表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/163

第七十七話 粛清

翌日、私達は予定通り路上ライブの準備をはじめた。

ステージは用意できないのでチョークで線を引いて囲む。

音響機器はステージ横に置いて照明機器は前に置いた。


「こんな配置でいいかな」

「俺はここで照明をナコルねぇに向ければいいんだな」

「だいだいはそうだけど私が合図を送るわ」

「わかった」


サムがどこまで理解ているのかわからない。

照明器具を使うなんてはじめてだからだ。

ただ、サムやアンの協力がないと路上ライブはできない。


「アンはどうしたらいいのぉ?」

「私が合図を送ったらボリュームを上げて」

「これ?」


キーン。


徐にアンがボリュームを上げたのでスピーカーから耳に障る音が鳴り響いた。


「ちょっと、アン。ボリュームを下げて」

「こう?」

「ふーぅ。先が思いやられるわ」


とりあえず今はこのメンバーで頑張るしかない。

名前が売れてファンができるようになったら改めてスタッフを募集すればいいのだ。

それがいつになるのは今の段階では予想ができなかった。


「それじゃあ、アン。ラジカセのスイッチを入れて」

「はーい」


私の指示でアンがラジカセをONにするとイントロが流れはじめる。

私はステージに見立てた丸の中に立って照明係のサムに合図を送った。


「これでいいかな」

「ちょっと、サム。どこに照明をあてているのよ。私に当てないとダメじゃない」

「だって、明るくてライトの明かりが見えないんだから仕方ないだろう」

「ストップ、ストップ」


私は指で罰点を作りながら路上ライブを一時中断する。


「もう、ちゃんとやってよね」

「やってるさ。だけど、ライトの明かりがよく見えないんだよ」

「照明がどうかで見え方が変わるから大事なの」

「じゃあ、ナコルねぇがやってみろよ」

「わかったわ。私がお手本を見せるからアンはステージに立って」

「はーい」


口で言うよりも実際にやってみた方が早い。

私がお手本を見せればサムはその通りにすればいいだけだ。

とりあえず照明の操作の仕方を教えるだけなので音楽はかけなかった。


「じゃあ、行よ」


私は照明器具を動かしてアンの足元を照らす。

そして照明器具を上に動かしながらアンの全身を照らした。


「どう?これでわかったでしょう」

「ああ。何となくわかったよ」

「なら、やり直しね」

「おう」

「アン。もういいよ」

「はーい」


これでサムも照明の当て方を理解したはずだ。

ポイントは下から上へ明かりを移動させるのだ。

この動きは基本中の基本だから覚えてもらいたい。


「それじゃあ、はじめるわよ」


私はまたステージに見立てた丸の中に立つ。

そして手でアンに合図を送ってラジカセをONにさせる。

すると、音楽のイントロが流れはじめてスピーカーから聞こえて来た。


「次はサムの番よ」

「うっし」


サムは私のお手本通り、まず足元を照らしてからライトを上に動かして行く。


「いい感じよ」


これでイントロが終わったら歌いはじめるだけだ。

しかし、サムはライトを私の顔のところで止めたまま動かさない。


「ちょっ、眩しい。ちょっと止めなさい、サム」

「何だよ。俺はナコルねぇのお手本通りにしただけだろう」

「ライトを下から上に動かした後はライトを切らないとダメなの」

「そんなことナコルねぇは言わなかっただろう」

「言わなかったけど、それぐらいわかるでしょう」

「わかんねぇよ。はじめてなんだし」


私がサムを注意するとサムはすぐにふて腐れる。


確かにサムが言う通りライトを消すことは伝えていなかった。

ただ、そのぐらいはわかるだろうと思っていたことが間違いだ。

サム達は路上ライブを見たことがないのだから、一から教えないとダメなのだ。


「今のは私が悪かったね。ごめんね」

「別にいいよ」

「じゃあ、サムにもわかるように最初から最後まで一通りお手本を見せてあげるわ。難しくないように簡単にするから安心して」

「おう」


と言うことで私は楽曲のはじまりから終わりまでの照明の動きの見本を見せた。

はじめてのサムでも覚えやすいように上下左右の動きだけにしておいた。

もちろん照明を消す場所も確認しながら一通り教え込んだ。


「じゃあ、最初からやり直すからね」

「おう。今度は大丈夫だ」

「アン。ラジカセをONにして」

「……」

「ちょっと、アン。聞いているの?」

「きこえているよ~ぉ」

「なら、ラジカセをONにして」

「ふわぁ~い」


私が催促するとアンはやる気のなさそうな返事をする。

サムにかかりっきりになっていたからアンの機嫌を損ねたのだろう。

ただ、サムもアンもスタッフなんだからきちんと仕事はこなしてもらいたい。


すると、スピーカーから楽曲のイントロが聴こえて来た。


「いいわよ、サム」


サムは教えた通り私の足元にライトをあてて徐々に上に動かして行く。

今度は途中で止まることなくライトの明かりが私を通り越すと消した。


「やればできるじゃない」


動きこそぎこちないがサムは教えた通りに照明を動かしてみせる。

その眼差しも真剣で必死に楽曲について行った。


「これなら合格ね。次は私だわ」


イントロが終盤を迎え楽曲へ近づくと私も歌い出すタイミングを合わせる。

そして歌い出しに移るタイミングを見計らって声を出そうとした。

その時――。


ポワ~ン。


楽曲を遮るようにスピーカーから効果音が鳴り響いた。


「ちょっと。アン、何をしているの!」

「だって~ぇ、つまんないんだもん」

「もうっ」


アンは気怠そうな顔をしながらスピーカーに寄りかかっている。

全く仕事をしようと言う気はなくて体をくねらせながら手をブラブラさせていた。


「サムに続いてアンまでも。せっかくうまく行っていたのに」

「おい、アン。しっかりやれよな」

「つまんなぁ~い」


サムも仕方なさそうにはしていたが心の中は穏やかでないだろう。

せっかく苦労してできたのを途中で邪魔をされてしまったのだから。

だけど、お兄ちゃんだから怒りをアンに向けることはしない。


「わかったわ。アン、言う通りにしてくれたら後でお菓子を買ってあげるわ」

「ほんとっ!」

「よかったな、アン」

「いっぱいだからね」

「わかったわ。約束する」


すっかりアンの機嫌はよくなりランランと目を輝かせている。

きっと頭の中にはお菓子の山に埋もれているのだろう。


「子供に言うことを聞かせるならおやつで釣るのに限るわ」


少し大人気ないきもしたが、これもそれもアイドル活動をするためだ。

多少、人の道を踏み外しても気にしてはいられない。


「今度こそ、うまく行かせるわよ」

「こっちはいつでもOKだぞ」

「アンもいいよ」

「それじゃあはじめ!」


二人に確認をとってから私はスタートの合図をアンに出す。

アンは約束した通りラジカセをONにして楽曲を流しはじめる。

その曲に合わせるようにサムが照明を動かした。


「いいわ。いいよ。その調子」


イントロに合せて照明のライトが私を照らすとふっと消える。

そのタイミングに合わせて歌い出しを間違わないように声を出す。


”おはようからはじまる朝 キミと二人で歩いた道”

”今は遠く届かなくて 思い出だけが通り過ぎて行く”


私がいい気分になって歌っているとサムがニヤけている。

何がおかしいのかわからないが笑いを堪えているようだ。


「ストップ、ストップ」

「何だよ、面白いところだったのに」

「面白って何よ?」

「だって、ナコルねぇの音程が外れているから」

「なっ!」


サムにどれだけの音感があるのかわからないが失礼だ。

私が一生懸命歌っているのに面白がっているなんて。

私のどの部分が音程が外れていると言うのか。


「おにいちゃん、わらったらだめだよ。プッ」


サムに続いてアンも私の歌声を聞いて笑いを堪えている。

そんな姿を見ていたらイライラして来た。


「何なのよ、二人して」

「ごめんよ。ただ、あまりに面白かったから」

「ごめんなさい……プッ」


謝っているのか馬鹿にしているのか曖昧な態度をする二人。


「もういいわ。あなた達はクビよ」

「そんなに怒らなくてもいいじゃないか。悪気はないんだから」

「悪気がないから質が悪いのよ。それは私が音痴って言ってるようなものよ」

「うんち、うんち。グフフフ」


私のあげ足をとってアンは馬鹿にして来る。

子供だから”うんち”に反応して連呼している。

馬鹿馬鹿しいのだけれど悔しい。


「真面目にできないんだったら辞めてもらうからね」

「わかったよ。おい、アン。ちゃんとやるぞ」

「うん……ち。グフフフ」


とりあえず”うんち”にハマっているアンはほっておこう。

ただ、今度ちゃんとやらなかったら本当に首にするつもりだ。

私が真剣にやっているのだからサムとアンも真剣にならなければならない。

でなければファン達を喜ばせることなんてできないだろう。


「今度はちゃんとやるのよ。アン、お願い」

「は~い」


やっと”うんち”の沼から抜け出したのかアンはちゃんと返事をした。

約束通りラジカセのスイッチをONにして楽曲を流しはじめる。


「次はサムよ」

「おう」


サムの顔つきも真剣に変わり手順通りに照明機器を動かす。

何度も繰り返しているせいか、その部分だけはうまくなっていた。


そしてイントロが終わり楽曲の本編がはじまる瞬間、私は歌い出した。


”おはようからはじまる朝 キミと二人で歩いた道”

”今は遠く届かなくて 思い出だけが通り過ぎて行く”


何気に二人を見るが笑いこそしていないが目が笑ってる。

私の歌声のどこがおかしいと言うのか私には理解できない。


すると、不意を突くように誰かの笑い声が鳴り響いた。


「ギャハハハ。どこかでカラスが鳴いているわ」

「ルイミン!何しに来たのよ」

「あなた、それで歌を歌っているつもりなの?」

「悪い」

「ぜんぜんセンスがないわ。あなたにアイドルなんて務まらない」

「馬鹿にしないでよ。ちょっと聴いたぐらいで何がわかるっていうのよ」

「あなたがズブの音痴だってことはわかるわ。ギャハハハ」

「チッ」


ルイミンにはっきり音痴と言われて自分が音痴であることに気づく。

サムやアンが笑っていたのも私があまりに音痴だったからだ。

だけど、頭ごなしに音痴と言われるとムカッ腹が立って来る。


「なら、あなたが歌ってみなさい」

「歌ってもいいけれど私はリリナちゃんの推し活をするのが使命だからアイドルの真似ごとはしないの」

「ふん。あなただって音痴なんでしょう」

「ブブー。残念でした。私は絶対音感があるから音痴じゃありませーん」


ルイミンは鼻を高くしながら憐むように私に視線を送る。

その顔を見ていたら悔しくて拳を握り締めていた。


「邪魔だからあっちへ行ってなさい」

「何?また、大道芸をやるつもり?」

「アイドルの路上ライブよ」

「ブッ。マジで言っているの?あなたがやっていることは子供のお遊戯よ」

「冷やかしなら止めて。私は真剣なんだから」


こんなところでルイミンに邪魔されている場合じゃない。

ルイのお薬代を稼ぐためにアイドル活動をしなければならない。

待ってくれている人がいるからどんなに馬鹿にされても頑張れる。

けっしてルイミンが認めなくても私はアイドルになってみせるのだ。


「どの口が言っている訳?イジメっ子は一生イジメっ子って言ったでしょう。あなたがアイドルになれることなんて1ミリもないの」

「私はアイドルになるわ。ルイミンが邪魔してもなってみせるんだから」

「あなたがそこまで愚か者だったとはね。アイドルは神聖なものなの。イジメっ子とは対極にある尊き存在なのよ。あなたがどんなに頑張ってもアイドルにはなれないの。諦めなさい」

「私には待ってくれている人がいるの。こんなところで諦めてはいられない」


私が食い下がるとますますルイミンの機嫌が悪くなる。

傍から見たら私が善人でルイミンが悪人みたいな構図になっている。

イジメっ子とイジメられっ子の立場が逆転してしまっているようだ。


すると、ポカーンと様子を見守っていたサムが声をかけて来た。


「なぁ、ナコルねぇ。そいつは友達か?」

「友達じゃないわ。失敬なことを言わないで」

「うおぉ。怒鳴らなくてもいいじゃないか」

「あなたが馬鹿なことを言うからよ」


ルイミンは私と友達であることを完全否定をする。

まあ、ルイミンとは正式に友達にはなっていない。

リリナちゃんの友達の友達と言う間柄だ。


「そいつは正確が悪いみたいだから気にしなくていいわ」

「よく言ってくれるわ。イジメっ子のくせに」

「イジメっ子はお前だろう。ナコルねぇをイジメるな」

「いじめるなぁ」

「何言っているの、このガキんちょ。私のどこがイジメっ子なのよ」

「そのまんまじゃないか」


サムとアンは私の前に立ちはだかって守ってくれる。


「随分としつけたようね。だけどね、こいつは私のことをイジメて学院を退学になったのよ」

「本当なのか、ナコルねぇ?」

「そ、そんなこともあったかな……」


痛い腹をつかれて私は返す言葉を失ってしまう。


私がイジメっ子だったってことを知ったらサムやアンはどう思うだろうか。

それを考えると怖くて本当のことは話せない。

だから、ルイミンが法螺を吹いていることにしておいた方がいい。


「これがこいつの正体よ。あなた達も馬鹿なことはしていないでそいつと縁を切りなさい」

「ヤダよ。ナコルねぇは俺達の家族なんだ」

「かぞくなんだ」

「お前こそ、どこかへ行け」

「いけ」

「何―ッ!この生意気なガキんちょは。ムカつく」


サムとアンが私の味方をしているのでルイミンは怒り心頭になる。

傍からこの様子を見ていたらルイミンの方が悪者に映るだろう。

ただ、サムとアンが私の味方をしてくれたことは正直嬉しい。

今まで友達もいたけど、こんな風に私のことを思ってくれる友達はいなかった。

私は生まれてはじめてわかりあえる家族を手に入れたのかもしれない。


「わかったろう。私達は家族なの」

「いたいけな子供を騙して従わせるなんて心底、悪魔なのね」

「もう、いいだろう。あっちへ行け」

「邪魔してやる。あんたなんかアイドルになっちゃいけない人なのよ」


ルイミンは私を目の敵にしてアイドル活動を邪魔したいようだ。


ただ、私はこんなとことで立ち止まっている場合じゃない。

ルイを救うための資金を稼がなければならないからだ。

それに私がアイドルになったらルイも喜んでくれるだろう。


「私はアイドルになる。あなたが何と言おうとね」

「言葉づかいまで変えちゃって。似合わないのよ」

「アイドルになるんだから言葉づかいも改めないとダメなのよ」

「あーっ、ムカつく。ガキんちょ達の前であなたの本性を暴いてやりたいわ」


私が反論するたびにルイミンの苛立ちはエスカレートして行く。

悔しそうに頭を掻きむしりながら鬼のような形相を浮かべていた。


「ナコルねぇ。もう、こんな奴はほっておいて続きをしようぜ」

「そうだね。じゃあ、もう一度はじめからやり直すよ」

「はーい」


私達はひとりで怒っているルイミンをほっておいて続きをすることにした。


「こうなったらとことんまで邪魔してあげるんだから」

「いやー、はなして」

「おい、アンに何をしやがる」


何を思ったのかルイミンはアンが操作しているラジカセをはぎ取る。


「これがなければ何もできないでしょう」

「汚いぞ。返せ」

「ようやくボロを出したようね。聞いた?これがあいつの本性なのよ」

「くぅ……」


ルイミンに乗せられていつもの汚い言葉を吐いてしまう。

それを聞いてサムとアンも驚くかと思ったがそうではなかった。


「俺はどんなナコルねぇだって大好きだぞ」

「わたしもスキぃ」

「なんて言ったって俺達は家族なんだからな」

「かぞく、かぞく」

「サム……アン……」


サムの言葉を聞いて私はサムとアンを抱き寄せて包み込んだ。


「あなた達は同じ穴の貉なのね。お互いの傷をなめ合っているだけだわ」

「それでもいいんだ。家族なんだからな」

「あーっ。さっきから家族、家族って。本当の家族じゃないのにバカみたい」

「家族ってのは血縁関係があればいいって訳じゃないんだ。心から信頼し合える繋がりが大切なんだ」

「イジメっ子のあなたからそんな言葉を聞くなんてね。だけどね、あなたはアイドルにさせないから。あなたのような汚れた人間がアイドルになんてなってはいけないの」

「たとえ汚れていても心を入れ替えればキレイになるんだ。私はアイドルになってやるわ」


私とルイミンの主張は平行線をたどり着地点を見出せない。


「今に見ていなさい。あなたなんてケチョンケチョンにしてあげるんだから」


そう捨て台詞を吐き捨てるとルイミンはラジカセを置いて逃げて行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ