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第四十一話 見知らぬ森で

馬は南門を目指して一直線で駆けて行く。

途中で出会った街人達は何事かと騒ぎ出す。

それを受けて警備兵がやって来たが馬を停められずにいた。


「ちょめちょめ」 (もう、いい加減に停まりなさい。さんざん走ったでしょう)


私の言葉は馬に届くこともなく足音に消されて行く。

相変らずバウンドしているので体中傷だらけになっていた。


「ちょめ」 (もう、おバカなんだから)


走り出したら停まらない。

それが馬なのだけどおバカにも程がある。

普段は大人しくて賢いのに今は見る影もない。

そりゃあ、いきなりお尻を叩かれたらビックリするけど。

すぐに素面に戻るでしょう、普通は。

それなのに馬は停まらない。


「ちょめ」 (もう、自然に停まるのを待つしかないわ)


私は馬に引きずられながら抵抗することを止めた。


すると南門の前に警備兵達がバリゲードを作っていた。

バリゲードは1メートルほどの高さがあり木で出来ている。

いくら馬が暴走していてもバリゲードで停まるだろう。


「ちょめ」 (ようやく終わりが見えたわ。後は馬が停まるのを待つだけね)


しかし、馬は足を緩めることはしない。

それよりか増々勢いをつけてバリゲードに向かって行く。

そしてバリゲードの目の前まで来ると後ろ脚を蹴って飛び上がった。


「ちょめ」 (こんなところで隠れた身体能力を発揮しないでよ)


馬はバリゲードを飛び越えるとうまく着地して王都から飛び出した。

それには警備兵達も驚いていたようでポカンと口を開けて固まっていた。

そして馬は暴走しながらどんどん王都から遠ざかって行く。

私は遠ざかる王都の姿を眺めながらひとり涙を零した。


「ちょめ」 (グスン。ルイミンにちゃんとお別れを言いたかったわ)


そんな私の気持を知る由もなく馬は暴走したまま。

どこを目指しているのか考えることなくただ走り続けていた。


それからどれぐらいの時間、走っただろうか。

気がつくと見知らぬ森の中までやって来ていた。


樹々は鬱蒼と生い茂っていて森の中は薄暗い。

枝葉の間から溢れている木漏れ日は僅かだ。

どことなくジメッとしていて薄気味悪い場所だった。


「ちょめ」 (何なのよ。如何にもって場所に連れて来ないでよ)


馬は暴走を止めたがまだ足は止めていない。

生い茂る草木を掻き分けながら森の奥へと進んで行く。

私は頭や体を草木にぶつけながら引きずられていた。


硬い地面や石がないのでボールのようにバウンドしない。

その代り草木が体に絡まり草団子状態になっていた。


「ちょめ」 (ぺっぺっぺっ。もう、私はう○こじゃないのよ)


馬に文句を言ってもはじまらないが文句を言わずにはいられない。

傍から見たら今の私の姿はう○こに草が絡まっている状態なのだから。

おまけに草露がついて体中べドベトになっていて気持ち悪い。

一度、川に飛び込んで体を洗い流したい気分だ。


「ちょめ」 (もう、さんざん歩いたでしょう。いい加減停まりなさい)


馬が歩く度に私の生存確率は下がって行く。

後を振り返ってもどこから来たのかわからない。

森の中はどこを見ても同じ景色だからだ。


「ちょめ」 (帰る道はわかっているのでしょうね。でないと許さないわよ)


動物には帰省本能があるから森の中で迷うことはない。

おまけに洗練された感覚があるから迷っても王都に帰れる。

ただ、私はちょめ虫なのだけどいっさいそんな感覚は持ってない。

今も方向感覚がわからずに森の中で迷っている。


馬はゆっくりと足を緩めて行くとようやく足を止めた。

それは目の前が行き止まりになっていたからだ。


周りは少し開けていて小さな広場のようになっている。

すると、馬が下に生えている草を食べはじめた。


「ちょめ」 (ふぅー。やっと停まったわ)


私は大きな溜息を吐いて安堵する。

引きずられていた時は体に力を入れていたから疲れてしまった。


「ちょめ」 (馬が大人しい間にロープを外さないと)


私はテレキネシスを使ってキツく結んであったロープを解いた。

ロープが体から外れると体の力が一気に抜けて行く。

長い間、正座から解放された時のような安堵感を覚えた。


「ちょめ」 (で、ここがどこかってことよね)


辺りを見回しても同じ景色なので方角がわからない。

北を向いているのか南を向いているのか全く把握できなかった。


「ちょめ」 (あなたはわかっているんでしょうね)


ブヒヒヒン。


私が馬に尋ねると馬はバカっぽさそうな返事をした。


「ちょめ」 (もう、迷子になったら許さないからね)


とりあえず私は馬が食事を終えるまで待つことにした。

今、馬を動かそうとしても言うことを聞かないから無駄なのだ。

それにさんざん走ったのだから休憩も必要だ。

その間はちょっとその辺を散策するのがいい。

もし、近くに危険なモンスターがいたら危険だからだ。


「ちょめ」 (まずは木を登って高いところから様子を見てみよう)


闇雲に森の中を歩くよりもその方が危険が少ない。

迷子にもならないし、森の中を見渡せるからいいのだ。


私は手はないけれど木をよじ登ることはできる。

体に小さな吸盤のようなものがついているからだ。

だからどんな傾斜の壁でも這っていけるのだ。


私は一番高そうな木の根元まで行くと木をよじ登りはじめた。


「ちょめ」 (こんなの朝飯前ね。おサルよりも木登り上手だわ)


私は枝葉を掻き分けてより高い枝の方へよじ登って行く。

そして10分ほど葛藤していると木の一番高いところまで辿り着いた。


「ちょめ」 (うひょー。見晴らしがいい。だけど、緑の海ね)


辺りをぐるりと見渡しても樹々の枝葉が海のようになっている。

それはどこまでも遠く続いていて地平線は空に繋がっていた。

王都ダンデールの姿形もまったく見えない。

ただ太陽の位置から方角は何となく理解できた。


「ちょめ」 (でも、方角がわかってもどの方角から来たことがわからないから意味がないよね)


下を向いても枝葉が生い茂っているので馬の姿は見えない。

せめて足跡でも見えれば方角を計算することはできたのだけど。


私はそれ以上の調査は止めてよじ登って来た木を降りはじめた。

そろそろ馬も食事を終えている頃だろうから。


しかし、馬の姿はどこにもなかった。

私を縛っていたロープも落ちていない。

どうやら馬は私が木をよじ登っている間に逃げてしまったようだ。


「ちょめ!」 (もう!どうしてくれるのよ。これじゃあ王都に戻れないじゃない)


今さら後悔しても遅いがやり場のない気持ちが溢れて来る。

私をこんなところにひとり残して自分だけ帰るなんて非常識だ。

せめて私が戻るまで待ってくたらよかったのに。

やっぱりあの馬はバカ馬だったようだ。


「ちょめ……」 (これからどうしよう……)


右も左もわからないし、森の地図を持っている訳でもない。

闇雲に歩き回れば遭難してしまうだろう。

いや、帰り道がわからないから既に遭難しているかもしれない。


「ちょめ……」 (こんな時にルイミンがいてくれたら……)


ひとりと言うものは実に心細い。

不安をぶちまけられないし、会話すらできない。

目の前の困難をひとりで解決しなければならないのだ。


これがゲームだったら楽しいのだけど現実は違う。

確実に身の危険が伴っているから遊んでいられない。

もし、誤った行動をしてしまったら死に近づくのだ。


すると、空が曇り出して来てポツポツと雨が降って来た。


「ちょめ」 (いやーん。雨じゃない。こんな時によしてよ)


雨脚は次第に強くなって来て、いつの間にか土砂降りになっていた。


私は木の根元に移動して樹々の枝葉で雨を凌ぐ。

しかし、枝葉の隙間を通り抜けて雨粒が降り注いで来た。


「ちょめ」 (もう、これじゃあ雨宿りできないじゃない)


私は辺りを見回して身を隠せる場所がないか探す。

だけど、ちょうどいい場所は見つからない。


「ちょめ」 (とにかく雨宿りできる場所を探すしかないわ)


覚悟を決めてから土砂降りの雨の中、私は駆け出した。

駆け出したと言っても犬が歩くようなスピードしか出ないけど何もしないよりはいい。

とりあえず雨を凌げそうな場所をくまなく探した。


雨は容赦なく降り注ぎ体から体温を奪って行く。

体はビショビショでシャワーを浴びたような状態になっている。

ちょめ虫だから雨に強いかと思っていたけどそうではないようだ。


そう言えば虫も雨が降れば葉っぱの影に隠れている。

小さな虫からしてみれば雨粒は隕石のようなものだから危険なのだろう。


「ちょめ」 (ブルルル。体が冷えて来たわ)


私は体を震わせながら身を隠せる場所を探しまくった。


すると、大きな木の根元に穴が開いているのが見えた。


「ちょめ」 (とりあえず、ここでいいわ。ちょっと狭いけど仕方ない)


穴はウサギが入れそうな大きさで私が入るとピッタリだった。

寝ころべるほど大きな穴ではないのでお地蔵さんのようにしていなければならない。

それでも雨を凌げるのであれば問題ない。


「ちょめ」 (ここで雨が止むまで待っていよう)


こんなところで雨にやられるなんて最悪だわ。

もしかして私は雨女なのだろうか。

過去を振り返っても記憶が抜けているので思い出せない。

まあ、私が雨女ならば畑に行けば役に立つだろう。


そんなしょうもないことを考えながら雨が止むのを待つ。

相変らず雨は地上に降り注いでいて激しい雨音を立てていた。


「ちょめ」 (こう言う雨の日って布団にくるまって雨音を聞きながら眠るのが最高なのよね)


雨音がいい感じに子守歌になるからよく眠れる。

とくにズル休みをした時なんかは特別な気分になれる。

けして学校が嫌いな訳じゃないけどたまにはズル休みもしたいのだ。


「ちょめ」 (ルイミン、今頃どうしているかな)


私が最後に見た時はまだナコル達に捕まっていた。

ナコルのことだから簡単には許してくれないだろう。

目も当てられないような酷いことをルイミンにしているかもしれない。

何せ、ルイミンのせいで学院を退学にさせられたのだから。

退学はまだ確定した訳じゃないけど、それに相当する罰を与えられることだろう。

ナコルの学院生活は終わりを告げたと言っても過言でないのだ。


「ちょめ……」 (エッチなお仕置きをされてなければいいけど……)


ルイミンはまだ純な乙女だからエッチなお仕置きをされたらふしだらな女にさせられてしまう。

エッチなお仕置きをされることに目覚めて欲しがりになってしまうかもしれない。

そうなったらルイミンも変態の仲間入りだ。


ちなみに私はエッチなお仕置きをするけど変態じゃない。

私はできることが限られているので仕方なくしているだけだ。

だけど、一方でエッチなお仕置きにハマっている。

相手の恥ずかしがる顔を見ると興奮してしまうのだ。


「ちょめ」 (ハアハアハア……何だか興奮して来たわ)


私はひとり興奮しながらエッチなことを考えていた。


暇な時はエッチなことを考えるに限る。

スマホがあればインスタを見てエッチなリールを流し見できる。

同じ女子だけれどセクシーな女子には興奮するのだ。

この辺が男子とは違うところだ。


女子は男子の裸を見て興奮する訳じゃない。

エッチをしている行為を見て興奮するのだ。

自分もされてみたいと思うようになる。

すると恥ずかしいところが熱くなるのだ。


だけど今はちょめ虫になっているから人間の感覚はない。

だから男子と同じように女子にエッチなお仕置きをして興奮するのだ。


そんなおバカなことを考えている間に雨脚が弱くなって来た。

その代り白い霧が立ち込めて来て森を覆い尽してしまった。


「ちょめ」 (何よ。雨の次は霧。最悪なんですけど)


私は木の穴から外に飛び出して辺りを見回す。

しかし、どの方向も真っ白で何も見えなかった。


「ちょめ」 (もう、何もできないじゃない)


不満をぶちまけても状況は変わらない。

辺りの霧はますます濃くなるばかりだ。

おまけにお腹まで空いて来てしまった。


グー。


「ちょめ」 (こんな時に鳴かないでよ。泣きたい方は私なのよ)


お腹の虫は非情にも、こんな時に限って鳴いてしまう。

心は沈んで気持ちが乗らないのにお腹だけは空く。

ルイミンとクレープを食べてからだいぶ時間が経つからだ。


時間にして今は何時ごろだろうか。

辺りが霧で覆われているから時間もわからない。

せめて太陽でも見えればある程度は予測できるのだけど。


首から下げている小袋に入っているのは金貨3枚だけ。

お金があっても何も買えないのでは全く意味がない。

こんなことを想定して非常食でも入れておくべきだった。


「ちょめ」 (もうダメ。お腹が空き過ぎて死んじゃいそうだわ)


とりあえず考えていても仕方がない。

このままここに留まっても何もならない。

それならば多少の危険は冒しても前に進むべきだ。

どうせ霧が晴れたところで道はわからないのだし変わらない。


私は覚悟を決めて深い霧に覆われている森の中を進んで行った。


「ちょめ」 (頼れるのは自分の感覚よ。動物的?いや、虫的な感覚を研ぎ澄ませるのよ)


そもそもちょめ虫にそんな感覚があるのかわからない。

この体になってからそれなりに時間が経つけど何も知らないのだ。

青虫だから成長すれば蝶や蛾になるのかもしれない。

だけど一向にその兆候は見えない。

どうすれば成長できるのかわからないから待つしかない。


「ちょめ……」 (せめて空でも飛べたらな……)


そうしたら空から脱出することができた。

いくら森が深くても空までは覆えない。

空を制する者は地を制することができるのだ。


すると、森の奥から何かの生き物の鳴き声が聞えて来た。


オオーン。


「ちょめ?」 (何?狼?)


声の感じからすると狼のように聞えるが定かじゃない。

この世界にはモンスターがいるからモンスターかもしれないのだ。


私は立ち止まって耳を澄ませて鳴き声が聞えて来る方向を確める。

ただ、鳴き声は森に反響して聞えて来るので方向がわからなかった。


「ちょめ」 (こんなことろへ来てモンスターなんて最悪なんですけど)


今の私には擬態とテレキネシスしか力がない。

モンスターと戦えるような力は持っていないから逃げるしかない。

唯一の武器であるちょめリコ棒だってぱんつを奪うことしかできない。

モンスターがぱんつを履いている訳ではないのでまったく役に立たないのだ。


たとえ最弱なスライムが現れたとしても私は負けてしまうだろう。

ちょめ虫にはいっさい攻撃手段がないから何もできないのだ。

せめて魔法でも使えれば多少なりとも戦うことができたのだけど。


「ちょめ」 (やっぱり魔法は学んだ方がいいかもしれないわ)


私は何かの生き物の鳴き声が聞えない方へ歩いて行った。


とにかく今はモンスターと出会うことは避けたい。

見つかったら間違いなく殺されるだろうから。

余計な戦闘を避けて生き残ることも冒険の醍醐味だ。


これがもしゲームであったのなら森のどこかに隠しアイテムがあるものだ。

モンスターを倒す武器があったり、アイテムを買うお金があったりと。

それを手に入れながら森を脱出するところに面白味があるのだ。


ただ、これはゲームでないからそんな都合のいいものはない。

途中でセーブもできないし、殺されればそれでゲームオーバーなのだ。

ある意味、リアルはバーチャルよりも数倍もシビアな世界だ。


「ちょめ」 (ようやく何かの生き物の鳴き声が聞えなくなったわ)


それはその生き物がいる場所から遠ざかったことを現している。

私のとった行動が間違いでなかったことを示していた。


それよりも食べ物を探さないといけない。

余計な緊張感に包まれたからお腹が空いてしまった。


すると、木の根元が不自然に盛り上がっているのが見えた。


「ちょめ」 (もしかして、あれってキノコじゃないわよね)


慌てて駆け寄り落ち葉をどかすと中からキノコが姿を現した。

しかも、マツタケに似ていて美味しそうな香りが漂っている。


「ちょめ」 (これってマツタケかな)


木をよく見てみるとアカマツであることがわかった。


マツタケはアカマツの木にしか生えないから間違いない。

大きさも手ごろで香りもマツタケだった。


「ちょめ!」 (こんなところで高級食材に出会えるなんて最高だわ!)


私はアカマツの根元に生えているマツタケを探し回った。


不自然に盛り上がっている場所がマツタケの場所だ。

1時間もマツタケ探しに夢中になっていると山のようにマツタケが採れた。


「ちょめ」 (いや~ん。こんなにもマツタケが採れちゃったわ)


やっぱりマツタケは大きい方が食べごたえがありそう。

けっしてエッチなマツタケのことを言っている訳ではない。

純粋に天然のマツタケが採れて喜んでいるだけだ。


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