54.対面で依頼された仕事を断ったら、お茶をかぶるのがデフォ?運転席の女の人は、母さんの夫の姉?依頼された絵の仕事は、断り不可?
運転席の女の人に勧められて、俺は、車の後部座席に乗り込んだ。
車の中で、仕事の話をするのか、と思ったけれど。
母さんも、運転席の女の人も、俺に話しかけない。
助手席に座っている母さんは、後部座席の俺じゃなく、運転席の女の人に話しかけている。
俺から話しかけるタイミングがつかめず、俺は、黙って話を聞いている。
母さんと運転席の女の人の会話から察するに、運転席の女の人は、母さんの夫の姉。
夫に会わせずに、夫の姉に、息子を会わせる母さん。
俺と、運転席の女の人は、どこまでも他人。
運転席の女の人が、犯罪の関係者じゃないなら、警戒し過ぎた?
俺は、母さんに、ネットショップ〈神棚〉の話はしていない。
運転席の女の人は、どうやって、俺がイラストを描いて売っている、と知ったんだろう?
リアルでは、深川さんに、ネットショップしてると話しただけ。
俺がイラストを描いて売っているとは、誰にも話していない。
絵の仕事を依頼するくらいだから、俺に依頼した理由も聞ける?
母さんと運転席の女の人の会話は、今する必要が分からない雑談に終始していた。
敷地の外から見えていた蔵か倉庫か、の建物は、蔵っぽい見た目の倉庫だった。
敷地内に入って、車を降りて、人の住んでいる方へ案内されたので、俺は、ほっとした。
神様にも、近づかないように言われている、蔵っぽい倉庫にいる何か、にあえて近づく理由もない。
客間に通されて、俺は、一人で待つことになった。
ネットショップ〈神棚〉にアクセスして、神様に部屋の中を見せる。
「何の変哲もない家屋。こちらには、何もおらぬ。」
と神様。
「分かった、俺、人の居住区にいるようにする。」
神様と小声で話をしていると、母さんと運転席にいた女の人がきた。
母さんと運転席にいた女の人は、俺の向かいに並んで座った。
母さんが、三人分の湯呑みに急須からお茶を注いで、配る。
「絵の仕事を依頼してくださるにあたり、いくつか、お聞きしたいのですが。」
仕事の依頼を受けるか受けないか、を判断するために。
今、気になったことは、今、聞いておきたい。
「堅苦しいことは、いらないわ。
志春くんは、大学を卒業したばかりよね?
今の志春くんにはちょうどいいお仕事だから。」
と運転席にいた女の人。
俺の眉根は寄っていたと思う。
俺にちょうどいい仕事かどうか、なんて、俺が判断することだと思って、ムッとした。
対面で、俺に絵の仕事を依頼してくる人は、初めてだけど、俺を侮って依頼している気がする。
記念すべき初めての対面依頼の仕事が、俺と俺の仕事を馬鹿にする依頼主からの依頼?
九割、断りたくなってきた。
断る前提で、話を聞こう。
「お仕事内容をお聞きしたいのですが。」
「志春くんにお願いするお仕事は、こちらの指示する対象物を見て、小学四年生くらいのレベルの絵を絵の具を使って描くことよ。
報酬は完成品と引き換え。
絵の具は、画材は、用意してあるわ。」
と運転席の女の人。
「志春は、絵を描くのが好きだから、ちょうどいいわ。
趣味でお金を貰えるって、志春は幸せ者。」
と母さん。
たった今、依頼を受ける気持ちが、ゼロになった。
絵の具は、俺のイラストを描くのに使わない。
小学四年生レベルって、子どもの作品を代わりに描かせる魂胆?
俺の仕事で描いたイラストの出来映えを知っていて、絵の仕事を依頼したんじゃないなんて、がっかり。
「お断りします。」
俺が、断ると、母さんの顔が般若になった。
隣にいる母さんを運転席にいた女の人が制する。
運転席にいた女の人は、意味ありげに聞いてきた。
「志春くん、お小遣い、ほしくないの?」
「正当な報酬のある依頼なら、検討の余地がありますが、お小遣い目当て、と見くびられる仕事はしません。」
俺は、正面から断った。
「失礼なこと、言わないの!
志春は、昔から無神経で、人の神経を逆撫でして。すみません。」
と母さん。
母さんが、俺に失礼過ぎると思う。
「母さん、俺は、この仕事は受けない。
今日は、当初の目的のお金だけ受け取って帰る。」
俺は、母さんに向かって、手を差し出した。
ここにいたくないから、もらうもの貰って、さっさと帰ろう。
「志春くん、働かないで、お金だけ貰おうなんて、図々しいわ。
お金がほしいなら、働かないと。」
と運転席の女の人が、俺と母さんの会話に参加してきた。
「俺は、働いているので、的外れな指摘です。」
「もう働いているの?
卒業したばかりなのに。
ああ、バイト?
今から、単発のバイトが一つ増えるだけよ。」
と運転席にいた女の人。
母さんも、運転席にいた女の人も、俺を馬鹿にせずには話せない?
二人の失礼な発言のおかげで、俺に仕事を依頼してきた事情が察せてきた。
「それが、俺に依頼した理由ですか。働いていない俺に、お小遣い稼ぎをさせれば、俺が母さんにお金を要求しない、と考えているなら、見当違いです。」
俺は、母さんの支払いは、俺への弁償だと、運転席の女の人に説明することにした。
誤解が原因だと思うんだ。
「志春!」
母さんは、湯呑みを持って立ち上がると、俺の頭の上で、湯呑みをひっくり返した。
お茶を頭からかぶる俺。
温くなっていたから、火傷はしないけど。
なんで?
「一旦、中断して、タオルを持ってくるわ。」
と、運転席の女の人も立ち上がった。
俺も立ち上がる。
「俺は、母さんに弁償してもらうためにきたので、母さんが弁償しないなら、帰ります。」
弁償、と聞いて、運転席にいた女の人は、一瞬、イラッとした視線を母さんに流した。
視線をそらす母さん。
母さんは運転席の女の人に、俺に会う理由を曲げて伝えた?
「弁償はともかく、志春くんが帰るのは、絵を描いてからよ?」
と運転席の女の人。
運転席の女の人の注文は、ブレない。
「断りました。」
俺は、カバンに入っていたハンカチで頭のお茶を拭き取る。
「断われると思っているの?」
と運転席の女の人。
「俺の仕事じゃありません。」
拒否オンリーの俺に、母さんは、残り二つの湯呑みの中身を俺の正面から、俺にぶちまけた。
仕事を断ったら、出されたお茶を、母さんにかけられるなんて、予想していなかった。
「倉庫に用意してあるわ。今から始めれば、今日中に帰れるわね。」
と運転席にいた女の人。
運転席にいた女の人と母さんは、俺を部屋に残して出ていった。
こんなところ、一秒だっていたくない。
俺は、お茶をかけられた前身頃を、ハンカチで拭きながら、玄関へ向かった。
「そっちじゃない。」
という声に振り返ると、小学四年生くらいの男子が、玄関とは反対側にいた。
「玄関はこっちだろう?」
と俺が、視線を玄関に向けると、男子は、ムスッとした。
「玄関は、そっちだけど、倉庫は、こっち。」
という男子。
運転席にいた女の人の息子?
母さんには、血の繋がりのない甥?
倉庫には、行かないって俺は言っているのに、親子揃って、頑なに行かせようとしないでほしい。
「小学四年生が絵の具で描くような絵なんだから、本物の小学四年生が、自分で描けば解決だ。
なんで、他人に描かせようとするんだ?」
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