63.後ろにぴったりついてきた人のうち一人が、声をかけてきた。神様は、話している相手の首から下に、視線を下げないように、と言う。一体、何が?
7月31日、複数話、投稿
投稿回数、7月30日より少なくなります。
上りエスカレーターから、コンコースが見えてきた。
真後ろにいるんじゃなければ、人の合間をぬって、逃げるのに。
どうしたらいい?
真後ろの人は、エスカレーターに乗ってから、これという動きをしていない。
「神様。」
神様に助けを求めた。
「志春、焦らずに、ゆっくり進め。急いでも変わらぬ。」
と神様。
それも、そうだ。
一歩の差しかないなら、俺が競走馬でもない限り、差はつかない。
俺は、エスカレーターの手すりを握っていた手の力を抜く。
エスカレーターが平らになった。
前に足を踏み出してゆっくり目に進む。
「二人とも、ついてきておる。」
と神様。
エスカレーターをおりた場所で、揉めたら、後ろがつかえるから。
それにしても。
俺、一人に、こんなに人手をさく?
俺、重要人物じゃないと思うんだけど。
俺、何か、見落とした?
そんなことを考えながら、コンコースを歩いて、改札へ向かう。
「すみません。」
と後ろから、声がかかった。
普通の人みたいに、話しかけてくるとは思わなかった。
「神様、どうする?」
こそっと、聞く。
俺には、未経験過ぎて、乗り切り方が分からない。
「志春。話しかけてきているのは、後ろにいた者のうちの、一人。
もう一人は、離れておる。
逃亡防止であろう。
逃げる姿勢を見せてはならぬ。
逃げずに、立ち向かうがよい。」
と神様。
「何か?」
と振り返ると、スーツを着た男性がいた。
間近で、確認すると。
量販店で売っているスーツを着ていても、就活生には見えない。
俺と同い年くらいなのに。
積み重ねてきた人生の違い?
スーツ姿の人は、最初の三人組にいなかったから、警戒していなかった。
社会人の年齢なら、スーツ姿の方が、目立たず紛れ込めるかも。
俺に話しかけてきたのは、俺の後ろにいた二人のうち、俺が気づけなかった方。
「落とし物を拾いましたので、一目、確認していただけますか?」
とスーツ姿の男性が歩み寄ってくる。
ノーと言わせない圧力を感じた。
でも。
「ご丁寧に。俺は、落とし物をしていませんから、他の人にどうぞ。」
俺が断った途端。
スーツ姿の男性は、すっと距離を詰めてきた。
「志春。
視線は、目の前にいる者の首から下に、落としてはならぬ。」
と神様。
下を向かないようにする?
山の怪が、何かするとか?
俺は、神様に言われた通りにするため、スーツの男性の鼻あたりを見ることにした。
「こちらを一度見ていただけますか?」
スーツの男性は、手に何かを持っているんだと思う。
俺は、視線を下げないから、俺の視界には入らないけれど。
『あー。それそれ。』とか言うと、危ない場所にご案内されるかもしれない。
「俺は、何も落としていないので、拾ったものがあるのなら、落とし物センターにお届けては?」
俺は、そのまま踵を返そうとした。
「志春。
もう一人が、動いた。壁際からこちらに向かっておる。
今は、まだ、動くときではない。
この場にとどまるがよい。
もう一人が来るまで、視線を下げぬまま、話を続けよ。」
と神様。
会話を続ける?
落とし物の話題は終わらせた。
蒸し返しは、危険。
「こちらの駅は、よく利用されるのですか?」
スーツの男性に質問を投げてみた。
「よく、という程では。」
とスーツの男性。
スーツの男性は、落とし物で人を呼び止めるような定型句以外の会話は、得意じゃない?
うーん。会話が続かない。
俺も、話したいことがあるわけでもないし、話したい相手でもないから、会話が思いつかない。
神様との会話は弾むのに。
会話しようとすると、何を話せばいいか、分からなくなる。
「そうですか。こちらには、たまたまですか?」
質問で、会話を引き伸ばすことに成功。
「そうです。どうかしましたか?」
とスーツの男性。
どうもしないんだけど、なんて返そう。
「なんとなく。」
「なんとなくですか。」
とスーツの男性。
「志春。もう一人が来るタイミングで、離脱するがよい。」
と神様。
俺の影が、シダ植物に変化した。
シダ植物は、形で、なんとなく分かった。
苔に変化されたら、苔だと分からないと思う。
山の怪の影バリエーションが豊富で、楽しくなってきている。
スーツの男性と俺は、無言で向きあっている。
スーツの男性は、俺の出方をうかがっているのか、様子を見ているのか、だと思う。
スーツの男性には、俺の引き止めには、成功したように見えているから。
静かな足音。
足音を立てないようにしている?
「志春の視界に二人目がきたら、離脱せよ。」
と神様。
俺は、耳を澄ます。
二人目は、近づいてくると、壁際で話そうと言ってきた。
「志春。今から、斜め後ろに下がっていくとよい。」
「お連れ様が来たようなので。」
と俺は、元の位置の斜め後ろへと踵を返した。
すたすた歩いていると。
「志春、良くやった。」
と神様が褒めてくれた。
「ありがとう。視線を下げないようにしたけど、何か理由があった?」
「最初の一人は、刃物の刃をチラつかせようとしておった。」
と神様。
え?
「あの者は、志春に刃物を見せて、脅すつもりであった。
志春が、刃物見なければ、脅しは成立せぬ。」
と神様。
「確かに。恐怖は感じなかった。」
「先ほどの者が、刃物を持っていると、今、志春に教えたのは。」
と神様。
俺が、スーツの男性と向かい合っている間は。
神様は、俺に悟らせないようにしていた。
俺が、スーツの男性に向かい合っているとき。
スーツの男性が刃物の刃を俺に見せにきている、とその場で聞かされたら、どうなった?
俺は、動揺して、逃げ腰になって、離れていくことを失敗していたと思う。
「二回目以降は、志春に刃物を見せるだけではなく、志春に刃物を使って来る可能性がある。
頭に入れておくと良い。」
と神様。
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