48.二度目の始発電車で卒業式へ。小中高校の卒業式の後みたいに、父さん母さんが並んで、俺を待っているところに合流したかった、最後に。。
卒業式の前日。
山のふもとの我が家から、電車に乗って、新しいスマホを契約しにいった。
卒業式に着る服と靴も買った。
明日、大学を卒業したら、俺は、大学生じゃなくなる。
父さん母さんに養われる生活は、終わる。
大学生じゃなくなった俺は、ネットショップ〈神棚〉の社長として経営して、イラストを描いて、カリスマ店員の神様に売ってもらって、生活していく。
父さん母さんのことで、この先も後悔しないように、父さん母さんと、三人で、俺の気が済むまで、話をしよう。
神様と一緒に。
卒業式に出るために前日泊するのは止めた。
当日、早起きしても、山のふもとの我が家で過ごす方が、体も心も元気でいられる気がする。
俺は、ホームページの神様におやすみ、を言って、寝た。
父さん母さんと暮らしていたときに、『おやすみ』も『おはよう』も、挨拶なんて面倒だなんて、思わずに、しておけばよかった。
俺が神様に、『おはよう』と挨拶した後、『おはよう』と神様が返してくれたら、朝の支度をするのが、億劫じゃなくなるんだ。
『おやすみ』だって、省かなくてもよかった。
神様に『おやすみ』と声をかけらると、早く寝ようという気になる。
父さん母さんは、俺が毎日挨拶していたら、まだ、俺の父さんと母さんだった?
俺の態度が嫌になったから、俺のことを、視界に入れないようにした?
きっかけは、何だった?
父さんと母さんは離婚して四年、今はもう、それぞれ別の人と結婚している。
二人が、元の父さんと母さんに戻る日がきて。
父さんと母さんと俺の三人家族におさまる日は、もう、ない?
俺は、父さんと母さんに確認しようと思う。
父さんと母さんが、元の父さん母さんに戻るつもりも予定もない、というなら。
俺は、今後、父さん母さんに振り回されることがないように、父さん母さんとの関係をはっきりさせてこよう。
後悔しないために。
卒業式の朝。
俺は、始発電車に乗っていた。
始発電車に乗るのは、神様を海に見送りにいった日以来。
人生で二度目。
一度目は、肩に神様が乗っていた。
二度目の今日は、スマホで会える。
駅で電車を待つ間、ネットショップ〈神棚〉のホームページにアクセスしたら、神様が、『卒業おめでとう』と言ってくれた。
「神様のおめでとうが、今までで、一番嬉しい、おめでとうだった。」
「小童の祝い事は、祝うもの。」
と神様。
「うん。俺、神様と祝いたいから、祝うための何かを考える。」
「小童の祝い事は、どの祝い事も特別なもの。」
と神様。
俺は、神様と卒業式に出席した。
俺の父さん母さんは、来ている?
学生だけでも、人が多くて分からなかった。
最後だから、卒業式を中継している教室で、保護者席にいて、見てくれていたら、嬉しいんだけど。
卒業式は、あっさりと終わった。
卒業式の後に、友達や後輩、両親と祝い合うのが、卒業式に出席する醍醐味。
保護者席のあった教室に向かってみたけれど、父さんも母さんも見つけられなかった。
父さんも母さんも、来なかった?
ワンルームの退去の立ち会いだけに来る?
ワンルームは、大学から、徒歩十分強。
足をのばせない距離じゃない、と俺は思うけれど、父さん母さんには、遠い?
俺の大学生活の最後だから、父さんと母さんが、並んでいる姿を見られると思っていた。
小学校、中学校、高校。
父さん母さんが並んで、卒業式を終えた俺を待っている。
もう一度、同じ景色を見られるんじゃないか、と無意識に期待していた。
最後だから、と思うのは、俺だけの感傷だった?
久しぶりに会った友達とは挨拶して、別れた。
友達の連絡先を聞こうか、迷ったけれど、止めた。
連絡先を聞く前に。
連絡先を知っているときも、お互い連絡をとらなかったことを思い出した。
大学在学中でさえ、連絡をとらないのに、卒業してから連絡をとる?
とらない、と俺は思う。
挨拶の後、友達は、俺とは違う友達のところへ行った。
俺とは違う友達が、友達のホームとなる居場所なんだろう。
その人といるときに、誰かに声をかけられても、友達は移動せずに、その場で話をしていた。
俺のときとは違って、立ち去ろうとはしなかった。
俺は、大学でも、立ち去られる側だったことを、今、知った。
学校で、見かけたら話をするだけの付き合いだったから、友達じゃなく、顔見知り止まりだった?
父さん母さんが離婚したことに混乱したまま、父さん母さんの両方から遠ざけられた、と思ったとき。
俺は、人付き合いの距離感が、よく分からなくなっていた。
四年間、会えば話はする関係だったから、人付き合いが下手だったんじゃなく、そういう距離感がちょうどいい者同士だった?
俺は、考えを切り替えてみる。
悪くない考え方かもしれない。
そのくらいの距離感の人付き合いは、俺が大学生でいるのに合っていた、と思えば、気持ちがベタっとしない。
そんな風に切り替えて考えることができるようになったのは、神様が、俺を小童にしてくれたから。
俺は、カメラやスマホで撮影し合っている同級生を見ながら、学校の門まで歩いた。
スマホをかざして、神様に大学を見せる。
「神様、見て。俺が四年間通った大学。
最後に、卒業おめでとうの看板と花輪の写真を撮ったら、父さん母さんに会いにいく。」
父さんと母さんは、ワンルームの退去の引き渡しで、会うことになっている。
父さん母さんに、話してほしいことはたくさんある。
全部でなくてもいいから、話してほしい。
俺からも、話をしたい。
最後になってもいいから、聞いてほしい。
父さん母さん。
家族に終わりがあるなら、終わりの目印は、三人でつけたいと思うんだ。
父さんと母さんが折半して責任を半分ずつにする必要がなくなったなら、俺も家族の一人として、話をして、話を聞いていいよね?
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