第八十三話 うるわしいみずたまぱんつ①
さっき男の子達が話していたことが気になっていた。
”リリナちゃん”と言う名前に聞き覚えがあったからだ。
たしか、ルイミンが推していたアイドルの名前だったような気がする。
長いところ王都から離れていたから記憶も合間になっている。
「ちょめちょめ」 (ねぇ、ミク。公園へ行かない?)
「公園?いいよ。疲れちゃったの?」
「ちょめちょめ」 (うん……まあ、そんなところ)
「?」
私が曖昧に答えたのでミクは頭に疑問符を浮かべた。
「ちょめちょめ」 (それにしてもリリナちゃんの重大発表って何かしら)
アイドルの重大発表と言えば、ずばり卒業だ。
アイドルを卒業してさらなる活躍を目指して辞めるのだ。
ただ、リリナちゃんがアイドルを辞めて何を目指すのだろうか。
アイドル活動は部活だから卒業してもやることがない。
だとするなら他の部への移籍を考えているのかもしれない。
野球じゃないけれどアイドルにも移籍があってもいいのだ。
「ちょめちょめ」 (でも、何部に移籍するのかな……)
私は頭の中でいろいろと思いを浮かばせる。
「ちょめちょめ」 (野球部……いやサッカー部か。なでしこを目指すのかもしれない。けど、水泳部って線もあるよね。リリナちゃんの水着姿を見てみたい。グフフフ)
「ねぇ、ちょめ太郎。さっきから何をブツブツ言っているの?」
「ちょめちょめ」 (聞えてた?)
「聞えているよ。ちょめ太郎の言葉が頭の中に響いてるから」
私の頭の中で考えていることはミクにはわかってしまうようだ。
便利と言えば便利だけれど、聞かれたくないこともバレてしまうから微妙だ。
これからはミクの前であまり考えごとをしない方がいいかもしれない。
私とミクはそんなやり取りをしながら公園までやって来た。
「人がいっぱいいる。何かあったのかな」
「ちょめちょめ」 (ミク。あそこへ行くわよ)
「えっ、休憩をするんじゃないの?」
「ちょめちょめ」 (あそこに用があるの)
私が人だかりのところへ行くと言い出したのでミクは少し戸惑う。
てっきり休憩をするのだろうと思っていたから余計に驚いたのだろう。
私はミクを連れて人だかりができている場所まで来た。
「すみません。何かあったんですか?」
「何かって?知らないの?」
「はい」
「リリナちゃんが重大発表をするのよ」
ミクが近くにいた女の子に尋ねると驚かれた。
「リリナちゃん?」
「あなた、リリナちゃんを知らないの?」
「はい」
「これだから素人は嫌なのよね。ここは神聖な場所だからあなたはあっちへ行っていなさい」
女の子は少し苛立ちながらミクを追い返した。
確かにリリナちゃんファンからしたら神聖な場所かもしれないけれど言い過ぎだ。
ミクは王都へ久しぶりに来たのだからリリナちゃんを知らなくても当然のことだ。
私だってすっかりリリナちゃんのことを忘れていたぐらいなのだから。
「怒られちゃった」
「ちょめちょめ」 (気にしなくていいわよ。ファンなんてみんなあんなものだから)
私もななブーのファンだったから女の子の気持ちはわかる。
ファンはファン同士で推しのことを応援したいから部外者を嫌うのだ。
リリナちゃんに対する独占欲が強いからそう思ってしまうのだろう。
「ちょめ太郎。もう、帰ろう」
「ちょめちょめ」 (ダメよ。まだ、用はすんでいないわ)
「私、こんなところにいるの嫌だよ」
「ちょめちょめ」 (女の子の心ない言葉に傷ついたのね。だけど、何も知らないままで終るのは負けを認めたと同じよ。ミクは負けてもいいの?)
「いいよ。だってケンカをしている訳じゃないもん」
「ちょめちょめ」 (ズコーッ。こう言う時は”負けたくないもん”って言うんじゃないの)
ミクは思っていたよりも勝ちにこだわらないタイプのようだ。
人に嫌われたら嫌われたままで好かれようと努力をしない。
それは楽だけれどチャンスを逃しているようなものだ。
”人はわかりあえる”
――のだ。
そうでないと世の中面白くない。
「ママが待っているから時計塔へ行こう」
「ちょめちょめ」 (なら、ちょっとだけ時間をちょうだい)
「ちょっとだけ?」
「ちょめちょめ」 (うん。ちょっとだけ)
「なら、ちょっとだけだよ」
私は何とかミクから了解を得てちょっとだけ時間をもらった。
「ちょめちょめ」 (それじゃあ、あの人だかりにツッコむわよ)
「えーっ、そんなのムリだよ」
「ちょめちょめ」 (何事も経験よ。ちょめ太郎、行きまーす)
「あっ、待って。ちょめ太郎ってば」
私は戦艦から飛び出して行くかのごとく人だかりにツッコんで行った。
ただ、思っていた以上に苦労した。
寿司詰め状態になっているからもまれ放題もまれた。
最前列まで移動した時には私もミクもヘロヘロになっていた。
「ちょめちょめ」 (ブーッ。何とか抜け出たわ)
「もう、髪の毛もぐちゃぐちゃになっちゃった」
「ちょめちょめ」 (後で髪を梳いてあげるから泣かないの)
「うぅ……」
ミクはルイの前ではお姉ちゃんだけれどルイがいないと子供のままだ。
私と4歳も離れているから私の方がお姉さんなことも関係しているかもしれない。
まあ、その方が子供らしいから私は好きだけど。
すると、ファン達のざわめきがいっそう激しくなった。
「リリナちゃんが来たぞ」
「どこ?どこ?」
「ステージの端だよ」
「本当だ。リリナちゃんだ」
ファン達はそんなことを話しながらステージの端に視線を向ける。
そこにはファンが言っていた通りリリナちゃんがスタンバイしていた。
「やっぱ、カワイイよな」
「空から舞い降りて来た天使だ」
「見ているだけで癒される」
「でも、今日で終わりなんだよな」
「そんなことあるかよ。リリナちゃんはずっと俺達のアイドルだ」
「そうだ。たとえアイドルを辞めたとしてもリリナちゃんは俺達のアイドルだ」
ファンの間から漏れて来る言葉は重大発表のことだ。
みんなリリナちゃんが卒業をしてしまうと思っているようだ。
だけど、ファン達からこんな風に思われてるのに辞めるのはもったいない。
「俺は最後のステージを目に焼き付けるぞ」
「ラストライブになるんだ。絶対に盛り上げないとな」
「俺達の歓声でリリナちゃんを見送ろう」
「ちょめちょめ」 (なんていい奴らなの。リリナちゃんを心から愛している証拠だわ)
私もななブーを推していたからファン達の気持ちが痛いほどわかる。
ファンにとっては推しは大切な人だから最後まで応援したいのだ。
たとえ卒業してしまってもずっと応援し続けることがファンの務めだ。
私は今、異世界にいるけれどずっとななブーのことは推している。
ただ、その気持ちが届いていないだけで大切に思う心はひとつなのだ。
そんなことを考えているとリリナちゃんが登場してステージに上がった。
「「うぉーっ。L・O・V・E、ラブリーリリナ」」
「「キャーッ。リリナちゃん、こっちを見てー」」
ファン達は思いも思いの声援を送って盛り上がる。
どことなく応援の仕方が80’に似通っているのは気になるところだ。
きっとアイドルの応援の仕方は次元を越えて同じなのだろう。
「ねぇ、ちょめ太郎。あの子がリリナちゃんなの?」
「ちょめちょめ」 (そうよ。カワイイ子でしょう)
「うん。何だかすごくキラキラして見える」
「ちょめちょめ」 (アイドルはみんなそうなのよ)
ミクは思いの外、リリナちゃんにハマっているようだ。
目を潤ませながら憧れの人を見るかのような表情をしていた。
リリナちゃんはファン達の声援に応えるかのように手を振っている。
「あれがアイドルなのね。ルイが好きになるのもわかるわ」
「ちょめちょめ」 (まあけど、リリナちゃんはアイドルのタマゴだけどね)
ミクを”アニ☆プラ”のコンサートに連れて行ってみたい。
きっと本物のアイドルのオーラにやられて一目惚れするはずだ。
私も”ななブー”をはじめて見た時はすっかりやられてしまった。
その純粋なかわいらしさに乙女心が震えたぐらいだ。
「ちょめちょめ」 (あーん。早く”カワイ子ちゃんの生ぱんつを100枚”集めて日本に帰らないと)
ミクがいることを忘れて私は口を滑らせてしまった。
「ちょめ太郎。”カワイ子ちゃんの生ぱんつ”って何?」
「ちょめちょめ」 (ハッ。今のは聞かなかったことにして)
「でも、聞えちゃったもん」
「ちょめちょめ」 (あれよ、あれ。私もカワイイぱんつを履きたいなって思っていただけ)
「ちょめ太郎がぱんつを履くの?」
「ちょめちょめ」 (そうよ。いけない)
変な嘘をついたので余計におかしな話になってしまう。
ちょめ虫の私がぱんつを履くなんて被るぐらいしかできない。
そんな姿を想像するとド変態にしか見えない。
「ちょめ太郎って変な趣味があるのね」
「ちょめちょめ」 (そんなことよりリリナちゃんの挨拶がはじまるわよ)
ミクは呆れ顔をしていたが見ないようにしてリリナちゃんへ視線を戻す。
すると、リリナちゃんはマイクを取ってファンに挨拶をはじめていた。
「みんなー。会いたかったよー」
「「ウォォォォ―」」
「「キャァ―」」
リリナちゃんがファン達に声をかけると会場に歓喜の声が沸き起こる。
さすがはリリナちゃんと言ったところだろうか。
ファン達の反応もいい。
「今日もリリナの路上ライブに来てくれてありがとー」
「「リリナッ!リリナッ!リリナッ!リリナッ!」」
リリナちゃんの感謝の言葉にファン達はリリナコールで返す。
「ちょめちょめ」 (この感じ……いいわ。”アニ☆プラ”のライブを思い出す)
”アニ☆プラ”のライブでもそうだがファンと一体になることではじめてライブは成功するものだ。
そのことはファンもよく知っているからライブを盛り上げるためにいろいろな方法で応援する。
オタ芸をしてみたり、推しのうちわを作って応援したり、推しのタオルを振り回したりなどなど。
アイドルサイドもライブを盛り上げるためのグッズを会場で販売したりもしているのだ。
「ちょめ太郎……ちょめ太郎……」
「ちょめ?」 (ん?)
「どうしたのボーっとして」
「ちょめちょめ」 (ちょっと昔のことを思い出していただけ)
いつの間にか私は自分の世界に入ってしまっていたようだ。
久しぶりにアイドルの路上ライブを観たからだ。
その間、リリナちゃんは挨拶をすませていた。
リリナちゃんは会場が静まるのを待ってから徐に口を開いた。
「もう、みんな知っていると思うけれどリリナから重大発表があります」
「いよいよだな」
「卒業はしないでくれ」
「お願いします、お願いします」
リリナちゃんの言葉にファン達は各々の反応をしてみせる。
期待して待っているファンもいれば、神に祈りを捧げているファンもいた。
「私はアイドルを卒業します!」
「「えーっ!」」
「ちょめ!」 (マジ!)
予想もしなかった答えに会場からファン達の残念そうな声が響き渡る。
驚いたのはファンばかりではなく、私自身驚いていた。
リリナちゃんは、本当にアイドルを卒業してしまうのだ。
となるとやっぱり他の部活に移籍するのだろう。
――と心配していたのも束の間。
リリナちゃんがどよめきをかき消す言葉を発した。
「て言うのは冗談です」
「何だよ」
「よかった」
「心臓によくないよ」
「ちょめちょめ」 (笑えない冗談だわ)
いくら人気があるからと言ってファンを騙すのはよくない。
とくに笑えない冗談は避けるべきだ。
だけど、安心している私もいた。
「じゃあ、本当のことを言うね」
ゴクリ。
「新しいメンバーを加えてパワーアップします!」
……。
会場が一瞬、静寂で包まれた後、ファン達の驚きの声が鳴り響いた。
「「えーっ!」」
驚いたのはファン達ばかりでなく私も度肝を抜かれた。
「ちょめ?」 (なぬ?)
新しいメンバーを加えてパワーアップすることはよくあることだ。
だけど、その場合ははじめからグループで活動をしていた場合に限られる。
ソロでやっていた人が新しいメンバーを加えてグループになるなんてのははじめてだ。
「何を考えているんだよ、リリナちゃんは」
「リリナちゃんがリリナちゃんでなくなると言うことなのか」
「俺はリリナちゃんだから応援していたんだぞ」
周りからファン達の本音の言葉が耳に届いて来る。
さすがにグループになるのは反則的行為だ。
リリナちゃんがリリナちゃんでなくなることはないけれどそれでもだ。
「ちょめちょめ」 (重大発表過ぎるわ)
「別にいいじゃないの?ひとりよりもふたりの方がいいじゃん」
「ちょめちょめ」 (そう言う問題じゃないのよ。リリナちゃんはブランドなの)
「ブランド?」
私の言葉を理解できないのかミクは小首を傾げて不思議そうな顔をした。
リリナちゃんはリリナちゃんとして活動して来たからブランドになっているのだ。
それを新しいメンバーを加えたら、リリナちゃんと言うブランドが薄まってしまう。
リリナちゃんはリリナちゃんであるからこそ高い人気を誇れていたのだ。
「それじゃあ、新しいメンバーを紹介するね。来ていいよ」
リリナちゃんが呼ぶと新しいメンバーがステージの袖に現れる。
見た目は赤色の髪のショートヘアーでりりなちゃんよりも背が高い。
歩き方もぎこちなくて素人丸出しの状態だった。
すると、ステージの段差に躓いて思いっきりダイブした。
「あっ!ステージに段差があることを伝えてなかったわ」
リリナちゃんは赤髪の子のところまで慌てて駆けて行く。
「おいおい。あんなので本当に大丈夫なのか」
「ズブの素人じゃん。リリナちゃんと合わないよ」
「もしかして天然なのか?」
クスクスクスクス。
ファン達は好き放題言いながら笑いを堪えている。
その冷ややかなファンの対応にリリナちゃんはムッとする。
だけど、そこはプロなのでファン達に文句を言うことはなかった。
「ごめんね。このステージは段差があるの」
「別にいいよ。リリナちゃんのせいじゃないし」
「立てる?」
「うん」
リリナちゃんは赤髪の子に肩を貸して赤髪の女の子を立ち上がらる。
そしてステージの真ん中に移動してファン達に向き合った。
「おっ、意外とカワイイ子じゃないか」
「馬鹿言え。リリナちゃんとは月とスッポンだ」
「でも、これで天然のドジっ子ってブランドは立ち上げたな」
「今どき流行んねーぞ、そんなの」
私の周りにいる男の子のファン達は赤髪の子を品定めしはじめる。
確かに少し昔までは”天然でドジっ子”が流行った。
漫画にしろ、アニメにしろ、”天然でドジっ子”のキャラをやたらと登場させていたのを覚えている。
だが、今になってからはそれがあたり前になっているからあまり気に留めていないのだ。
「あーっ!ナコルねぇちゃんだ!」
「ちょめちょめ」 (そんな訳ないじゃない。バカもほどほどにして)
「髪の色は違うけれどナコルねぇちゃんだよ」
「ちょめちょめ」 (そう言われてみればナコルのようにも見えるわ……だけど、あのナコルがアイドルをやる訳ないでしょう)
ナコルは根っからのギャルなのだ。
だから、アイドルなんてカワイらしいものになるはずがない。
いいや、なれないのだ。
それにナコルはイジメっ子と言うブランドを持っているからなおのこと合わない。
あの赤髪の子はナコルではなく、ミクの見間違えだ。
「ナコルねぇちゃーん!ミクだよ、ミク!こっち向いて!」
「ちょめちょめ」 (ちょっと止めなさいよ。人違いだったらどうするの)
「ナコルねぇちゃーん!こっち、こっち!」
「ちょめちょめ」 (ちょっと、ミク)
私の制止を振り切ってミクは手を振りながら大声を出して騒ぎはじめる。
すると、周りにいたファン達がざわめきはじめた。
「そういや、あの赤髪の子はナコルに似ているよな」
「ナコルって元ギャル部の奴だよな」
「推し活部の子をイジメて退学になったって話しだぞ」
「そんな奴がアイドルなんてやるものか。リリナちゃんに失礼だ」
ファン達も私と同じ反応を示す。
もし、あの赤髪の子がナコルだったら許せない。
ナコルがアイドルをやるなんてあってはならないことなのだ。
イジメっ子ギャルは逆立ちしてもイジメっ子ギャルでしかない。
それにそんな奴をリリナちゃんが選ぶはずもない。
「他人の空似さ」
「そうだよな。ナコルって、確か金髪だったしな」
「世の中には自分に似ている人が3人いるらしいから別人だろう」
「驚いて損したぜ」
ファン達もあの赤髪の子がナコルでないことに行きつく。
私だってあの赤髪の子がナコルだなんて信じたくない。
ナコルはもっと嫌味ったらしい顔をしているのだから。
「ちょめ太郎は私の言うことを信じないの?」
「ちょめちょめ」 (あの子は別人よ。ナコルじゃないわ)
「そうなんだ。ちょっと悲しい」
「ちょめちょめ」 (こんなことぐらいで泣かないでよ)
ミクは私が信じないと言ったので目に涙をいっぱい溜めて俯く。
今にも泣き出してしまいそうで気が気でなかった。
「グスン。だって、ちょめ太郎が信じてくれないんだもん」
「ちょめちょめ」 (わかったわよ。信じるわよ。だけど、あの子はナコルじゃないの)
「まだ言ってる。ちょめ太郎のバカ」
「ちょめちょめ」 (後でアイスを買ってあげるから機嫌をなおしなさい)
そんな私達のやり取りを遮るかのようにリリナちゃんが話しはじめる。
その言葉に会場にいたファン達は凍りつくように固まった。
それは――。
「それじゃあ新しメンバーを紹介するね。ナコルちゃんでーす」
と言ったからだ。