波乱の嫁入り
私はヴィルシュテッター帝国の貴族、ゼーネフェルダ子爵家の長女にとして生まれました。
名前はエリアナ・ド・ゼーネフェルダ。
満月の晩に、私の呪いは具現化します。
* * *
「チッチッチッチッチ……」
朗らかな初夏の朝。
私の旦那様たる、ゴードヘルフ・ラ・クリストロ小公爵様と廊下で遭遇しました。
朝食は食堂でとのことなので、そこに向かう途中のこと。
彼は私を呼び寄せるようにチッチッチと口ずさみ、右手の指先は招くようにクイクイと動いています。
「ゴードヘルフ坊ちゃま! それは猫を呼び寄せる仕草でしょう! 奥様相手になんという事を!」
叱ってくれたのは旦那様の乳母。
私をひと目見て、公爵様と旦那様は私が歳の割にだいぶ小さいので、結婚式はもう少し後からにすると決定しました。
けれど先に籍だけは入れようとの事で魔法の伝書鳥で夫婦となる申請書簡を王都に出したので、一応既に妻ではあると思います。
初夜もまだだけど。
「い、いいのよ。旦那様に悪気はないのよ」
「な、なかなか近寄ってくれないからな、その」
「坊ちゃま!!」
ペットのような扱いでも全部呪い持ちの私が悪いのです。
ことの経緯を説明すれば、つい最近、私は売られたという事からはじまります。
この男性の妻となる為に実家から。
呪い持ちを隠して輿入れさせられたのは、父が事業に失敗したあげく、カジノで起死回生を狙うも失敗し、借金が増えたためです。
どうしようもない転落コースです。
そんな中、不意に届けられた竜族の血を引く一族の末裔、クリストロフ公爵家からの当家への求婚状。
何故か我が家の令嬢なら誰でも良いような書き方でした。
でも結婚支度金がすごく多いから、金に目が眩んだ父は即、了承しました。
竜族の力は強すぎて妻となる者は早死にすると言われていて、今の公爵夫人も再婚で二人目らしいです。
そしてうちにはフリーデリーケという妹がいましたが、当然死ぬのは嫌だと拒否しました。
「呪わしい竜族の末裔の妻なんて私には務まりませんわ! 年齢的にも先に生まれた姉さまが嫁ぐべきです!」
「でも、私には呪いが……」
「エリアナはどのみち死ぬならいいでしょ! 成人の15歳にもなるのにまだ体も小さくてちんちくりんだし! 暇さえあれば寝てばかりの無能だし」
「……っ!」
確かに私は空腹を紛らわすのによく寝てました。
でも私以外の家族は借金してでも外でカフェやレストランに行って食事していたのも知っています。
よくあの、レストランの味がどうとか接客がどうのと話していたからです。
「待て、フリーデリーケ。呪い持ちのエリアナ姉上が死ぬと、呪いは次男の俺に移ると言われてる訳だが」
「かわいい妹が、わたくしが死んでもいいの!?男気を見せてくださいませ、お兄様!」
「うぐ……っ」
よりにも寄って呪い持ちの私が嫁ぐことになってしまったのです。
妹は両親に溺愛されているから、妹を死の危険のある家門に差し出すくらいなら呪いを隠して私を嫁がせるということに。
「いいか、我が娘エリアナよ。満月の夜だけは体調が悪いから夜伽は無理です、部屋も分けてくださいと言うのだ。妻としての役割りはそれ以外で対応しろ」
そう父に言いつけられたので、私も旦那様にそのように言ったはずなのだけど、満月の夜、事件は起こりました。
旦那様のいたずら好きそうな弟君の好奇心のせいであろうと思われます。
嫁いだ時から私の体が小さいので、まだ初夜は無理だろうと、せっかくスルーしていただけたし、
満月の夜も寝室を分けてもらったのに、弟君がお見舞いと称して突如寝室に入ってきたのです。
しかも、旦那様も連れて!
その時彼らが持っていたのは花と果物、そして何故かお酒! もしや酔っています!?
「さあ、エリアナ義姉様! この果実酒は風邪に効くと言われていているんで一緒に飲みましょう!」
布団を被ったまま頭を振り、拒否を示す私だったが、
「そう言わず、ほら!」
弟君が強引に布団をバサッと引きはがしました!
「ニャアッ!」
あまりのことに思わず悲鳴が出ました。
「!! なっ、耳!? ケモノの耳があるぞ!」
「あ! ほら言ったろう、兄上! 満月の夜だけは寝所を別にしたいなんて、きっと正体は狼男か狼女だと!」
「待て、今彼女はニァアと言ったぞ!」
「ん?」
あああっ! だめです、しっかり見られました!
「そしてこの尻尾は!」
「ニャアッ!」
短く薄いネグリジェからシュルリとはみ出た私の尻尾を掴む旦那様にびっくりしてついまた声が!
「猫ちゃんだ!」
「猫ぉ!?」
「あの家、最初の子供に呪いがかかるって噂は本当だったようだ……」
「ニャウニャウウニャア!?」
それを知って何故うちに縁談を!!
などと言ってはみたのですけれど、この鳴き声では……
「何言ってるかよく分からないけど、兄上、義姉様はすごくかわいいな! 猫ちゃんだし!」
「そうだな! 俺達は竜族の血を引くゆえ、小動物の類は触りたくてもすぐ怯えて逃げるからな!」
この状況で何を意気投合しているのかしら! この兄弟は!
「しかし満月の夜には猫の耳と尻尾が生えてにゃーしか言えなくなるとはな、斬新な呪いだ」
呪い持ちの私に全く怯えないどころか喜んでるようこ見える、この人達!!
すっごく笑顔なんだもの!
「まあ、呪いに関する詳しいことは明日以降、人の言葉が話せるようになってから聞くことにするか」
「ウニャア……」
嫁入り早々波乱の幕開けでした。
◆◆◆
でも不良品だと実家に返品されないだけマシなのでしょうか。
あそこ、実家では生かさず殺さずのような扱いで、生きる喜びは全くなかったのです。
かと言って自殺する勇気も持てず、日々を無駄に消費していました。
呪いもちの私は、社交界デビューもしてないし、友達もいなくて、ぬいぐるみと、あとは寝てる間だけ見れる、不思議な夢の中の図書館だけが慰めだった。
そしてその夜はあまり眠れぬまま、追い出されるかもしれないという恐怖で震えながら朝を迎え、耳と尻尾は消えました。
でも寝不足で頭がよく働きません。
一旦考えるのを放棄した私は何も考えず、言われたとおりに広い食堂に向かい、到着し、着席しました。
貴族の城のテーブルは凄く大きくて長いです。
でも旦那様は私のすぐ隣に座られた。
スペースに余裕は沢山あるのに。
ちなみに公爵様と公爵夫人は、遅れてくるから先に朝食を食べていて欲しいとのことです。
「エリアナ、昨夜はすまなかった。妻とはいえレディの寝室にあのように強引に踏み込んで」
心底すまなそうなお顔で謝罪してくださっている。
こちらのほうが申し訳ないのに。
「の、呪いの噂を確かめに来られたなら仕方がありません……確かに疑わしいことこの上ない状況でしたし……」
父が隠して嫁がせたのだし、こちらもこの件では文句は言えないのです。
「そーだろー、満月の夜だけは絶対に寝所を分けてメイドも夫も入室しないでくれなんて絶対に狼にでもなると思うし」
「ケビン、お前は黙っていなさい」
「はーい、ゴードヘルフ兄上」
「エリアナ、食事は全部は食べられなくても少しずつでも食べられたらたべてくれ、どれか気にいるものだけでもいい」
旦那様は今、呪いの話をするより食事を優先させてくださるようです。
テーブルの上にはこんがりいい色に焼けたチキン、ハーブと魚の料理、ゆで卵、バゲット、サラダ。アップルパイ、メロン。どれか一つは食べられるだろうといった雰囲気で気遣いを感じます。種類が多い……。
うちは父の事業失敗とギャンブルのせいで財政難だったので豆が数粒入ったスープのみとかざらだってので、朝から豪勢で嬉しく思います。
全部は食べられなくても、残してもいいのだと言われて、さらなる優しさも感じます。
「ありがとうございます。では少しずついただきますね」
「アップルパイを切り分けてやろう」
旦那様が意気揚々とナイフを手にアップルパイを切り分けてくださるようです。
「じゃあ俺はメロンとサラダを取り分けてあげよう」
そう言って弟君が席を立った時に旦那様が、
「ケビン、お前は自分の食事に集中し、座っていろ、エリアナの世話は私がする」
静止をかけました。
「ずるいぞ兄上だけ点数稼ぎを!」
「私は己の妻に優しくしようとしているだけだぞ」
何故か兄弟で争うように私の食事のお世話をしようとしてくださる。
一体何故??
呪い持ちを隠して嫁いで来たわりに、ありえないほど好待遇で困惑します。
そんなに竜族の末裔の血の恐怖で嫁のきてがないという事なのかしら?
お顔は……いえ、容姿は素晴らしくよろしいのに。
長身で黒髪に金の瞳。
キリリとした目つきの精悍な男前に肩幅も広く腰はきゅっとしまっていて、スタイルも抜群。
私は銀髪に青い目のちんちくりんと言われる子供のような背丈の女。
胸だけはそこそこあるのが救いではあるけれど、かなりアンバランスな気はするのです。
ややして公爵様と奥様が食堂に来られた。
まだお父様、お母様とよぶ勇気が持てません。
「やあ、遅くなってすまないな、早速結婚証明書を王城で貰ってきたんだ」
「高位貴族の結婚は陛下の許可がいるから、もらいに行っていたのよ」
お二人共、朗らかに笑っておられる。
でも、私の呪いの件は留守だったお二人はまだ知らないはず……。
「あ、あの、申しわけありません、私は実は……」
「ええっ!? まさか私達の留守中に息子が酷いことでも!? もう離婚したいとか言わないわよね!?」
私の態度に焦る公爵夫人たる奥様が言い募ります。
「い、いいえ、私が、その欠陥品というか」
「もしや小柄なのを気にしてるの? 可愛くていいじゃない? たくさん食べればそのうち大きくなるかもしれないし」
「いえ、そうではなく……」
猫化の呪いを受けたものは大抵小柄なままである。
「その件については私から後でお二人に説明する」
旦那様が代わりに説明をしてくださるらしい。
公爵様と奥様は首を傾げたが、とりあえず着席して、ソワソワと私と旦那様の様子を伺いつつも、食事をはじめました。
なるようにしかならないです。
ひとまず旦那様と弟君は私の味方のようなので、すぐさま叩き出されはしないとは思うけど。
私は一旦放棄していた先行きの不安から急激に胸が苦しくなってきました。
眼の前に、美味しそうなものがあるのに食欲がなくなっていきます。
けれどゆで卵と旦那様の切り分けてくれたアップルパイとメロン一口分だけはなんとか食べました。
アップルパイもメロンも甘くて美味しく、まだ味を感じることはできて助かります。
「沢山残してしまい、申し訳ありません」
「いやいや、使用人に下げ渡されるから気にしなくていいんだよ」
公爵様は優しくそうおっしゃってくださった。
そういえば普通の貴族の食卓は下げ渡す為に残しておくものと本には書いてあったわ。
実家では残すほどの量は出て来なかったから忘れていました。
それにしても恐ろしく強いドラゴンの末裔の公爵様達の、なんとお優しいこと。
驚きです。
食事の後に自室に戻りかけたところで旦那様が、私を引き止めました。
「部屋に戻る前に欲しいものとか、要求があれば聞いておこう」
欲しい……もの?
しばらく考えて、私は、
「お茶の……淹れ方を学びたいです」
夢の中の図書館の本ではほぼ見るだけしかできなかったけれど、美味しいお茶を淹れてみたい……。
「お茶とは紅茶のことか?」
「はい、紅茶もですが、果物やハーブティーなどをブレンドしたり」
「あーあー、なるほどね! それは私にまかせて頂戴! 本と素材両方集めてあげますからね!」
公爵夫人が私の意を汲み取ってくださいました。
「公爵夫人、ありがとうございます!」
「母上、私が用意しようとしたのですよ」
「あなたは妻の為の指輪やアクセサリーの準備でもなさいな」
「はっ! そうだな! 明日は商人をここに呼ぼうか」
わざわざ呼びつけると!?
これが高位貴族!
「それよか領内案内をかねて出かけようぜ、兄上」
「ケビン、言葉遣いをどうにかしろと言っているのに」
「公の場ではちゃんとするから」
「でもそうだな、せっかくだし、エリアナがよければ領内を見に行こうか?」
「う、嬉しいです。お外に行けるの」
「外に行けるだけで!?」
「は、はい、あの」
「兄上、デートじゃないですか」
「なるほど」
そ、そうじゃないけど、デートでもありますか、これって。
とりあえず私はずっと屋敷の外には出してもらえなくてこちらに嫁ぐにあたって移動の最中、窓の外の景色を見れたのはわくわくしたし、もっと色々見れるのは嬉しいです。
本の中でしか見れないような街の景色も、この目で見られたらとずっと思っていました。
デートと言われるとドキドキして緊張しますけど。
「よし、では私からお小遣いを」
公爵様が何かの紙を破って渡してくれました。
「え?」
「小切手だ、好きな金額を書き込みなさい」
「ええっ!?」
す、スケールがおかしいです。
お小遣いですよね!? 事業資金とかではなく。
ひ、控えめに必要な分だけ書けばいいのですよね。