第六十八話 摘発
月末はお店の売上の発表が行われる。
成績の良い順から報酬が振り分けられる。
そのため最後に呼ばれた人ほど報酬が少ない。
ただ、基本が歩合制なので全くもらえないことはないのだ。
「トップはセルフィーナで金貨300枚だよ。今月も頑張ったね」
「ママのご指導があってのことですわ。けして私ひとりの力ではありません」
「謙虚だね。みんなもセルフィーナをお手本にして頑張るのよ」
ママがセルフィーナを褒めるとセルフィーナはまんざらでもない顔を浮かべる。
言葉ではママを慕っている風を装っているが心の中ではどうだかわからない。
あわよくばママの座を狙っているのかもしれないのだから。
「それじゃあ今月の報酬よ」
「こんなにもいいんですか。嬉しい」
セルフィーナの取り分は3:7で金貨90枚を手にした。
ママが取り過ぎな感じもするが設備投資や積立に回す分だ。
そこからママがどれだけ報酬を得るのか気になるところだ。
「セルフィーナはうちの稼ぎ柱だからね。期待しているよ」
「ママの期待に応えられるように頑張ります」
いつもの茶番を見せつけられながらセルフィーナはママを担ぐ。
腹の底では何を考えているのかわからないところが恐ろしい。
この店にいる限りママが絶対だからゴマ擦っておくことは必須だ。
ママを味方につけられたら鬼に金棒になる。
セルフィーナはズル賢いからそうしているのだ。
ただ、私には真似出来そうにもない。
いくらママの権力を味方につけると言っても、私を騙したママを信用するなど。
私は一生かかってもママの力を借りようとは思わないだろう。
それよりも手に入れた誓約書の力をふんだんに使うだけだ。
それからママは売上の高い順に発表して行く。
マリアーヌは次に自分が呼ばれないか期待して待っている。
私から見てもマリアーヌが5本の指に入ることはないだろう。
そしてトップ10の発表が終わってからマリアーヌの名が呼ばれた。
「15番目はマリアーヌだよ。先月より順位を伸ばしたね」
「くぅ。ベスト10に入ると思っていたんだけどな」
「15番目でも上出来さ。この分で行けばベスト10も夢じゃないよ」
「ママがそう言うならそうかもね」
マリアーヌはママから認められるとすぐに納得した。
貧乳のマリーアヌが15番なら私ももうすぐ呼ばれるだろう。
コルトムの一件が尾を引いているが私も頑張ったのだ。
あれから私を指名してくれるお客もついたし、名前も覚えてもらった。
だから、そこそこの成績を納めているだろうと思う。
しかし、マリアーヌの次は私じゃなかった。
他のお嬢でマリアーヌよりおっぱいが大きかった。
この結果からわかるようにお客はおっぱいの大きさでお嬢を選んでいない。
どんなサービスをしてくれるのかや、話を聞いてくれるかを基準にしているのだ。
だから全てのお嬢は同じスタートラインに立っていると言える。
それから発表が続き、私が呼ばれたのは一番最後だった。
「最下位はモモナだよ。売上は金貨1枚」
「まあ、実力の差ですわね」
「やったー!モモナに勝った!」
私の結果を見てセルフィーナもマリアーヌも喜んでいる。
新人の私が最下位だったので安心したのだろう。
これでもし私が好成績を納めていたら二人も罰が悪かっただろう。
「まあ、モモナは入ってから10日しか経っていないからね。頑張った方だよ」
「それでも負けは負けよ。今度から私の言うことを聞くのよ」
マリアーヌは勝手に自分のルールを押しつけて来る。
はじめからマリアーヌと勝負していないから守らなくてもいいのだが。
「売上が金貨1枚だといくらもらえるんだ」
「銀貨30枚だよ」
「そうなると1日あたり銀貨3枚か。予定より少ないな」
「モモナはコルトムさまの一件があるからね。それだけもらえただけでもありがたいと思いなさい」
ママの方からしたら私の報酬をもっと減らしたかったのだろう。
なにせコルトムは店の売上を支えている御贔屓様なのだから。
そんな人物に手を上げてしまった私の功罪は大きいはずだ。
「それじゃあみんな。セルフィーナを見習って来月も頑張っておくれよ」
「「は~い」」
ママはお嬢達に気合を入れると黒服といっしょに店を出て行った。
「さて、お給料も入ったことだし、街へ繰り出しますわよ」
「セルフィーナ姉さん、私も連れて行って」
「モモナはどうされますか?」
「私はいいよ。みんなで行って来れば」
「連れないですわね。それではみなさん行きましょう」
セルフィーナは店のお嬢達を連れて街へ遊びに向かう。
たんまりと報酬を得たから豪遊をするのだろう。
いっしょについて行けばセルフィーナが奢ってくれたかもしれない。
ただ、あんなことをされた私としてはホイホイとついてはいけないのだ。
痛みはすっかりなくなったが心に消えない傷を負ってしまった。
だから、セルフィーナを見ると恐怖心が湧いて来るのだ。
私はみんなを見送ってから自分の部屋に籠った。
「10日で銀貨30枚か。普通に働いているよりも分がいい」
ただ、目標の金額には届いていない。
私としては最低でも金貨3枚は稼ぎたいと思っている。
でないと、ルイの薬も買えないし、大きな病院に連れて行くこともできないのだ。
「しばらくはこの仕事を続けないとダメかな……」
今は店の寮にいるから宿代はかからない。
なので報酬は全部、自分の懐に入る。
ただし、毎日お店に出ないといけない。
定休日もないから変わりばんこで休みを取っている状況だ。
「ここを出て行けば宿を借りないといけないから定期的な収入は欠かせないな」
普通に仕事をしていてもその日の宿代しか稼げないからお金を貯めることはできない。
そうなると何のために働いているのかがわからなくなって来る。
あくまでもルイのための資金を稼ぐことが目的なのだ。
「この仕事はイヤだけど、あともう少しだけ頑張るか」
私は自分に言い聞かせるように気合を入れた。
翌日、私はお店に出た。
休みの日だったので休んでもいいのだが働くことにした。
それは一刻も早く目標の金額を稼ぐためだ。
ただ、休日にお店に出たからと言って手当はつかない。
「あら、モモナ。お休みをとらなかったの?」
「休んでいてもお金にならないからな」
「まあ、張り切るのはいいけど倒れないでよ」
「私はそんなに柔じゃない」
お休みなのに私が店に出ていたのでセルフィーナは驚きの顔を浮かべる。
私がやる気になったのだとは思っておらず茶化すように忠告を添えた。
セルフィーナは私がお金目当てで働いるのだと予想していたようだ。
「セルフィーナちゃん。こっちへ来て」
「は~い。今行きま~す」
「モモナちゃん。こっちの席をお願い」
「わかった」
続けざまにセルフィーナと私の指名が入る。
「モモナ。お客さまに失礼なことをしてはダメよ」
「わかってるよ」
「心配だわ。また、お客さまを殴ってしまいそうで」
「セルフィーナちゃん。早く早く」
「は~い」
「心配するな。私もバカじゃない」
セルフィーナの不安は拭えなかったが私達は指名したお客さんの席に着いた。
「モモナちゃん、待っていたよ。ささ、ここへ座って」
「失礼する」
「相変わらず固いね。私がほぐしてあげようか」
「気安く触るんじゃねぇ」
「お~っ、怖っ。けど、これがいいんだよね」
私が着いた席の客はコルトムと同じでM男だった。
なぜだか私の周りにはM男が集まる。
私にしばいてもらいたくてわざとちょっかいをかけて来るのだ。
ただ、コルトムの一件があるのでお客に手を上げることはできない。
「酒、飲むか?」
「お願いするよ」
10日も働いて来たのでようやくお酒を入れることができるようになった。
グラスに氷を入れてお酒と水を注ぐだけなのだが、これがうまくできない。
薄過ぎてもダメだし、濃過ぎてもダメなので微妙な加減を掴むのが大変なのだ。
おまけにお客に寄って好みが違って来るのでお客ひとりひとりの味を覚えないといけない。
ベテランのセルフィーナになって来ると目をつぶっていてもお酒を入れることができるのだ。
「できたぞ」
「それじゃあ頂くかな。ゴクリ……ちょっと薄いかな」
「贅沢を言うんじゃねぇ」
「いやん。モモナちゃんに怒られちゃった。もっと言って」
私が文句を言うとお客は嬉しそうな顔で催促して来た。
こんな変態野郎を相手にしないといけないなんて疲れる。
ただ、これが今の私の仕事だから我慢しないといけない。
すると、お客が私の耳元に顔を近づけて囁いた。
「モモナちゃん、知ってる?」
「何がだ?」
「秘密の話」
「何だよそれ?」
「聞きたい?」
「もったえつけてないで話せ」
お客が執拗に焦らして来るので話すように促す。
「今度、警察の一斉摘発があるそうなんだよ」
「摘発って?」
「このところ歓楽街の風紀が乱れているからね。一斉摘発をして街を掃除をするんだよ」
「この店も対象なのか?」
「そうだよ。歓楽街にある店舗すべてだよ。モモナちゃんはだいぶ若そうだから気をつけた方がいいよ」
お客が言った情報が本当であればこの店はヤバい状況だ。
何せ、未成年である私やマリアーヌを働かせているのだから。
許可なく未成年を働かせることは禁止されているから間違いなくママは捕まるだろう。
しかも、風俗紛いなことをさせているのだからなおのことヤバい。
「それでいつ一斉摘発があるんだ?」
「今度の週末って話だよ。モモナちゃんも早く逃げた方がいいかもね」
「今度の週末って3日後じゃないか」
「警察の方も本腰を入れているようだから近々にしたんだよ」
とは言ってもあと3日の猶予がある。
その間にこの店からおさらばした方がよさそうだ。
もし、仮にも警察に捕まったのなら厄介なことになる。
罪を問われることはないだろうが身元を調べられてしまう。
そうなると強制的に親もとへ帰らされてしまうかもしれない。
そんなことになれば私が学院を退学させられたことがバレる。
「こうしちゃいられないな。悪いけど私はこれでおさらばさせてもらうよ」
「モモナちゃん。慌てなくてもだいじょぶだよ。一斉摘発は週末だから」
私は後ろから呼び止めるお客の声を聞き流しながら出入り口へ急ぐ。
すると、黒服が目の前に立ちはだかって壁を作った。
「どこへ行かれるのですか?」
「どこだっていいだろう。通せ」
「ダメです。今は開店中なので店に戻ってください」
「ああっ、面倒くさい奴らだな。警察の一斉摘発があるんだ。お前達も逃げた方がいいぞ」
じゃまな黒服を追い払おうと一斉摘発のことを口にした。
しかし、黒服はハッタリだと思っていて全く相手にしてくれない。
そこへ騒ぎを聞きつけたセルフィーナがやって来た。
「モモナ、何を騒いでいるのです」
「お前らじゃ埒が明かない。セルフィーナ、週末に警察の一斉摘発があるんだ」
「一斉摘発ですって。そんな話を聞いたことはありませんわよ」
「本当なんだって。信じてくれ」
セルフィーナも私が言っていることを冗談だと受け止める。
もし、実際に警察の一斉摘発があるとしたら情報が入って来るからだ。
ママもセルフィーナの耳にも届いていないことは間違いだと言うことだ。
「全く、モモナもいい加減にしなさい。お店を休みたいなら休みなさい。その代り営業の邪魔はしないで」
「私は休みなんて欲しくないんだよ。ここから逃げたいだけなんだ」
私とセルフィーナが入り口で揉めているといきなり扉が勢いよく開いた。
「警察だ!」
そう言って警察官が雪崩れ込むように店に入って来る。
そして店の出入り口を塞いで誰も出入りできないようにする。
「ちょっと、何なのですか?」
「捜査令状が出ている。この店を捜査させてもらう」
「捜査令状ですって……本当だ」
警察が差し出した捜査令状を見てセルフィーナは納得する。
確かに警察署長と市長のサインおまけに警察の押印がしてあった。
「この店の責任者はどこにいる?」
「ママは……。ママは外出中です」
「本当だろうな?」
「嘘なんてついていません」
セルフィーナは機転を利かせてママがこの店にいないことにする。
もし、ママが見つかりでもしたら間違いなく逮捕されてしまうからだ。
「おい、店の奥を探せ」
「ちょっと、止めてください」
制止するセルフィーナの手を振りほどいて警察官は店の奥の事務所の扉を開ける。
そこにはママがいるので見つかったら捕まってしまうだろう。
しかし、事務所の中に入っていた警察はママを見つけられずにいた。
「誰もいません」
「えっ?」
「ん?」
「ふー……」
警察官は一瞬だけみせたセルフィーナのリアクションを見逃さなかった。
警察の勘を働かせてセルフィーナが何か隠していると判断したのだ。
「隠し部屋がないか徹底的に調べるんだ」
「はっ」
警察官の判断にセルフィーナが一瞬顔を曇らせると警察官は見逃さなかった。
そして事務所のどこかに隠し部屋があると確信した。
「見つけました。カーペットの下に隠し扉があります」
「やはりな」
「……」
セルフィーナはどう言う反応をしていのか戸惑っていると警察官が指示を出す。
「隠し部屋の中を調べるんだ」
「了解」
そしてしばらくすると突入した警察官がママを連れて出て来た。
「責任者を確保しました」
「もう、何だって言うのさ」
「警察だ」
「見ればわかるわよ」
「捜査令状だ」
「はー。来るなら来るで前もって言っておいてよ。そしたらおもてなししてあげたんだけどね」
ママはすっかり観念したようで抵抗を全くしなかった。
ママが苦肉の冗談を言っても警察は何の反応も見せない。
「客とスタッフを並ばせるんだ」
「了解しました」
班長に命令されて部下の警察官はお客とスタッフとに分けて並ばせた。
「この店で未成年を働かせていると言う情報が入っている。それに相違はないか」
「馬鹿を言うんじゃないわよ。そんなあからさまなことをする訳ないでしょう」
「なら、彼女達は未成年でないと言うのか」
警察官は私とマリアーヌと他の未成年のお嬢を連れてママの前に立たせた。
「どこから見ても成人じゃない。童顔だから幼く見えるだけよ」
「ほう。彼女達は未成年じゃないと言うんだな」
「そうよ」
ママは完全に白を切って嘘をつき通す。
すると、班長が私達ひとりひとりに質問して来た。
「年齢を言ってみろ」
「……」
「嘘をついてもすぐにバレるんだからな」
「20歳です……」
「本当に20歳なんだな。嘘をついていたら罪を問うぞ」
「……16歳です」
班長の脅しに耐え切れなくなりマリアーヌは本当の年齢を喋ってしまった。
「いい子だ。他の者も年齢を言ってみろ」
そう言われて私達も本当の年齢を班長に教えた。
そのやり取りを見つめながらママは顔を顰めた。
「これで明らかになったな。違法に未成年を働かせていた罪で身柄を拘束する」
「やってられないわね。彼女達を欲しがる客がいるんだから仕方ないじゃない。私じゃなくて客を逮捕しなさい」
「反論は裁判所でするんだ。両手を出せ」
ママは最後までごねていたが両腕に手錠がかけられると静かになった。
「事務所内を調べて関係する書類を押収しろ。未成年者は保護するんだ」
「了解しました」
班長が指示を出すと部下の警察官はそれぞれの役割を果たしに向かう。
事務所を調べる係、客から話を聞く係、私達未成年を保護する係に分かれた。
ママ達関係者は警察に身柄を拘束されて一足先に警察署まで護送された。
「マズいことになりましたわね。ママが逮捕されてしまうなんて」
「セルフィーナ姉さん。どうしましょうか」
「とりあえず、ママが戻って来るまで私達でお店を守るわよ」
「わかりました」
ママがすぐに釈放される保証はない。
未成年を働かせていた罪があるからだ。
おまけに風俗紛いのことをさせていた罪もある。
普通に考えれば裁判にかけられることになるだろう。
「この店もお終いだな。いい気味だぜ」
「なんてことを言うの、モモナ」
「私達をこき使って金儲けをしていたバチが当たったんだ」
「さんざんママのお世話になったくせによく言えたものですね」
「私は騙されてここへ来たんだ。洗いざらい警察にぶちまけてやるさ」
「キィー」
すっかり開き直った私を見てセルフィーナは奥歯を噛み締める。
私が警察に全てを話せばママの罪状は確定してしまう。
そうなれば二度と店に戻って来ることはないだろう。
それがわかっているからセルフィーナは悔しがったのだ。
「だがな、忘れるなよ。私はお前を許した訳じゃないからな。いつか復讐してやる」
「モモナに何ができるって言うのですか」
「私がされたようにお前も辱めてやるからな」
「面白いことを言うのですね。楽しみに待っておりますわ」
私は真面目なことを言っているのにセルフィーナはまともに受け止めなかった。
と言うかまともに受け止めると四六時中私と言う恐怖に怯えなくてはならない。
そうなりたくないから私が冗談を言ったのだと受け止めたのだ。
そしてあらかた捜査が終わると警察官達は関係資料を持って警察署に戻って行く。
私とマリアーヌ達未成年は警察に連行されて警察署へ移送された。
残されたセルフィーナとお嬢達、それに客達は呆気にとられながら立ち尽くしていた。