46.『お父さんとも、お父さんの会社とも、無関係で居続けるといい。これから、何が起ころうとね。』俺は父さんを切り捨てる?
ターミナルが見えた。
久しぶりに、大きなターミナルのある駅を見た気がする。
大学の最寄り駅には、ターミナルはない。
山のふもとの我が家の最寄り駅は、車も人もまばら。
移動手段が電車の駅で、車での乗り入れも盛んで、駅ビルも含めて、駅周辺が栄えていることってあるんだ。
都会は、駐車場代が高いと聞く。
ちょうどいい塩梅で、開発が進んだ街?
生活するには、便利な土地だと思う。
俺には、山のふもとの我が家にまさる家はない。
車からおろしてもらったら、長居はせずに、必要な買い物だけして帰ろう。
「答えは、出たかな?」
と壮年の男性。
結局、俺は、壮年の男性が、俺に、考える時間を与えた理由が分からなかった。
俺は、今の俺の考えと結論を伝えることにした。
「はい。
私は、父の仕事はしません。
私には、既に私だけの仕事があります。
私は、私が始めた、私の仕事に誇りと自信を持っています。
私には、私の仕事と父の仕事を兼業する考えもありません。
私は私の仕事をして、父は父の仕事をしていく形を希望しています。
父の仕事について、関わりのない私にまで、心を砕いてくださり、ありがとうございます。
私は、父の拓いた道ではなく、自分で切り拓いた道を進みます。」
運転席の壮年の男性は、俺の回答を聞いても、穏やかな顔つきに変化はなかった。
「志春くんが、お父さんの会社を助けないと、お父さんの息子として、お父さんの会社をもらえなくなるけれど、いいのかな?」
と壮年の男性は、確認してきた。
「息子として、ですか?」
「そうだよ。息子としての権利を手放すことになるよ。
よく考えなくて、いいのかな?」
と壮年の男性に繰り返されて、ようやく、俺は、合点がいった。
相続の話だ。
俺の頭の中には、相続の『そ』の字も浮かばなかった。
人生経験の違い?
せっかく相続の話を教えてもらったけれど、俺の考えは変わらない。
「考えてみましたが、変更はありません。
私は、自分が立ち上げたネットショップを成功させたいと考えています。
父の会社をもらっても、私は、父の会社に関しては、素人です。
私は、私のネットショップをしながら、父の会社の経営までは、責任が持てません。
私は、私のネットショップを大事にしたいので、父の会社の仕事はしません。」
「志春くんの考えは決まったんだね?
志春くんは、お父さんの仕事はしない。
志春くんは、お父さんの会社、いらないんだね?」
と壮年の男性。
穏やかさは変わらないけれど、声が柔らかくなった気がする。
父さんの会社が、いらないのか?と聞かれたとき。
俺は、一瞬だけ、躊躇した。
昨日、今日の父さんは、暴力的で、俺のことを労働力としか見ていなかった。
でも、小学生のときは、一緒に遊びにいったりしたんだ。
父さんと俺は、仲良く遊んでいたんだ。
会社のこと、仕事のことを、父さんは、一つも俺に見せなかった。
父さんと母さんが離婚したときと同様に、父さんの仕事に関することは、何も知らない俺。
俺を蚊帳の外にいさせたのは、よいことなのか、悪いことなのか。
父さんは、変貌してしまった。
それでも、父さんが、俺を育ててくれたことには、変わりない、と思う俺もいる。
俺は、一瞬の躊躇の後、いりません、とはっきり答えた。
一度でも、壮年の男性への答えを誤魔化したら、積み上げようとしているものが、バラバラになる気がしたんだ。
「そうかい。
志春くんは、お父さんとも、お父さんとの会社とも、無関係で居続けるといいよ。
これから何が起きても、志春くんには、縁のない世界のことだからね?」
と壮年の男性は、穏やかに話し終えた。
これから、何が起きてもって、誰に何が起きるんですか?
俺は、その続きを尋ねることができなかった。
「乗り降りは、一瞬で頼むよ。」
と壮年の男性は、穏やかなままで話してくる。
さっきの不穏な台詞は、掘り返されるためではなく、俺の肝に命じるために発せられた、ということが理解できた俺は、聞き返さなかった。
父さんや、父さんの会社を案ずる気持ちは、あった。
でも、壮年の男性のまとめた話をかき乱すのは、危うい行為だと感じ取れたんだ。
車は、ターミナルのロータリーへと入っていく。
「志春くんに餞別をあげよう。」
と車を停めた壮年の男性は、一枚の名刺を俺に渡した。
「頂戴します。」
俺は、名刺を受け取る。
名刺には、『深川 敬司』と書かれていて、会社のものではない、連絡先があった。
「志春くんには、直通の連絡先を渡しておこう。
困ったら、頼っておいで。
車をおりたら、志春くんは、一人の社長だ。
後ろは振り返らずに、進むといいよ。」
と深川さんに言われて、俺は、無言で頭を下げて、助手席のドアから、外に出た。
俺は、深川さんの前で、言葉を発するのが怖くなっていた。
「ありがとうございました。」
とお礼を言って、俺は、ゆっくり進む。
昨日までの俺は、父さんに遠ざけられてきた、と思ってきた。
ついさっき、俺と父さんの関係は逆転した。
俺は、俺のネットショップのために、父さんと、父さんの会社を切り捨てる宣言をして、深川さんが、父さんと父さんの会社に何かしても、見捨てることを、深川さんに約束したんだ。
父さんは、俺を遠ざけていたけれど、大学生までのお金を半分出してくれた。
父さんは、俺のことを忘れていたわけじゃない。
この四年弱、父さんに親子の情があることを感じられなかったのは、確かだけど。
父さんは、俺を切らなかった。
でも。
俺は、父さんを切った。
父さんとの縁を断ち切ったのは、父さんじゃない、俺だ。
俺と父さんと母さんが仲良く遊んでいた小学生のときの思い出が、次々に浮かんでくる。
今ごろ、どうして。
父さんとは仕事をしないという、俺にとって、望み通りの結果を出せたのに。
胸が苦しい。
頭が痛い。
俺は、店頭に並んでいた、広告の品のスニーカーと痛み止めや湿布を買った。
路線図を見る。
陽の出ているうちに、帰れそう。
帰り道の切符を買って、電車に乗る。
たまたま空いていた席に、痛む体をゆっくりおろした。
早く、我が家に帰ろう。
父さんと仕事をしない、という結果を欲した俺が下した決断は、俺を晴れやかな気分にはさせなかった。
我が家に帰って、ホームページにいる神様に会って、無事に帰れたよ、ただいま、と言おう。
俺は、暗澹たる気持ちになる都度、何度も気持ちを切り替えながら帰った。
神様、俺が帰ったら、俺の話を聞いてほしいんだ。
神様は、俺の話を最初から最後まで全部聞いた上で、俺と話をしてくれるから。
俺、神様と話したい。
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