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第八十四話 うるわしいみずたまぱんつ②

私達はしばらくの間、凍りついて固まったままでいた。

会場にいたファン達も同じで言葉を発せずにいた。

その時間はとてつもなく長く感じられた。


「ナコルって元ギャル部の部長だよな」

「そうだ。推し活部の子をイジメて退学になったやつだ」

「そんな奴が何でリリナちゃんと組んでいるんだ」

「訳がわからない。これじゃあリリナちゃんのイメージが台無しだ」

「きっとこれは夢なんだよ。でなければあり得ない」


ファン達も驚きを隠せないようで反応もさまざまだ。

中にはこの現実を受け入れるのを拒否する者まで現れる始末。

ただ、そうなってしまうのは私にも痛いほどわかった。

私自身、この現実を受け入れられないでいる。


「ちょめちょめ」 (何でナコルなのよ。リリナちゃんは間違っているわ)

「ナコルねぇちゃんすごい!アイドルになるなんて」


喜んでいたのはミクただひとりだけだった。

ミクはナコルの本性を知らないから喜んでいられるのだ。

もし、ナコルの本性を知ればこんな反応ではいられないだろう。


「ちょめ太郎も、そう思うよね。家に帰ったらルイに報告しよっと」

「ちょめちょめ」 (それだけは止めなさい。ルイの夢を壊しちゃうわ)

「そんなことないよ。ルイは喜んでくれるはずだよ。ずっとアイドルに憧れていたんだから」

「ちょめちょめ」 (ミクは知らないようだけどナコルは極悪人なの。だから、神聖なアイドルになってはいけない奴なの)


ひとり浮かれているミクに水を差すように叱りつける。


ナコルがアイドルになったなんて伝えたらルイまで信じ込んでしまう。

ルイもミクと同じようにナコルの本性を知らないから簡単に騙される。

だから、私がそうならないように何とか回避しなければならないのだ。


「ちょめ太郎はずっとナコルねぇちゃんのことを否定しているよね」

「ちょめちょめ」 (仕方ないじゃない。あいつは私とルイミンをイジメまくっていたイジメっ子なのよ。許せないわ)

「ちょめ太郎に何があったのかわからないけれど、ナコルねぇちゃんはいい人だよ。ルイのことを本気で心配してくれてるのだから」

「ちょめちょめ」 (そんなのミクとルイを騙すためのお芝居よ。本音では弱みにつけこんでお金をふんだくろうとしているだけ)


ナコルはそう言う奴なのだ。

年端もいかない純真なミクやルイを騙していい気になっているのだ。

ルイのことを心配している振りをして弱みにつけ込もうとしている。

そればかりか今度はアイドルになってファン達まで騙そうとしているのだ。

とんでもない極悪人だ。


「ちょめ太郎って冷たいんだね。ちょっと悲しい」

「ちょめちょめ」 (私は正しいことを言っているだけ。だから、間違ってないわ)


ここでミクに否定されてもナコルを肯定してはいけない。

それはイジメられた張本人だからけっして許さない姿勢が大切だ。

この世界からイジメを根絶するためにもイジメっ子を受け入れてはいけないのだ。


「リリナちゃん、どうしちまったんだよ。あんな奴をメンバーに加えるなんて」

「どこをどう見てもリリナちゃんと釣り合う訳がない」

「あんな奴はアイドル界から追い出すべきだ」

「断固として俺達は受け入れないぞ」


ファン達の意見も私と似たり寄ったりにまとまってくる。

イジメっ子ナコルの悪い噂を知っているから強く否定するのだ。

しかし、ナコルを否定する人達だけではなかった。

ナコルのことを肯定するファン達も現れる。


「贖罪の意味を込めてアイドルになったんじゃないのか」

「アイドルになって今までの罪を償うつもりなのよ」

「風当たりの強くなるのをわかって、あえてアイドルになったんだ」

「その覚悟は買うべきことだ」


肯定派のファン達はナコルを擁護するかのような意見を出す。


「俺はナコルを受け入れるぞ。そんなことは中々できるものじゃないからな」

「人は間違いを犯すものだ。だけど、反省すれば善人に戻れる。ならば、ナコルにチャンスをあげるのがいいんじゃないのか」

「そうだな。これは俺達ファンに与えられた課題だ。この事実をどう受け止めるか問われているんだよ」

「俺はリリナちゃんの決断を支持するぞ。リリナちゃんが決めたことだから間違いがないからな」


飛び出す意見はナコルを肯定するものばかりでだんだんと広がって行く。

その意見は否定派のファン達にも影響を与えて考えを改めるファンまでで出した。


「ちょめちょめ」 (みんな、惑わされてはダメよ。これもそれもみんなナコルの罠なのよ)

「ちょめ太郎って心が狭いんだね。ナコルねぇちゃんに何があったのか知らないけど、反省しているなら許してあげないといけないよ」

「ちょめちょめ」 (世の中には許せることと許せないことがあるの。ナコルの場合は後者なのよ)

「私にはわからない。ナコルねぇちゃんが悪い人に見えないから」


すっかりナコルのことを信じ切っているミクに何を言っても無駄のようだ。

私がどれだけナコルの悪行を並べても全く信用しないのだから。

ただ、これほどまでにミクを信用させているナコルは恐ろしい。


すると、会場の様子を見守っていたリリナちゃんが動く。


「ナコルちゃん。みんなに自己紹介をして」

「でも、この雰囲気じゃ……」

「周りの人達が何と言おうとナコルちゃんはナコルちゃんですよ。だから自信を持ってください」

「……わかった」


さすがのナコルでもこの雰囲気には飲まれてしまっていたようだ。

ただ、リリナちゃんがナコルの味方をするからナコルも自信を取り戻す。

世の中のすべての人が敵に回ってもリリナちゃんが味方であれば怖じることはない。

勇気を持ってリリナちゃんを信じて自己紹介をするべきなのだ。


ナコルは会場を見回して一呼吸ついてから口を開いた。


「紹介にあがりましたナコルです。私のことを知っている人もいると思いますが、ここにいる私は以前の私ではありません。リリナちゃんと出会って心を入れ替えて生まれ変わりました。これからはリリナちゃんのパートナーとしてアイドル活動を始めるつもりです。不束者ですが応援をよろしくお願いします」

「よくやった」


ナコルの自己紹介を傍らで聞いていたリリナちゃんはガッツポーズをする。


ただ、ファン達の反応はさまざまだった。


「どうする?応援するか?」

「俺は反対だな。言葉ではいくらでも言えるさ」

「そうだな。人間なんてそう簡単に変われるものじゃないしな」

「今度はリリナちゃんをイジメるかもしれないぞ」

「あり得るな。リリナちゃんのこと妬めばその可能性は高い」


否定派の意見は辛辣なものばかり。

まったくナコルの言葉を信じてはいない。

おまけに否定する意見に輪がかかってあらぬ方向へ進む。


「やっぱりナコルは追い出すべきだ」

「リリナちゃんを守るのは俺達の使命だからな」

「断固抗議をしてナコルを追い出そう」

「それがいい。リリナちゃんのイメージは崩してはいけない」

「リリナちゃんは純真な天使でなくちゃいけないんだ」


すっかりナコルは悪人と認識されて邪魔者扱いされる。

リリナちゃんに悪の手が及ばないようにするようだ。


それとは変わって肯定派の意見はナコルを擁護するものだった。


「俺達は鬼じゃないからな。反省しているなら受け入れるべきだ」

「それにわざわざこの場で話すぐらいだから覚悟はできているのだろう」

「リリナちゃんが選んだ人なのだから信じてあげるべきだ」

「でなくちゃ、俺達はアンチだよな」

「俺はリリナちゃんを決断を信じるぞ」


肯定派の意見には人の温かみを感じるものばかり。

確かに全うな人間であれば間違いを犯した者を受け入れるべきだ。

人は間違いを犯すものだからその度に切り捨てていたら周りに人はいなくなる。

だから、チャンスを与えて元の場所に戻らせる方がいいのだ。


「ナコルを受け入れることはリリナちゃんを肯定することだ」

「リリナちゃんのファンだと言うならリリナちゃんを信じるべきだ」

「リリナちゃんが選んだ人なら間違いはない」

「リリナちゃんはきっとパワーアップするはずだ」

「俺達はリリナちゃんを支持する」


完全に会場は肯定派と否定派に分かれてしまった。

圧倒的に否定派の方が多いけれど肯定派も負けてはいない。

リリナちゃんを信じ続けると言う目標を掲げて団結を強めていた。


「ちょめちょめ」 (これが現実よ。ミクもわかったでしょう)

「でも、私はナコルねぇちゃんを信じているよ」

「ちょめちょめ」 (もう。何でそうなるのよ。ミクは私を信じてくれないの)

「ちょめ太郎のことも信じてるけど同じぐらいナコルねぇちゃんのことも信じているの」


ミクはどっちつかずの答えを示す。

私も信じてナコルも信じるなんて矛盾している。

私はナコルを完全否定しているのに両方を選ぶなんて。


そんなファン達の声を聞きながらナコルは身を竦ませる。

自分の過去のことでファン達が2分してしまっているからだ。

これから新しいスタートを切ろうとしているのに足元から躓いた形になっている。


「ナコルちゃん、自信を持って。はじめはみんなこんなものだから」

「でも、リリナちゃんに迷惑をかけてしまっているわ」

「私達はもうパートナーなのよ。お互いの課題は共有しないとね」

「けど……」


神経の図太いナコルでもこの状況は受け入れがたいようだ。

自分がアイドルになると言わなければファン達は2分することもなかった。

ずっとリリナちゃんだけを応援してくれるファンでいられたのだ。

そのことばかりが気になってしまいガッツが湧かないようだ。


「私達がアイドル活動を続けていたらファン達もわかってくれるわ。ファンってそう言うものだもの」

「リリナちゃんってすごい。私が思っている以上に大人なのね」

「これも雨風に晒されて来たおかげです。それよりグループ名を紹介しないといけませんわ」

「大丈夫かな……すごく不安」


リリナちゃんとナコルはステージ上で小さな声で話している。

私達の耳に届くような声じゃないので何を言っているのかわからない。

ただ、その様子を見ているとまだまだ何か伝えたいことがあるようだ。


「みんなー。重大発表の続きをしていいですか?」

「何だよ。これ以外にも何かあるのか?」

「嫌な予感がするな」

「もしかして。リリナちゃんだけ活動を休止するとか言わないよな」

「そうしたら俺達はナコルを応援しないといけないのか。嫌だな」


否定派はすっかり考え方がネガティブになってしまっている。

”重大発表の続き”なんて言われたらそれ以上を想像してしまうからだろう。

ナコルがメンバーになる以上のとこなんてリリナちゃんが活動を休止する他にない。

そうしたらファン達はナコルを応援せざるを得ないのだ。


「重大発表の続きなんて楽しいことに決まってる」

「リリナちゃんが持ったえつけているんだからそうだ」

「俺達の期待を膨らませて驚かせるつもりでいるんだよ」

「リリナちゃんも人が悪いぜ」

「けど、早く聞きたいな」


肯定派は期待を膨らませて発表を楽しみにしている。

リリナちゃんを信じることができれば楽しい気持ちになれる。

たとえナコルがメンバーになったとしても前向きに考えられるのだ。


「ちょめちょめ」 (きっとロクなことじゃないわ)

「ちょめ太郎は否定派なのね」

「ちょめちょめ」 (肯定派なんてとてもじゃないがなれないわ)

「私は肯定派だからちょめ太郎とは違うよ」


私が浮かぬ顔を浮かべているとミクがズバッと切り捨てた。


心を通わせているミクと対立してしまうのは悲しいことだ。

だけど、逆立ちしてもナコルを受け入れることができない。

だから、ミクと意見が割れてしまうのは仕方のないことなのだ。


「私達のグループ名は2人の名前を取って”ナコリリ”に決めました。これからは”ナコリリ”としてアイドル活動を続けて行きます。よろしくね」

「何でナコルが先なんだ。どう見てもリリナちゃんの方が先だろう」

「語呂が悪いからじゃないか。”リリナコ”じゃなんか変だし」

「それでもナコルが冠を取ることは許せない」

「主役はリリナちゃんだからな。けっしてナコルじゃない」


私も否定派のファン達の意見に賛同する。

ナコルは脇役でしかないのにグループ名の初めになるなんておかしい。

どうせならナコルの名前は使わないで”リリナちゃん”だけにして欲しい。

そうすればファン達は迷わずにリリナちゃんを応援できるだろう。


「”ナコリリ”か。何だかパワーアップした感じだな」

「リリナちゃんだけでもよかったけどグループなんて期待が高まる」

「これからもっとパワーアップしたステージを楽しめるぞ」

「”ナコリリ”なんて何だか流行りそうな感じがするな」

「私もそう思う。いいよね”ナコリリ”」


いつの間にかミクは肯定派に混じって意見を交わしている。

意見が同じだから見ず知らずでも分かち合えるようだ。

ただ、私の方としては面白くない。

心を通わせているミクが肯定派に混じっているなんて。


そんなことを思っているとざわめきを裂くような声が聞えた。


「リリナちゃん、目を覚まして。こんなのは間違っている。リリナちゃんはリリナちゃんなの。そいつを加えちゃいけないわ!」


声のした方を見るとルイミンが視界に入った。

真剣な顔つきでリリナちゃんに訴えかけている。

ルイミンからしたらナコルの加入は受け入れがたいものだろう。

何せ、ルイミンはナコルにイジメられていた張本人なのだから。


「私はリリナちゃんだから応援して来たんだよ。リリナちゃんは誰よりも純真で無垢な天使だから好きになったの。私の夢を壊すようなことはしないで!」


ルイミンは目にいっぱい涙を溜めながら大声を張り上げる。

その言葉に周りにいた否定派ファン達の共感を呼んだ。


「その子の言う通りだよ。俺達はリリナちゃんだから応援して来たんだ。なのに新しいメンバーを加えるなんて裏切り行為だ」

「リリナちゃん、戻って来てよ。私達のリリナちゃんでいて」

「リリナちゃんはリリナちゃんでなければいけないんだ」

「俺達の期待を裏切らないでくれ」


ルイミンの意見に乗っかるように否定派のファン達は声をあげる。


「リリナちゃん、戻って来てよ。私、リリナちゃんがいなくなったらどうにかなっちゃう」


ルイミンは感極まって泣き出してその場に崩れ落ちた。


その姿には否定派のファン達も動揺を見せる。

ここまでリリナちゃんのことを思っているファンがいたことが驚きだったようだ。

ただ、否定派のファン達もルイミンと同じ気持ちを抱いていた。


「リリナちゃん。私をひとりにしないで」


そのルイミンの姿をステージ上で見ていたリリナちゃんは言葉を失う。


ルイミンのように心の底から応援してくれるファンは他にいない。

リリナちゃんファンでもルイミンぐらい陶酔しているファンは少数派だ。

しかし、ルイミンにとってはリリナちゃんは人生そのものなのだ。


私もななブーを推していたからその気持ちは痛いほどわかる。

ななブーに恋人発覚の記事が躍った時は気が気でなかった。

人生が真っ暗になったような、夢が壊されたような感じだった。

ルイミンは私以上にリリナちゃんのことを思っているから苦しさも相当なものだろう。


「ルイミンさんをひとりにしませんよ。私は私ですから」

「いいえ、違うわ。リリナちゃんはひとりじゃないとダメなの」

「ひとりでもふたりでも私は私。だから私を信じてください」

「何で!何でそいつなの!そいつはイジメっ子なのよ!アイドルになんてなれない!なっちゃいけないの!」

「……」


ルイミンの心からの叫び声は会場に響きわたった。


「ナコルちゃんだから私は選んだんです。他の人だったら選びませんでした」

「リリナちゃん……」

「わからない!わからないわ!そいつのどこがいいのよ!どこからどうみてもイジメっ子じゃない!」


リリナの答えを聞いてルイミンは声を増して感情的になって叫ぶ。

すると、リリナちゃんはひと呼吸をおいてから徐に口を開いた。


「ナコルちゃんの過去に何があったのかはわかりません。だけど、過去じゃなくて未来のことの方が大事なんです。これからどうやって生きて行くかで未来はいくらでも変わります」

「そいつの未来は変わらないわ!イジメっ子はイジメっ子にしかなれないのだから!それ以上でもそれ以下でもない、ただのイジメっ子よ!」

「ルイミンさんはネガティブな考え方をする人なんですね」

「その”さん”ってのを止めてよ。そいつは”ちゃん”なのに私は”さん”だなんて許せない」


ルイミンは自分とリリナちゃんの距離よりもナコルとリリナちゃんの距離が近いことが許せないようだ。

言葉ひとつをとってもそう感じてしまうのだから言葉の使い方は気をつけないといけない。


「今はわからないかもしれなけれどルイミンさんならきっとわかってくれるって信じています」

「卑怯よ。そんな言い方。それじゃあまるで私がワガママを言っているみたいじゃない」

「悪いのは私なんだ。だから、リリナちゃんを責めないでくれ」

「あなたは口を挟まないで!私はリリナちゃんと話をしているの!」


話に割って入って来たナコルに噛みつくかのようにルイミンはズバッと切り捨てる。


「なら、どうしたらルイミンさんはわかってくれるのですか」

「リリナちゃんが今まで通りひとりでアイドル活動をしてくれたらよ」

「それはできない質問ですね。私はもう、ナコルちゃんとアイドル活動をすることに決まましたから」

「何でよ!何でそいつなのよ!リリナちゃん脅されているんでしょう!でなければリリナちゃんがそいつを選ぶことなんてないわ!」


ルイミンの妄想はエスカレートして脅迫説にまで発展する。


確かにそう考えれば納得はできるが行き過ぎな意見だ。

リリナちゃんがナコルに脅されたからメンバーに選んだなんて。

その場合、ナコルにどんなメリットがあるのだろうか。

リリナちゃんを脅迫してまでアイドル活動をしたかったのか。

そんなことはどう考えても矛盾でしかない。


「今日の路上ライブは中止にしましょう」

「いいの?」

「こんな気分では歌えませんから」


会場の雰囲気が壊れてしまったのでリリナちゃんは炉所ライブの中止を決断する。

こんな状態のまま歌を歌っても盛り上がらないし、みんなを元気にさせることができないからだ。

何のための重大発表だったのかわからなくなってしまった。


「おい、お前のせいだぞ。どうするつもりだ」

「キィーッ!」


肯定派のファンがルイミンに突っかかって来たのでルイミンは威嚇した。


「な、何だよ、こいつ……」


その剣幕に肯定派のファンは圧倒されて身を引いた。


「……さない」

「……許さない」

「……絶対に許さない」


ルイミンはブツブツ呟きながら怒りで心を満たす。


「……やる」

「……してやる」

「……殺してやる」

「……絶対に殺してやる」


そう物騒な言葉を呟きながらルイミンは人ごみの中に消えて行った。


「ねぇ、あの人だいじょぶかな?」

「ちょめちょめ」 (今はひとりにさせておいた方がいいわよ)


ミクは小さくなって行くルイミンの背中を見つめながら不安げな顔を浮かべる。


どうせ今のルイミンにかける言葉は見つからない。

どんな優しい言葉をかけても怒りに変換されてしまうのだ。

今のルイミンはトゲトゲの毬栗のようで触ることもままならない。

ひとたび触れてしまえば血だらけにされてしまうだろう。

ただ、最後の言葉は気になるところだ。

”絶対に殺してやる”だんなんて物騒過ぎる。

今のルイミンだったらやりかねないから恐ろしい。


「ライブ観れなかったね」

「ちょめちょめ」 (仕方ないわよ。こんな空気になったんじゃね)

「観て観たかったな、ライブ」

「ちょめちょめ」 (今度、機会があったら観ればいいわよ)


いつ、そんな機会がやって来るのかわからない。

ママの買い物が終われば家に戻らないといけないからだ。

そうしたらしばらくの間、王都へ来ることができない。

だから、リリナちゃんの路上ライブを観るのはずっと先になるだろう。


「みんな帰って行くね。私達も待ち合わせ場所に行こう」

「ちょめちょめ」 (そうだね。ここにいても仕方ないし)


私とミクが公園から離れようとすると人ごみの中にルイミンを見つけた。

ルイミンは何かを抱えているのか前かがみになりながら控え室の方へ歩いて行く。

その姿が異様だったから私は足を止めた。


「どうしたの、ちょめ太郎?」

「ちょめちょめ」 (待ち合わせ場所に行くのは後よ。それよりも控え室に行くわよ)

「えーっ、帰るんじゃないの?」

「ちょめちょめ」 (何かが起こる。そんな嫌な予感がするの)


さっきルイミンが呟いていた言葉を思い出すと気が休まらない。

ルイミンはナコルを亡き者にしてリリナちゃんから引き離すつもりだ。

ナコルさえいなくなればリリナちゃんはまたリリナちゃんでいられる。

ルイミンはそう考えているのだろう。


私はルイミンの後を追い駆けて控え室の方へ向かった。


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