50.父さん母さんと俺という家族があったんだ。母さんが、俺を疎んじた理由。父さんの今。母さんからの招待?
「身の丈にあった暮らしをしないならば、苦しくもなる。」
と父さんは、母さんを一刀両断。
「三人で暮らすだけなら、問題なかったわよ!」
と母さん。
うん?
離婚の条件は、俺の大学在学中の費用を父さん母さんで折半、だったよね?
「志春が大学に進学するタイミングで別居することを言い出したのは、お前だ。
志春が大学進学のタイミング、という条件を出しながら、志春の大学生活費用を一銭も出す予定がないなど、見通しが甘すぎる。
言い出したお前が出せないものを誰が出す?」
と父さん。
母さんは、俺に大学進学を勧めて、応援してくれていたけれど、大学進学が、父さんとの離婚の条件だったから?
学費を払うのは、父さん任せにする予定だった母さん。
父さんが、『母さんが払わないなら払わない』と主張していた、ということは。
母さんが、俺にお金を出したくない、と言えば、父さん母さんは離婚していなくて、俺は大学生になっていなかった?
俺の大学進学が、俺の知らないうちに、なくなりそうになっていた?
離婚したかった母さんは、俺の大学在学中の費用を渋々払っていた?
俺の中で、パズルのピースがはまっていく。
母さんは、離婚後、俺にお金をかける予定がなかった。
俺が大学生になってすぐの頃の、お金の援助を断った母さん。
俺に使うお金は、最初から用意していなかったからなんだ。
父さんは、母さんが支払ったから、支払った。
父さん母さんの要求が真っ向からぶつかっていたから、俺は大学生になれて、大学生を続けられたんだ。
俺への愛情は、もう、その時点で、父さん母さんの中になかったのかな。
俺は、喉がつまるのをこらえた。
「俺は、母さんが、俺を気に入らない理由を知りたい。」
一体、俺は、何をして、母さんに嫌われた?
小さいときは、可愛がってくれていた。
いつから?
「母の味方にならない子どもを誰が望むの。」
と母さんは、冷えた眼差しを俺に向けてくる。
「味方にって?
母さんは、いつ何と戦っていた?
俺は、全然知らないんだけど。」
俺が驚いていると、母さんからは、あれだけ言っても分からないなんて、と返ってきた。
「志春は、狡猾な女と馬鹿な男に困らされている母の味方になるどころか。
馬鹿な男の話に相づちをうっていたわ。
母を庇うこともなければ、母のために馬鹿な男に意見することもなかった。
家族が味方にならなければ、誰が味方になるの?」
と母さん。
「俺は、今日、父さん母さんから、離婚理由を聞くまで、何も知らなかった。
知らなかったんだから、味方になって一緒に戦えないよ、母さん。」
「志春、そういうところよ。
志春は、母に申し訳ないことをした、と反省して謝罪しないの?」
と聞いてくる母さんの眼差しは、さらに冷たくなった。
どれだけ冷たくなじられても、母さんに謝る言葉を、俺は持ち合わせていない。
母さんに謝罪する気持ちは、かけらも湧いてこない。
「俺が、謝る?謝るのは、俺じゃないよ、母さん。」
父さん母さんの両方に離婚理由があって、どちらにも互いと復縁する理由がない。
父さん母さんと俺という家庭が、復活することはないと分かった。
父さんも母さんも、互いに振り返ることなく、それぞれの道を進み、引き返す予定はない。
俺は、父さんからも母さんからも、独立した一人として、この先は、進めていこう。
「母さんは、俺が不在の間に、この部屋で稼いでいた。
母さんが、この部屋を俺に無断で又貸ししていた貸し賃は、いくらで、何に使った?
俺の部屋を無断で貸し出しただけじゃなく、部屋にあった俺の持ち物をどこへやった。」
母さんは、冷たい眼差しではなく、真顔で、憎しみを込めて俺を睨みつけてきた。
父さんは、俺の話を聞いて、眼光を光らせた。
「この部屋を又貸しに使っていたなら、貸し賃収入の半額は、部屋代同様、折半だな。
即金で振り込むように。」
「志春にかかるお金を志春自身で間に合わせただけ。
使い切ったわよ。
志春は、私の家族じゃなくなったの。」
と母さんは、悪びれない。
父さんのいる場所で、母さんの又貸しの件を話題に出したのは、費用を折半という条件を、母さんに遵守させたがるであろう父さんが居るから。
俺の話を聞いた父さんは、母さんとの負担を折半になるように、今までの貸し賃収入の半額を渡せと要求した。
俺じゃなく、父さんが相手だったら、母さんは、有耶無耶にできない、と思ったんだけど。
母さんの稼いだお金の使い道は、俺の学費やワンルーム代の母さん負担分として、消えていたことを母さんは説明しただけだった。
貸し賃収入の半額を、母さんから回収するのは、父さんがすること。
俺がすることは、俺のものを元の状態で取り返すか、母さんに弁償してもらうこと。
「俺の部屋に置いてあった俺のものは、俺がバイトして買ったものだから、俺は、母さんに弁償してもらう。」
「志春のもので何があったか、いつなくなかったか、なんて、誰に分かるの?
手癖が悪い借り主がくすねていったものまで、知らないわよ。」
とうそぶく母さん。
母さん、俺は、母さんにこそ、ごめんなさい、と謝ってほしかったよ。
「母さんは、いつ、捕まるか分からないから、今から、母さんのうちに取り立てに行こうか、父さん。」
「何をでたらめなことを言ってるの!」
母さんの髪が逆立つ。
「民事では、捕まらない。」
と父さん。
「父さん、母さんが又貸しした相手の中に、犯罪に関係した人がいて、この部屋は、犯罪に使用された可能性があるよ。
母さんは、犯罪に関係した人と面識があると思う。」
「断言する理由はあるのか?」
と父さん。
「警察が、捜査にきたよ。この部屋に。
犯罪とは関係ない相手にも、母さんは、部屋を貸していたみたいだけど。
父さんも家賃を半分払っているなら、母さんに話を聞く権利はあるよね?」
「あるな。」
と父さん。
「証拠が出てくるとでも言うの?」
と母さんは強気だ。
「証拠?
俺は、無くなったものについて、被害届を出していて、そちらは、母さんが、満額、弁償しない限り、取り下げない。」
俺は、母さんの目を見る。
「母さんは、俺の家族じゃないから、家族の情では、取り下げない。」
母さんが、俺にムカッとして、言い返そうとしたときに、不動産屋さんが来て、ものの数分で、退去の立ち会いは終了した。
母さんは、父さんと俺に返せる持ち合わせがない、と帰ろうとした。
三人で、近くのカフェに行って、お金を返してもらう書類を作って、金額を確認した。
父さんと俺が、共闘することは、もうないと思う。
俺は、新しいスマホの連絡先を父さん母さんに教えて、父さん母さんの連絡先を聞いた。
銀行振込の予定だけど、取り立てにいくかもしれないので、母さんの家の住所も聞いておいた。
父さんの肩書きが、変わったことに、母さんが気づいて指摘した。
「へえ。社長は、廃業して、今は部長になったの。」
落ち着きを取り戻した母さんは、淡々とした調子に戻った。
深川さんの会社に父さんの会社は、吸収されて、部長待遇で雇われている?
「父さんに優秀だと言われている、と言っていた女の人も一緒に雇われている?」
「いらない、そうだ。」
と父さん。
「この人を雇う人なら、狡猾な女の所業も見てきているはず。
自分より目立つ存在をターゲットにして貶めにかかるような女を雇う人はいないわ。」
と母さん。
「父さんと一緒にいた女の人は、悪名高い人?」
「この人を雇うのは、旧知の間柄の誰かしかいない。
付き合いが古ければ古いほど、この人が、あの女でつまずくのをつぶさに見てきている。」
と母さん。
「母さんは、父さんの古い付き合いの人を知っているんだ。」
「社長夫人としてね。」
と母さん。
カフェを出るとき。
母さんは、父さんに言った。
「狡猾女といる時間が減ったら、周りに人が戻るわ。私は戻らないけれど。」
俺と父さん母さんの三人が揃うのは、今日が最後。
「父さん母さん、育ててくれて、ありがとう。
俺、今日から父さん母さんとは、対等な大人として生きていく。」
今の俺の精一杯の誠意を言葉にした。
父さん母さんと最後の道は、分かれても、一緒だった時間があるから、今の俺がいる。
「連絡はしてきてもいい。」
と父さん。
「狡猾女に引きずり回されなくなってからにしたら。」
と母さん。
「連絡は、することがあれば。」
俺が、自分の意思で、父さんに会うことはなくても、深川さん経由で会うことはあるかもしれない。
「母さんは、弁償して。」
母さんは、無言になった。
こうして、俺は、父さん母さんと三人家族でいることを辞めた。
俺が、山のふもとの我が家に帰ってきて、二日後。
母さんから、俺の新しいスマホにメッセージが届いた。
『お金を渡す。
振り込みじゃなく、手渡し。
指定する日時に、指定する場所に、一人で来ること。
来ない場合は、二度と渡さない。』
母さん?
どういうつもり?
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