第四十三話 トノ、ご乱心
意識を取り戻すと私はロープでぐるぐる巻きにされていた。
懐かしい感覚にちょっとだけ昔の記憶がよみがえる。
あの時はナコル達にいいようにイジメられていた。
今も似たような状況かもしれない。
地面に突き刺してある木に固定されていた。
「ちょめ」 (もう、何なのよ。私は豚じゃないのよ)
両脇にはたまごおやじが2匹立っている。
その視線の先にはキャンプファイヤーがある。
その周りをたまごおやじ達が踊り歩いていた。
「ちょめ」 (何のお祭りなのよ)
視線を横に向けるとたまごおやじの音楽隊が演奏をしている。
太鼓を叩いたり笛を吹きながら踊りの曲を奏でていた。
「ちょめ……」 (嫌な予感がするわ……)
上座に視線を向けると一段高い台座の上にトノが座っている。
両脇にいるたまごおやじ達がトノの盃に酒を注いでいる。
トノは踊っているたまごおやじ達を眺めながら酒を煽っていた。
「ちょめ?」 (これって生け贄の儀式じゃない?)
神に生け贄を捧げるために祭りをしている。
たまごおやじ達が何の神を信仰しているのかわからないけど間違いない。
この後で私は火あぶりの刑に処されて神に召されるのだ。
「ちょめ」 (いやよ。私はまだ死にたくない)
体を捩ってみるがロープがしっかり巻かれているので動けない。
私が逃げ出さないようにロープでぎちぎちに縛ったようだ。
「ちょめちょめ」 (ねぇ、後でいい物あげるから私を解放して)
「「……」」
「ちょめちょめ」 (私を逃がしてくれたら”カワイ子ちゃんの生ぱんつ”をあげるから)
「「……」」
私は両脇にいたたまごおやじを誘惑してみる。
しかし、たまごおやじ達はうんともすんとも言わなかった。
あくまでトノの命令に忠実なようで何の反応も見せない。
まあ、私の誘惑に惑わされるようでは見張りとしての意味がないのだけど。
「ちょめ」 (もう、役に立たないんだから)
私はひとり文句を零しながら悔しがる。
とにもかくにもここから逃げ出さないといけない。
周りを見るとたまごおやじ達だらけだ。
ほとんどのたまごおやじが踊りを踊っている。
酒を飲んでいるのはトノただひとりだった。
トノが酔い潰れるまで待っているのは危険だ。
トノがどれだけ酒に強いかわからないからだ。
もし、そこがなかったら儀式ははじまってしまうだろう。
そうなったら手遅れだ。
私は辺りを見回して何かないか探す。
すると、薪が山積みにされているのを発見した。
「ちょめちょめ」 (あれだわ。テレキネシスで薪をばら撒いてたまごおやじ達の注意を惹きつけるのよ)
ただ、薪が山積みにされているところまで5メートルほどの距離がある。
私のテレキネシスは3メートル範囲までだからテレキネシスは届かない。
それでも私は念のためにテレキネシスを使ってみた。
「ちょめちょめ」 (ハアハアハア。やっぱり届かない。あともうちょっとなんだけど)
もっとテレキネシスの有効範囲が広ければよかった。
そうすれば作戦通りたまごおやじ達の注意を惹きつけられたことだろう。
だが、私にはテレキネシスだけしか能力を持っている訳じゃない。
何かと使える擬態の能力を持っているのだ。
擬態を使って姿を眩ませたらたまごおやじ達も驚くだろう。
私が逃げ出したかと思って辺りを探し回るはずだ。
だが、それだけでは完全に逃げられたとは言えない。
このロープを外して逃げ出さないと意味がないのだ。
擬態を使って姿を消したら両脇にいるたまごおやじ達から槍を取り上げよう。
そしてたまごおやじ達の注意が他に向いている間にロープを切って逃げ出すのだ。
無事に逃げ通せるまで姿を消しておかなければならない。
でなければ数で勝るたまごおやじ達に捕まってしまうだろう。
私は作戦を頭の中で整理してから擬態を使って姿を消した。
「ちょめ」 (これでたまごおやじ達が私がいなくなったことに気づけばいいだけね)
だが、たまごおやじ達は踊りに夢中で私の存在に気づかない。
酒を煽っているトノも踊っているたまごおやじ達を眺めていた。
「ちょめ」 (もう、これじゃあ意味ないじゃない)
シビレを切らした私はテレキネシスを使って小石を拾う。
そして両脇に立っているたまごおやじに向けて投げた。
コツン。
小石がたまごの殻にぶつかる音がするとたまごおやじが振り返る。
そこに私がいないことに気づいて騒ぎ出した。
「生け贄が逃げたぞ!」
見張りのたまごおやじが叫ぶとトノ達がこちらを見た。
すると、すかさずトノが立ち上がって他のたまごおやじ達に指示を出す。
踊っていたたまごおやじ達は踊りを止めて私を探し回る。
「生け贄を探すのじゃ!けして逃してはならぬぞ!」
その騒ぎの中でトノの怒号が響き渡った。
たまごおやじ達からしたら予想もしてなかった出来事だ。
捕まえた私が逃げるなんてあってはならぬことなのだから。
何のために見張りをつけていたのかわからない。
後で見張りのたまごおやじ達は咎められるだろう。
まあでもそれは私にとっては都合がいい。
思惑通りにたまごおやじ達が動いてくれたからだ。
私は見張りが置いて行った槍をテレキネシスで掴む。
そして槍を上下に動かしながらキツク縛ってあるロープを切った。
「ちょめ」 (ふぅー。これで逃げられるわ)
とりあえず逃げ道はわからないからたまごおやじ達がいない方へ逃げるしかない。
ほとんどのたまごおやじ達が下座の方へ駆けて行ったから逆の道を選らぶ。
あいにく上座にはトノしかいなかったから、その脇を通って逃げ出した。
しかし、何かの気配を感じとったのかトノが私の前に立ちはだかった。
「どこへ行くのじゃ。他の者達の目は誤魔化せても予の目は誤魔化せんぞ」
(何、こいつ。私のことが見えているわけ?)
私は足を止めてトノの前に立つ。
そして横をすり抜けようとするとトノが私を掴んだ。
「やはりおったか。姿を消せるなど大した能力じゃな」
「ちょめ」 (やっぱり偶然じゃなかったようね。私をどうするつもり?)
「お主にチャンスをやろう。予と真剣勝負をして勝ったら自由にしてやる。しかし、予が勝ったら生け贄にさせてもらう」
「ちょめ」 (やるしかないようね。いいわよ、受けて立つわ)
トノが提示した案に私は乗ることにした。
このまま何もしないでいても捕まるだけだ。
ならば自由になれる可能性に賭けた方がいい。
真剣勝負なんてしたことがないがチャンスは活かすべきだ。
私とトノは広場の中央に移動して向き合う。
すると、側近のたまごおやじがやって来てトノに刀を渡す。
それは伝家の宝刀のようで豪華な装飾が施されている刀だった。
私の方は別の刀を用意されて、それを使うことになった。
何だか刀に差があるような気がしたが仕方ないだろう。
これはトノが持ちかけた提案だからだ。
トノは鞘から刀を引き抜くと上段に構える。
私はテレキネシスを使って同じく刀を上段に構えた。
「さあ、来るがよい」
私は刀を構えながら隙がないか探る。
しかし、トノの構えは見事なものでどこにも隙がない。
さすがはたまごおやじを引き連れているリーダーだけのことはある。
「ちょめちょめ」 (ダメだわ。全然、隙がない。下手に私が動きこうものならば一太刀で仕留められてしまうわ)
かと言ってこのまま黙って待っていても時間が過ぎるばかりだ。
お互いの間には緊張感が漂っているので何もしなくても疲れる。
とりわけ真剣勝負をしたことのない私には疲労感が半端ない。
「ちょめ」 (こうなったら一撃で仕留めるしかないわ)
私は見よう見真似で刺突の構えをとる。
それは日本にいた時に漫画で見た構えだ。
刀を振り下ろすよりも刺突の方が早い。
おまけにリーチが長いから有利に立てるのだ。
「ふむ、刺突の構えとはな。面白い」
トノは怯むことなく逆に面白がって見せる。
それはそれだけ余裕があると言う証拠だ。
どれだけ真剣勝負に自信があるのだろう。
その余裕ぶりは私にプレッシャーを与えた。
「ちょめ」 (何なのよ、もう。私の方が有利なのよ)
私は戦う前からすでに負けてしまっている。
心を乱せばそれが隙になって相手にチャンスを与えるのだ。
「ちょめ」 (このままではマズいわ。あれを使うしかない)
そう呟いて私は漫画で見た”呼吸”を真似した。
ただ深呼吸をしただけだけど気持ちは落ち着いた。
そして漫画で見た台詞を吐きながら飛び出す。
「ちょめ!」 (”雷の呼吸、○の型。紫電一閃”)
私は雷になった気分でトノにツッコんで行く。
だが、早くなったのは気持ちだけで実際は鈍かった。
何せちょめ虫の歩き方が極端に遅いからだ。
だれが見てもナメクジのようなスピードでしかない。
トノは避けることもなく私の刀を下から振り上げて弾いた。
「遅い、遅い」
「ちょめ」 (ちぃ、やっぱり見よう見真似じゃダメね)
見よう見真似が原因と言うよりもちょめ虫のスペックが問題だ。
ウサギのように早く走れないからどんな攻撃を繰り出しても避けられてしまう。
おまけにジャンプ力もないから頭上からの攻撃もできない。
ただ、刀を振り回すしか攻撃方法はないのだ。
「ちょめ」 (ダメだわ。こんな攻撃をしていてもトノには勝てない。他の方法を考えないと)
私にできることは擬態とテレキネシスだ。
擬態で姿を消すことは有効だがトノには利かない。
私が見えなくてもその場所を特定してしまうからだ。
となると後はテレキネシスしかない。
あいにくテレキネシスでは複数のモノを自在に動かせる。
ならば刀の数を増やして手数を上げることが有効だろう。
何も刀一本じゃないといけないルールはないのだから。
ようは勝てばいいのだ。
私はテレキネシスを使って他の刀を抜き取る。
「ほう、五本の刀を操るか。面白い」
「ちょめ」 (五本あればどれか当たるはずよ)
まるで阿修羅のような構えになった私を見てトノが微笑む。
あくまで私に勝つ自信があるようで全く怯まなかった。
「ちょめちょめ」 (そんな余裕をかましていられるのも今のうちよ。私だって出来るんだから)
これでトノから一本とれなかったら私の負けだ。
だから精神を集中させて、この一撃に賭けるのだ。
漫画のヒーローのような動きはできないけれどやるしかない。
私は再び深呼吸をして気持ちを落ち着けた。
「参る」
次に先手を取って来たのはトノの方だった。
私が刀を五本にしたから戦い方を変えて来たのだ。
ただ、それは私には都合がよかった。
わざわざ移動する手間が省けるからだ。
私は五本の刀を構えてトノの攻撃を待つ。
すると、トノは迷わず私に向かって飛び込んで来た。
「もらった」
「ちょめ」 (やらせないわ)
トノの刀が私の刀をひとつ弾き飛ばす。
すかさず私は別の刀を薙ぎ払った。
「あまい」
瞬間にトノが体を回転させて私の刀を弾き落とす。
「ちょめ」 (くぅ……なんてやつなの。だけど)
私は残り三つの刀でトノを挟み込むように攻撃をしかける。
いくらトノが刀の達人だからと言って三つ同時攻撃には対処できないだろう。
トノの刀はひとつしかないから私の刀をひとつずつ弾いても時間差が生まれる。
そうすれば確実にトノから一本を取れるのだ。
私は三つの刀を操りながら確信を感じる。
しかし、トノの技量は私の予想を上回るものだった。
「面白い攻撃じゃがまだまだじゃ」
トノはその場でコマのように体を回転させる。
そして竜巻のようになりながら私の同時攻撃を跳ね返した。
いくら三方向から同時攻撃をしかけても回転されているなら効果がない。
おまけに遠心力が加わっているから私の刀は空高く弾かれてしまった。
「ちょめ……」 (そんな奥の手を隠し持っているなんて……)
「どうじゃ。これで予の勝ちじゃな」
私が次の手を出せずにいるとトノは回転を止める。
そして刀を振り上げて私に向かって切りかかって来た。
「ちょめ」 (だけど、私にはこれもあるのよ)
私は瞬間に地面を蹴って土煙を上げて視界を眩ます。
その間にちょめリコ棒を取り出してトノに突き刺した。
ちょめリコ。
トノの刀が届くよりも先に私のちょめリコ棒がトノを捉えた。
「くぅ……そんな奥の手を持っておるとはな」
「ちょめ」 (ハアハアハア。何とか間に合ったわ)
すると、勝負を観ていたたまごおやじ達からどよめきが湧き起る。
トノが勝負に勝つと思っていたから余計にショックが大きいのだろう。
「予の負けじゃ」
トノが正式に負けを認めるとたまごおやじ達のどよめきが拍手に変わった。
「ちょめ」 (これで私も自由だわ)
私がホッと一安心しているとたまごおやじ達は宴会の準備をはじめる。
正式に勝利を祝ってくれるようで私の座席まで用意をしていた。
「祭の再開じゃ」
「ちょめ」 (ちょっと、私はそんなのはいいんだけど)
「遠慮するでない」
「ちょめちょめ」 (遠慮するわよ。あたしは早く帰りたいの)
トノは上座の席に座り私を隣に座るように促す。
私が躊躇しているとたまごおやじ達が強引に座らせた。
「まずは祝杯じゃ」
「ちょめちょめ」 (私は未成年なの。お酒なんて飲めないわ)
「今日は無礼講じゃから安心せい」
「ちょめちょめ」 (そう言う問題じゃないの。こんなのアルハラよ)
トノは嫌がっている私に強引に盃を持たせて酒を注ぐ。
そして徐に立ち上がって盃を掲げて挨拶をはじめた。
「今宵の宴は予に勝利した、この者のためのものじゃ。予はこの者を正式に仲間として受け入れたいと考えておる。今宵は心行くまで楽しんでくれ」
トノが盃を口に運んで酒を煽ると宴がはじまった。
たまごおやじ達は焚火を囲んで飲めや歌えやの宴会をはじめる。
先ほど見ていた生け贄の儀式とは違ってたまごおやじ達の表情は明るい。
酒を煽りながら隣のたまごおやじ達の手をとって踊りはじめた。
「さあ、そなたも遠慮することはない。心行くまで楽しむのじゃ」
「ちょめ」 (いやよ。私はお酒を飲んだことないの)
「さあさあ。さあさあ」
「ちょめちょめ」 (わかったわよ。飲めばいいんでしょう。どうなっても知らないから)
トノが期待をするように迫って来るので私は覚悟を決めて酒を煽った。
お酒を一口飲み込むとカァーと喉が熱くなる。
それは熱い鉄の棒を飲み込んだような感じがする。
同時に頭がクラクラして来て目がもうろうとして来た。
「中々の飲みっぷりじゃ。よいぞ、よいぞ」
「ちょめ」 (頭がクラクラする……私どうなっちゃうのかな)
私の盃が空になるとトノが再び酒を注ぎ入れる。
そして私に酒を飲むように迫って来て私が酒を飲み干す。
そんなルーティーンを繰り返しているとたまごおやじ達がおかわりの酒を運んで来た。
「さすがは世に勝っただけのことはある。飲みっぷりも豪快じゃ」
「ちょめ」 (もう、いいわ。こうなったらとことんまで付き合ってあげるわ)
アルコールが体中を巡ると私の中のスイッチが入る。
ピークを越えたので逆に覚醒してしまったようだ。
「予と飲み比べをしてみるか?」
「ちょめ」 (いいわよ。また勝ってあげる)
「それでは勝負じゃ」
トノが飲み比べの勝負を持ちかけて来たので私はOKをした。
もうここまで来たのだからお酒を飲もうが飲むまいが変わらない。
ならば、とことんまで飲んでトノをコテンパンに潰すのだ。
トノは盃に並々注がれているお酒を一息で飲み干す。
「次はそなたじゃ」
「ちょめ」 (このぐらい朝飯前よ)
それを受けて私も並々注がれていた盃の酒を空にする。
「ほう。いい飲みっぷりじゃ。じゃが、勝負はこれからじゃ」
「ちょめ」 (私だって負けないわ)
いつの間にか私達の周りにはたまごおやじ達が集まっている。
そして声援を送りながら飲み比べの勝負をを煽っていた。
たまごおやじ達からしたら応援するのはトノだけだろう。
しかし、中には私を応援するたまごおやじもいた。
これまでの私の戦い振りを観て認めてくれたようだ。
「いざ」
「ちょめ」 (絶対に負けないわ)
私とトノはわんこそばを食べるかのように次から次へと酒を飲み干して行く。
その度にたまごおやじ達の歓声が湧き起り会場が盛り上がる。
どちらが勝ってもおかしくないほど勝負はデッドヒートした。
それは宴が終わるまで続き、どちらに軍配が上がったのかわからない。
私は途中で意識を失ってしまい潰れてしまったからだ。