32.父さんが、新居に来るように誘ってくれた。大学入学してから一度もなかったのに。招いてくれた理由は、俺が卒業するから。どういう意味だろう?
父さんからのメッセージは、『詳細に。』だった。
俺は、警察が来て、証拠集めをしていただろうことまでを一気に書いた。
最後の一文を付け足すか、迷っている。
『ワンルームは、危ないので、片付けをしたらワンルームを出ていくけど、卒業式には出たいから、前日泊する宿泊費を出して欲しい。』
父さんとは、この一文で完全に縁が切れても、諦めがつくか、を考えてみる。
父さんも母さんも、俺の大学生活には、関心がなかった。
俺の大学生活に、というより、大学生になった俺に関心がなくなった?
父さんと母さんは、俺が一人で自活できるだけのお金を払うから、離れた場所にいて、父さんと母さんに存在をアピールしないようにして、父さんと母さんに迷惑をかけないようにしなさい、というスタンスだった。
母さんと俺の縁は、切れている、と思う、多分。
母さんが、俺の部屋を勝手に貸し出ししているのは、俺の存在を忘れているわけじゃないと思いたい。
実のところは、どうなんだろう?
去る者は日々に疎し?
忘れてはいないけれど、俺のことを疎ましくは思っている?
俺の部屋は、俺が大学生の間、住むところとして、父さんが入学前に契約している。
父さんと母さんと俺の三人で、契約の確認をした。
父さんと母さんで、俺にかかる費用を折半するという書類も、三人で確認した。
両親だから、半分ずつ、俺に責任を持つため。
母さんが切り出した離婚に、父さんが同意するための条件だったんだって。
父さんとの縁が切れたら?
俺は、嫌だ、寂しいと思う?
想像してみたいけど、出来ない。
縁が切れてからじゃないと分からないのかも。
分からないことを考えても、結論は出ない。
俺が、気にしないといけないことは、安全確保は最優先ということ。
命は、なにものにも代えがたい。
母さんが犯罪に加担している可能性が高い今、ワンルームに居続けるのは、危険。
俺は、迷っていたメッセージを、父さんに送ることにした。
父さんから、メッセージが!
初めて、日をまたがずに、父さんから返信がきた。
『迎えに行く。』
と一言。
迎えに行く?
ワンルームに、俺を迎えに?
助かるけれど。
初めてだから、戸惑う。
迎えに来てもらった後、俺はどこに行くのか、を父さんに確認する。
すぐに返事がきた。
父さん、今、手が空いている?
父さんからのメッセージに俺は、びっくりした。
『うちに来なさい。大学卒業してから、うちに住まわせる予定だった。少々早まるぐらい、問題ない。』
どういうことだろう?
俺と一緒に住む予定だったって、最初から?
俺、何にも聞いていない。
でも、無条件に嬉しい。
俺は、ワンルームに暮らし始めてからずっと、ワンルーム以外、どこにも行き宛がないと思っていた。
山のふもとの家を買ったから、今の俺には、帰る家がある。
困ったときに。
『うちにおいで』と、父さんに誘われて、俺は、悪い気はしないどころか、天にも昇る気持ちだった。
父さんは、俺のこと、忘れたいわけじゃなかったんだ。
ほっとして、安心する。
母さんは、分からないけれど、父さんは、俺を捨てていないんだって。
良かった。
父さんのことを疑いすぎたかも。
安堵した途端、父さんに申し訳ない気がしてきた。
手土産を用意しよう。
父さんの新居だから、父さんと奥さんの二人分の何か買っていこう。
卒業まで寝泊まりするなら、着替えがいる。
どこで買おう?
卒業式の服も靴も買うか、レンタルするかしないと。
スーツを一着、ワンルームに置いていったんだけど、なくなっているんだ。
俺は、想定外にかけられた父さんの言葉に浮かれていた。
父さんからの用件じゃないメッセージを見て、俺に対する思いを、父さんは持っていてくれたんだ、と思った。
俺は、喜びを噛みしめるために、もたげてきた不安を見なかったことにした。
この四年間、ずっと俺を遠ざけてきた父さんが、どうして、俺を家に入れてくれる気になった?
俺は、ワンルームから、父さんの家に避難して、そこから卒業式に出ることを神様に伝えた。
「危ない場所にいるよりは、良かろう。
見守ってやろう。」
と神様。
「誰が乗り込んでくるか、分からない部屋にいるよりは、ずっといい。
それに、初めて、父さんから、俺を家に呼んでくれたんだ。
初めてなんだ、神様。初めて。」
浮かれている俺とは反対に、神様は冷静だった。
「志春。
住まいを移して、変わらぬものもあれば、変わるものもある。
人の心は、その最たるもの。」
と神様。
「うん?」
分かるような、分からないような。
「小童は、心のままに過ごすもの。
志春を見ておくのは、志春でなくても良かろう。
志春は、安心して過ごすと良い。」
と神様。
「神様が一緒だから、行くのが楽しみ。」
ワンルームに残されているものをゴミ袋に詰めながら、俺は神様と話をしている。
「小童は、外出を楽しみにするもの。」
と神様。
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