43.一旗揚げた俺と仕事がしたくなったとき、また声をかけてください。俺は、父さんの名前で、父さんの関係者とは仕事をしません。
俺の名前を確信を持って呼んでくる壮年の男性は、父さんの関係者で、父さんにデータ入力の仕事を紹介した人だと、俺は、予想している。
社長かどうか分からないけれど、会社の仕事に関する何らかの決定権を多く持っている人。
データ入力を父さんに依頼するという融通を聞かせられるだけの地位にある人なんだと思う。
俺は、父さんのときのような失敗はしない。
父さんが俺のことを、抑えつければ、簡単に言いなりにできて、タダ働きさせても逆らわないと考えていたのは、俺が父さんに全面的に頼り切っていたから。
息子の俺が父さんを頼ることは、親子としては、不自然じゃない、と俺は感じていた。
父さんの考え方は、俺の考え方とは違った。
父さんに面倒を見られている俺は、父さんが好きにできる存在だ、と、父さんは認識していた。
俺を、父さんの自宅の住み込み労働者として、無報酬で働かせることに迷いがなかった理由は、コレだと思う。
金を出しているんだから、黙りなさい、従いなさい、という考え方は、ビジネスからくる考え方だと思えばしっくりくる。
物言う株主が、物言うことができるのは、株主だから、と聞いたんだ。
俺は、父さんと母さんに、お金を出してもらって、大学に通った。
でも、この壮年の男性と俺の間には、まだ、なにも関係が出来ていない。
壮年の男性が、父さんの取引先でも、俺は、父さんからも、壮年の男性からも雇われていない。
俺は、ゆっくりと、体を反転させた。
急いで動くと痛いから。
「はじめまして、小野志春です。ネットショップを経営しています。
御縁がありましたら、よろしくお願いします。」
俺は、既に店を持っている一人の経営者として、振る舞うことにした。
「ネットショップは、お父さんと?」
と壮年の男性。
「いいえ。
私が一人で立ち上げました。
父と仕事はしません。
父の名前で、私が仕事をすることもありません。
父と私は、仕事に対する考え方が合わないので、かえって、不幸な結果を招くでしょう。」
「独立独歩の精神かな?」
と壮年の男性は、穏やかに尋ねてくる。
「はい。私は、父と同じ道を歩くことはありません。」
俺は、父さんの仕事と俺の仕事は、関係ない、という主張を続ける。
「一人で、ネットショップを立ち上げたなら、苦労しているんじゃないかい?
助けようか?」
と、壮年の男性が、親切そうな申し出をしてくる。
俺は、知っている。
助けてもらったら、経営権を取られるんだ。
ネットショップ〈神棚〉は、俺と神様の店。
俺が、好きなイラストを描いて生活費を稼ぐための店。
神様にとっては、俺がこの世を去る日まで、俺を見守りながら棲む家。
俺と神様以外の第三者は、ネットショップ〈神棚〉に必要としていない。
「私の不勉強で、どなたか存じ上げないことを先にお詫びします。
お気持ちだけ、ありがたく頂戴します。
私は、ネットショップへの支援を必要としていません。
また、父の名前を知っている父の関係者の方を利用して、取引を拡大する考えもありません。
私が一旗揚げたあかつきには、一度、取引をご検討いただければ、と思います。
お申し出をお断りする無礼を大目に見てもらえると嬉しいです。」
話し終わった俺は、深々と頭を下げる。
俺が今できることは、やった。
これで、退いてくれないと俺には、あとがない。
「うちの支援を断るのかい?
小野さんの息子さんには、破格の条件を用意してもいいんだよ?」
と壮年の男性の声が、下げている俺の頭上から降ってくる。
「私は、私自身で成功を掴みにいきます。」
俺は、頭を下げたまま返事をした。
寒空の下での、お辞儀体勢は、痛みを抱えた体に響く。
「へええ。」
壮年の男性は、そう言って、暫く言葉を発さなかった。
俺の言動に逃げがないか、見られている?
俺は、頭を上げずに、壮年の男性から、声がかかるのを待った。
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