スープは昨日とは違う野菜が入ったスープだったが、これもすごく美味しい。


「航さん、料理が上手いね」


「食材がいいんだ。味付けはシンプルだよ」


確かに塩と胡椒とハーブか何かが少し入っているだけのようだ。

そうか、素材の味ってこういうことか。今までただの薄味のことだと勘違いしていた。


「拓海の服や靴を買いにいかないとな」


航さんが僕を見て言った。

服はまだしも、靴はサイズが合わなくてちょっと歩きにくい。


「そういえば、航さんが着ている服も貸してくれた服も、作務衣みたいだよね。街ではあんまりこういう服を見かけなかったんだけど」


「ああ、これな。特注で仕立ててもらったんだ。やっぱりこの格好が一番しっくりくるんだ」


そうか、ここでも航さんは自分のスタイルを貫いてるんだな。

テトラが一目で気がつくくらい、航さんの存在はここの人達にも浸透しているんだ。



食事が終わると、航さんがハーブティーを入れてくれた。

家庭菜園で育てたハーブだろうか。とてもいい香りがする。優しい味だ。


ハーブティーを飲みながら、航さんのこれまでの話を聞いた。


航さんも僕と一緒で、女神殿の掃除をしていたときに水晶玉に吸い込まれた。

目を覚ましたら丘の上の祠にいた。そして、丘から続く道を辿って街にたどり着いた。


僕と違うのはここからだ。

ここに来たその日に、運よく宿屋に住み込みで働かせてもらうことができたそうだ。

その宿屋の娘が、昨日僕を案内してくれたテトラだった。


それにしても、見知らぬ世界に来てそんなにすぐに仕事を見つけられるなんて、さすが社交的で物怖じしない航さんだ。それに比べて僕は何もできなかった。そんな自分が恥ずかしい。


宿屋の仕事が慣れてくると、仕事の合間にあちこち散策しここがどんな場所なのか調べ始めた。散策するうちに森の奥で竹林を見つけた。竹細工職人の航さんにとっては宝の山だった。

早速竹を切ってきてザルや籠を作って市場で売ってみたら、瞬く間に大人気になったそうだ。


この地では竹を使って物を作る技術がなかったらしく、とても珍しがられた。噂を聞いて、はるばる遠方から買いに来る人もいたそうだ。ちょっと凝った作りのものだと結構いい値段で売れたので、おかげでお金を貯めることができた。それで、この家を買うことができたのだそうだ。


ゼロから始めて数年で家まで建てるとは。

やはり手に職をつけているとイザという時に強いんだなあ。


金銭的な余裕ができた航さんは、水晶玉と転移の謎を探るため、いよいよ冒険の旅に出た。国内を巡って、いろんな場所で情報収集をしたそうだ。

そこでわかったことがいくつかある。


・水晶玉を祀った祠が東西南北の四箇所ある

・四箇所の水晶玉で、この国を守る結界を張っている

・西に女神を祀る神殿があり、女神に仕える巫女が水晶玉の管理をしている


西の神殿に到着した航さんは、巫女を統括する巫女長に謁見を願い出た。かなり怪しまれたそうだが、何度も訪問して熱心に頼み込みやっと会うことができた。

巫女長は航さんの転移の話を半信半疑で聞いていたらしいが、航さんが水晶玉に近づくと共鳴して光ったので、やっと話を信じてくれたそうだ。


巫女長に聞いた話によると『他に異世界から来た人はいないしそんな話を聞いたこともない。また、水晶玉に異世界から人を呼び寄せる力があることも知らないし、もちろん戻し方もわからない』ということだった。


航さんは落胆したが、巫女長の最後の言葉に驚いた。

『もしかしたら女神様ならわかるかもしれない』というのだ。


「えっ!? 女神って実在してるの」


僕は驚いて聞いた。神話の中だけの、空想上の存在なのかと思っていた。


「巫女長の話によると、そうらしい。一般には公開していない話だから秘密だぞ」


驚いて言葉を失う僕に、航さんは続けた。


「女神は通常はエネルギー体で、姿を持たない存在だ。だが、人間の姿に化身することも出来る。特にこの数年は人間に化身することが多いらしい。素性を隠して人間の生活に紛れて暮らすこともあるそうだ」


女神が人間と一緒に生活する? そんなことあるんだろうか。

神聖な女神が、わざわざ世俗的な生活をすることに意味なんてあるのだろうか。


「何で女神がわざわざ人間になんてなるんだろう」


「うーん、女神でも一人きりは寂しいんじゃないかな。それか、人との交流を楽しんでいるのか、あるいはただの暇つぶしか……。巫女長にも女神の居所はわからないらしい。ただ、間違いなくこの国の中にはいるそうだ」


考えたところで、女神の気持ちなどわかるはずもない。人智を超えた大いなる意図でもあるのかもしれない。

とにかくはっきりしたのは、転移の謎を知るには女神に聞くより他に方法がない、ということだ。


「だったら女神を探すしかないか。と言ってもこの国は広いんだよね。何かしらの手がかりがないと難しそうだけど」


「その手がかりは何もないんだ」


航さんは、ここで手詰まりになってしまった。それでこの場所に戻ってきた。

それからは、竹細工を作りながら穏やかに日々の生活を送ってきたのだそうだ。


「そんなわけで、この街にもすっかり馴染んで、まあ楽しくやってるよ」


航さんのこれまでの経緯を一通り聞き終わった。

なんだか長い映画を見た後のような気分だ。



「航さんは、また旅に出る気はないの?」


「けっこう体力的にも精神的にもきつかったんだ。先が見えない旅なんてする気はないね。ただ、情報収集だけは続けている」


航さんは三十代後半。まだまだ若いのだが、あてのない旅に出るような無謀なことをするには、分別と賢明さを持ち合わせ過ぎていた。


「それにしても、たった三年でこれだけのことをやってきたなんて、すごいよ航さん」


尊敬の眼差しを向けると、航さんは怪訝そうな顔をした。


「いや、九年なんだが?」


「いやいや、航さんがいなくなったのは僕が大学三年生の時だったから、確かに三年だよ!」


「いやいやいや、俺が家を持つまでに六年はかかったぞ」


お互いに顔を見合わせる。

異世界は、時間の流れ方が違うのか!?


「ちょっと待って。やっぱりおかしいよ。九年も経ってるって言うけど、航さん全然老けてないじゃん」


島で最後に航さんに会ったのは僕が大学二年生の時だった。三年生の時に失踪したから、それから九年ということは最後に会ってから十年経っている計算になる。だが、目の前にいる航さんの姿は最後に会った時のまま、いや、むしろ若返っているようにさえ見える。

いくら健康的な生活をしていると言っても、十年も経っていればシワの一つも増えるはずだ。


「それがな、どうも歳をとらないようなんだ。街の人達は普通に歳をとっているから、異世界から転移した人だけの特徴かもしれない」


うーーん、もう通常の理解を超えてしまっている。

でもまあ、異世界だからしょうがないか、と自分を納得させた。

異世界にしてみたら、僕達は本来は居てはいけない存在、つまりバグなんだ。


「ちなみに、僕を見て三十歳だと思った?」


「お前は童顔だからな。にしても若く見えるなとは思ってたよ」


もう笑うしかなかった。

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