3.山のふもとの一軒家で神様と暮らした日々
俺は、山に修行、ではなく、山のふもとに休養にきている。
俺一人分の家事をして、家の掃除をして、庭の手入れにチャレンジしたり、周辺の散策をしたり。
山のふもとの一軒家。
俺の視界には、空と山と家に繋がる道路。
肩の力を抜いて、息ができる。
夏と秋は。
虫の多さと、大きさに、『虫のくせに栄養過多!』と大声をあげて、ハエ叩きで、ばしんばしんと叩いた。
どれ程、騒いでも、騒音の心配がない。
音か、気配か、風圧か。
虫は、ハエ叩きから逃げる。
虫にしたら、逃げるというより、避けるくらいの意識だと思う。
虫の棲み家に、俺が、お邪魔している感じだから。
就活前は、虫を見るだけで、騒いでいた。
今の俺は、騒ぎながら、ハエ叩きを振り回すことができる。
俺は、虫を追い払える大人に成長した。
神様は、俺が、いつ虫を見つけてもいいように、全ての部屋に、一本ずつハエ叩きを置いていくのが、新鮮だと面白がっていた。
ハエ叩きをとりにいっている間に、虫が移動して、夜中に、隙間から出てきたりしたら、嫌なんだ。
見つけたら、追い払うか、仕留める。
足が長くて、全長が人の頭くらいの大きさのクモは益虫らしいけれど、寝ているときに枕元を横断してほしくない。
寝ているときは、枕と布団と畳以外は触りたくない。
そして、冬。
山の冬だから、寒いのか。
周囲に人がいないから、なのか。
俺一人のために、暖房はもったいない。
家の中でも、コート、耳当て、帽子、手袋、モコモコスリッパ。
モコモコスリッパは、新品、おろしたて。
活動するのは、日の出ている暖かい時間。
寒くなり始めたら、体が冷える前に、布団に入る。
俺は、一人だけど、一人じゃない。
我が家には、神様がいる。
神様は、神棚が定位置だけど、お酒を飲み交わすときだけじゃなく、日常的に、神棚から出てきて、俺とお喋りするようになった。
俺の前の持ち主のときまでは、神棚から、人の暮らしを見ていた神様。
俺の暮らしぶりが、前の持ち主のときとは、違いすぎて、口を出したくなるんだって。
俺が寝ているとき以外、俺は神様とお喋りしていた。
「本来、神棚って、神様の家じゃないよな?」
「手作りの思いが込められた空間が心地よかった。」
と神様。
この家の神棚は、そのへんの木の枝を切って、工作した手作りの品。
いびつだけど、家に馴染んでいる。
「神様は、この家の神棚に来る前は、どこで神様をしていたんだ?
本体とか、御神体とか、ほっぽりだしてきてないよなあ?」
「志春は、何を心配している?」
と神様。
「俺の心配は、神様が、神社から家出してきて、この家にいるんじゃないか、ということだよ。
『うちの神様を誘拐しやがって!』
と神社の人が来ても、俺には匿えないからさ。
俺は、四年生の冬だけど就職先が決まらない、ただの大学生で、特別な力とか、ないから。
隠れるんなら、神様が、自分で頑張ってくれよ?」
自分で話しながら、傷つく俺に、神様は何も言わない。
「棲む場所が心地よければ、家に居着く。一度離れたら、元の家には戻らない。」
と神様。
神様は、元の家に戻らないんだ。
縁が切れるのかな。
「この家は、神様にとっても、居心地いいんだ?」
俺は、なんだか嬉しくなった。
「俺も、この家は住みたいと思ったから、買った。
俺と神様は、センスがいいと思う。」
「志春が住むようになってから、いっそう面白くなった。」
と神様。
「俺、神様に気に入られてる?俺、凄い?」
一緒にいて、生活が面白くなった、と言われたら嬉しい。
俺の第一印象は、なんでか、いつも、『なんか面白いやつ。』になる。
狙って、面白いことを言ったりしたりするわけじゃないから、時間経過と共に、がっかりされる。
小学校から、毎年、ゴールデンウィーク前には、勝手にがっかりされている。
気が合いそうな人と話せるようになるのは、毎年、半分は過ぎてからだった。
大学生になってからは、毎年の恒例行事がなくなって、快適になった。
俺と暮らしてみて、面白いと感じてくれた神様のことは、俺も気に入っている。
神様との暮らしが、いつまでも続いたらいいのにな、と思うくらいに。
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