56.母さんの家には、母さんの家族と見覚えがあるお客様。いつかの刑事さん?父さんが、母さんに『彼は何も言わないのか?』と言っていた意味は?
母さんと乗ったタクシーは、こじんまりとしているけれど、小綺麗な一軒家の前に停まった。
表札を見て初めて、母さんの新しい家族の名字を知る。
母さんと一緒にタクシーを降りて、母さんについていく。
「志春の家じゃないから、入らないで。」
母さんは、敷地へ入らないように、と俺に言ってきた。
「俺、母さんに弁償してもらいにいって、お茶をかけられたから、弁償額増額するか、間に誰か挟もうと思うんだけど。」
俺が退かなかったら、母さんは、睨みつけながら、入るなとは言わなかった。
母さんは、玄関の鍵を開けて、入っていく。
お客様が来ている?
玄関には、男物の黒い革靴が数足。
母さんの夫のお客様がいる中に、俺が入っていくのは良くない気がする。
俺は、玄関の上がり口に腰掛けて待つことにした。
すぐに、母さんの悲鳴が聞こえた。
家の中に入った方がいいかもしれない。
俺は、靴を脱いで、中へと歩き出した。
「止まりなさい!」
と鋭い声にびっくりして、声がした方を見ると。
「刑事さん?母さんを捕まえにきた?」
俺の部屋にきて、指紋採取していた人じゃなく、俺に聞き取りしていた人がいた。
その刑事さんの隣の刑事さんは、俺を見て、部屋の奥を見て、また、俺に視線を戻した。
「息子か。娘とは年が離れているようだが。」
と三人のうちの一人の刑事さん。
「俺は、母さんが連れて行かなかった息子。
この家の子どもじゃない。
今日は、母さんが、俺に弁償してくれることになっていたから、受け取りにきたんだ。
受け取ったら、すぐ出ていく。」
刑事さんの仕事の邪魔はしない。
「弁償とは、穏やかじゃないね?」
と刑事さん。
「俺がバイトで買ったものなのに、俺の部屋に無断で入った上に、無断で他所の人を部屋に入れていたみたいで、高いものとレアものが、部屋からなくなっていたんだ。」
俺が刑事さんの一人に、部屋の入口で説明している。
母さんは、残りの刑事さんに突っかかっている。
「何が?どうして?警察なの?私に?」
と狼狽する母さん。
「詳しいお話をお聞きするために、ご同行願います。」
と刑事さん。
それは、大変、急ごう!
「母さん、刑事さんについていく前に、俺に弁償していって。
警察署に、お金は持っていかないよね?」
俺は、母さんに手を差し出した。
お茶を三杯もかけられて、弁償してもらえなかったら、俺は、何のために、出かけてきたのか分からなくなる。
ダイニングテーブルに座っていた男性の顔が見えた。
母さんの夫?
父さんより二十歳近く年下に見える男性は、母さんを電話で呼び戻した人?
「お騒がせしています。受け取るものを受け取ったら、帰ります。
俺は、母さんの家族に入っていないので、用事が済めば、こちらに来ることはありません。」
俺は、母さんに伸ばした手をひっこめて、男性に頭を下げた。
「離婚する。二人で出ていけ。」
と抑えたような男性の声。
電話の抑えた話し方の男性は、母さんの夫だったんだ。
母さんが、猛反発した。
「誤解よ!
志春と私は、何の関係もないの。
志春とは、あなたと結婚するときに、縁を切っている。
もう親子でも、家族でもない。」
と母さん。
夫に弁解する母さんには、一切のためらいがない。
俺と話していた刑事さんの視線が、俺に気遣ってくれている。
母さんは、人前で、関係性を全否定するくらい、俺が嫌になっているんだ。
今日、お金を受け取ったら、生きているうちは、会いに来ないようにするよ、母さん。
「志春くんじゃない。もう一人は、モナナだ。」
と母さんの夫。
「モナナは、あなたの子よ。」
母さんの声は、震えている。
モナナの父親が、他にいると疑われた?
父さんと結婚しているときに、父さん以外の子どもを身ごもっていても平気な倫理観だから?
父親になった人も、どうかと俺は思うけど、どうなんだろう。
「モナナと二人、荷物をまとめて、今すぐ、出ていけ。
親権はいらない。
モナナの荷物は、既にまとめてある。」
と母さんの夫。
「モナナは、親子の鑑定をしたら、あなたの子だって証明できる!」
と母さんは叫んだ。
「親子鑑定は、したければするといい。
おれの離婚する意思は変わらない。」
と母さんの夫。
モナナを実子か疑ったわけじゃない?
「どうして、離婚なんて。」
と困惑する母さん。
母さんの夫は、ギロっと、目だけを器用に動かして、母さんを見た。
「この先、三人では生きていけないが、おれ一人なら、生きていける。」
と母さんの夫。
生活苦?
「そんな、急に、どうして。
今まで、なんとかやってきたじゃない。」
と目を見張る母さん。
母さんの夫は、冷ややかだ。
「おれは、生活に困ることはない稼ぎをあげているはずだが、いつの間にか実感を得られなくなっていた。
いつからか、と振り返ってみたときに、四年前からだと気づいた。」
四年前。
父さん曰く、火遊び相手の子どもを妊娠していた母さんが、父さんと離婚して、母さんの夫と再婚して、モナナという子どもが生まれた年。
「子どもができて、結婚して、親になったら、お金はかかるものよ。愛しい子のために。」
と母さんは強調した。
「四年前、子どもを欲しがったのも、結婚したがったのも、おれじゃないことを思い出した。」
「そんな言い方!」
と母さんは、非難する。
母さんの夫は、母さんからどう言われても、気にならないのか、平然としている。
「結婚もしたし、子どもも生まれたから、望みは叶っただろう?
次は、おれの望みを叶えて、二人とは、早く縁切りしたい。」
と母さんの夫。
「縁切りって。私達は、家族よ、親子よ、夫婦よ。
人の縁は、簡単に切れない。」
母さんは、母さんの夫を説得して、離婚を撤回させようとしている。
「志春くんという前例がある。」
と母さんの夫は、冷たく言い切った。
俺は、ろくでもない前例になりたくない。
「おれは、モナナの教育費のためだけに稼いでいるわけじゃない。
モナナに金をかけているから、おれの使う金がない、とか、家計が苦しいから、姉さんに家計を支援してもらう?
馬鹿馬鹿しい。
ふざけるな。
おれの人生を食いつぶすだけのやつらは、おれの人生にはいらないんだよ。」
と母さんの夫は吐き捨てた。
俺は、唐突に、父さんが母さんに確認していた台詞を思い出した。
父さんは、母さんに忠告していたんだ。
母さんは、イヤミだと受け止めていたけれど。
母さんの夫の稼ぎに合っていない生活をする母さんを、母さんの夫は、受け入れているのか?
受け入れているはずがないだろう?
身の丈に合った生活で満足しろ、と。
『身の程知らずだと、彼は言わないのか。』
母さんの夫は、何かを言って、母さんを変えさせようとはせず、母さんと母さんが金をかけたがる娘のモナナの二人を自分の生活から追い出すことにしたんだ。
母さんの夫は、娘のモナナの荷物は、既にまとめてある、と言っていなかった?
娘のモナナは、この部屋にいないけれど、まとめられた荷物と一緒に別の部屋にいる?
父さんと母さんは、離婚するまでも、離婚してからも、俺に不仲な場面を見せなかった。
俺は、父さん母さんの突然の離婚と再婚に混乱する羽目になった。
母さんと母さんの夫の言い争う様を見ていると。
両親の不仲な場面を見ながら暮らすのは、ギスギスして嫌な気持ちになっただろう、と思う。
離婚して、妻子を捨てようとする母さんの夫と、離婚を止めたい母さんの言い争いを見ながら、俺は考えた。
母さんの夫は、どうしても、今日、母さんに離婚の意思を伝えたかった。
母さんは、寝耳に水の離婚話を撤回してほしくて、食い下がっている。
母さんの夫の考えが変わることはなさそう。
この後、母さんは、刑事さんに連れていかれて、モナナを家に置いていくことになる。
母さんの夫が、追い出す気だったモナナの面倒をみることになる。
モナナは、追い出したがっている父親と暮らすんだ。
完璧に追い出された俺は、幸せだった?
いや、違う。
感覚がバグりそうになった。
俺、しっかりしろ。
ここにいても、いいことはない。
母さんから、お金を貰って、我が家に帰ろう。
そのとき。
「パパ、ママ。」
という幼児の声がして、ダイニングの奥の扉が開いた。
幼稚園児くらいの女の子が立っている。
「モナナ!」
と呼んで、駆け寄っていく母さん。
「大事な話の最中だ、部屋に戻っていろ。」
という母さんの夫。
幼稚園児くらいの女の子は、三人の刑事さんを見てから俺に釘付けになった。
俺を凝視する幼児の視線に、俺は固まった。
ええと、どうしよう?
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