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第七十二話 アイドルになります!

とは言ったもののどすればアイドルになれるかわからない。

アイドルを見たのは今日がはじめてだし、アイドルの知識もないからだ。

今までギャル街道まっしぐらだった私にはギャルの知識しか持っていない。


「ギャルだったらわかるんだけどな。アイドルってどうすればなれるのかな」


私はない頭を捻っていいアイデアが出て来ないか考える。


アイドルになるんだからアイドル養成所へ通えばいいのだろうか。

しかし、アイドル養成所がどこにあるのかもわからない。

やっぱりギャルと同じで雑誌から独学するのがいいかもしれない。

ギャルはギャル養成所なんてものはないから独学で覚えて行く。

ギャル雑誌を見たり先輩ギャルを真似て自分なりのギャルを作り上げて行くプロセスを踏む。

なので、どのギャルも似たり寄ったりの格好になるのだ。


「まずはアイドル雑誌を探そう。書店へ行けば置いてあるかもしれない」


私はボロのワンピースを着ていることを忘れて近くの書店へ足を向けた。


王都の書店はあちらこちらにある。

中でも王立図書館はとびきり大きい。

ただ、専門書などが中心で雑誌の類は置いていない。

なので私はどこにでもある小さな書店を選んだ。


「ここがいいわ。雑誌のコーナーはどこかしら」


私は書店の店頭に並べてある書籍に目を向ける。


店頭には一番売り出したい本が置いてあるから目につく。

この書店では人気の時代小説を大々的に宣伝をしている。

剣と魔法のある世界だから時代小説が注目される。

とりわけ魔王と戦うシリーズは若者を中心に人気があるのだ。


「私の探しているのはこんな本じゃないの」


私は小説などの文字だらけの本は読まない主義だ。

ひとたびページを捲ったらすぐに睡魔が襲って来るからだ。

だから、学校の授業でも居眠りしていることが多かった。

文字だらけの本を読む人は頭が悪いから読んでいるに過ぎない。

それに比べると私は頭がいいから雑誌などを愛読しているのだ。


「アイドル雑誌、アイドル雑誌と……」


私はアイドル雑誌を探しながら書店の中へ入って行った。


「お嬢さん。何かお探しかい?」

「ねぇ、おじいさん。この店にアイドル雑誌はない」

「雑誌なら、その奥にあるぞい」


私に声をかけてきた白髪のおじいさんは店主らしく雑誌のあるところを教えてくれた。


「こっちね。あった、雑誌コーナー。ファッション雑誌いっぱいあるじゃん」


雑誌コーナーで目についたのはファッション雑誌だった。

中でも王室を取り上げてる雑誌は人気で広い面積を締めていた。

とりわけお姫様のファッション特集は一番の人気で密かなブームになっている。

中にはお姫様ファッションを着て街中を歩いている人もいるぐらいだ。


「へぇ~、やっぱこれからはお姫様ファッションも取り入れた方がいいかも」


ギャルは流行に敏感だからこぞって新しいファッションを取り入れたがる。

オリジナルのギャルファッションを作り上げることにステータスを感じているからだ。

もし自分の作ったファッションが流行ろうものなら雑誌で特集が組まれる。

そうなればカリスマギャルになれるからみんな夢中になって取り組むのだ。


「って、そんなことをしている場合じゃないわ。アイドル雑誌よ」


すっかりいつもの調子でファッション雑誌に夢中になってしまっていた。

それよりもアイドル雑誌を手に入れることの方が優先するべきだ。


私は並べられている雑誌を流し見しながらアイドル雑誌を探した。


「ないじゃん!」


どこを見ても雑誌をどかして見てもアイドル雑誌はみつからなかった。


ギャルを越えるような人気があるのだから雑誌があってもおかしくない。

アイドルだって社会に影響を与えているのだから出版社が企画しているはずだ。


「ねぇ、おじいさん。アイドル雑誌はないの?」

「アイドル雑誌かい。少し待っておれ」


店主の白髪のおじいさんはそう言うと店の奥へと消えて行く。

そして店の奥からガサゴソと音が聞えて来ると誇りまみれの雑誌を持って来た。


「ふー」

「ゲホゲホゲホ」


店主の白髪のおじいさんが息を吹きかけると雑誌についていた埃が舞う。

その埃が私を包み込んで思わず咳き込んでしまった。


「これじゃ」

「随分と年季の入っている雑誌ね」

「昔に流行った雑誌じゃからのう」

「確かにアイドル雑誌だけど私が探しているものと違うわ」


私が探してるアイドル雑誌はキラキラしたアイドルが載っている雑誌だ。

店主の白髪のおじいさんが持って来たアイドル雑誌はキラキラとは程遠い。

昔のアイドルが載っていて今のアイドルとは全く違っていた。


「そうか。この本はプレミアがついている人気の雑誌じゃぞ」

「私はコレクターじゃないから必要ないわ。今のアイドル雑誌はないの」

「みんな売り切れておる」

「えー、売り切れなの」

「前はそうでもなかったのじゃが、最近になって飛ぶように売れ出してのう。増版が追いつかないのじゃ」

「きっとリリナちゃんの影響だわ」


でなければ急にアイドル雑誌が売れ出す理由が見つからない。

リリナちゃんが地道に活動を続けてきたからこそブームになっているのだ。


「今から注文したらいつ届くの」

「出版社の都合によるからのう。1ヶ月はかかるじゃろうか」

「えー、そんなに。待てないよ」


私は今すぐ欲しいのだ。

1ヶ月も待たなければならないなんて受け入れられない。


「ねぇ、おじいさん。他の書店もそうなの」

「さあのう。ワシの店では買わないのなら教えてやらん。他の書店に客を奪われるのは嫌じゃからのう」

「いいわよ。自分で探すから。バイバイ」


おじいさんの嫉妬には付き合いきれないので自分で探すことにした。

この書店でこんな感じなのだから他の書店でも同じ状況になっているかもしれない。

だけど、実際に自分の目で確かめないと納得もできない。

多少時間はかかるが王都中の書店を探し回ることにした。


書店から出て行く時に誰かとすれ違った。

知り合いのような気もしたが声をかけることなく他の書店へ急いだ。


王都中の書店を探し回るのにだいぶ時間がかかった。

あちらこちらに散らばっているから1軒1軒尋ねるのは骨が折れた。

ただ、悪い予感はあたるものでどの書店にもアイドル雑誌は置いてなかった。

白髪のおじいさんの書店と同じで全部売り切れていたのだ。


「何よ、全部売り切れだなんて。ひとつぐらい残っていてもいいじゃない」


骨折れ損のくたびれ儲けとはこう言うことを言うのだろう。

せっかく期待していたのに期待が外れると心が折れそうになる。

アイドルになりたくてアイドル雑誌を探していたのにないだなんて悲劇だ。


「もう、これじゃあどうやってアイドルになればいいかわからないじゃない」


私はその場に崩れ落ちて大きなため息を吐いた。


これでアイドル雑誌からアイドルのことを知ることができなくなった。

1ヶ月まてばアイドル雑誌を手に入れるめどはたつけどそれまで待てない。

私は今すぐにアイドルになりたいのだ。


「こうなったら独学でアイドルを学ぶしかないわ」


ギャル根性を出せばそのぐらいのことはたやすい。

当面はリリナちゃんをマークしてアイドルの情報を得るのだ。

ただし私はセントヴィルテール女学院へ近づくことができないから公園で張り込むしかない。


私はリリナちゃんが路上ライブをしていた公園まで戻った。


「ひとまずこの公園で張り込もう」


とは言っても、もう夕方なので明日を待つしかない。

しばらくはこの公園で野宿をすることになる。

お金もないから宿で泊まることができないのだ。

ホームレスになるけれど仕方がない。


私は雨風を凌げそうな木陰を自分の寝床に決めた。


「段ボールをもらって来た方がよさそうね」


私は近くの市場へ行っていらない段ボールをもらってきた。

それを切り貼りして3畳ほどの段ボールの家を造った。


「やったー。マイホームの完成」


寝泊まりはこの段ボールの家にしてお風呂は噴水ですませておく。

汗を流せればいいので噴水で十分だ。

ただ、ごはんが用意できない。


すると、ボランティアがやって来て炊き出しをはじめた。


「やりー。炊き出しじゃん。これでしばらくは食いつなげる」


公園にはホームレスが集まるので炊き出しが行われている。

同時にホームレスをなくすため職業紹介もされているのだ。

ホームレスは社会問題にもなっているから国も後押ししているのだ。


私はホームレスに紛れて炊き出しの肉スープとおにぎりをもらった。


「この肉スープ、出汁がでていて美味しい」


冷え切った体には熱々の肉スープが染みる。

おまけに美味しいと来たのだから文句のつけようがない。

下手な安宿に泊まるよりもこっちの方がいいかもしれない。


「モグモグモグ。おにぎりの具は鮭ね。美味しいわ」


私はあっという間におにぎりと肉スープを平らげた。


「プー、食った食った。後は人がいなくなるのを待ってからお風呂ね」


さすがに人前で噴水で汗を流すことはできない。

いくら私の神経が図太くても恥ずかしいのだ。


夜の10時を回ると公園の中はひっそりとしはじめた。

たいがいのホームレズは既に夢の中に落ちている。

お腹がいっぱいになったら眠ると言う自然の法則に従っているからだ。


私は段ボールの家を出て噴水のところへやって来た。


「誰も見ていないよね」


私は辺りをキョロキョロと見回して誰もいないことを確認する。

そしてボロのワンピースと下着を脱ぎ捨てると噴水に飛び込んだ。


「ぷはぁー。気持ちいい」


昼間にさんざん王都の中を駆け回って汗まみれになっていたから気持ちいい。

本来であったらちゃんとしたお風呂で汗を流したかったけどこれはこれで悪くない。


私は噴水の中でプカプカと浮かびながら夜空を見上げた。


「夜がこんなにもキレイだなんてはじめて知った。幸せだな」


今夜の月は丸くて蒼白い優しい光を降り注いでいる。

その周りにまばゆいばかりの星々があるから煌びやかだ。

月明かりを浴びていると私の体から汚れが消えて行くかのようだ。


すると、暗がりから人の話し声が聞えて来た。


「ディナー美味しかったね。また行きたいな」

「今度はもっと美味しいところに連れて行ってあげる」

「楽しみにしているね」


やって来たのはどこぞの若いカップルだった。

私は噴水の影に身を隠してやり過ごす。


「ちょっと話して行こうか」

「うん」


そう言うと若いカップルは噴水に寄り沿い合って腰を下ろす。


「野郎、こんなところに来るんじゃねぇ。とっとと家に帰りやがれ」


私は若いカップルに聞こえない声で文句を言う。


「手、スベスベで柔らかいね」

「柔らかいのは手だけじゃないよ」


彼氏が彼女の手を摩りながら言うと彼女は唇を尖らせた。


「いいの?」

「うん」


若いカップルの間にただならない緊張感に包まれる。

お互いのドキドキとしている胸の鼓動が聞こえて来るかのようだ。

黙って見守っていた私も何故だか緊張してしまった。


そして彼氏は吸い込まれるように彼女の唇に唇を重ねた。


「かーっ。こいつら恥ずかしくねぇのか」


影からこっそり覗いている私の方が恥ずかしくなってしまう。

すると、チュパチュパといやらしい音が耳に届いた。


「チュパチュパ……気持ちいい」

「もっとして」

「こんちくしょーっ」


愛し合っている若いカップルを見ていたら何故だか悔しくなって来た。

ベロチュウをしたい訳じゃないけれど二人が愛し合っているのがムカつく。

しかも私がいるのにも気づかずに夢中になっているから余計にだ。


そんな余計なことを考えていると足を滑らせてしまった。


チャポン。


「誰かいるのか?」

「誰もいません、いませんから」


彼氏がキスを止めてこちらを見た。

私は祈るように小声で呟く。


「気持ち悪いから行こう」

「そうだな」


若いカップルは私を探すことなくその場から立ち去って行った。


「ふーぅ。助かった」


私はホッと胸を撫で下ろす。

何で自分がこんな思いをしなくちゃいけないのかわからないが助かった。


それから服と下着を着て3畳の段ボールの家まで戻った。

その夜は何故だか若いカップルの姿が思い浮かんできた。

あんな風にエッチなことをしたことがないから興奮していたのだろう。

眠りについたのは東の空が明るくなりはじめた頃だった。


私が目を覚ますと公園には続々と人が集まっているところだった。

すでにリリナちゃんとスタッフが路上ライブの準備をはじめていた。


「ちょっと寝過ごしちゃったけどギリセーフかな」


私はファンがいる方でなくてステージの裏手に回り込む。

そこにはリリナちゃんとスタッフがマイクのテストをしているところだった。


「ここが舞台裏なのね。何だか裸を見ているようで興奮するわ」


リリナちゃんは昨日と同じ衣裳を身に着けている。

まだ資金がないから同じ衣裳を使い回ししているようだ。


「アイドルもギャルと同じなんだ」


ギャルも資金がないから同じ格好をしている。

同じメイクで同じ衣裳だからギャルの中に埋もれる。

他人から見たら誰が誰なのかわからないだろう。


するとスタイリストらしいスタッフがリリナちゃんのメイクを整えはじめた。


「専属のスタイリストなんて羨ましい」


ギャルの場合は基本自分で全部するからスタイリストはいない。

自分で主役+スタイリスト+プロデュースを兼ねているのだ。

ある意味、安上がりと言っても過言でない。


「やっぱりアイドルになると専属のスタイリストがいないとダメなのね」


専属スタイリストがメイクを整えると今度はドリンクを持ったスタッフがやって来る。

そしてドリンクをリリナちゃんに渡すとリリナちゃんが水分補給をするのを待っていた。


「あのスタッフは雑用かな」


とにかくリリナちゃんの周りにはたくさんのスタッフがいる。

何のために大勢いるのかわからないけれどスタッフの多さもステータスなのかもしれない。

スタッフが多ければ多いほど有名なアイドルなのだろう。


「リリナちゃん、椅子に座った。休憩かな」


リリナちゃんは椅子に座ると静かに目を閉じる。

そしてパクパク口を動かしながら何かを呟いていた。


「イメージトレーニングっぽいな」


スポーツの世界ではイメージトレーニングは欠かせない。

それをするかしないかでも成果が変わって来るものだ。

リリナちゃんも最高のパフォーマンスをしたいはずだ。

だから、頭の中を整理しながらイメージトレーニングをしているのかもしれない。


「ここまで来るとアイドルもアスリートね」


私はメモをとりながらリリナちゃんの一挙一動を書き記した。

アイドルになるためには必要なことと考えたからだ。

リリナちゃんの真似をすれば限りなくアイドルに近づける。

今の私にはこれが一番の近道なのだ。


そしてリリナちゃんが立ち上がるとスタッフが集まって来る。

みんなで円陣を組むと路上ライブの成功へ向けて気合を入れた。


「今日のライブも成功させるよ」

「「アイーッ」」

「準備は整ったよね」

「「アイ―ッ」」

「それじゃあ最後まで最高のパフォーマンスを届けるぞ」

「「オーッ!」」


普段は見られない姿を見せるリリナちゃんの問いに気合を入れてスタッフが答える。

それはさながら試合に挑む前のアスリートの気合の入れ方に似ている。

気合を入れるならばやっぱり大声で意志を統一する方がいいのだろう。


リリナちゃんとスタッフが円陣を説くとそれぞれの持ち場へ向かう。


「なんかいいな、ああいうの」


ギャル部の時にはなかったから新鮮に感じる。

しかもいかにも青春しているって感じがするから羨ましい。

私もアイドルになれば同じ体験をできるのだろう。


そしてリリナちゃんがステージの舞台袖になって出番を待つ。

すると、マネージャーがやって来てリリナちゃんの背中を叩いた。


「悔いのないように頑張って来て」

「ありがとう、マネージャー。不安が消えたわ」


いつものことなのだけれどリリナちゃんは緊張していたようだ。

1つ1つの舞台が本番だから気が抜けないのだろう。


そしてスタッフが合図を送るとリリナちゃんがステージに上がった。


「「ウォォォォ―!」」

「「キャー!」」


いつになくファン達の歓声がステージを包み込む。

その勢いに飲まれないようにリリナちゃんは叫ぶ。


「さあ、リリナちゃんのライブのはじまりだよ。みんな、最後まで楽しんでね」


そしてリリナちゃんの路上ライブははじまりを告げた。


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