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第七十六話 アイドルはじめます

中華料理店で1ヶ月も働いた。

ときおり店主から文句を言われたが我慢した。

おかげで食器洗いはプロ並みにまで成長していた。


「よっしゃー。今日の仕事は終わりっと」

「俺、お腹空いたよ」

「すいた」

「この後でまかないが出て来るまで店番だな」


私達は厨房から出てお店の方に向かう。

そこにはお金を勘定していた恰幅のいいおばさん店主が座っていた。


「食器洗い、終わりました」

「もう、そんな時間かい」


恰幅のいいおばさん店主は時計を見て時間を確認する。


「店番は私達がします」

「そんなことはいい。ちょいとそこに座りな」


恰幅のいいおばさん店主は私達に座るように促して来る。

文句を言われるのかと戦々恐々しながら椅子に腰をかけた。


「今日で1ヶ月だね。仕事の方はどうだい?」

「食器洗いは大変ですけどやりがいを感じています」

「それはよかった。これはあなた達が稼いだお給金だよ」

「えーっ!金貨ですか!」


恰幅のいいおばさん店主が差し出したのはキラキラに輝く金貨だった。


「1枚だけどね」

「こんなにももらえるなんて思ってもみませんでした」

「ほぇ~、金貨ってきれいだな」

「ピカピカしてる」


サムとアンははじめて金貨を見たようで金貨に釘付けになっている。

私も金貨を見るなんて久しぶりだから少し興奮していた。


「大事なお金だからなくすんじゃないよ」

「ありがとうございます」


私は金貨を受け取ると財布にしまって大切に保管した。


「じゃあ、来月も頼むよ」

「ちょっと待ってください」

「何だい?」

「目標の金額が貯まったのでしばらくお仕事を休もうかと考えています」

「それっぽっちのお金なんてすぐになくなるわよ」

「お金がなくなったらお願いします。今はやりたいことがあるんです」

「まあ、止めはしないけどね。だけど、こっちも仕事だから空きが出ると困るんだよ」

「なら、平日だけお願いします」

「う~ん……まあ、いいかい。わかったよ」

「ありがとうございます!」


恰幅のいいおばさん店主との話し合いで平日だけお仕事をすることに決まった。

休日は何をするかと言えばアイドル活動をしようと考えている。

そのために頑張って働いてお金を稼いだのだから無駄にはできない。


その後、私達はまかないができるまで店番をして時間を潰した。


「まかないができたぞ」

「うわーっ!これ本当に食べていいのか」

「うまそう」

「腹いっぱい食べていいぞ」


料理人が用意したまかないは野菜たっぷりのチャンポンだった。

お店で出してもいいほどのレベルでとてもまかないとは思えない。


「いただきまーす」

「まーす」


サムとアンは教えた通りいただきますをしてからまかないを食べる。

まだ熱々なので蓮華でスープを掬ってフーフーしながら味を確めていた。


「ちょーうめー」

「うめー」

「本当に美味しい」


スープはこってりとしているがぜんぜんしつこくない。

おまけに豚骨ベースのいい出汁が出ていて体に染み渡る。

これでご飯でも食べられるぐらい味が濃厚で美味しかった。


「麺もモチモチしているな」

「もちもち」

「麺にスープが絡んで美味しさが増しているわ」


麺はストレートの細麺だがスープがよく絡むのでうまい。

麺の食感もモチモチしていて食べごたえがある。

おまけに野菜といしょに食べると食感が楽しくなった。


「こんなにうまいなら毎日食べたいよ」

「たべたい、たべたい」

「そうなるといいね」


私達は心行くまでまかないのチャンポンを楽しんだ。

最初はおかわりを希望していたサムだったがいっぱいでお腹が膨れた。

野菜が多めだったから満腹になったのだろう。


「ぷぅー。もう食えねぇ」

「はらいっぱい」

「少し休んだから午後の仕事だからね」


その後、私達は午後の食器洗いをこなしてから家路についた。


「ナコルねぇ、もう一度金貨を見せてくれよ」

「みせて、みせて」

「少しだけだぞ」


私は財布から金貨を取り出すとサムとアンの前に置いた。

すると、すぐにサムが金貨を掌の上に乗せてじっくり眺めはじめる。


「けっこう重いんだな」

「金貨だからね」

「これって全部、金で出来ているのか?」

「そんなわけないじゃない。表面だけ金にしてあるだけ」


全部、金で出来ていたら金貨以上の価値になってしまうだろう。

おまけに使いたくなくなってタンス預金をする人が増えるはずだ。

そうなったら世の中の金貨が消えてなくなってしまう。


「でさ、これをどうやって分けるんだ?」

「銀行で両替してから3等分にするつもりよ」

「それじゃあ金貨じゃなくなるのか?」

「そうよ。銀貨と銅貨にしてもらうつもり」

「えーっ、もったいない。俺、金貨の方がいい」

「きんか、きんか」


確かにサムの言うように金貨を両替してしまうのは少し惜しい。

けれど、両替をしないと金貨を分けることができないのだ。


「でも、両替をしないとお金を分けられないよ」

「俺は金貨のままでいいと思うぞ。金貨を持っていると幸せな気持になるからな」

「しあわせ」

「気持ちはわからなくはないけど、両替しないと何も買えないのよ。それでもいいの?」

「それは困るな。俺は毛布が欲しいからな」

「アンはおかしがほしい」


サムとアンの本音を聞けたことで金貨を両替することに決めた。

ただ、金貨を両替して3等分に分けても結構な金額になる。

それをお金の価値をまだ理解していないサムとアンに渡すことは不安だ。

子供が大金を持っていたら襲われる危険性がある。

おまけにサムとアンは無駄遣いしてしまうかもしれない。

お金の価値がわかるようになるまでは誰かが管理していた方がいいのだ。


「ねぇ、サム、アン。あなた達の取り分を私に預けてちょうだい」

「ナコルねぇが独り占めするのか?」

「違うわよ。サムとアンに代わって管理をするだけよ。サムやアンが何か欲しい時に私が買ってあげるわ」

「う~ん、どうしようかな……アンはどうする?」

「う~ん」


二人は明確な答えを出せなかったが私がお金の管理をすることに決めた。


「明日は仕事がお休みだから買い出しに行くわよ」

「何を買うんだ?」

「アイドルの衣裳と音響機器と照明機器だよ」

「何だよ、それ?」

「アイドル活動をするために必要な道具よ」

「アイドル活動?」


アイドルを見たことがないサムとアンは全く理解できずにいた。

まあ、無理もない。

私だってリリナちゃんを見るまではアイドルに興味がなかったのだから。


私達は夜の炊き出しでお腹を満たしてから眠りについた。


翌朝は小鳥たちより早く起きた。

心がわくわくして寝てはいられなかったからだ。

ようやくリリナちゃんに近づけるから気持ちが浮き立っていたのだ。


太陽が空に登ってしばらくしてから私達は家を出た。


「まずは衣裳を買いに行くよ」

「衣裳って服だよな。俺も新しい服がほしい」

「アンはドレスがいい」


まあ、ちょうどいい機会だし私達の服も新調することにした。

門を叩いた服飾店はアイドル御用達の服飾店だった。

王都ダンデールでアイドル活動をしている人なら知らぬ者はないと言うぐらい有名店だ。

あのリリナちゃんもこの店で衣装をオーダーしているらしい。


私達は服飾店の扉を開けてから驚きの声を上げた。


「何よ、これ」

「うぉっ、すげー」

「いっぱい」


店内にはずらりと洋服が並んでいた。

しかもカラーごとに並べられているので色鮮やかだ。

要所要所にマネキンが置いてあってお薦めのコーデを装っていた。


「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」

「あのう、アイドルの衣裳が欲しいんですけど」

「ステージ衣装ですね。こちらになります」


品の良さそうな店員の後について衣裳コーナーへ移動する。

そこにも溢れんばかりのステージ衣装が所狭しと並べてあった。


「いっぱいあるんですね。どれがいいかな」

「よろしかったら試着してみてください」


そう言うと品の良さそうな店員はレジのところへ戻って行った。


「やっぱり王道はリリナちゃんスタイルよね」


フリルがいっぱいついていてスカートがふわっとしている衣裳だ。

胸元にもフリルがついていて大きなリボンが飾られている。

カラーバリエーションも豊富で虹色カラーで揃えられてあった。


「これカワイイ。でも、こっちも捨てがたいな」


もう一つの方はロングスカートでシックな造りの衣裳だ。

アイドルって感じではないけれど品があって魅力的だ。

どちらかと言うとコンサートとかで着るような衣裳だった。


「やっぱり王道を攻めた方がいいかもね」


意外性を狙ってコンサート衣裳を選んでもハズす可能性がある。

アイドル部で採用している衣裳はアイドル衣裳ばかりだからだ。

ファン達もそれを着ていればアイドルだと認識するから王道を攻めた方がいいのだ。


「決めたわ。これにする」


私が手に取った衣裳は最初に見つけたフリルがいっぱいの衣裳だった。

カラーはピンク色で可愛らしさを演出できる女子達が好きな色をチョイスした。


「アンはこれがいい」


そう言ってアンが持って来た衣裳は私が選んだ衣裳よりもアイドル性が強かった。

胸元に大きなリボンがあしらわれていてリボンのカチューシャとセットになっている。

天性の審美眼を持っているのだろうかアンのチョイスは中々のものだった。


「俺はこれにするよ」


負けじとサムが持って来たのは海賊風の衣裳だった。

舞台で使う衣裳なので本物の海賊の服装とは違っている。

だけど、見栄えがよくて強そうなイメージを与えていた。


「サムとアンもアイドルをするつもりなの?」

「ナコルねぇの真似をしただけだよ」

「まねっこ」


私達はいったん試着して衣裳の着心地を確かめてみた。

サイズもちょうどよくて見栄えも最高だった。

これならばアイドルとしてやっていけそうだ。


「お決まりでしょうか?」

「これください」

「俺はこれ」

「アンはこれ」


私達が選んだ衣裳を渡すと品の良さそうな店員は値段を調べる。

そしてレジをピコピコ操作して合計金額をはじき出した。


「全部で銀貨10枚になります」

「結構するんだね」

「このぐらいであればお買い得な方ですよ」


品の良さそうな店員の話ではオーダーメイドであればこの倍はすると言う。

私達が選んだ衣裳は店に並んであったものだからそこまでは高くなかった。

だけどそれは同時に同じ衣裳を選んだ別の誰かがいると言うことでもある。

唯一無二のアイドルが衣裳で被るなんてことはあってはならないことだ。

だから、アイドル部のアイドル達はオーダーメイドを選んでいると言う。


私は金貨1枚を渡して衣裳とおつりの銀貨90枚を受け取った。


「またのお越しをお待ちしております」

「これで衣裳の方はOKね。後は音響機器と照明機器ね」

「まだ買い物をするのか?」

「って、何なのよ。その格好は。まるで仮装行列じゃない」

「せっかく服を買ったんだからな。着ないともったいない」

「もったいない」


サムとアンは勝った衣裳に着替えていたのでやたらと目立つ。

サムは海賊風の格好をしているし、アンはアイドル風の格好だからだ。

ここがステージ上であれば様になっているけれど街中では浮いてしまう。

通り過ぎる人達もサムとアンの格好を見て驚きの顔を浮かべていた。


「なら、次は音響機器のお店よ」


音響機器の専門店はなく、楽器店に音響機器が置いてあった。

私が探していたマイクとスピーカーもちゃんと取り揃えてある。

ただ、音響機器はピンからキリまであるのでお値段の格差がすごかった。


「いらっしゃい。何をお探しかい?」

「マイクとスピーカーが欲しいんだけど」

「コンサートでもするのかい?」

「路上ライブをする予定よ」

「なる~。アイドル部の子達かい?」

「う~ん、まあ、そんなところ」


アイドル部の人達もよく出入りしれているようで店主はピンと来たようだ。

ましてやサムやアンの格好を見たらすぐに気がづくはずだ。


「路上ライブとなるとミキサーもあった方がいいな」

「ミキサーって?」

「音量を調節する機械だよ。効果音も出したりできるんだ」

「なら、それも着けて」


どれを選んでいいのかわからないので店主にチョイスしてもらった。


「マイクとスピーカーとミキサーで銀貨50枚になるよ」

「えーっ!そんなに高いの!」

「路上ライブに向いている音響機器を選んだからな」

「もっと安くならない。他にも買いたいものがあるのよ」

「これは私のおすすめなんだけどな。仕方がない」


いくら店主のお薦めでも高過ぎるものは買えない。

他に照明機器も買わないといけないから余裕がないのだ。


店主はさらにランクの落した音響機器をチョイスした。


「さっきのよりワンランク下げた音響機器だよ」

「全部でいくらなの?」

「銀貨30枚だよ」

「まだ高いーっ!この衣裳は全部で銀貨10枚だったのよ。せめてそれぐらいに下げてよ」

「となると最低クラスの物になるがいいのか?」

「背に腹は代えられないからね。それで構わないわ」


店主と話しを進めて最低ランクの音響機器を揃えてもらった。


「銀貨10枚で買える音響機器だよ。品質は保証しないけどね」

「それでいいわ。ありがとう」

「具合が悪かったらいつでも来るんだぞ」


私はお店で荷車を借りてマイクとスピーカー、ミキサーを乗せた。


「後は照明機器だけね」

「アイドルってのは面倒くさいんだな」

「これも大事な先行投資なのよ」


いくら衣裳がよくても音響機器や照明機器が悪いと全てダメになる。

アイドルを含めてすべての機器が揃うことで最高の舞台ができあがる。

だから、道具にはお金をかける必要があるのだ。


照明機器も専門店はなくカメラ屋に置いてあった。


「こりゃ、珍しいお客さんだね」

「ねぇ、おじさん。この店に照明機器は置いてない?」

「あるけど何に使うんだい?」

「路上ライブで使いたいのよ」

「な~るほど。アイドル部の子なんだね」


このカメラ屋もアイドル部の御用達のお店のようだ。

店内にはカメラだけでなく照明機器も置いてあった。


「路上ライブで使えそうな照明を見繕って」

「ステージライトとレフ板があればいいかな」

「全部でいくら?」

「そうだね。アイドル部の人ならば勉強しないとね。パチパチパチッと。全部で銀貨20枚でいいよ」

「えーっ!高い!もうちょっと負けてよ」

「う~ん……わかったよ。なら、銀貨15枚にしようじゃないかい」

「あーん。もうちょっと。もうちょっと負けてよ」

「仕方ない。ワシも男だ。銀貨10枚でどうだ」

「乗った!」


と言うことで私は値切りに値切りを重ねて銀貨10枚で照明機器を手に入れた。

店主は私のことをアイドル部と誤解していたようだけど近しい者だから問題ない。

後でバレたとしても店主が勘違いをしていたのだと言えば大丈夫だろう。


「これで路上ライブに必要なものは揃ったわ」

「アイドルってのは金がかかるんだな」

「アイドルにお金がかかると言うよりも路上ライブにかかるんだけどね」


私は買った荷物を荷車に乗せて運び家まで戻って来た。


「これでようやく路上ライブができるわ」

「俺達も路上ライブをやるのか?」

「サム達にはスタッフとして手伝ってもらうわ」

「スタッフ?」


スタッフがサム達のような幼い子供だと不安が残る。

だけど、他にスタッフになってくれる人はいない。

だから、今ある人材だけで何とかする必要があるのだ。

もし、私が有名になればスタッフになりたい人も集まるだろう。

それまでは今のままで我慢だ。


「サムは照明係を頼むわ」

「照明係?」

「このライトを動かして光の演出をする係よ」

「難しそうだな」


私はとりあえず照明機器の使い方をサムに教え込んだ。


「アンは?」

「アンは音響係を任せるわ」

「おんきょうががり?」

「難しいことじゃないわ。音量を調節すればいいのよ」


アンにも音響機器の使い方を伝授した。


後は実際に路上ライブで試してみるだけだ。

はじめてだからうまく行かないかもしれないけれどシュミレーションはできる。


私達は明日から本格的に路上ライブをすることにした。


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