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第七十話 強制退去

控え室で待っていること数時間。

いつ警察官が呼びに来るのを期待して待っていると名前を呼ばれた。

身元引受人に連絡を入れるのにはあまりに時間がかかり過ぎている。

何かの手違いがあったのか担任の先生に予定があったのかはわからない。

だけど、ようやくここから出て行く段取りができた。


「ふわ~。待ちくたびれたぜ」

「面会室に身元引受人が来ている。こっちだ」


私は警察官に連れられて面会室へ移動した。


面会室はこじんまりとしている個室だった。

中央に間仕切りがあり面会者と話をできるようになっている。

たた、話ができるだけで物のやりとりはできないようになっていた。


「悪いな、先生。迷惑かけちゃ……って!お前は!」

「お久しぶりですわね、ナコルさん」

「マルゲ!何でお前がここに来ているんだ!」

「何でここに来ているかですって!あなたが問題を起したからじゃない!」


面会室に来ていたのは天敵である生徒会長のマルゲリータだった。

いつものようにお供の風紀委員長のエリザを連れている。


「どう言うことだよ。担任に連絡をしたんじゃなかったのか」

「学校にはちゃんと連絡をいれた。誰が来るのかまでは指定していない」

「よりにもよってマルゲが来るなんて」

「私では不服とでも言うつもり。私の方だって迷惑しているのですわ」


マルゲは眉間にしわを寄せ吐き捨てるように言って来る。


こんなところにマルゲが来るなんて予定が狂ってしまう。

担任であれば内密にしてもらえたはずなのにマルゲでは無理だ。

私のことを目の敵にしているからお願いなど聞いてくれないだろう。


「担任を呼んでくれ。マルゲじゃ話にならない」

「それはこっちの台詞ですわ。既に退学になっているのにまだ学院に迷惑をかけるなんて言語道断です」

「私だって好きでこうなった訳じゃないんだ」

「それは普段のあなたの行いが悪いせいですわ」

「私のどこが悪いって言うんだ」

「全てです」

「くぅ……」


マルゲは口が達者なので言いくるめることはできない。

おまけに生徒会長と言う権力を持ってるから厄介なのだ。


「何でこうなったのか理由を教えなさい」

「誰が言うかよ」

「人にさんざん迷惑をかけておいて、その口の聞き方は何」

「私はもとからこう言いう性格なんだ。お前だってわかっているだろう」


マルゲに理由を教えたところで何が変わる訳でもない。

ネチネチと文句を言われて人格を全否定されるだけだ。


「どうしようもないクズだとはわかっていましたけどここまでクズだなんて」

「悪かったな。私はどうせクズだよ」

「認めましたわね」

「認めたからってどうだって言うんだ」

「キーィ。ムカつきますわ。この仕切りがなければ殴っているところですわ」

「残念だったな。私は安全圏内だ」


マルゲは顔を真っ赤にさせて怒り狂う。

しかし、間仕切りがあるので私に手を出せない。


「エリザ、帰りますわよ」

「はい」

「ちょっと。帰るならばこの娘を連れて行ってくれ」

「そいつは学院の生徒じゃありませんから引き取れません」

「そう言われてもこっちも困るんだよ。いつまでも警察署に置いておく訳にもいかない」

「なら、そのへんのゴミ箱に捨ててください。何の役にも立たないクズなのですから」

「……」


マルゲの返事に警察官も言葉をなくしてしまう。


私の身柄を引き取らないのならば何のために警察署まで来たのかわからない。

警察の方も容疑者でもない私をいつまでも預かっておくことはできないのだ。


「と言うことだ。私はひとりで大丈夫だから保釈してくれ」

「そう言われて規定に背くことはできない」


警察官の判断はマニュアルに乗っ取っているから例外は認められない。

もし、規定から逸れてしまえば秩序が崩れてしまうから嫌うのだ。

あくまで規定に乗っ取った判断をすることしかできない。


「この娘を引き取ってもらえないのならば代わりの身元引受人を呼んでくれ」

「誰もそんなクズの身元を引き受けたいと言う人はおりませんわ。諦めてください」

「そうは言われてもな。こっちも困るんだよ」


いくら頼み込んでもマルゲが首を縦に振らないから警察官も困ってしまう。


このまま引き取り手が見つからなかったら私はどうなるのか。


「首に縄をつけて段ボールに入れて裏路地に置いておいてください。モノ好きな人が拾ってくれますわ」

「捨て猫じゃないんだから……」


マルゲから見たら私は捨て猫なのだろう。

引き取り手も見つからないなんて悲しい現実だ。

たけどこのままだと私はここから出ることができない。


「マルゲもああ言っているんだから段ボール箱に入れて捨ててくれ」

「自暴自棄になるんじゃない。他の方法を探すから」

「よかったですわね。私達はこれで帰らせてもらいますから」

「もう、二度と来るんじゃねぇ!」


マルゲとエリザは振り返ることなく面会室から出て行く。

すると、私に付き添っていた警察官がマルゲの後を追い駆けた。


「全く。あいつらは何をしに来たんだ」


私は悪態をついてからパイプ椅子の背にもたれて天井を見上げた。


よりにもよって担任の代わりにマルゲが来たのが問題だ。

生徒会長ではあるけれど学院の代表となれることはない。

ただ、警察署へ来る人がいないから代わりに来ただけだ。


だけど、こうなって来ると今後の私のことが心配になる。

警察の言うように他の身元引受人を呼べば大丈夫だろうけど誰が来るのかわからない。

もし、両親でも来た日には目も当てられなくなってしまう。


学院を退学させられたことがバレたら家に連れ戻されるはずだ。


「うぅ……なんて日だ!」


不安を言葉に乗せてみても気分は晴れない。

大声で叫ぶことしかできない野良犬と同じだ。


それからしばらく待っていると警察官が戻って来た。


「あいつらは帰っただろう」

「話はすんだ。彼女達が身元引受人になってくれることが決まった」

「マジか!」

「だいぶ頭は下げたけどな」


あのマルゲを説得するなんて警察官もやるものだ。

どう言う手法を使ったのかわからないけど頭が下がる。

私はてっきりマルゲを説得できずに戻って来ると思っていたのだから。


「ナコル。学院へ帰るわよ」

「どう言う風の吹き回しだ」

「私はセントヴィルテール女学院の生徒会長として学院の代表ですから責任を全うしただけですわ」

「マルゲリータさま、ご立派です」


マルゲが生徒会長らしいことを言うとエリザがラッパを鳴らし紙吹雪を撒いた。


「学院の代表だなんておこがましい。お前はただの生徒会長だろう」

「その通りですわ。生徒会長ですから私にできることをするのです」

「私はお前と帰るのは嫌だ」

「なら、ずっとここにいるつもりなの」

「担任が来たら帰る」

「ワガママですわね。先生はお忙しいのです。あなたにかまっている暇などないのですわ」


マルゲが言っていることはあながち間違いではないだろう。

担任が来なかったのは忙しかったからなのだ。


「キミも頑なになっていないで彼女達といっしょに学院へ帰るんだ。いつまでもここにはおいて置けないぞ」

「……」

「どうするのですか、ナコル。私たちはどちらでもいいのですよ」

「……わかったよ。行けばいいんだろう」


マルゲに従うようで気が乗らなかったがマルゲ達と学院に帰ることにした。


このまま警察に留まっていても孤児として扱われて児童施設に移送されるだけだ。

そうなったらそうなったで監視の目が強くなるから自由がなくなってしまうだろう。

学院に戻っても私の席はないのだけれど、それは仕方のないことなのだ。


私は警察官に連れられて玄関へ行くと通りに馬車が停まっていた。


「それでは彼女の身柄を引き渡す」

「お引き受けしましたわ」

「今後はこのようなことがないようにしてくれ」

「キツクお灸をすえておきますわ。エリザ、行きましょう」


マルゲは私の身柄を引き取ると警察と約束して馬車に乗る。

私もエリザに連れられてマルゲが乗った馬車に乗り込んだ。


「セントヴィルテール女学院まで頼みますわ」


マルゲが行く先を伝えると馬車が静かに動き出した。


馬車は蹄の音を鳴らしながらセントヴィルテール女学院へ向かう。

乗り合い用の馬車なので乗り心地はあまりよくない。

ただ、歩くよりはかなりマシだ。


「おい、これはどう言うつもりだ?」

「あなたが暴れ回らないようにしているのですわ」

「そんなことをするかよ。ロープを解け」

「ダメですわ。あなたに自由はないのです」


私の両手にはきつくロープが巻きつけてある。

自由を奪うことで暴れ回ることを防いでいる。

ただ、私は極悪人ではないのだからこれはやり過ぎだ。


「なら、トイレに行きたくなったらどうするつもりだ」

「そのままでしなさい」

「そんなのおもらしじゃないか」

「おもらしだなんてあなたにお似合いよ」


マルゲから見たら私は動物以下なのだろう。


おもらしなんてしたら末代までの恥になるから我慢しないといけない。

ただ、もし、どうしてもしたくなったらマルゲを巻き込んでやるつもりだ。


「そんなことより何で警察の御厄介になったのか教えなさい」

「話したくない」

「どうせあなたのことだからやましいことをしたのでしょう」

「別にそんなんじゃない」

「まあ、よろしいですわ。そうやっていられるのも今のうちですから」


マルゲは意味深な言葉を呟くと質問をして来なくなった。


マルゲにしてはあっさり引いたから余計に気になる。

いつものマルゲだったら根掘り葉掘り聞くはずだから。

恐らく学院に強力な人物が控えているのだろう。


それから馬車に揺られること1時間半。

ようやく懐かしのセントヴィルテール女学院へ着いた。

私はマルゲに連れられて理事長室にやって来る。


「理事長。ナコルを連れてまいりました」

「入りなさい」

「失礼いたします」


マルゲはいつになく丁寧な言葉づかいをして理事長室の扉を開ける。

そして部屋の前で一礼すると私を連れて理事長室へ入って行った。


「あなたがナコルね。そこに座りなさい」


私は理事長に言われるまま向かいのソファーに腰を下ろした。


「あなた達はもう下がっていいわよ」

「はい。失礼いたしました」


マルゲとエリザは理事長に深々と頭を下げると理事長室から出て行った。


「さて、こうなった理由を教えなさい」

「誰が言うかよ」


私が悪態をつくと理事長は持っていた扇子でテーブルを叩いた。


「私の言ったことが聞えなかったかしら」

「……」

「黙っていたらわからないわ。正直に答えなさい」

「くぅ……」


理事長は顔色ひとつ変えることはしなかったが威圧が凄い。

体の中から怒りのオーラが溢れ出ていて私を飲み込んでいる。

少しでも歯向かったら刺されそうな勢いを感じていた。


「さあ、話してちょうだい」

「未成年なのに飲み屋で働いていたんだ」

「なぜ?」

「お金が欲しかったからだよ」


私の説明を聞いても理事長は表情を変えない。

ただ、僅かに眉尻が上がるのを私は見ていた。


「何でお金が欲しかったのかしら?」

「薬を買うためだ」

「薬?どこか悪い訳?」

「私が必要なんじゃない。ルイって子が必要なんだ」


私が正直にルイのことを話すと理事長の関心が向く。

遊ぶ金欲しさに私が違法をしたのだと思っていたからだろう。


「そのルイちゃんはあなたの何なの?」

「妹と言うか……大切な人だ」

「大切な人ね。わかったわ」

「ふーぅ」


いくぶんか理事長の威圧が減ったので私はため息を零した。


私が私利私欲で違法をした訳でないことがはっきりとした。

自分のためでなく人のためにしたことなのだから許されるはずだ。


「だけどあなたのしたことは間違いだわ」

「何でだよ」

「あなたが法を犯してお金を稼いだことを知ったら、そのルイちゃんはどう思うかしら?」

「それは……」


理事長の最もな指摘に私は返す言葉を失う。


全てはルイのためにやったことだがルイがどう思うかまでは考えてなかった。

私が法を犯してお金を稼いだことを知ったらお金を受け取らないかもしれない。

ルイは純真で無垢な美少女だから間違ったことは大嫌いだろう。


「あなたはお金を稼ぐことではなくルイちゃんを助けるために募金をすればよかったのよ」

「そんな他人の金で薬を買ってもルイは喜ばないよ」

「そうかもしれなわね。だけど、あなたはルイちゃんを助けていのではなくルイちゃんの前でいい格好をしたかっただけね」

「私はそんなことは思ってない」


ルイのことを助けたい。

ただ、その思いでいっぱいだ。

理事長の言うようにルイの前でいい格好をしたい訳じゃない。


「自分では気づいていないのね。あなたのしたことは間違いだわ」

「私は……私は……」


何も言い返せないことが何よりの証拠なのかもしれない。

私はルイに認めてもらいたいからひとりで頑張っていた。

それはルイにいい格好を見せようとしていたのだろう。


「あなたの気持ちはよく理解したわ。だけど、なかったことにはできない。理事長として明確な判断をしなくてはならないわ」

「私はもう退学になっているんだ。他に何か求めるのかよ」

「誓約書を書いてもらうわ。今後、セントヴィルテール女学院に迷惑をかけないと約束しなさい」

「ここでも誓約書かよ」


そう言うと理事長は机の引き出しから誓約書を取り出す。

そしてペンと朱印と誓約書をテーブルの上に置いた。


「ここに書かれていることはあなたが守らなければならないことよ」


私は誓約書に書かれている文言を一通り確かめた。

誓約書には以下のことが書かれていた。


”セントヴィルテール女学院には近づかない”

”セントヴィルテール女学院の出身であることを公言しない”

”セントヴィルテール女学院の生徒に関わらない”

”学生書や制服など学院のものは返す”

”速やかに女子寮から退去する”


「私の存在を抹消したいのね」

「賢くてよろしい。理解したのならサインをしなさい」

「わかったよ」


納得がいかなかったが私は誓約書にサインをした。

こうでもしないともっと酷いことになると思ったからだ。

理事長の権限を行使すればあらゆることができる。

私のような存在など簡単に抹消できるのだ。


「誓約書の原本は私が大切に保管しておくわ。この誓約書がある限り効力はあるからね」

「ちぃ……」

「それじゃあ制服を脱ぎなさい」

「ここで?」

「あなたはもう、セントヴィルテール女学院の生徒ではないのだから」

「わかったよ」


私は理事長に見守られながら身に着けていた制服を脱ぎ捨てる。

リボンとブラウスとスカートを脱ぎ捨てて下着姿になった。


「あら、恥ずかしい格好ね」

「お前がしたんだろう」

「何か言ったかしら」

「別に」


理事長は満足気な顔を浮かべると呼び鈴を鳴らす。

すると、廊下で待っていたマルゲとエリザが入って来た。


「あなた達、彼女の服を用意しなさい」

「かしこまりました」

「簡単なものでかまわないから」


マルゲは理事長に一礼すると私を連れて出て行く。

エリザは私が脱ぎ捨てた制服を集めて持って出た。


「全く。とんだ厄介者が入学していたわね。もっと、入試を厳しくしないといけないわ」


理事長は本音をポロりと零して椅子に腰かけた。


一方でマルゲに連れられて行った私は会議室に通された。

そこには誰もおらずし~んと静まり返っている。


「おい、マルゲ。代わりの服を持って来いよ。寒いだろう」

「あなたにはその格好がお似合いだわ」

「理事長に歯向かうってのか」

「誰もそんなことしないわよ。エリザ」

「はい。マルゲリータさま」


マルゲリータが合図をするとエリザが代わりの服を持って来た。


「これを着なさい」

「何だよ、このボロは」

「あなたの服なんてこれでいいの」

「もっとまともなものを持って来い」

「私はどちらでもいいのよ。そのままの格好でいいならそのままでいなさい」

「ちぃ……」


エリザが持って来た服はボロボロのワンピースだった。

ところどころ破けていてつぎはぎが目立つ服だ。

下着姿よりはマシと言うレベルだ。

仕方ないので私は我慢してその服を着た。


「あら、よく似合っているじゃない。ピッタリよ」

「ちくしょう。覚えてやがれ」

「着替えたのならさっさと学院から出て行きなさい。あなたはもうこの学院の生徒ではないのだから」

「わかっているよ。出て行けばいいんだろう」

「見送りはしないからね」

「それはどうも!」


一発マルゲに食らわしてやろうかと思ったが止めておいた。

ここでマルゲを殴ったところで状況は変わらないのだ。

ならば、速やかに退去しておさらばした方がいい。


「あばよ」


私は捨て台詞を吐いて学院を出て行った。


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