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第七十一話 センセーショナル

ただ、大手を振って学院を出られた訳じゃない。

みすぼらしい格好をしているので人目につきたくなかったのだ。

まるでかくれんぼしているかのように物陰に身を隠しながら学院を出た。


「ちくしょう。何で私がこんな目に合わなくちゃいけないんだ」


何とか知り合いに見つからずに学院を出ることができた。

ただ、ここから先が問題だ。

学院の前は人通りの多い大通りだから歩くことができない。

なので、なるべく存在感を消して背景に溶け込むことに専念した。


「こんなのじゃノラ猫と同じじゃないか」


旬の14歳の少女がノラ猫と変わりない姿をしているなんて悲劇でしかない。

童話ではみすぼらしい格好をした少女の物語があったがハッピーエンドではなかった。

だから、私も幸せにはなれないのだろう。


「これもみんなママのせいだ。恨んでやる」


私は人通りの多い道を避けて近くの公園のトイレに逃げ込んだ。


「ふーぅ。ここまでくれば大丈夫だ」


私はほっと胸を撫で下ろしてトイレの鏡を見た。


「酷い格好をしているな」


これじゃあマンモスを追い駆けている古代人だ。

ギャルメイクが古代人の化粧っぽく見えるから、そう思ったのだ。


「とりあえず着替えを探さないといけないな」


かと言って、この格好のまま洋服店へ入ることはできない。

恥かしいし、それよりなにより門前払いをされるはずだ。

そうなると自ずと知り合いに連絡をとって服を持って来てもらうしかない。

だけど、知り合いに、この格好を見られることはマズイ。

変な噂を広められてしまう。


すると、トイレの外から誰かの話し声が聞こえて来る。

それを受けて私はトイレの個室に身を隠した。


「ねぇ、聞いた?」

「なになに」

「ギャル部の部長が退学になったって話」

「知ってる知ってる。確か、ナコルって言ったっけ」

「そうそう、そのナコル。部を立上げただけで1回も顔を出さなかった無責任な部長よ」

「何がしたかったんだろうね」


話の流れからトイレに入って来たのはセントヴィルテール女学院の生徒だ。

私のことをネタにして面白おかしくお喋りをしている。


「噂じゃ。同じ学年の女の子をイジメたらしいわ。なんて言ったかな……名前が出て来ない」

「それって推し活部の奴じゃない?」

「そうそう。推し活部のルイミンよ!」

「ルイミンだ」


噂話をしている生徒達は私が忘れていた名前を言い当てる。


確かに生徒達が話しているように私はルイミンをイジメたことがある。

あの時は仲間達とふざけていたから羽目を外し過ぎてしまったのだ。

ただ、そのことが学院にバレて私は退学を余儀なくされた。

それは身から出た錆でしかない。


「ルイミン、イジメられて濡れ鼠みたいだったって話よ」

「水でもぶっかけられたの?」

「ううん。噴水に沈められたって話」

「それって拷問じゃん」

「それだけナコルは酷い奴なんだよ」

「退学になってよかったよね。そんな奴、セントヴィルテール女学院にいちゃだめだよ」


生徒達の噂話がズキズキと心に突き刺ささる。

私がしでかしたことには間違いないが、他人からそう言う見られ方をしていたことを初めて知った。

仲間達といた時は楽しかったから周りの目など全く気にしなかった。

だから、楽しくいられたのだろう。

でも、影では不愉快に感じていた人もいたのだ。


「それよりさ。リリナちゃんの路上ライブ見に行かない」

「行く行く。少し前は無名だったのに最近になって有名になったのよね」

「やっぱり天性のアイドル気質があったからよ」

「だね。だってカワイイもん」

「私もアイドル部に入ろうかな」

「ムリムリ。リリナちゃんに敵わないわよ」

「それもそうね」

「キャハハハ」


そんな笑い声が聞えて来ると生徒達はトイレから出て行った。


「あいつら、好き勝手言いやがって」


私はもう罰を食らっているのだ。

これ以上、悪く言われる筋合いはない。

ただ悪い噂は尾ひれをつけて一人歩きしていくだろう。


「まあ、いいさ。もう、セントヴィルテール女学院の生徒じゃないんだしな」


学院の生徒と顔を合わせなければいずれ噂も消えるだろう。

それよりも私は今後のことを考えて仕事を見つけないといけない。

家を借りてひとり暮らしをしなければならないのでお金は必須だ。


ハニーbeeもお触り屋でなければ居心地がいい場所だった。

お嬢専用の寮はあるし、3食つくし、温泉施設も充実していた。

おまけに給金は他の仕事の比でないほど高給だったからなおのこと惜しく思えた。


「あそこみたいに稼げる場所なんてないよな」


職業紹介所に並ぶ高給な仕事は危険、汚い、キツイの3Kの仕事ばかりだ。

たいした腕力もないか弱い14歳の私にはとうてい手を伸ばせない仕事だ。


「いっそうのこと冒険者にでもなろうかな」


ひとりで冒険に出るのは危険だが仲間がいれば問題ない。

おまけに腕っぷしの強い仲間がいれば私が弱くても稼げる。

他力本願になってしまうが生活をするためには必要なのだ。


そんなことを考えながら私はトイレから出て行った。


「この公園でリリナちゃんが路上ライブやっているのよ」

「あそこだ!」

「「わー」」


私の目の前を横切るように小さな女の子達が人だかりの方へ駆けて行った。


「また、リリナちゃんかよ。あいつらもそんなことを言っていたな」


小さな女の子達が駆けて行った方を見るととりわけ大きな人だかりができていた。

有名なアーティストがいるならともかくアイドル部のアイドルがいるだけなのだ。

こんなに盛り上がっていることは普通は考えられない。

私が創ったギャル部でさえあんなにも注目を浴びたことはないのだ。


「まあ、どうせアイドルの真似をしている素人だろうけどな。ちょっと、覗いて行こうか」


私はせっかくだからリリナちゃんとやらの路上ライブを見に行くことにした。


人ごみを掻き分けて集団の中に入ろうとするが中々入れない。

みんなリリナちゃんに夢中で周りのことなど気にしていないのだ。


「私にも見せろ。ズルいぞ」


私は背中を向けている集団に文句を吐き捨てる。

しかし、誰も気にしていないので全く響かなかった。


「こうなったら強行突破しかない」


そのまま集団に飛び込んでも押し戻されるだけなので姿勢を低くして足元から攻めることにした。

犬猫ならスルスル通り抜けられるだろうけど人間だとそうはいかない。

そもそもサイズが違うからすぐに誰かの足に引っかかってしまうのだ。


「イタタタ。人の手を踏むんじゃねぇ」


誰かの足が私の手を踏んずけたので近くの足を思い切り殴りつける。


集団の中はさながらおまつりのような様相を呈している。

互いに押し合いへし合いを繰り返しながらひしめき合っていた。


「ちくしょう。これじゃあリリナちゃんが見れないじゃないか」


ここで諦めようかと思ったが既に退路は断たれている。

前も後も左も右も集団の足だらけの森になっていた。

すると、私の前にいたやつがバランスを崩してのしかかって来た。


「私の上に乗るんじゃねぇ!どけ!カス野郎!」


バランスを崩した奴は私がいることに気づくとすぐに立ち上がる。

まさか、こんなところに人がいるなんて思ってもみなかっただろう。


「これじゃあ埒が明かない」


私がその場で必死に耐え忍んでいると集団の中に隙間が生まれはじめた。


「やりぃ。今がチャンスだ」


そのチャンスを掴むべく私は隙間を縫って前へ前へと移動する。

そしてようやく出口を見つけると光の中へと飛び込んで行った。


「ふぅ。ようやく出られたぜ」


私は集団の中から亀のように頭を出しながらほっと安堵のため息を零す。


ただのアイドルを見るだけなのに、こんなにも苦労するなんて受験の時以来だ。

セントヴィルテール女学院は人気がある学院だから倍率が高いのだ。

私が学院に入学できたのもまぐれでしかない。

本来入学するはずだった奴が欠席したから繰り上げ入学しただけだ。

だから学院を退学になっても仕方ないかもしれない。


「そんなことよりもリリナちゃんはどこだ」


私は徐に顔を上げると眩い光を纏った美少女が視界の中に入った。

それは天使と言っていいほど透明感があって可愛らしい少女だ。

ルイも天使のような女の子だったけど、それとは違った魅力がある。

肌は白くてスベスベしていて目が大きくてくりくりとしている。

身長は150センチぐらいの小柄で手足が細くてやたらと長い。

触れたらポキッと折れてしまいそうなぐらいスラっとしていた。


「今日はリリナの路上ライブに来てくれてありがとう。お馴染みの顔の中に混じってはじめての顔もあるね。みんなに会えてよかったよ」

「「リリナちゃーん!」」


リリナがファンに向けて挨拶をすると集団の中からリリナコールが巻き起こる。

そのほとんどが男性ファンが叫んでいるからひときわ重低音で響いていた。


「応援ありがとう。みんなの声を聞くと元気になれるよ」

「「キャー。リリナちゃーん。こっちを見て」」


リリナがファンに向けて手を振ると女性ファン達が悲鳴を上げる。

さながら有名アーティストが出演しているフェスを思わせるような沸騰ぶりだ。

ただのアイドル部のアイドルでしかないのだけれど人気ぶりはすごい。

ただ、その理由もリリナを見ていれば納得できるのだ。


「みんなの元気に負けないくらい頑張って歌うから応援してね。”きっと もっと ずっと”」


リリナが曲名を言うと脇にいたアイドル部の生徒がラジカセのスイッチを入れる。

すると、スピーカーから”きっと”のイントロが流れはじめた。


「「アイッ、アイッ、アイッ、アイッ」」


その曲のリズムに合わせてファン達が声を出して合いの手を入れる。


「何なんだよ、これは……」


はじめて見る光景に私は言葉を失ってしまう。

ポカンと口を開けながら周りの雰囲気に圧倒されてしまう。

会場の一体感に包まれて身動きすらとれないでいる。


「こ、これがリリナちゃんの魅力なのか……」


この波に乗らないと自分だけのけ者になってしまいそうだ。

私もファン達の声に合わせながらリズムをとりはじめた。


「アイッ、アイッ、アイッ、アイッ」


みんなと合せると何だか楽しい気持ちになって来る。

お祭りで盆踊りを踊っている時のような感覚に似ている。

周りにいるみんながシンクロをしているから気持ちいいのだ。


「きっと もっと ずっとー♪」


リリナが歌い出すとリズムをとっていたファン達は静かになる。

声は発していないがペンライトを振りながらリズムを刻んでいた。


私は何も持っていなかったのでペンライトを持っている風を装ってリズムをとった。


「夢の続きは一日のはじまり カーテン開いて飛び出そう♪」


リリナの歌声はゴリゴリのアイドル風で可愛らしい声をしている。

だけれど、癖がなくてさらっとしていて耳障りに聞えることはない。

天性のアイドルボイスを持っていて恵まれた人物だ。


べらぼうに歌がうまいと言う訳じゃないけれど下手でもない。

リズムに乗っているし、音程も外していないし、うまい方だ。

私は歌うのが苦手だからリリナちゃんは歌がうまく見える。


ただ、ダンスの方はあまりうまくなくてほぼ棒立ちでいる。

かろうじて左右にステップを踏みながら手を振っているだけだ。


それでもファン達は満足している。

リリナちゃんのスタイルは懐かしさを感じるからだろう。


「あくびをしているノラ猫も 寝ぼけ眼のニワトリも お・は・よ・う♪」

「「お・は・よ・う」」


リリナの歌に聴き入っていると急にファン達がリリナちゃんと声を揃える。

ここがこの曲のキーポイントとなっているようでファン達は楽しそうだった。


「あー、ちくしょう。私だけ逃したじゃん。歌うなら先に言ってよ」


私はひとり苦虫を噛み潰しながら悔しがった。


この曲は初めて聴く曲だからどこがポイントなのかわからない。

この先にもリリナちゃんと声を揃えられるポイントがあるなら逃したくない。


「元気いっぱいの笑顔がきらめく 勇気100倍の気持ちが溢れる♪」


曲はAメロからBメロに移る。

この曲のことは知らないけれど曲調が変わったのでわかった。


「限りなく広がる世界が 僕たちが来るのを待っている♪」


ここまで来るとファン達もそわそわしはじめる。

この次にサビが来るから待ち構えているのだ。


すると、思っていた通り曲が転調してサビに移った。


「きっと 想いは伝わるはず♪」

「「WOW WOW」」


今度はリリナちゃんと歌を合わせるのではなくファン達は合いの手を入れる。


「あーん。また逃しちゃったじゃない」


けれどまだサビの途中だから次がある。


「次こそは」


私は次の”WOWWOW”が来るのを待ち構える。


「もっと 自分を信じてみて♪」

「「WOW WOW」」

「言えたわ。みんなといっしょに合わせられた」


みんなと一体感を味わえたことにひとり興奮していた。

ただ、気を緩ましていると次の”WOWWOW”は逃してしまった。


「ずっと そばで支えてあげる♪」

「「WOW WOW」」

「3度目の正直をはずしちゃうなんて。私のバカバカバカ」


私は自分の頭をポカポカ殴りながら外したことを後悔した。

しかし、本当の山場はこの後だった。

この曲の最初に歌った歌詞を歌って終わるのだ。


「きっと もっと ずっとー♪」

「「きっと もっと ずっとー♪」」


ファン達はここぞとばかりに大きな声を出してリリナちゃんと合せた。

その歌声は会場とリリナちゃんとファン達自身の心を震わせた。


「かーっ。しくった。ここが山場だったのね」


私は一番の山場を逃してしまいショックのあまりその場に崩れ落ちた。


こんなに山場を逃したことが悲しいだなんて初めて知った。

それまで何とかみんなについて行ったから余計に悔しい。

もし、最初から山場を知っていたら逃すことはなかっただろう。


その後も”きっと もっと ずっと”の2番が続いていたが私はそれどころではなかった。


「こうなったら”きっと もっと ずっと”を完コピしないとだめね。でないと乗り遅れちゃうわ」


私はひとり拳を握りしめて”きっと もっと ずっと”の完コピを誓った。


「みんなの声が届いたから元気になっちゃった。だけど、今日はここまで」

「「えーっ!」」


1曲を歌っただけなのにリリナちゃんは路上ライブの終わりを告げる。

すると、それに反抗するようにファン達の間からブーイングが湧き起った。


「リリナは学生だからお勉強があるの。ごめんね」

「「おかわりーっ!」」

「おかわり?」


突然ファン達が何を言ったかと思ったがすぐにわかった。

”おかわり”とはアンコールのことなのだ。


「「おっかわり おっかわり おっかわり」」


会場が震えんばかりに”おかわり”コールが鳴り響く。

さすがにファン達にそこまで言われたら引けないようだ。

リリナちゃんは脇にいるスタッフに合図を送ると”きっと もっと ずっと”を流した。


さっき聴いたばかりの曲だと言うのにファン達は盛り上がっている。

私は2回戦をはじめられるのでそれはそれで嬉しかった。

そして山場を逃すことなくすべて合いの手を入れてみせた。


「やったわ。やりきったわ、私。最高ーっ!」


すっかりリリナちゃんにハマっていた私がいたことに気づいた。

アイドルの路上ライブがこんなに楽しいものだと思ってもみなかった。

ギャル部とは比べ物にならないほどキラキラした世界で楽しい。


最初はアイドルなんて思っていたがハマってしまいそうだ。


「今日はリリナの路上ライブを最後まで楽しんでくれてありがとう。みんなの気持ちを待っているね」


リリナが最後の挨拶をすると足元に大きな木の箱が用意された。

すると、ファン達は財布からお金を取り出して木の箱に入れて行く。


「りりなちゃん、明日も待っているから」

「ありがとう」

「次回を楽しみにしているね」

「ありがとう」

「リリナちゃん、握手して」

「お触りはダメです」

「ブー」


中にはリリナちゃんに握手を求めるファンもいたがスタッフに止められた。

”お触り”だなんて嫌なことを思い出してしまうが同じなのだろう。

アイドルに触れられるなんていくらファンであっても無理なのだ。


そして会場からファンがいなくなると木の箱はお金でいっぱいになった。


「リリナ、ありがとう。リリナのおかげでこんなにも稼げたわ」

「私なんか大したことはしていないよ」

「リリナがいればアイドル部は安泰ね」

「これからもリリナ推しで活動して行こう」


リリナとスタッフ達はお金を見つめながら喜ぶ。

それは私がギャル部をやっていた時も見たことがない金額だ。

そして木の箱を持って荷物をまとめるとリリナ達は学院に帰って行った。


その姿をと言うか木の箱に入っているお金を見つめながら私も決めた。


「私もアイドルになる」


と。


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