6.神様と乗る電車
山のふもとから、目的地の海までは距離がある。
山を越えるんじゃなく、山からおりて、都会に入ってから、海に出るんだ。
俺と神様は、電車を乗り換えながら、海を目指す。
神様は、俺の肩に座って、車窓から、流れる景色を堪能している。
神様は、家に居着くから、外の景色を見る機会がなかったのかも。
がらがらの車内のうちに、神様に確認しておこう。
「神様の姿や、声は、俺以外にも見えたり、聞こえたりする?」
俺は、毎日、神様とべらべら喋って暮らしてきた。
家には、俺と神様だけだった。
神様との暮らしで、第三者の存在を考えたことは一度もなかった。
久しぶりに、外に出て。
俺は、この世界には、俺と神様以外の存在もいた、と思ったんだ。
見ないようにしているうちに、世界は、俺と神様だけで構成されている気になっていた。
山のふもとで、俺は、気を抜いて、安心して、神様と暮らしていた。
去年の今頃、俺は、学生らしく大学に通ったり、バイトしたりしていた。
友達とも、会ったり、会わなかったり。
将来については、希望と不安が半々だったけど、まだ希望があったんだ。
青田買い?
決まる人は、決まっていく。
俺は、全然決まらなかった。
『求人の方が多いんだから大丈夫。』
と、俺は、胸の中で、何度も繰り返していた。
決まっている人に、秘訣を聞いたら?と言われて聞いたこともある。
『そんなの、分かるわけないじゃん?採用する側じゃないのに。』
『そうだよな、ごめん。変なことを聞いた。内定、おめでとう。』
『採用する側に聞いても、本音なんて言わない。』
と、ある人は言った。
『マッチングしないと困るのは、お互い様じゃないんですか?』
『極論すれば、いるか、いらないか。
批判されるリスクしかない助言を誰が言う?
綺麗事以外は、言わないもんだよ。』
『そうですね。ありがとうございました。』
求人が多くても、俺のしたい仕事の求人が、いつまでも残っているわけではなかった。
妥協できる条件は、段階的に下げて、求人を探した。
一つ条件を下げると、他の条件も、引きずられるように下がっていく。
早めに条件を下げて探さなかったから、俺は選考に残れなかったんだと気づいたときには、世の中の新卒の就活は終わりかけていた。
好きな仕事をするということに、俺は夢を持っていた。
好きな仕事をするための仕事に就くという段階で、苦労するとは、思ってもみなかった。
就活中は、よく電車に乗った。
就活の最後の方は、何にも見たくなくなっていて。
電車の中では、ずっと目をつむっていた。
あの頃は、電車に、乗りたくなかった。
駅にも行きたくなかった。
至るところに、認められて使われているイラストやデザインがあったから。
今日は、電車に乗るのが、楽しい。
外出に高揚感があるなんて、久しぶり。
神様が、俺の肩にいるおかげかなあ。
俺は、電車の広告も、車窓から見える看板も、神様の見ているだろうものを見ている。
前より胸が苦しくないのは、俺の中の何かが変わったからだといいな。
せっかく神様と遊びに行くんだから、苦しい思い出にしたくないんだ。
俺にとっても、神様にとっても。
楽しい思い出にしたい。
「志春以外には、見えもせん、聞こえもせん。
志春は、神の棲む家に住んでいたからな。」
と神様。
「そっか。分かった。」
オレは、スマホを片手に持つ。
「志春、どうした?調べ物か?」
と神様。
「スマホを片手に持って、喋っていたら、スマホ越しに話をしていると思われるから、怪しまれない。
スマホを持っているだけで、神様と外でも話せる。
誰かと電話しているように見えるから。
スマホ一つあれば、車内に人が乗ってくるまで、神様と話していられる。
俺、頭いいだろ?」
「頭のいい小童の遊びに、付き合ってやろう。」
と神様。
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