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第四十七話 てんしのじゅんぱくぱんつ②

夕食後はリビングで一家団欒の時間になる。

ミクのパパが大きなソファーに座り、ミクが隣に座っている。

私はミクの膝の上にぬいぐるみのように乗せられていた。


「ミク。今日はどんな冒険をして来たんだ?」

「うんとね。聞きたい?」

「聞かせてておくれ」

「じゃあ、教えてあげるね」


ミクはパパの関心を惹きつけると昼間の出来事を話しはじめた。


「今日は森の中でおサルさんと出会ったよ」

「おサルさんか」

「木の上をスタタタと駆けていたんだ」

「まるで忍者だな」

「そう、忍者。ぜんぜん木の上から落ちないんだよ」

「おサルさんは木登りの達人だからな」


ミクは少し興奮しながらその時の状況を話して聞かせる。

その話に適度に相槌を打ちながらミクのパパは話を聞いていた。


「ちょめちょめ」 (おサルか。私も会ったな……もしかしてあのバカおサルじゃないでしょうね)


可能性としては低くない。

私のいた場所とミクのいた場所が近ければ同じおサルなのだ。

ただ、私には森の中のどこにいたのかわからないから何とも言えない。


「私が木の下でおサルさんを見ていると目があったのよ。そしたらおサルさん、ニンマリと笑ったわ」

「おサルさんもミクのことを歓迎したのかもな」

「そうしたらおサルさんが急にお尻を向けてぺんぺん叩いたの」

「うーん、それはミクのことを気に入ったんだよ」

「私もそう思う。だっておサルさん嬉しそうだったもの」


ミクのパパもどう返していいかわからずに良い言い回しを探した。

私からしたら”ミクはおサルに馬鹿にされていた”だけだ。

きっとそのおサルは私のリンゴを食べたバカおサルに間違いない。

純粋で心優しいミクを馬鹿にするなんて許せないところだ。

今度、見つけたらお尻が腫れるぐらいまで叩いてやるわ。


「それでちょめ太郎くんとはどこで出会ったのだい」

「ちょめ太郎とはおサルさんと別れてからすぐよ。ちょめ太郎、倒れていたの」

「倒れていたのか」

「うん。はじめはモンスターが死んでいるのかと思ったわ」

「……ちょめ」 (……複雑な気持)


確かに私を見たことがない人から見れば私はモンスターに見えるのだろう。

なんて言ったってキノコの形をした緑色の青虫なのだから。

私自身、はじめて自分の姿を見た時はギョッとしたもの。

ただ、慣れて来ると全く違和感がなくなった。


「それでちょめ太郎くんに近づいたのかい?」

「生きているのか死んでいるのか確かめるために近づいたんだよ」

「それはちょっと危険じゃないかい。モンスターが死んだふりをしていたらミクはひとたまりもなかったのだぞ」

「大丈夫だよ。精霊の森にはモンスターがいないもん」

「ちょめ!」 (初耳だわ!あの森にモンスターがいないなんて聞いたのは)


ミクのパパは不安げな顔をしながらミクを心配していたがミクは全く気にしていない。

毎日、精霊の森の中を歩き回っているから誰よりも森の中のことは知っているのだろう。


「確かに精霊の森でモンスターを見かけたと言う話は聞かないがモンスターがいないとは限らないぞ」

「パパは心配症ね。精霊の森を散策している私が言っているのよ。モンスターなんていないわ」

「ちょめ」 (モンスターの代わりに”たまごおやじ”がいるけどね)


ミクのパパからしたらミクのことが心配でならないのだろう。

大事な娘が毎日ひとりで精霊の森を歩き回っているのだから。

ただ、ミクの精霊の森歩きを禁止しないのはミクの気持ちを知っているからだ。


「精霊の森にいるのは”おぼこぼさま”よ」

「それは言い伝えに過ぎないぞ。誰も見たことがないのだし」

「パパは夢がないね。”おぼこぼさま”は絶対にいるわ」

「母さんが余計なことをミクに吹き込むから……」


話の出所はミクのパパのお母さんだったようだ。

昔の人ほど伝承や神話を信じているものだ。

モノに神が宿るように森の中にも精霊がいると思っている。

それは天災や病気に見舞われた時の心の拠り所としていることが大きいのだろう。

人知ではどうしようもないことが起こったら神から力を借りて乗り越えようとする。

そうすることで昔の人達は問題を解決して来たのだ。


「”おぼこぼさま”を見つけたらルイの病気を治してもらうんだ。”おぼこぼさま”ならきっと治してくれるわ」

「ミク……。ミクは優しいお姉ちゃんだな」

「だって、ルイが頑張っているんだもん。それを見たら何もせずにはいられないわ」

「俺にもっと力があればミクやルイにも苦労を掛けずにすんだのに」

「ちょめ」 (ミクのパパの気持ちが痛いほどわかるわ)


ミクはまだ10歳と幼いのにルイを助けようとしている。

それは普通ならできないことだ。

気持はあっても実行に移せる子供は少ない。

だけどミクはお姉ちゃんという立場だからできるのだろう。

もし、ミクが妹の立場であったら何もできなかったはずだ。


そんな話をしているとミクのママがキッチンへ戻って来た。

ルイの食事が終わったようでお盆の上にお皿を乗せていた。


「あら、3人で何の話をしているの?」

「今日の冒険の話だよ。それよりルイはちゃんとご飯を食べた?」

「少しだけ残しちゃったかな」

「やっぱりルイの具合が悪いんだね」


さっきまでの表情とは違いミクは悲しそうな顔を浮かべる。

すると、すぐにミクのママがフォローをした。


「ミクが心配するほどでもないわ。お腹がいっぱいになったから寝ちゃった」

「ママ、本当にルイは大丈夫なんだよね」

「あたり前じゃない。お医者さまもルイの容体はよくなって来ているっておっしゃられているしね」

「ならいいけど……」


大切な妹が病に伏しているからミクとしては心配なのだろう。

ひとりきりのお姉ちゃんだし、ひとりきりの妹だ。

ミクの代わりもいなければ、ルイの代わりもいない。

この世界で二人といないかけがえのない姉妹なのだ。


「それよりも私にも冒険の話を聞かせて」

「じゃあ、ママはミクの隣に座って」

「はいはい。パパとママでサンドイッチだね」

「今日はちょめ太郎もいるからスペシャルサンドだよ」

「ちょめ……」 (うぅ……私も仲間に入れてくれるなんてミクは優しい子だね。だけど、何だか家族団欒の時間を邪魔しているような気がするわ)


ひとり場違いな感じながらも私はミクの膝の上にいた。


「今日はおサルさんと会ってからちょめ太郎を見つけたの。それで……」


ミクはミクのパパに話して聞かせたことをママに繰り返し聞かせた。

私とミクのパパは同じ話を二度聞くので途中で欠伸をかみ殺していた。

お腹はいっぱいだし、いい感じに体が温まって来たから睡魔が襲う。

ミクのパパなんかアルコールが入っているから私より辛かったようだ。

うんうんと相槌を打ちながらもいつの間にかグーグーと寝息を立てていた。


「もう、パパったら。ミクが話をしているのに眠るなんて非常識よ」

「まあまあ。パパも仕事で疲れているんだから仕方ないわよ。パパにこれをかけてあげて」

「うん」


ミクのママが寝室から上掛けを持って来るとミクに渡す。

そしてミクは体の大きなパパを覆い隠すように上掛けを掛けた。


「それじゃあ私は洗い物をしちゃうわ。ミクはお風呂をお願い」

「はーい。ちょめ太郎は先に部屋に戻っていて」

「ちょめ」 (わかったわ)


まだ10歳だと言うのに家のお手伝いをするなんて感心だ。

私なんかお手伝いとおこづかいを等価交換しないとお手伝いなどしなかった。

だって、幼い頃から家事はお母さんの仕事だった。

大きくなってからもその習慣が抜けていなくてお手伝いなどしない。

まあ、どうせ女子だから将来はママになってイヤってほど家事をするのだろうけど。

だから、子供のうちは何もしなくていいのだ。


そんな自分勝手な解釈をしながら私は一足先にミクの部屋に戻った。

途中、ルイの部屋の前で立ち止まったが静かだったのでそのまま通り過ぎた。


「ちょめ」 (ぷーっ。久しぶりに御馳走をたらふく食べたわ。し・あ・わ・せ)


私はミクのベッドの上で横になって窓から外を眺める。

夜空は雲一つないキレイな空で小さな星々が煌めていた。


「ちょめ……」 (お父さんやお母さんは今頃どうしているだろう……)


ミク達の家族団欒を見ていたらせいか日本に残して来たお父さんとお母さんのことを思い出す。

私がいなくなってからだいぶ時間が経つし、騒ぎになっているかもしれない。

私が家出をしたと思って警察に行方不明者届を出して探し回っているだろう。

たとえ日本のどこを探しても私はいないのだから無駄な努力なんだけど。


「ちょめ……」 (お父さんもお母さんもミクのパパママのように私のことを心配しているのかな……)


日本にいた時はほとんど会話がなかったから親子らしいことはしてこなかった。

両親は仕事で忙しいし、私のことなどかまってもくれない。

だから、私はひとりでも楽しめる声優アイドルオタクになったのだ。

ある意味、オタクになったのは寂しさを埋めるためだったのかもしれない。


「ちょめちょめ」 (ちょめジイなら今の私の家の様子がわかるよね。ちょめジイに聞いてみよう)


困った時はちょめジイだ。

そもそもちょめジイが勝手に私を召喚したのだから責任はある。

もし、日本で騒ぎになっていたらちょめジイに何とかしてもらおう。


私は久しぶりにちょめジイを呼んだ。


(ねぇ、ちょめジイ。聞きたいことがあるんだけど)

(……)

(無視しないでよ。いるんでしょう)

(……)

(もう、寝ちゃった?)

(起きとるわい。年よりだからってジジイ扱いするでない)


ちょめジイは私の言葉を受けてちょっと声を荒げながらツッコミを入れる。


年寄りが早寝早起きなのは今も昔も変わらない。

若者に比べて活動量が落ちているから体内時計も変わっているのだ。

まあ、早く眠ってもトイレに起きるから熟睡はできないのだが。


(ねぇ、ちょめジイ。私の両親は今どうしているの?)

(平和に暮らしておるぞ)

(私がいなくなって騒ぎになっていない?)

(大丈夫じゃ。お主ははじめからいない設定になっておるから騒ぎになっておらん)

(はじめからいないって。記憶を書き換えたの?)

(どう言えばよいかのう……)

(教えてよ)


私が立て続けに質問をするのでちょめジイも戸惑う。

今までそんな質問をしたことがないから驚いたのだろう。

まあ、私からしてみたらもといた世界がどうなっているのか知りたい。


(ここからはちと難しい話になるぞ。”お主がおった世界”と”お主がおらぬ世界”の2つがある。お主が召喚された時に”お主がおった世界”は”お主がおらぬ世界”に置き換わったのじゃ)

(それって右手に握っている飴玉と左手に握っているチョコをすり替えたってこと?)

(簡単に言えばそう言うことじゃ)


以前、SF小説を読んだ時に今いる世界とは異なった次元に平行世界が存在していると書かれていた。

その平行世界間に物理的な距離はなく、自分が今いる世界と重なっている。

だから、異なる次元に行けば私がいない世界がすぐそこに存在していると言うことだ。

そしてその平行世界は時間的な差異がなく、現実世界と同じ時間の流れにいるのだ。


(なら、私がいた世界では騒ぎになっているってことよね?)

(そう言うことになるのじゃ。じゃが、今となってはどちらが現実なのかわからんぞ)

(何を言っているのよ。私がもともといた世界が現実よ)

(しかし、お主がいなかった世界も現実じゃからのう)


平行して世界が存在していると言うことはちょめジイが言うようにどれも現実なのだ。

私がいた世界も、私がいなかった世界も、はたまた私の知らない世界もみんな同じだ。

私の視点から見れば私がもともといた世界が現実となるが視点を変えれば違う。

数多に存在している平行世界の全てが現実となるのだ。


(それなら私が今まで過ごしてきた時間は何だったのよ!あれは全部嘘とでも言うの!)

(それは紛れもない事実であはあるがそうでない時間も存在しておると言うことじゃ)

(何よ、それ。私の存在が否定されたような気分だわ)

(まあ、それはお主だけではないぞ。この世界にだって平行世界は存在しておるのじゃ。じゃから、ワシがいる世界とワシがおらん世界とが存在しておる。それはどちらも現実で同じ時間の流れの中にあるのじゃ)


頭では理解できても気持ちの上では納得できない。

それを認めてしまったら自分の存在価値がなくなるからだ。

私が望んだ訳じゃないのに、この世界に連れて来られた。

そして訳もわからない使命を与えられて冒険している。

本当だったら今頃、”アニ☆プラ”のライブに夢中になっていたはずだ。

これもそれもみんなちょめジイのせいなのだ。


(私をもとの世界に戻してよ。ちょめジイにはそれだけの責任があるわ)

(じゃから、それは”カワイ子ちゃんの生ぱんつを100枚”集めてからの話じゃ)

(ぱんつ、ぱんつって。私はぱんつ泥棒じゃないのよ)

(仕方ないじゃろう。パワーが足りんのじゃからな)

(何よ、それ。”カワイ子ちゃんの生ぱんつ”にどんなパワーがあるのよ)


あったとしても変態パワーしか思いつかない。

”カワイ子ちゃんの生ぱんつ”が好きなジジイのエロパワーだ。


すると、ちょめジイが首を横に振って私の言葉を否定する。


(お主はわかっておらんようじゃな。”カワイ子ちゃんの生ぱんつ”には底知れないほどパワーが秘められておるのじゃ。それは雨を降らせ、大地を潤し、生命を育む。使い方によっては次元を越えるほどのパワーがあるのじゃ)

(……信じられないわ)


ちょめジイはオーバーリアクションをしながら説明する。

しかし、返ってそれが怪しく思えて来て私は否定した。


(まあ、信じるのも信じないのもお主次第じゃ。ただし、”カワイ子ちゃんの生ぱんつを100枚”集めなければ元の世界には戻れぬからな)

(卑怯よ。勝手に召喚しておいてくだらない使命を与えるなんて)

(それがお主の定めなのじゃ)


最後はいつもの台詞を吐いてちょめジイは話を締めた。


(なら、最後に教えてよ。私のいた世界の両親はどうしているの?学校の友達は?)

(お主は両親のことを嫌いじゃなかったのか?)

(べ、別に嫌いじゃないわよ。ただ、あまりコミュニケーションをとっていなかっただけ)

(教えてやってもよいが、それを知ってどうするつもりじゃ?今のお主には何もできんのじゃぞ)


そんなことはわかっている。

ただ、ミク達親子を見ていたら気になっただけだ。

あまり仲のいい家族じゃなかったけど気になるのだ。


(両親は今、どうしているの?)

(聞くと後悔するぞ)

(それでもいい。教えて)

(仕方ないのう。お主の両親はお主が勝手に家出したと思っておる)

(やっぱりね。それで?)

(泣き伏せていれば可愛げがあるが、お主の両親はお主のことを勘当したようじゃ。警察にも行方不明者届は出しておらん。お主は捨てられたようじゃな)


ちょめジイから聞く前からわかっていた答えだがいざ聞くとショックだ。

ひとりきりしかいない娘なのだから少しは寂しがっていて欲しかった。

けど、そんなことを血の通っていな両親に求めても無駄だ。


(私は所詮、お邪魔虫なのよ。私みたいな出来の悪い娘を持って後悔しているんだわ)

(お主と両親の間にどんなことがあったのかはわからんがもうちょっと悲しんだらどうじゃ)

(両親に対して流す涙なんて持ち合わせていないわ)

(素直じゃないのう)


少しでも強がっていないと心が折れそうになっていた。

ちょめジイの前では強がっているが本当は悲しい。

両親から見捨てられたなんて悲劇でしかないのだ。


昔に”母を○ずねて三千里”なんてアニメがあったが私はマルコのようにはなれない。

離れ離れになった母親を求めて世界を旅するなんてどれだけ深い愛情があればできるのか。

私はそんなものは持ち合わせていないからマルコの真似はできないのだ。


(それより聞きたいことがあるんだけど私の部屋にある”ななブー”グッズはどうなったの?)

(全部、処分されてしまったのじゃ)

(私の命より大切な”ななブー”グッズを捨てたって言うの!)

(両親も記憶からお主のことを消し去りたかったのじゃろう。お主にまつわるものが残っていれば嫌でも思い出してしまうからのう)

(許せないわ。絶対に許せない。私が汗と涙とお金を叩いて集めたグッズなのよ。捨てるなんてもってのほかよ)


今の私の中には怒りしかない。

さっきはちょっとセンチになっちゃったけど今は違う。

私の命より大切な”ななブー”コレクションを捨てたのだ。

私がどれだけ苦労して集めたのか知らないくせにゴミ同然に扱うなんて。


(ちょめジイ。私の集めた”ななブー”コレクションをこっちの世界に召喚してちょうだい)

(そんなことはできんのじゃ)

(もう捨てられているんでしょう。本当のゴミになる前に救出するのよ)

(この世界に影響を与えるものは召喚出来んと言ったじゃろう)

(何よ。ちょめジイだって好きなものを召喚しているでしょう。それはどうなのよ)

(ワシは知見を広めるために召喚しておるのじゃ。これも修行のひとつじゃ)


私が要求すればいつものようにちょめジイは否定する。

自分で好き勝手やってるのにお願いも聞いてくれないなんて非常識だ。


(わかったわよ。なら、ちょめジイがいる空間に召喚してよ。それならいいでしょう)

(うむ。どうするかのう。この部屋も狭いからのう)

(のうのう言っていないで召喚しなさい。じゃないと、もう”カワイ子ちゃんの生ぱんつ”を集めないからね)

(しかたないのう。これっきりじゃぞ)


そう言うとちょめジイはガサゴソと何かをしはじめる。

そしてしばらくするとガチャガチャと物がぶつかる音が聞えた。


(ちゃんと召喚した?)

(約束は守ったからのう)

(じゃあ、それをちゃんと保管しておいてね)

(わかっておるのじゃ。それより”カワイ子ちゃんの生ぱんつ”を集めるのじゃぞ)


とりあえずこれで私の”ななブー”コレクションはゴミにならずにすんだ。

どうやってちょめジイのいる空間から持ち出すのかは今後の課題になる。

まあ、それはおいおい考えればいいことだ。


(ところで学校の方はどうなっているの?私がいなくなって騒ぎになっていない?)

(お主は転校したことになっておるのじゃ)

(転校ね。ありきたりの理由だわ。私の友達は不振がっていない?)

(お主がいなくなったことを素直に受け入れているようじゃ。学校はいたって普通じゃぞ)


情報通な友達が多いから私の失踪を不審がると思ったけど違ったようだ。

半年前にもクラスメイトが転校しているから不思議に思わなかったのだろう。

ただ、友達からも忘れ去られているなんて悲し過ぎるわ。

あんなにも”アニ☆プラ”の話題で盛り上がっていたのに。


(友達からも忘れられるなんて私ってなんだったのかな)

(友がひとり去れば、また新しい友がやって来るものじゃ。出会いがあれば別れはあるし、別れがあれば出会いがあるのじゃ。そうやって人間は輪廻を巡っておるのじゃ)

(難しい話はいいわ。結局、私はひとりなのね)

(そう、落ち込むでない。前向きに考えるのじゃ)

(帰る家もなければ家族も友達もいない。私は天涯孤独の美少女なのよ。今はちょめ虫だけど)

(とにかく今は与えられた使命をまっとうすることだけを考えるのじゃぞ。それじゃあな)


そう最後に念を押してちょめジイは念話を切った。

私がひとりセンチになっているからどう対応したらいいのかわからなかったのだろう。

両親のことはおいておいても友達からも忘れ去られているのは悲しい事実だ。

これまで歩んで来た時間が全て黒く塗りつぶされたのと同じことだ。


そう考えたら自然と涙が溢れ出て来た。


(私って何なのかな……)


柄にもなく大粒の涙がこぼれ落ちる。

それは私の今の心情を現している。

泣きたくはないけれど涙が出て来るのだ。


(ねぇ、お月さま。生きている意味を教えてちょうだい)


夜空に煌々と照りつけているお月さまを見つめながら問いかける。

答えが返ってくるわけじゃないけれど問いかけずにはいられないのだ。


すると、部屋の扉が静かに開いてミクが戻って来た。


「ちょめ太郎、お風呂沸いたよ」

「……」 (……)

「ちょめ太郎、どうしたの?」

「……」 (……)


私が返事をしないのでミクは私がいる窓辺までやって来る。

そして蒼白く輝いているお月さまを見ながら呟いた。


「今夜のお月さま、きれいだね」

「……」 (……)

「ちょめ太郎、泣いてるの?」

「ちょめ……」 (シクシク……)


ミクの顔を見たら何だか安心して涙が滝のように溢れ出した。


「お家に帰りたいんだね」

「ちょめ」 (そんなんじゃないの)

「明日になったらちょめ太郎のお家まで送ってあげるからね」

「ちょめ」 (そんなんじゃないったら)


私が外を眺めていたからミクは家に帰りたいと思ったようだ。


「いいんだよ。泣きたいだけ泣いて。今夜は私がいっしょにいてあげるから」

「ちょめ……」 (シクシク……ずっといっしょにいてね)


ミクは後ろからそっと私を抱きしめると母親のような愛情を注いでくれた。

その温もりはお日さまのような温かさとお月さまのような優しさがある。

それに触れていたら、もう二度とミクから離れないようになってしまうだろう。


でも今はミクの優しさに触れていたいから、そのままでいた。


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