第九十二話 地道な活動
その頃、私とリリナちゃんはナコリリとして路上ライブをはじめようとしていた。
ペアになってからはじめての路上ライブになるので予め練習しておきたかった。
しかし、応援してくれるファンの声に応えるため見切り発車したのだ。
「今回が”ナコリリ”としてはじめての路上ライブです。成功させましょうね」
「リリナちゃん。やっぱり練習してからの方がいいよ」
「ですが、これ以上ファンの皆さんを待たせる訳にはいきません」
「私、自信がないな」
「ナコルちゃんがそんなのじゃうまく行くのも行かなくなりますよ。私達はやるしかないんです」
「リリナちゃん……わかった。やるわ」
「その意気です」
リリナちゃんは”ナコリリ”としてはじめてなのに少しも臆していない。
それはこれまでの活動経験があるから不安が浮かばないのだろう。
不安を抱いている暇があるなら路上ライブを成功させるべきだと考えている。
すると、控え室の扉が開いてスタッフが呼びに来た。
「リリナちゃん、時間です」
「はい、わかりました。行きましょう、ナコルちゃん」
「うん」
私とリリナちゃんはスタッフに連れられてステージ裏に移動した。
「今日は大入りですよ」
「本当だ。思っていたよりもお客さまが多いです」
「でも、リリナちゃんの全盛期よりも半分ぐらいだよ」
リリナちゃんの全盛期は隙間がないほどお客が来ていた。
それに比べたらだいぶ見劣りしてしまう。
”ナコリリ”となったことでファンがだいぶ離れて行ってしまった。
元の数に戻すためには只ならぬ努力が要求されるのだ。
「ナコルちゃん、気合を入れましょう」
「気合?」
「路上ライブをはじめる前はみんなで気合を入れているんです。そうすると不安や迷いが消えるのでいいですよ」
「なら、やってみる」
リリナちゃんの周りにスタッフが集まって円陣を組む。
私もその中に加わって右手を前に出して手を合わせた。
「今日のライブを成功させましょう。私達ならできる。せぇーぃ、ハイッ!」
「「ハイッ!」」
リリナちゃんが音頭をとって叫ぶとみんなも声を合わせて気合を入れた。
おかげで心の中にあった不安や迷いが煙のように消え去った。
「なんだかできるような気がして来たわ」
「私達ならできます」
リリナちゃんの後押しでやる気がみなぎって来る。
こんな気持ちならどんなことでも乗り越えられる気がする。
「リリナちゃん、出番です」
「ナコルちゃん、行きましょう」
「うん」
私とリリナちゃんはステージ裏から出て脇からステージに上がる。
すると、待っていたファン達が歓声と拍手で迎えてくれた。
「わー、リリナちゃーん」
「リリナちゃん、こっちを見てー」
「キャー、私を見たよ」
ただ、声援のほとんどはリリナちゃんに対するものだった。
私がいっしょにいてもまるで存在していないかのように無視される。
まあ、私は活動経験がないからファンの人達に認知されていないのが原因だろう。
「みんなー、今日は路上ライブに来てくれて、ありがとう。私もみんなに会いたかったよー」
「「キャー、私も―」」
「私はナコルちゃんを加えて”ナコリリ”として生まれ変わりました。これからも頑張るので応援してくださいねー」
「「ワー、応援するぞー」」
「それじゃあ最後まで楽しんで行ってねー」
「「ワー」」
リリナちゃんのマイクパフォーマンスでファン達は程よく温まる。
さすがはリリナちゃんと言ったところだろうか。
路上ライブの経験が豊富だからどうすれば会場が盛り上がるのか把握している。
このままリリナちゃんがうまくリードしてくれれば路上ライブは成功するかもしれない。
私はあまり前に出過ぎずに控え目にしておいた方がいいだろう。
「それでは聴いてください。”きっと もっと ずっと”」
リリナちゃんが曲名を言うとステージ裏の音響係が楽曲を流す。
イントロが流れると私とリリナちゃんはリズムをとりながら踊りはじめる。
このパートはみっちり練習したから振りを間違えることなく踊ることができた。
「「アイッ、アイッ、アイッ、アイッ」」
ファン達もリズムに合わせて合いの手をいれてくれたのでリズムをとりやすかった。
そしてイントロが終盤に突入するとリリナちゃんはマイクを口の前まで持って来る。
「きっと もっと ずっとー♪」
リリナちゃんが歌い出すとファン達は合いの手を入れるのを止めて歌声に耳を傾けた。
「夢の続きは一日のはじまり カーテン開いて飛び出そう♪」
リリナちゃんは相変わらずの美声でファン達を虜にして行く。
ただダンスはうまくなくてステップを踏みながら手を振るだけだ。
私も隣でリリナちゃんのダンスに合せるように踊ってみせる。
ここまでは私のパートはないのでダンスに集中できた。
「あくびをしているノラ猫も 寝ぼけ眼のニワトリも お・は・よ・う♪」
「「お・は・よ・う」」
ファン達の合いの手が入るパートまで来ると会場に一体感が生まれる。
その部分は私もハモるところなのでリリナちゃんの声に合わせてハモった。
だけど、私の歌声を聴いているファンはどこにもいなかった。
みんなリリナちゃんの歌声に耳を傾けているので私の存在感は薄い。
しかし、それも仕方のないことだ。
私はファン達の中でまだ無名だから認知されていないのだ。
だから、いくら頑張って歌っても歌声はファンの耳に届かない。
でも、その方がいいかもしれない。
歌に自信がないから聴き逃してくれた方がいい。
「元気いっぱいの笑顔がきらめく 勇気100倍の気持ちが溢れる♪」
歌はAメロからBメロに移ると曲調が変わった。
リリナちゃんは音を外すことなくぴったりと対応をする。
さすがは歌い慣れているだけあって仕上がりは上々だ。
「限りなく広がる世界が 僕たちが来るのを待っている♪」
Bメロの終盤に入るとファン達がそわそわしはじめた。
この先に合いの手を入れるサビに入るからだ。
そこが一番の盛り上がれる場所だから準備をしているのだ。
そしてBメロが終わると転調してサビに入る。
「きっと 想いは伝わるはず♪」
「「WOW WOW」」
ファン達はリリナちゃんの歌の後に絶妙な合いの手を入れる。
リズムに合っているので聴いていても心地よく聞える。
”ナコリリ”とファン達が一体になれるパートだ。
私もファン達を煽るように合いの手を入れた。
「もっと 自分を信じてみて♪」
「「WOW WOW」」
私達もファン達も気持ちよくなりはじめる。
一体感を感じてられるライブならではのことだ。
リリナちゃんの歌声にも力がこもって大きくなる。
それに呼応するかのようにファン達も合いの手を入れる。
「ずっと そばで支えてあげる♪」
「「WOW WOW」」
サビも終盤まで来るとボルテージが最高潮になる。
この後でとどめのパートが来るから気持ちを高めているのだ。
そのパートをうまくやれるかで楽曲の仕上がりが変わって来る。
それはファン達も同じであるので準備をしていた。
そして――。
「きっと もっと ずっとー♪」
「「きっと もっと ずっとー♪」」
リリナちゃんは叫ぶように最後の歌詞を歌うとファン達も声を揃えて叫んだ。
それは大きなハモリとなり会場が震えるほどボルテージが高まった。
リリナちゃんもファン達もこの部分を歌うために聴いていたようなものだ。
ちなみに私もハモっていたがファン達には全く届いていなかった。
それでもファン達と一体感を感じられたことに満足していた。
その後に2番へと続いたのだが1番と同じように盛り上がった。
「みんなー、気分はどうかなー」
「「最高ー!」」
「それじゃあ次の曲を行くよー」
「「ウオォォォォー」」
リリナちゃんもテンションが爆上がりで気持ちよくなっている。
それはファン達が以前と変わりなく応援してくれるからだ。
絶対数は減ってしまったが盛り上がりは変わりなかった。
「START DASH♪」
「「ウオォォォォー」」
”START DASH”はリリナちゃんの路上ライブでは定番の楽曲だ。
疾走感のあるアップテンポな曲調の楽曲で盛り上がれるのが特徴だ。
この楽曲にもファンの合いの手が入るので一体感を感じられる。
おまけに”きっと もっと ずっと”よりはダンサブルなので振り付も激しい。
だから、この楽曲は私の見せ場がたくさんやって来るのだ。
リリナちゃんが歌い、私が踊り、ファン達が合いの手を入れる。
そんな役割分担が自然と出来上がって楽曲は盛り上がった。
「ハアハアハア。もう、最後になっちゃった」
「「エーッ」」
「これが私達”ナコリリ”の最後じゃないから。”ナコリリ”は永遠に続くから」
「「ウォォォォ―」」
リリナちゃんの台詞に呼応するようにファン達は歓声を上げる。
リリナちゃんだけの路上ライブになっていないことに言及してくれて嬉しい。
正直、リリナちゃんと同じステージに立っているけれど私だけ孤立しているような感じがしていた。
楽曲に合わせて踊っているがファン達の視界には入っていないようで悲しかった。
そう感じてしまうのは私の歌のパートが少ないことが原因だ。
歌は得意ではないからリリナちゃんに無理を言って歌のパートを減らしてもらった経緯がある。
なので私はもっぱらハモリとコーラスだけでダンスがメインになっている。
それだけでも私は満足できるかと思っていたが実際は違っていた。
やっぱりペアなのだから釣り合うぐらいパート分けして歌った方がいい。
そんなことを感じている間にリリナちゃんは最後の楽曲を発表していた。
「Secret love♪」
「「ウォォォォ―」」
”Secret love”はリリナちゃんの楽曲の中で唯一のバラードだ。
心に秘めた想いを抱いている少女の気持ちを表現している。
なので切なさや寂しさが溢れていて聴く人達の心に響く。
おまけにファン達の合いの手が入らないのでリリナちゃんの歌声で聴かせる楽曲だ。
ファン達からしたらご褒美をもらえるような楽曲なので最後に歌われることが多い。
もちろん私の踊りの見せ場はある。
ただ、リリナちゃんの邪魔にならないようにさりげなく踊らないといけない。
だから私の踊りに注目するファンはほとんどいなかった。
「今日は”ナコリリ”の路上ライブに来てくれてありがとう。楽しかった」
「「ウォォォォォー」」
「じゃあ、改めて紹介するね。私のパートナーのナコルちゃんです」
「「……」」
リリナちゃんが改めて私のことをファンに紹介するがリアクションが返って来なかった。
「あれ?みんな聴いている?」
「「聴いてるー」」
「よかった。これからは”ナコリリ”として活動して行くからよろしくね」
「「……」」
そのファン達のリアクションを見て私は歓迎されていないことを知る。
ここに集まったファン達はリリナちゃんを観たいだけで私は蚊帳の外だ。
一応、”ナコリ”として受け入れてはくれているようだが心の内はそうでない。
そんな現実を突きつけられて私はすっかり意気消沈してしまった。
「それじゃあ、次に会える日を楽しみにしているよ。バイバイ」
「「ウォォォォォー」」
リリナちゃんは最後の挨拶をするとステージから降りて行く。
私もその後に続いてステージ裏へと向かった。
「「リリナ、リリナ、リリナ、リリナ」」
会場からはリリナちゃんコールが巻き起こっている。
それはファン達のアンコールを希望する声援だった。
そんな声を耳にしながら私達はステージ裏でスタッフ達とライブの成功を喜んでいた。
「リリナちゃん、成功だね。今回の路上ライブ」
「これもみなさんのおかげです。けして私ひとりの力ではありません」
「……」
リリナちゃんは謙虚な発言をしてスタッフ達を褒める。
こんな低姿勢だからスタッフ達もリリナちゃんについて来てくれるのだ。
そんなみんなとは違って私は気分を沈めていた。
「どうしたのですか、ナコルちゃん」
「ううん。何でもない」
こんなにもスタッフ達が盛り上がっている場で自分の不甲斐なさを告白できない。
リリナちゃんは気づいているかわからないがライブで私は孤立していたのだ。
楽曲に合わせて踊っていたがファン達の視界には全く入っていなかった。
実際に踊っていてもリリナちゃんとファン達からのけ者にされているような感覚を覚えた。
「リリナちゃん、アンコールはどうする?」
「今回はこれで十分のような気がするけれどファン達に応えないといけませんからね」
「なら、スタンバイをするね。楽曲は”きっと もっと ずっと”でいいよね」
「お願いします」
リリナちゃんはアンコール曲に定番の楽曲である”きっと もっと ずっと”を持って来た。
それはファン達が一番聴きたい楽曲であるのでアンコール曲にしたのだ。
スタッフ達もわかっているので”きっと もっと ずっと”を挙げたようだ。
「ナコルちゃん。これが最後だから頑張りましょうね」
「うん……」
正直、私の気持は複雑だった。
このままステージに向かっても私は歓迎されないからだ。
ファン達が待っているのはリリナちゃんであって私でない。
いくら”ナコリリ”としてデビューしてもリリナちゃんしか求めてられないのだ。
それでも私はステージに立たなくてはならなかった。
リリナちゃんがステージに戻るとファン達は多大な歓声で迎えた。
「「リリナ、リリナ、リリナ、リリナ」」
「うわぁ~、すごい」
「「リリナ、リリナ、リリナ、リリナ」」
「……」
相変らず聞えるのはリリナちゃんコールばかり。
私の名前を叫んでいるファンはひとりもいなかった。
「こんなにみんなに歓迎されてすごくうれしいよー」
「「俺達もー」」
「今日はみんなが頑張ってくれたからご褒美を上げるね」
「「欲しい―」」
「わかっているよ。みんなの大好物をあげるね」
リリナちゃんがファン達を煽るように言うとファン達が静まり返った。
この後でリリナちゃんがどの楽曲を発表するのか待っているのだ。
ファン達もどの楽曲が発表されるのかすでにわかっている。
その上で静かに曲名の発表を待って歓声を上げる準備をしている。
「楽曲は……」
「……」
「きっと もっと ずっと♪」
「「ウォォォォ―」」
リリナちゃんが曲名を発表すると”きっと もっと ずっと”のイントロが流れはじめる。
そのイントロの中に溶け込むようにファン達の歓声が沸き起こった。
歓声は歌がはじまるまで止むことはなく会場のボルテージが最高潮になった。
ファン達もこれが最後になるから持っている力をすべて出し尽くしたのだろう。
きっと帰る頃にはへとへとになっているはずだ。
そんなファン達を見ていた私はひとり冷めていた。
”ナコリリ”として盛り上げなければいけないのだけどそんな気分でない。
私がどんなに頑張ったとしてもファン達は受け入れてくれないのだ。
そんなの悲し過ぎてたまらなかった。
「きっと もっと ずっとー♪」
リリナちゃんが歌いはじめるとファン達は静かになって歌声に耳を傾ける。
今回はアンコール曲と言うことなのでライブバージョンに変わっていた。
本来、リリナちゃんが歌う場所を歌わずにファン達に歌ってもらうスタイルをとった。
そのおかげで最初の時よりも何倍にもなって一体感を感じられた。
ファン達は合唱するかのように”きっと もっと ずっと”を歌っていた。
「ずっと そばで支えてあげる♪」
「「WOW WOW」」
ここまで来ると会場のボルテージは最高潮になっている。
この後でやって来る最後のパートを歌い上げれば終わりだ。
だから、リリナちゃんもファン達も最後に備えて力を溜めていた。
そして――。
「きっと もっと ずっとー♪」
「「きっと もっと ずっとー♪」」
最後のパートを叫ぶように歌うとファン達も大声で応えた。
出し切れるだけの声を振り絞って出して楽曲を飾った。
おかげでメロディーが聞えなくなるまでファン達は余韻に浸っていた。
「みんなー、最高だったよー。ありがとー」
「「ウォォォォォー」」
リリナちゃんも興奮冷めやらぬ状態のままステージから降段して行く。
私もその後に続いて逃げるようにステージ裏へと向かった。
今回の路上ライブは”ナコリリ”のものではなく完全にリリナちゃんのものになっていた。
リリナちゃんにはそんな気はなかったのだけれどファン達がリリナちゃんしか応援していなかった。
”ナコリリ”を紹介した日はファン達は”ナコリリ”を応援してくれると言っていた。
だけど、実際は違ってリリナちゃんしか受け入れてなかったのだ。
これでは何のために”ナコリリ”になったのかわからない。
私達は控え室に戻ってからも温度差ができていた。
リリナちゃんはすっかり満足していたが私は煮え切れずにいた。
「ナコルちゃん、今日の路上ライブ最高だったですね」
「えっ……うん」
「アンコールなんてやるのは久しぶりですの。これもナコルちゃんがいたからですわ」
「そうなんだ」
リリナちゃんは興奮冷めやらぬ態度で私のことを褒めてくれる。
だけど、素直に受け入れられない私がそこにいた。
一方で会場の方はまだ熱気が冷めやらぬ状態でいた。
これ以上、アンコールがないのにリリナちゃんコールをしている。
そのファン達の興奮は私の心に小さな傷を作った。
「付け焼刃のアイドルなんて所詮あんなものね」
その側らでステージを見守っていたとある人物がいた。
私を見ていたのかリリナちゃんを見ていたのかはわからない。
ただ、今回の路上ライブを最後まで観覧していた。
「でも、あの子はいい素材だわ。磨けば光るダイヤの原石ね」
とある人物は腕組みをしながら会場を見回している。
傍から見たらどこぞの事務所のプロデューサーを思わせる態度だ。
「まあけど、どうやって磨くかが需要になるのよね。磨き方を間違えればただの石ころになるからね」
とある人物はそう言うと回れ右をして会場を後にする。
「さて、これからが面白くなって来るわ。フフフ」
そう意味深な笑みを浮かべながらとある人物は人ごみに消えて行った。