55.絵を描くまで出られない?倉庫にいる何かと割れた石。切れていない縁から、助けを呼んで、神様と待とう。
小学生男子の説明は、俺の求めていたものじゃなかった。
「絵が必要だから、描く人を連れてきたんだよ。仕事してから帰ってよ。」
と男子は生意気だ。
「俺は、俺の絵を評価しない人と仕事はしない。
俺は、俺の絵を評価して、お金を出してくれた人が、こんな仕事をするなんて、とがっかりするような仕事はしない。
他を探せ。」
俺は、ネットショップ〈神棚〉の売り上げで生活していくためには、どうすればいいか、神様と話をして決めたんだ。
細く長く続けるために、一貫性のない仕事はしない。
本業に関係のない仕事に手は広げない。
縁故で商売しない。
俺は、自分の商品も俺自身も安売りしない。
適正価格を維持する。
俺と神様の決めた、ネットショップ〈神棚〉の経営方針に合わない仕事は、引き受けない。
他の仕事との整合性を保つために、後々苦労することになるような仕事は、損にしかならない。
俺が帰ろうと玄関に向かうと、後ろから、男子小学生が話しかけてくる。
「仕事が終わるまで、どうせ、出られないんだから、早く描けば?」
と男子。
「出られないって?」
「オートセキュリティーだから。
解除されるまで、鍵も開かない、壁も越えられない。
描いたら帰れるよ。」
と軽く答える男子。
どこの宇宙要塞?
「そうまでして、他人に押し付けたい理由は?」
「描きたくないから。」
と平然と言う男子。
「絵画教室の課題なら、自分で描かないと上達しない。」
「そういうんじゃなくて、奉納とか、供養とか、いうやつ。」
と男子。
奉納と供養は、意味が違うけど、倉庫にいる何か、絡み?
ご先祖さまとか?
「他人にやらせるな、身内で済ますことだろ?」
「ギリギリ身内だから大丈夫。」
と男子。
「はあ?」
「知らない?父親違いだよね?」
と男子。
「誰の?」
「モナナの。」
と男子。
「モナナって?」
「知らない?叔母さんと叔父さんの娘のモナナ。
志春は、父親違いの兄だから、他人じゃない。」
と男子。
母さんの可愛がっている子どもが、モナナと。
「今初めて名前を聞いたくらいの他人。」
俺は、自分が思うよりも素っ気ない声が出て、びっくりした。
モナナを快くなんて、思えない。
妹が生まれたことは罪じゃないけど。
母さんが、離婚に踏み切った、最大の理由が妹だと思うから。
「モナナが拾ったものをうちの倉庫に入れたから、それを描けばいいだけ。簡単だって。
兄としていいところ見せるチャンスってやつ?」
と男子。
「俺は、妹と仲良くする気も、母さんのご機嫌とりをする気もないから、そんなチャンスはいらない。」
「なんで?兄と妹なら、仲良くすればいいのに?」
と不思議そうに聞いてくる男子。
小学生に話しても、と俺の冷静な部分は思うけれど、黙っていたくない。
「母さんは、俺を家族じゃない、と新しい家族の中に入れなかった。
俺が、家族を失った原因だから、仲良くしない。」
話しながら、自分の顔が強張っていくのが分かる。
実感があればあるほど、憎しみは向きやすい。
「絵さえ描けば、どうでもいいよ。」
と男子は言って、いなくなった。
俺は、靴を履いて、建物から出てみた。
オートセキュリティー。
出入り口は、全て閉じられていて、俺が近づいても、動かない。
濡れた服と頭に、風が当たると寒い。
家に戻ると、内側から鍵がかけられている。
閉め出された。
倉庫の扉だけ、これみよがしに開いている。
俺は、倉庫の近くに行って、壁に張り付きながら、神様に相談した。
「志春の切れていない縁を使うとよい。」
と神様。
「切れていない縁?」
「小童を利用せんと目論む者の邪魔をするのは、小童を利用するのをよく思わぬ者。」
と神様。
「そんな人いる?俺に。」
「小童を利用しようとする者が、小童の親のどちらかならば、両親の足並みは、揃わぬもの。」
と神様。
「父さんに連絡してみる。」
父さんに電話しても、電話は繋がらなかったので、メッセージを送った。
「風にふかれて風邪をひくのと、倉庫に入るの、どっちがマシ?」
と神様に聞くと。
「倉庫の中にいるとよい。」
と神様。
俺は、お邪魔します、と、ことわってから、倉庫に入った。
絵が描けるように、倉庫の中は、準備が整えられている。
対象物は、静物だった。
台の上に河原にあるような石が一つ乗っている。
こぶし大の。
「割れた石?」
「石を拾った者についてきたな。」
と神様。
「石を拾ったのは、母さんの娘で、石は、拾った娘の従兄弟の家の倉庫にある。この場合は?」
「娘から、娘の従兄弟に乗り換えた。
元々、移り気な性質で一処にとどまらぬ。
動きのない閉じた空間は合わぬ。」
と神様。
注意書きという注文書が絵の具と並んでいる。
「石を見たままに描くように。」
「石は、空。何もおらぬ。」
と神様。
「今はどこに?」
「倉庫に憑いておる。」
と神様。
俺、何かの腹の中にいる?
「神様、俺、今、倉庫の中にいるんだけど、どうしたらいい?」
「憑いておるだけだ。」
と神様。
害がないなら、いいか。
「絵を描いて、供養するほど?」
「倉庫を使うと影響があるのだろう。」
と神様。
神様、倉庫の中で、寒さを凌いでいる俺に、何かの影響は出ない?
俺と神様が話していると。
黒い影が、天井からビヨヨーンと伸びてきて、端っこが床に届いた。
自己主張激しい系?
「神様、倉庫に憑いている何か、が存在を主張してきた。どうしよう?」
「気の済むようにさせておくとよい。実体は持っておらぬ。」
と神様。
「うん。父さん、連絡に気づいてくれているといいんだけど。」
俺は、黒い影が、倉庫内を動くのを見ていた。
二時間ほど、縦横無尽に動く影を見ていた俺は、我が家でなくて良かった、と思った。
影と同居はできない。
存在感がありすぎて、目につく。
バタバタと、誰かが倉庫に走ってくる音がした。
「すみません。本当に、理由は分からないんです。」
と母さんの声が最初に聞こえた。
「息子と出ていくのよ。深川が出しゃばってくるなんて。」
と冷え冷えした声は、運転席にいた女の人のもの。
深川さんが、この家の人に働きかけた?
俺のメッセージを見た父さんは、深川さんに頼んだんだ?
倉庫の中にいる俺を見て、運転席にいた女の人は、短く聞いてきた。
「絵は?」
と。
準備されたまま、手を付けられていない画材と白紙を見た母さんは、目をむいた。
「何も描いていないなんて!何をしていたの!」
と母さんは怒っている。
「俺の仕事じゃないから。」
俺は、母さんに言い返しながら、見えなくなった影を探した。
母さんか、運転席にいた女の人に憑いた?
「石と息子、両方持って出ていくのよ。二度と、うちの敷居をまたがないで。」
運転席にいた女の人は、ぴしゃりと、母さんに言い放った。
母さんは、待って、お願い、話を聞いて、と、運転席にいた女の人に繰り返しているが、相手にされていない。
俺は、早く出ていきたかったから、空っぽの石を持って、倉庫を出た。
「帰ります。出入り口を開けてください。」
俺は、運転席にいた女の人に声をかける。
俺の手に石があるのを目視で確認した、運転席にいた女の人は、すかさず、俺と母さんを敷地から追い出した。
「信じられない、どうして、こんなことに!」
と、閉ざされた門の前で取り乱す母さんは、急に自分のスマホを取り出した。
「家に帰る?今すぐ?帰れるけど。迎えに来て。
無理?手を離せない?
どうして。お姉さんの家の前にいるのに。
タクシー使ってもいいからって?」
と母さん。
母さんの電話の相手は、母さんの夫?
父さんより若そうな成人男性の声だった。
抑えたような話し方。
「母さん、俺、お金を貰うために、母さんの家についていくから。」
俺は母さんと同じタクシーに乗り込んだ。
母さんは、タクシーに乗っているときも、狼狽したままだった。
深川さんは、何をした?
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