第六十九話 身元引受人
警察署へ着くなり私達は留置場に入れられた。
何もない質素な部屋でむき出しのトイレがひとつだけある。
出入り口は鉄格子で覆われていて牢屋とたいして変わりない。
私達はとりわけ騒ぐことなく小さく丸まっていた。
「なんで私達がこんなことになるのよ」
「仕方ないだろう。警察の摘発があったんだから」
「私達は何も悪いことしてないじゃない」
「未成年ってことだけでも問題だ」
そもそもお酒を出す店では未成年を働かせてはいけないことになっている。
だから、堂々とハニーbeeで私達を働かせていたママは確信犯なのだ。
きっと重い刑罰が下ることだろう。
「なら、私達も逮捕される訳?」
「そこまではないと思うけどな。私達だって被害者なのだから」
「じゃあ、この後どうなるのよ」
「考えたくないけれど親元に引き取られるのだろうな」
「嫌よ、そんなの。私は実家になんか帰りたくない。親の反対を押し切って飛び出して来たのよ」
「それは私だって同じだ」
マリアーヌの事情はよく知らないがおおむね私と同じ状況だ。
私も実家にいることが嫌で家を飛び出して来たのだ。
私の場合は半ば勘当されるって感じだったけど。
だから実家に帰ることは自分の負けを認めるようなものなのだ。
「実家になんて帰りたくない。ママのお店にずっといたい」
「それは難しいだろうな。ママは実刑が下るから当分の間はお店に戻れないよ」
「じゃあ、私はどこに行けばいいってのよ」
「部屋を借りてひとり暮らしするしかないだろうな」
私もマリアーヌも他のお嬢達もママの店で働いてもらった給料がある。
だから、当分の間は部屋を借りて暮らすことができるだろう。
ただ、警察に没収されてしまえば、それもできなくなってしまう。
労働の対価であるお給料は私達のものだけど違法で働いて得た給料なのだ。
私達のところへ戻って来る可能性は限りなく低い。
「うぅ……お店に帰りたい」
「泣くなよ。私だって泣きたいのを我慢しているんだぞ」
「モモナは日が浅いからわからないだろうけど、私達は家族だったのよ」
「……」
「嬉しい時も悲しい時もみんないっしょだった。みんながいたから、ここまで頑張って来れたの。それなのに家族がバラバラになるなんて……」
「家族か。私は奴隷として働いていただけだけどな」
マリアーヌはセルフィーナに好かれていたからイジメられたことがないのだろう。
もし、私のようにイジメられていたらマリアーヌだって、そんなことを言わなかったはずだ。
私にはセルフィーナやママは悪魔のように見える。
ハニーbeeは悪魔しか住んでいない魔窟なのだ。
「お店に帰りたいよぉ……グスン」
「もう、諦めろよ。あの店は終わりだ。ママが捕まったんだしな」
「ママは悪くないよぉ。悪いのはみんな警察なのぉ」
「悪いのはママだ。悪いから捕まったんだ」
全部ママの責任なのだ。
ママが違法に未成年を働かせていたのが悪い。
おまけに飲み屋と偽ってお触り屋をしていたのだ。
捕まってしかるべきことだ。
私がはじめてを奪われたことも暴行罪に問える。
実行したのはセルフィーナだけど黙認したのはママなのだ。
すべてママの差し金だったのだろう。
だから私はママを許さない。
「これからどうしたらいいのぉ……」
「自分でなんとかするしかないさ」
「モモナはなんでそんな風でいられるのよぉ」
「私は私なりに修羅場をくぐって来たからな。それにやるべきことがあるんだ」
「やるべきことって何よ」
「助けたい大切な妹がいるんだ。本当の姉妹じゃないけど大切なんだ」
「何よ、それ」
「自分でもわからない。だけど、助けてやりたいんだ」
今の私を支えているのはルイを助けたいと言う思いだ。
ママの店で我慢していられたのもルイのことがあったからだ。
私ひとりだけだったら、すぐにくじけていたことだろう。
人は自分以外の大切な人を見つけた時に強くなれるものだ。
目の前にどんな高い壁が立ちはだかっていても乗り越えることができる。
自分ひとりではできなかったことが大切な人がいるだけできる。
それが人間の本来の強さなのだろう。
だから、私はこんなところでくじけてはいられない。
早く警察署から出て働かなくてはならないのだ。
全てはルイを救うために。
「年下のくせに生意気よぉ」
「年齢なんて関係ないさ。マリアーヌも大切な人を見つけた時にわかるよ」
わかってほしい。
マリアーヌは悪いやつじゃないから余計にそう思う。
今はママのことを信望しているけれどいずれ気づくはずだ。
自分が間違ったことをしていたことに。
人は間違いを犯すものだ。
だからと言って見捨てるべきでない。
ママのような悪人でなければ更生できるのだ。
そんなやりとりをしていると警察官がやって来た。
「これから事情聴取をする。キミ、来るんだ」
「私?何でよ。行きたくない」
「話を聞くだけだから安心しろ」
「嫌よ。モモナが行けばいいじゃない」
「順番に話を聞くんだ。後も先もない。それに早く終われば自由になれるぞ」
「……わかった」
警察はマリアーヌが同意しやすいようにエサを巻いた。
本当に事情聴取が終われば自由になれるとは限らない。
ママと同じ容疑をかけられれば自由どころか身柄を拘束されてしまうのだ。
ただ、それにはどこまで仕事に関わっていたが重要になって来る。
私達はただ働かされていただけだから経営には関わっていないので安心だ。
「マリアーヌ、正直に話せば大丈夫だ」
「正直に?」
「ああ、そうだ。私達は働かされていただけだからな」
「わかった」
マリアーヌのことだから警察から質問攻めに合えば嘘を言ってしまうかもしれない。
マリアーヌは思っている以上に子供だから心配だ。
そんな私の不安に気づくことなくマリアーヌは警察官と取り調べ室へ向かった。
「大丈夫かな……不安だ」
マリアーヌがどう答えるかによって次に取り調べを受ける私達に影響して来る。
保身に走ってでたらめなことを言えば警察官の不信感も深まるはずだ。
だから、マリアーヌに正直に話すように促したのだ。
「とりあえず今は待つしかないな」
マリアーヌが警察官に連れて行かれて30分過ぎたが、まだ戻って来ない。
取り調べが長引いているのか、マリアーヌは保釈されたのかわからない。
前者だとしたら分が悪くなるけど、後者なら願ったりかなったりだ。
すると、そこへ先ほどの警察官がひとりでやって来た。
「取り調べは終わったのか?」
「ああ、もう終わったよ」
「マリアーヌはどうしたんだ?」
「彼女なら帰ってもらったよ」
「そうか。なら、よかった」
その答えに私はほっと胸を撫で下ろした。
警察が約束を守ってくれたことに一安心した。
「まあ、親御さんに引き取りに来てもらったのだけどな」
「親を呼んだのか!」
「彼女は未成年だからな。身元引受人に引き渡すのが道理だ」
「余計なことをしやがって。マリアーヌが一番嫌がっていたことなんだぞ」
「未成年である以上、自由はないんだよ」
「ちくしょう。ふざけやがって」
私は沸き上がる怒りを拳を握りしめて抑えた。
「次はキミの番だ。いっしょに来い」
「取り調べが終わったら両親に連絡をするのだろう」
「当然だ。キミの両親が身元引受人になるからな」
「それだけは勘弁してくれよ。私は勘当されているんだ。今さら、親に合せる顔なんてない」
「キミの家庭の事情は関係ない。未成年は身元引受人のところへ帰すだけだ」
「なら、取り調べは受けないからな」
今さら親を呼ばれたところで会いたくもない。
学院を退学させられたことがバレたら実家に連れ戻されるだろう。
そんなことになれば私の人生は終わりだ。
私は警察官に背中を向けたまま頑として動かなかった。
「いつまでそうしているつもりだ」
「私を保釈するまでだ」
「そんなに保釈されたいのなら取り調べを受けるんだ」
「なら、親を呼ばないって約束しろ」
「それはできないな。キミの身柄を引き取ってくれる身元引受人が必要になるからな」
「だったらハニーbeeへ帰してくれ。セルフィーナが身元引受人になればいいだろう」
「できない話ではないが、向こうが了解してくれるとは限らないぞ」
「それでも構わない。親を呼ばれるよりマシだ」
私は警察官と口約束をして取り調べを受けることにした。
警察がどこまで約束を守ってくれるとは限らないが今は信じるだけだ。
取り調べ室は質素で机と椅子しか置かれていなかった。
部屋の隅には取り調べの記録をとる別の警察官が座っている。
私が手前の椅子に腰をかけると警察官が奥の椅子に座った。
「では、名前を教えてもらおうか」
「モモナだ」
「それは源氏名だろう。本名を聞いているんだ」
「言いたくない」
「やましいことでもあるのか」
「そんなんじゃない」
ここで迂闊に本名を言ってしまえば身元を特定されてしまうだろう。
そうなれば親のところにも連絡が行くだろうから退学されたことがバレてしまう。
だから、本当の名前を警察官に教えたくないのだ。
「協力的じゃないな。まあ、仕方ない。これを見れば明らかだけどな」
「あっ、それは私の学生書。いつの間に」
「ロッカーを調べた時に見つけたんだ」
「汚いぞ」
「これも仕事だからな」
「ちぃ……」
警察に学生書が渡ったのならば私の身元が判明してしまう。
本名やどこの学校へ通っていたのか、学年やクラスまでバレるだろう。
それは自分の弱みを握られているようなものだ。
急に不安が襲って来たので私は無意識のうちに貧乏ゆすりをしていた。
「名前はナコル・マスウェルか。年齢は14歳と。セントヴィルテール女学院の生徒で間違いはないか」
「知らねーよ」
「学生書にはそう書いてあるから本当なのだろう」
「そんなことを調べてどうするつもりだ」
「調書をまとめるには必要な情報だからな」
「なんかムカつく」
警察官は学生書に記されていた私の個人情報を調書に書き写す。
「それでは本題に入るぞ。キミは何故、あの店で働いていたんだ?」
「ママに騙されたんだよ」
「騙されたとは具体的に教えてくれ」
「だから、金になる仕事を探していた時にママに会ったんだ。ママは私なら日当銀貨5枚を稼げるって言ったから着いて行ったんだ。だけど、蓋を開けてみればお触り屋でやましいことをさせられていたんだよ」
私の証言をメモにとりながら警察官は質問を続ける。
「日当銀貨5枚なんて怪しいとは思わなかったのか?」
「思ったさ。だけど、ママに聞いたらただの飲み屋だって言っていたから信用したんだ」
「飲み屋でも未成年が働くのは禁止されているがな」
「仕方ないだろう。お金が必要だったんだし」
私は儲けたいからママの言うことを聞いたのではない。
ルイの病気を治すためにお金が必要だったのだ。
確かに警察が言う通り未成年が飲み屋で働くのは間違っている。
だけど、短期間でお金を稼ぐなら多少は危険を冒した方がいい。
「何で、そんなにお金が必要なんだ?」
「それは……」
「それは?」
「別にいいだろう、そんなこと」
「その辺りもちゃんと教えてもらわないと困るな」
「薬を買うためだ」
「薬?」
「大切な妹が病に伏しているんだよ。だから金が必要なんだ」
警察になんて私の気持がわかるはずもない。
ルイは本当の妹じゃないけど大切な妹なんだ。
傍から見たら馬鹿げていると言われるかもしれないけど私はルイを助けたいと思っている。
「病気の妹がいるのか。それなら両親に頼めばいいんじゃないか」
「だから……ルイは本当の妹じゃないんだよ」
「本当の妹じゃないとすると義理の妹なのか?」
「そんなところだ」
「それならなおのこと両親に頼めばいいじゃないか」
「それができないから自分でやっているんだ」
私の言いたいことが警察官に伝わらないので苛立ちを覚える。
警察にとっては調書をまとめたいだけだから私の気持はガン無視だ。
同情を買うつもりは微塵もないが少しは理解してほしい。
「キミの言うことには矛盾ばかりだ。何を隠しているんだ?」
「別に隠していることなんてねぇ」
「本当のことを話さないとずっと帰れないぞ」
「もう、いいだろう」
中々口を割ろうとはしない私に警察官もイラついて来る。
「なら、次だ。店ではどんな仕事をしていたんだ」
「飲み屋だから客の相手ぐらいわかるだろう」
「本当に飲み屋なのか」
「そんなことは自分で調べろ」
「じゃあ、これは何だ?」
「そいつは……」
警察官が叩くように机に置いたのはハニーbeeの制服だった。
「まさかこんなものを着てお客の相手をしていた訳じゃないだろうな」
「そ、そんなの知るかよ」
「これはキミのロッカーから出て来たんだぞ。知らない訳ないよな」
「あーっ、うるせーな。ママがそれを着ろって言ったんだ。仕方ないだろう。私だってそんなもんは着たくなかったさ」
「卑猥な格好をしてお客の相手をしていたんだな」
「何度も言わせるな」
さすがは警察官とも言うべきか。
紐ビキニを見ても顔を緩ませない。
大抵の男は紐ビキニと私を見たら着ている姿を想像するものだ。
「で、どんなサービスしていたんだ?」
「だから、客の相手をしていただけだ」
「お触りとかあったんじゃないのか?」
「わかっているならいちいち聞くな」
「これも仕事だ。お触りありだなんて風俗と変わりないな」
「未成年の前でよくそんなことが言えるな」
取り調べなのだから仕方ないがデリカシーがなさ過ぎだ。
目の前にいるのはいたいけな14歳の少女なのだ。
もっと気を使ってもらいたい。
「お客とはもめ事があったんじゃないのか?触ったのだの触ってないのだのとか」
「話したくない」
「もめ事があったんだな。どんなもめ事なんだ?」
「うるせーな。客を殴っただけだよ」
「何で?」
「そいつが私のお尻……これ以上言わせるな」
間違ってもコルトムが私の大事なところを触ろうとしただなんて言えない。
ましてや質問をしているのはいい年をした男性の警察官なのだ。
顔から火がでるほど恥ずかしい。
「セクハラまがいなことがあったんだな」
「そうだよ。あいつは誰とも関わらずにセクハラばかりしていたんだ。あんな奴は客じゃない」
「そんな嫌な思いをしてまでもお金が欲しかった訳か」
「それもあるけどママに脅されていたんだ」
「その話を詳しく聞かせてくれ」
私はママから誓約書をもらうに至った過程を話して聞かせた。
ついでにママが書いた誓約書を机の上に広げた。
「どうだ。これで私の話を信じるだろう」
「こんなものでは誓約書とは言わないな」
「何でだよ。ちゃんとサインもしてあるし割り印も押してあるんだぞ」
「公式な誓約書には決まったフォーマットがあるんだ。その形式で記述されていないと効力は持たない。ママにうまく騙されたんだな」
「ちくしょう、あの野郎」
「まあでも証拠としては役に立つだろう。これは預からせてもらうぞ」
ママの言うことは何から何まで嘘っぱちだ。
私が未成年だから簡単に騙せると思っていたのだ。
きっと他のお嬢たちのことも騙して働かせていたのだろう。
「もう、いいだろう。教えられることは話したんだ。保釈してくれ」
「ならば身元引受人を呼ばないとな」
「誰を呼ぶつもりだ」
「両親が嫌だと言うなら学校の関係者だな。間違ってもハニーbeeへ帰すことはできない」
両親に連絡を入れられるのも嫌だが学校の関係者にも連絡を入れられるのは困る。
私はすでにセントヴィルテール女学院を退学になっているからだ。
もし、そんなことが警察にでもバレたら両親に連絡を入れられるだろう。
「なら、ひとりで帰るよ」
「それは認められない。規定で身元引受人に身柄を預けることになっているからな」
「別に幼いガキと違うんだ。自分の家までひとりで帰れる」
「そう言うことを問題にしている訳のではない。それとも学校に連絡されるとマズいことでもあるのか」
頑なになっている私を見て警察官は勘ぐるようなしぐさを見せる。
これ以上、断っていても逆に疑われてしまうだけだ。
学校へ連絡されるのは困るが両親によりはマシだ。
どうせ学校へ連絡されたら担任がやって来るのだろう。
その時に理由を話せば何とかなるかもしれない。
「わかったよ。学校へ連絡してくれ」
「本当にいいんだな」
「くどい。私がいいって言っているんだ」
「なら、そうさせてもらう」
話がまとまると警察官は調書を持って立ちあがる。
「私はここにいればいいのか」
「控室まで案内してやる。ついて来い」
私は取り調べをした警察官に連れられて控室になっている部屋までやって来た。
部屋の中には他の件で取り知らべを受けていた人達がいて警察官を睨みつけた。
「お前ってみんなから嫌われているんだな」
「これも仕事だからな」
一般人からしたら警察官はありがたい存在だが問題児からしたら敵だ。
自分を捕まえて取り調べをして刑務所へ送る地獄の門番のような存在だ。
幼い子供が警察官になりたいなんて言うけどこの事実を知ったら止めるだろう。
誰も憎まれ役などにはなりたくないものだ。
「身元引受人が来るまでここで待っているんだ。飲み物は自由だ。だが後でお金を請求するけどな」
「金をとるのかよ。警察ってのは随分としみったれているんだな」
「仕方ないだろう。我々は市民の税金を使って仕事をしているのだからな」
「へいへい。気長に待たしてもらいますよ」
私はポカンと空いていた席に腰を下ろす。
すると、座っていた人達が嫌そうな顔を浮かべた。
「何だよ。私が座っちゃいけないってのか」
「おいおい。こんなところでモメごとなんて起こすなよ」
「文句を言うならこいつに言ってくれ。私は椅子に座っただけだ」
「しばらくの間だ。仲良くやれよ」
そう言い残して取り調べをした警察官は控室を後にした。
「全く。ツイてないぜ」
こんなことになるならハニーbeeでもっと稼いでおくべきだった。
警察官だって高額な賄賂を渡せば口を聞いてくれるはずだ。
そんな話を耳にしたことがあるからなおのこと悔しくなった。
きっとママは警察官に多額の賄賂を渡して買収しているはずだ。
悪人がはびこる世の中なんて間違っている。
だが、それがまぎれもない現実なのだ。




