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第七十八話 笑いもの

お邪魔虫がいなくなったので私達は路上ライブの練習を再開する。

部分的な練習は重ねて来たのでそれなりに形になりはじめている。

ただ、全体を通してだとまだ回数を重ねていないので心もとない。


「それじゃあ、最初から通して練習をするよ」

「アン、あきちゃった~ぁ」

「ナコルねぇ。ちょっと休憩をしないか?」

「それもそうね。じゃあ、ちょっとだけ休憩ね」


アンはすっかりやる気をなくして指で地面をほじほじしていた。


まあ、幼いアンにぶっ続けで練習をすることは難しい。

とかく幼いと飽きっぽいからすぐに投げ出してしまうのだ。

だから、何かエサを与えて言うことを聞かせる手段が使われる。


「おにいちゃん、あっち」

「ちょっと待てよ、アン。走ると転ぶぞ」

「アッ……」


言っているそばからアンは石ころにつまずいて倒れ込む。

すると、サムはすぐに駆け寄ってアンを抱き起した。


「何やってるんだよ、アン」

「うえぇぇぇぇん」

「泣くなよ、アン」

「グスン。ヒクッヒクッ。おひざがイタイ」

「膝が擦り剥けているな」

「どうしたの」


アンの膝は真っ赤に染まっていて所々に土がついていた。

お風呂に入ったら沁みるタイプの怪我をしている。


「待ってろ。俺が舐めて直してやる」

「ちょっ。やめなさい、サム」

「だってアンが怪我をしているんだぞ」

「だからって傷をなめたら汚いでしょう」

「だったらどうするんだよ」


私はアンをおぶって噴水のところまで連れて行く。

そして噴水の縁にアンを座らせるとハンカチに噴水の水を含ませた。


「こう言う時はまず汚している場所の汚れを落すのが先よ。ちょっと沁みるけど我慢してね」

「イタイッ!」

「我慢、我慢。すぐにキレイになるから」


私はなるべく擦り剥けている部分に触れないように周りの土を落して行った。


「これでよし。痛くなかったでしょう」

「ううん。イタかった」

「ちょっと沁みただけじゃない」

「これで終わりなのか?」

「ちゃんと絆創膏を貼ってあげるわよ」


私はポシェットを取に戻って中から大きめの絆創膏を取り出す。


一応、女子だからこう言う時のために絆創膏は持っている。

出先で何かあるかわからないから予め用意しておくことは女子の嗜みだ。

他にも頭痛薬とか胃腸薬なんかも揃えてある。


私はアンの怪我をしている部分に少し大きめの絆創膏を貼った。


「これでよしっと。もう、大丈夫だよ」

「よかったな、アン」

「うん」


手当してもらって安心したのか涙目のアンの顔に喜色が戻る。


「これからはちゃんと前を見て走るのよ」

「俺が手をつないでいてやる。あっちへ行こうぜ」

「うん」


サムはお兄ちゃんらしさをはっきしてアンと手をつなぎながら向こうへ駆けて行った。

その背中を羨ましそうに眺めながら徐に立ち上がった。


サムのようなお兄ちゃんがいないから優しくしてもらったことがない。

生意気な弟はいるけれど弟の面倒を見るのは私の役目だから優しくする方だ。

もし、私に優しいお兄ちゃんがいたら守ってもらえたのだろう。

そんなことを考えていると心の奥底がギュッとつままれるような感覚を覚えた。


「私もイケメンで妹思いの優しいお兄ちゃんが欲しかったな」


そうしたら今頃、私はお姫様でいられたことだろう。

けっしてイジメっ子なんて人の道から外れることはなかったはずだ。

今思えば私がイジメっ子になってしまっていたのは寂しかったからかもしれない。

クラスには友達と呼べる友達がいなかったから不良の道を歩んだ。

すると、私の周りに悪い仲間達が集まっていっしょに行動するようになった。

そして必然と弱い子達をイジメるようになってしまったのだ。

しょせんイジメっ子なんてひとりになったら何もできない弱い人間だ。

私がそうだったからよくわかる。


そんなことを考えているとサムとアンが楽しそうに戻って来た。


「なぁ、ナコルねぇ。あれ買ってくれ」

「かって、かって」

「あれって何よ」


サムが指を差した方向を見ると綿菓子の露店が目に入った。


「綿菓子ね。食べたことがないの?」

「あんなのは食べたことがない」

「たべたい」

「わかったわ。買ってあげる」

「やりーっ!」

「はやく、はやく」


私はおねだりしてくるサムとアンを連れて綿菓子の露店へ向かった。


「へい、いらっしゃい」

「おじさん。綿菓子を3つください」

「おい、俺のどこを見ておじさんって言うんだい。これでもまだ20代だぞ」

「だって、濃い顔をしているからおじさんかと思っただけよ」

「それは褒められてるのか?」

「それより綿菓子を2つちょうだい」


綿菓子屋のおじさんもといお兄さんは複雑な表情をしている。

自分がおじさんに見られたことがすごくショックなのだろう。

ただ、まだ14歳の私から見たら20代でもおじさんに入るのだ。


「ちょっと待ってろ。今作ってやる」


そう言うと綿菓子屋のお兄さんは綿菓子の素を機械の中へ入れる。

すると、機械から綿のような糸が伸びて来て機械の中に巣を作りはじめた。


「なんか糸のようなものが出て来たぞ」


サムとアンは物珍しそうに食いつきながら綿菓子ができる様子を見つめている。


「ここからが腕の見せ所だ。ちゃんと見ているんだぞ」


綿菓子屋のお兄さんは割り箸を掴むとクルクル回転させながら綿菓子を絡み取りはじめた。


「うおぉーっ、すげー」

「すげー」

「こいつにはちょっとしたコツがあるんだ。俺ぐらいのベテランじゃないとできないんだ」


あっという間に綿菓子は丸く膨らんでいって虹色の綿菓子が完成した。


「へいっ、おまち」

「随分とキレイな綿菓子なのね」

「最近はこう言うのじゃないと売れないんだよ。まあ、綿菓子屋にも流行が必要なんだ」


綿菓子屋のお兄さんはサムとアンに完成した綿菓子を渡す。

サムとアンは目を輝かせながら七色の綿菓子を見つめていた。


「いくら?」

「3つで銅貨3枚だ」

「はい」

「毎度」


私は綿菓子のお金を払うと綿菓子を持って噴水まで戻った。


「なぁ、ナコルねぇ。食べていいか?」

「いいわよ」

「いただきまーす」

「まーす」


綿菓子の食べ方を知らないサムとアンはそのまま綿菓子にかぶりつく。

そして声を高らかに感想を言葉にした。


「「あまーい」」

「でしょう」


サムとアンは口の周りに綿菓子をつけながら幸せそうな表情を浮かべる。


「なんでこんなにフワフワなのに甘いんだ?」

「それは綿菓子は砂糖で出来ているからよ。正確に言えばザラメだけどね」

「ふ~ん。砂糖で出来ているのか」


まあ、私も何で固形のザラメが糸のようになるのかまでは知らないけれど。


「おくちのまわりがベトベト」

「後で顔を洗いなさいよ」


サムとアンは七色の綿菓子の見た目を楽しむより食べることに専念していた。

それからあっという間に二人は綿菓子を平らげてしまう。


「あーぁ、終わっちゃった」

「もっとほしい」

「ダメよ。虫歯になるから」

「大丈夫だよ。ちゃんと歯を磨くから」

「でも、ダメ。この後は路上ライブの練習をするんだから」


おかわりを催促して来るサムとアンを突き放して休憩時間を終わらせた。


「それじゃあ、通して練習をするわよ」

「なぁ、これが終わったらまた綿菓子を食べてもいいか?」

「ダメよ。食べ過ぎはよくないの。綿菓子は1日1つまでよ」

「えーっ!なら、他のお菓子を買ってくれよ」

「気が向いたらね」


練習が終わる前から次のお菓子を催促するなんてさすがは子供だ。

これが大人だったらそんなことを考えずに練習に打ち込むだろう。

なんて言ったって路上ライブの練習はお菓子よりも大切なことなのだから。


「それじゃあ、アン。ラジカセのスイッチをONにして」

「はーい」


私が指示を出すとアンは素直にラジカセのスイッチをONにする。

すると、イントロが流れはじめてサムが合わせるように照明を動かした。


この部分は何度も繰り返しているのでタイミングもばっちりだ。

私は歌い出しを間違えないようにリズムをとりながら歌いはじめた。


”おはようからはじまる朝 キミと二人で歩いた道”

”今は遠く届かなくて 思い出だけが通り過ぎて行く”


何度も繰り返しているので滞ることなく歌い続けられた。

サムもアンも私の歌声を聴いても笑わなくなっている。

何度も聴いているから慣れたのか真剣になったのかはわからない。

ただ、歌っている私の方としてはとても歌いやすかった。


そして最後のサビを歌い終えて楽曲は終わった。


「いい感じじゃない。上出来よ」

「は~ぁ、これで終わりか」

「おわり、おわり」


何度も繰り返したので路上ライブの完成度は高まった。

サムとアンは路上ライブの完成度よりも終わりを楽しみにしていた。


「いい感じになったし、今日はこれで終わりよ」

「やったーっ!」

「おかし、おかし」


ある程度まで完成度が上がったので終わりにすることにした。

これ以上、根を詰めてもいい結果がでないから明日にするのだ。

サムとアンは練習が終わって意気揚々としていた。


そこへルイミンが大勢のセントヴィルテール女学院の生徒を連れて戻って来た。


「あれ?もう終わりなんだ。せっかくお客さんを連れて来たのに」

「また、邪魔をしに来たの。残念ね、今日はもう終わりよ」

「ルイミン、ちょっと話が違うじゃん。私も路上ライブを観たい」

「せっかくここまで来たのになしなんて許さないからね」


セントヴィルテール女学院の生徒達はルイミンに詰め寄って文句を言っている。


「心配しなくても大丈夫よ。アイドルがお客さんを目の前にして帰るなんてことはしないわ。ねぇ、そうでしょう」

「今日はもうお終いよ」

「それはアイドルらしからぬ行動ね。本当のアイドルってのはお客さまの声に応えるのだから」

「……わかったわよ。やればいいんでしょう」

「やだなー。そんな投げやりな態度はアイドルらしくないわ」

「やらせてもらいますわ」


ルイミンは私のあげ足をとりながら路上ライブをさせるように誘導して来る。

ルイミンの言う通りにすることは気が引けたがアイドルを口にされたら引けない。

私はアイドルになることを宣言したのだから有言実行でなければならいのだ。

それにこれはある意味チャンスなのかもしれない。

ただでさえ人が集まらないのにわざわざルイミンが観客を連れて来たのだ。

ここで実力を発揮できれば私のファンになってくれる人も現れるかもしれない。


「ナコルねぇ、終わりじゃないのかよ」

「アン、もうつかれちゃった~ぁ」

「サム、アン。これを最後にするから協力して」

「……わかったよ。ナコルねぇの頼みだもんな。やるぞ、アン」

「ふわ~ぃ」


と言うことでサムとアンの了解をとって最後の路上ライブをはじめることにした。


路上ライブのステージを取り囲むようにセントヴィルテール女学院の生徒達が集まっている。

さながら本物の路上ライブのような様相を呈している。


「私がアイドルになればこんな感じになるのね。緊張するわ」


何度も練習をして来たけれどいざお客さんを前にすると緊張感が全く違う。

ステージに立っているだけで心臓がドキドキして来て手足が震え出す。

リリナちゃんはこんな緊張感を感じながら毎日路上ライブをしていたのだろう。

それだけ考えてもリリナちゃんはすごいアイドルなのだと言うことがわかった。


「私の路上ライブ。最後まで楽しんで行ってね!」


私はライブさながらの台詞を吐いて会場を盛り上げる。

すると、お客さんも私の声に答えて応援してくれる。


そして声を出さずにアンに視線を向けて合図を送った。

アンはこちらの意図を読み取ってくれてラジカセのスイッチをONにする。


イントロが流れはじめたらサムの出番だ。

練習通りにライトを私に当てて光の演出をはじめた。


後は私が歌い出しを間違えることなく歌えばいいだけだ。

ここの部分は何度も繰り返し練習して来たからばっちりだ。


私は指でリズムをとりながらタイミングをとって歌いはじめた。


”おはようからはじまる朝 キミと二人で歩いた道”

”今は遠く届かなくて 思い出だけが通り過ぎて行く”


歌い出しもタイミングを外すことなくうまく出来た。

後は最後まで歌いきれれば路上ライブは成功する。


しかし、お客の反応は違っていた。

私が想定してものではなかった。

ルイミンが見せたように爆笑をしはじめたのだ。


「キャハハハ。何よ、あの歌。カラスが鳴いているの」

「ウ、ウケる。こんな笑える路上ライブははじめてだわ」

「ルイミンの言った通りだったわ。来てよかった」

「あれじゃあアイドルじゃなくてお笑い芸人ね」

「アイドルなんて辞めて芸人にでもなれば」


セントヴィルテール女学院の生徒達は示しを合わせように爆笑している。

罵声を浴びせながら言いたい放題言ってお腹を抱えて笑っていた。


「な、何なのよ、これ……」

「どう?わかったかしら。これがお客さまの素直な感想よ。あなたにアイドルなんて到底無理な話なのよ」


どうやらルイミンはこれが目当てでセントヴィルテール女学院の生徒を連れて来たようだ。

私はとことんまでこけ落してアイドルになることを諦めさせたかったのだろう。


「ねぇ、ナコル。もっと聴かせてよ。あなたの歌声が聴きたいわ」

「そうそう。もっと私達を笑わせてよ」

「そんな特技があるならはじめから言ってくれたらいいのに」

「かつてのイジメっ子がいい気味だわ」

「しょせんイジメっ子がアイドルになれるわけないけどね。キャハハハ」


爆笑しているセントヴィルテール女学院の生徒達の中にはイジメられっ子も混じっているようだ。

かつて私にイジメられたからルイミンのように復讐をして気を晴らしているのだろう。

ただ、その心ない言葉は私のプライドをズタズタに切り裂いてしまう。


ルイミンが仕向けたことだとわかっていてもやっぱり傷つく。


「……」

「お客さまが催促しているのよ。最後まで歌いなさい」

「私は……」

「あれ、あなたはアイドルになりたかったんじゃないの。アイドルならばどんなステージだってこなすものよ」


今の私に路上ライブを続ける気力は残されていない。

こんなにも馬鹿にされているのに歌うことなんてできない。

私が歌えばお客たちは爆笑するのだからなおのことだ。


ただ、ルイミンは私の足元を見て畳みかけて来る。


「さあ、歌いなさい。これはあなたのライブなのよ」

「……」

「「歌え、歌え」」

「もっともっと」

「「歌え、歌え」」


お客たちが歌えコールをはじめるとルイミンが煽る。

それに合わせるようにお客たちの歌えコールは激しくなった。


すると、見かねたサムがステージに登って叫んだ。


「お前ら、いい加減にしろよ。ナコルねぇをイジメるんじゃねぇ!」

「何、そのガキ」

「邪魔だからどいてなさい」

「そうよ。外野は引っ込んでなさい」


サムは大勢のお客を相手にしても一歩も引かない。

どんなに罵声を浴びせられても私を庇ってくれる。


「ナコルねぇは俺達の家族だ。だから、守らなくっちゃいけないんだ」

「そいつがナコルに騙されているガキなのね」

「可哀想だわ。何が真実なのかも聞かされていないのね」

「ナコルもとんだクズね。こんないたいけな子供を騙すなんて」

「仕方ないわよ。イジメっ子なんだから。もともと人の心は持ち合わせていないのよ」


だけど、お客たちの罵声は次第にエスカレートして行く。

元の私を知っているだけに浴びせる言葉は厳しいものだ。

私がイジメっ子なんてしていたから今になってしっぺ返しが来たのだろう。

これも身から出た錆なのだけれど、それにしても厳しい言葉の数々だ。


「これでわかったでしょう。あいつはみんなから嫌われているの」

「ナ、ナコルねぇは俺の家族だ」

「もう、馬鹿なことを言うのはよしなさい。自分が惨めになるだけよ」

「お、俺は……」


強がりを言っていたサムだったがルイミンの言葉に反応してしまう。

誰から見ても私とサム、アンは家族ではなく赤の他人なのだ。

家族と言って家族の振りをしていたけれど本当の家族にはなれない。

少なくともこのぐらいで崩れてしまうような絆では弱すぎるのだ。


「いい物を見せてもらったわ。ルイミン、ありがとうね」

「せっかくだしさ。みんなに言い振らそうよ」

「それ、いいアイデアね」

「あのイジメっ子ナコルが改心して笑えるアイドル活動をはじめたって」

「きっとすぐに学院中の噂になるね」


セントヴィルテール女学院の生徒達はそんなことを話しながら帰って行く。


恐らく学院に戻ったら1日も経たないうちに噂が広まってしまうだろう。

そうなってしまえば私はもう二度と路上ライブなんてできなくなってしまう。

わざわざ笑いものにされることを知っているのに路上ライブなどしない。


と言うかそれよりも今は路上ライブをする気持ちすらなくなってしまっている。


「いい気味ね。これがイジメっ子の末路なの。もう、馬鹿なことは考えないで影でひっそり生きていなさい」


すでに心が折れている私に向かってルイミンは最後の言葉で叩き割る。


「……」

「ナコルねぇ……」


しばらくの間、私はその場に呆然と立ち尽くしていた。


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