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【ヒューマンドラマ】

一人の少女と一つの墓

作者: 小雨川蛙
掲載日:2024/10/10

 

 彷徨っている最中、奇妙な少女に出会った。

 彼女は掘っ建て小屋に住み、小さな畑と数羽の鶏と一頭の牛を飼っていた。

 自分自身が生きていくのに必要な物だけを確保して生きている。

 ただ、それだけだった。

 ある意味ではあり触れているかもしれない。

 しかし、少女には他者と違う点が一つだけあった。

「何をしているのですか」

 そう尋ねると少女はこちらを見ないまま言った。

「墓を掘っているのです」

「墓を?」

 問い返すと少女は頷く。

「私が眠る墓を」

 スコップの上に乗っている茶色い土が惨めにも日差しに晒されていた。

 それが少しずつ山になっていくのを見つめながらさらに問う。

「何故、あなたは自分の墓を掘っているのですか?」

「いずれ死ぬからです」

 当たり前の答えが当たり前に返ってきた。

「しかし、あなたは今は元気だ」

「はい。しかし、いずれ死にます」

 掘り返された土の端から棲家を追われた名もない虫たちが必死に外へ這い出てくる。

 それらは何が起きたかも分からないまま辺りを意味もなく這い続ける。

 無意味に。哀れなほどに。

 やがて少女の掘る穴は大きくなり、人一人が入るには十分なものとなった。

 それを見て少女はため息をつき、そして、晒されていた土を再び穴へ戻していった。

「何故、土を生めるのですか」

 哀れにも逃げ惑う虫たちの幾匹かが無残にもスコップの切っ先で切断された。

「これでは気に入らないからです」

 返答の意味が掴めず混乱していると少女は初めてこちらを見つめて言った。

「自分が死んだ時に入る穴です。せめて、自分が納得するものにしたいのです」

 その顔を見て。

 ようやく、一つの事に気が付いた。

「人は必ず死に至る。故に人生とはつまり自らが納得する墓を作ることだと私は思うのです」

 彼女の答えが心の奥底に入ってくる。

 それと同時に自分の左腕に鈍い痛みが走るのを感じた。

 忘れていた。

 あるいは見ないようにしていた記憶が静かに蘇ってくる。

「私は墓を掘り続けます。自分が納得するものが出来るまで」

 微かな土を残して墓は埋まった。

 残った土はまるで諦めて開き直ったようにどこか晴々とした様子で陽光に照らされていた。

 少なくとも私にはそう思えて仕方なかった。

「理想の墓が出来たらどうするの?」

 私がそう問いかけると彼女は答えた。

「別に何も。そのままにするだけです。死ぬまでまだ時間があるでしょうから」


 直後。

 私は目が覚めた。

 左腕を見ると幾つもの赤い線が。

 あるいは私が苦しんだ証明とも言える傷があった。

 身体が重い。

 数え切れないほどの薬を飲んだからだ。

 昔、どこかで『医者は自殺出来ない程度の量しか薬を処方しない。だから短いスパンで患者を呼ぶ』なんて聞いたことがあったけれど。

「また集め直しか」

 虚ろなままに私はそう呟いた。

 つまり、薬も使えずに死ねない臆病者の寿命はまた数ヵ月伸びたということになる。

 転げ落ちるようにしてベッドから降り、そして芋虫が這うような動きでどうにか部屋に転がる手鏡を拾って、自らの顔を見つめる。

 そこにはあの少女の顔が。

 より正確に言うならば、あの少女の面影のある女性の顔が酷い顔色のままこちらを見返していた。

 その顔があまりにも惨めで酷いものだから私は気づけば笑っていた。

 私は生きるのが下手だった。

 ただ、生きることさえも苦痛だった。

 故に死にたくて仕方ないのだ。

 けれど、飛び降りる勇気も首を吊る勇気もなかった。

 だから、いつもこんな迂遠な方法を取り、そして失敗しているのだ。

「馬鹿らしい」

 死にたいという思いは本当なのに。

 あまりにも何も出来ない自分が情けなくなってくる。

『理想の墓が出来たらどうするの?』

 あの少女にした問いが蘇る。

『別に何も。そのままにするだけです。死ぬまでまだ時間があるでしょうから』

 あの少女は……私の根底にある気持ちはそう答えてくれた。

「馬鹿らしい」

 その場で力を抜いて身を投げ出す。

 経験上、薬が完全に抜き切るまでまだまだ時間が掛かる。

 それまで身体は動かしたくても動かないし、頭は起きているようで起きていない状態だ。

 未だ夢を。

 あるいは自身の内にある願望を見つめている気分になりながら私は呟いていた。

「墓、作ろう」

 自分が横たわる墓を。

 自分が死んだ後に葬られる墓を。

 死ぬ前にしっかりと。

「しっかりとした、墓を掘ろう」

 そう言って私は泣いていた。

 その涙は自分が生きていたいという何よりも強い証拠であるのを実感しながら、私はあの少女を思い返しながら三度声を繰り返した。

「まずは生きて墓を掘ろう。死ぬために」


 ふと気づけば私はそこに居た。

 掘っ建て小屋には誰も居らず、畑は雑草が伸び果てて、牛も見当たらない。

 そして、当然ながらあの少女も居なかった。

 その代わりとばかりに丁寧に整備された墓とその前に出来た穴が一つ、これ見よがしに存在していた。

 私はゆっくりとその穴に寝そべるとあの後の日々を独りきりで回想していた。

 意外にも墓を掘り終えた後の人生は悪いものではなかった。

 別に前向きに生きようと思ったわけではないし、むしろ身体につけた幾つもの傷跡が私が生きていくのを妨害していた。

 それでも、墓を造り終えた私は生きていた。

 生き続けていた。

 誰かが何を言おうと気にもならなかった。

 くだらぬ事をしてくる輩など目にも入らなかった。

 あとはもう来たるべき時に墓へ入るだけだと分かっていたから。

 横たわった土の中がひんやりとして心地良い。

 しわくちゃの手の平と左薬指に嵌められた指輪を見つめながら私は大きく息を吸って吐き出した。

 夢と現が入り混じる。

 夢はこうも穏やかで。

 現は夫が情けないほどに泣きながら私の左腕を掴んでいる。

 墓に入るのがもう少しだけ遅ければ良かったのに。

 そう、思いながらも私は夢と現のどちらにも通じる言葉を口にした。

「おやすみなさい」


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