1.神様をお見送りにいこう
7月29日、複数話、投稿
今日は、我が家の神棚に住んでいる神様と一緒に始発電車に乗って海に行く。
我が家は、中古物件の一軒家。
昔の内装が、そのまま残されていた。
神棚もあった。
俺は、神棚のある家は初めてだったから、中を覗いてみた。
神棚をのぞき込んだら、神様がいた。
でーん、と。
神棚にいた神様は、神様としての寿命が尽きる前に、海から常世に還ると決めていた。
俺と神様は、神様が海に還る迄、一緒に暮らすことになった。
俺が神様の棲んでいる神棚のある家に引っ越してきた日から、俺と神様は一緒だ。
俺は、22歳。
小野志春。
大学四年生。
年明けの三月には大学卒業予定だけど、就職先は、未定。
卒業できるだけの単位はとったから、大学には行っていない。
人里離れた山のふもとの一軒家に、神様と住んでいる。
隣近所が見えないくらい離れていて、俺が生活できる家を探して、たどり着いたのが、山のふもとの一軒家。
集落も何もなく、家が一軒建っていた。
子どものときから貯めてきた貯金とバイト代をはたいて、山のふもとに買った。
就活すると、人のいる場所は避けられない。
在宅で働けるところを探したけれど、全敗したから、休憩している。
在宅で仕事をしようとしたら、培ってきた経験がないと決まらないような気がするんだ。
俺は、就活を始めてから、人工のものに囲まれていると、気が重くなるようになった。
山のふもとの一軒家は、俺の隠れ家で、息をするための場所。
神様と暮らし始めてから、電車に乗るのは、久しぶり。
電車に乗ろうと思うのが、久しぶり。
電車のある駅までは、一時間以上歩くか、自転車こがないと着かない。
どうしても、外せない用事がある、というわけでもなければ、家から出たくない。
駅に行くだけで疲れる。
買い物は、週一で配達してもらうようにしている。
今日は、どうしても、外せない用事じゃない。
俺が、行きたいから、家を出る。
今日は、神様の最後を見届けて、お別れを言う日。
持ち物チェック。
スマホある、財布ある、ハンカチとティッシュある。
飲み物も持った。
足元は、歩きやすいスニーカー。
神棚にいる神様に声をかける。
「神様、俺は、準備出来た。神様は?」
神様が、神棚からおりてきた。
「いざ、海へ。」
さあ、戸締まりをして、出発。
歩き出すと、神様は、後ろを振り返った。
「世話になった。良い棲み家であった。」
神様が家を労うと、地震でもないのに、家の壁がゆらっと揺れた。
神様は、俺の横で浮いている。
俺が買った家の前の持ち主は、朽ちるままでも構わない、と、積極的に売り手を探していなかった。
集落がない、辺鄙な場所にある一軒家を買いたい理由を聞かれた俺。
人に会いたくないから、人がいないところに住みたい、と答えると、怪しまれて買わせてもらえない、と俺は思った。
人目を忍んで、悪いことを企んでいると思われるかもしれない。
「仕事用のインスピレーションが欲しくて。」
と答えた。
「あー、芸術家?」
ということで、なんとか家を買えた。
神様が同居している暮らしは、楽しかった。
それも、今日で終わり。
この家を買って良かった。
「行こう。神様。」
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物語の季節は、冬です。