第三十九話 目の上のたんこぶ
「ちょっめめ~」 (アッアア~)
まるでターザンになったように私は空を飛ぶ。
イジメられているのだけど遊んでいるような感覚に陥る。
それは子供の頃、ターザンごっこをしていたからだろう。
女子でもターザンには憧れる。
強い者はみんなヒーローなのだ。
だから私もヒーローになるかな。
だって負けてないもん。
「こいつ笑ってやがる」
「もっとやっちゃえ」
楽しそうにしている私を見てナコル達は驚きの顔を浮かべる。
イジメられている本人が参ったと言わないなんて論外だ。
「じゃあ、次は私ね」
「思いっきりやっちゃいな」
「ナコルには負けないから」
そう言ってギャル友達は線に合わせて足を置く。
そしてもう片方の足を開いて殴りつける準備を整えた。
「行くよっ。それー!」
ギャルの友達は勢いに乗せて拳を振り上げて私を殴りつける。
すると、私の体は振り子の原理に従い空高く飛んで行った。
「ちょっめめ~」 (アッアア~)
私は再びターザンになり切って雄たけびを上げながら飛ばされる。
ただ、今度は先ほどのナコルの時よりもあまり高く上がらなかった。
「私の勝ちだね」
「ちぃ、悔しい」
「じゃあ、次は私がやらせてもらうわ」
そう言ってギャル友達は順番に私を殴りつけて高さを競った。
結果はナコルのひとり勝ちで誰もナコルの記録に届かなかった。
「やっぱ私が勝つのよ」
「で、ナコルは何が欲しい訳よ」
「そうね。喫茶店へ行ってケーキの食べ放題でもしてもらおうかしら。時間無制限の」
「時間無制限?」
「それはキツイわよ。だってナコル大食いだし」
「みんなで割り勘にすればいいじゃない」
「それでもな」
ナコルはみんなに何をおごってもらおうか話し合っている。
ナコルが大食いだってことは初めて知ったが人には意外な特技があるようだ。
私だったら一番高い高級店に行って一番高いケーキを注文するわ。
大食いじゃないから値段で稼がないと元が取れないのだ。
「これは決定事項よ」
「仕方ないわね。みんなそれでいい?」
「ナコルが勝ったんだし私達が口を挟めないわ」
「こんなことになるんだったらナコル対策をしておけばよかったわ」
「今さら文句を言っても遅いけどね」
と言うことで喫茶店へ行って時間無制限のケーキ食べ放題に決まった。
ナコルは高らかに笑いながら勝ち誇っていたがギャル友達は悔しそうだった。
「それでこいつはどうする?」
「このままここにぶら下げておけばいいよ」
「ちょめっ」 (ちょっと、自分達だけで楽しもうなんてズルいわよ)
私は天と地が逆さまになりながらナコル達に猛抗議をする。
「なんか言っているよ」
「ほっておけばいいわよ。どうせ何を言っているのかわからないんだし」
「ちょめ」 (わからないならわかるように努力しなさい)
それがせめてもの私への礼儀だ。
ルイミンなんて私の仕草を見て察してくれる。
言葉はわからないけれど努力してくれているのだ。
まあ、ルイミンと私はオタクで繋がっているからわかり合えるのかもしれないけどね。
すると、そこへ噂のルイミンがマルゲリータとエリザを連れて戻って来た。
「ナコル!またあなたなの!」
「ゲッ、マルゲ。何でここにいるのよ」
「ちょっと、その呼び方、止めなさい。私は”○毛”じゃないの。マルゲリータよ」
ナコルがマルゲリータの名前を端折るのでマルゲリータはツッコミを入れた。
いつの間にかマルゲリータも自分の名前の略称を”○毛”と認識しているようだ。
「そんなことよりどうしてここにいるんだ」
「この子が教えてくれたの。あなた達がイジメをしているってね」
「ちぃ、余計なことを」
マルゲリータがナコルを咎めるとナコルは唇を噛み締めた。
「イジメは校則違反よ。わかっているの。次に問題を起したら退学なのよ」
「私達は遊んでいただけだよ。ほら、こいつだって楽しそうにしているだろう」
そう言い訳をしながらナコルは私をブランコのように揺らす。
つい条件反射で私も雄たけびを上げながら笑ってしまった。
「ちょっめめ~」 (アッアア~)
「だろう」
「……なら、なんでロープで巻きつけているのよ。それじゃあまるで緊縛じゃない」
「こいつは縛られるのが好きなんだよ。Mってやつだな」
「ちょめ」 (あ~ん。ナコル、わかっているじゃない……て、違-う)
ナコルがしょうもないことを言うので思わずノリツッコミをしてしまう。
「じゃあ、何でちょめ助を蹴ってサッカーボールの代わりにしていたのよ」
「それは……そうそう、こいつが蹴って欲しいってお願いして来たんだ。蹴られると興奮するから蹴ってっておねだりして」
「ちょめ」 (いや~ん。本当のことを言わないで。私はお尻を蹴られると興奮する体質なのよ……って、違-う)
ナコルのジャブに再びノリツッコミをしてしまう。
ただ、私の性癖を見抜くなんてナコルも中々のものだ。
「ナコル、マズいんじゃない?」
「大丈夫よ。証拠なんてないんだから」
「でも、あの子が見ていたのよ」
「言い負かせば大丈夫よ」
そんな強がりを言って見せるナコルだったがギャル友達は怯えていた。
何せ学院のルールブックであるマルゲリータとエリザがやって来たのだ。
ことと場合によっては厳罰は避けられないだろう。
マルゲリーターの言う通りイジメは校則で禁止されているのだから。
「これは明らかにイジメね。エリザもそう思うでしょう」
「はい。マルゲリータさまのおっしゃる通りです」
「ちょっと、勝手にイジメなんて決めないでよ。私達は楽しく遊んでいただけよ」
マルゲリータ達がイジメと決めつけるとナコルがすぐに否定して来る。
しかも、私を抱えながら同意を求めるように迫って来た。
「ちょめちょめ」 (放してよ。私とあなたはそんな仲じゃないでしょう)
「ちょめ助が嫌がってる」
「何を言っているんだよ。こいつは喜んでいるんだ」
ナコルはあくまで認めようとはしない。
”ちょめ”としか喋れないことをいいことに自分の都合のいいように解釈している。
ただ、ルイミンには私が嫌がっていることが通じたようだ。
「ナコル。これは残念だけど学院としてはイジメと断定するわ。覚悟はいいわね」
「ナコルさんは次に問題を起したら退学処分にすると言うことになっています」
「ちぃ……」
退学を言及されてさすがのナコルも怯んでしまう。
舌打ちをするのが精いっぱいで言い返すこともできないでいた。
「ナコル、どうするのよ」
「このままだとみんな厳罰処分よ」
「私は退学にはなりたくない」
ここへ来てギャル友達はナコルに不満を漏らす。
ナコルに付きあったばかりに厳罰処分を受けるなんて心外だからだろう。
あくまで主導をして来たのはナコルだからナコルに責任をとらせたいようだ。
すると、ナコルがギャル友達に目配せをして合図を送る。
「さあ、ナコル。学院へ戻るわよ」
そう言いながらマルゲリータが近づいて来るとナコル達は駆け出す。
「みんな散会して逃げるんだよ。捕まらなければこっちの勝ちよ!」
「あっ、ちょっとナコル!」
マルゲリータ達が追い駆けて来られないようにナコル達は蜘蛛の子が散るように逃げる。
その逃げ足はチーターのように早くあっという間に見えなくなってしまった。
「もう、往生際が悪いんだから」
「マルゲリーターさま、どうしましょうか」
「ナコル達の罪状は明らかよ。その子から証言をとって資料だけまとめておきなさい」
「わかりました」
さすがのマルゲリータも逃げたナコル達を追い駆けることは止めた。
それよりもルイミンの証言をとって資料をまとめておく方が早いと考えたようだ。
今、ナコルを捕まえられなくても後でいくらでもナコルを咎められるからだ。
エリザは木にぶら下がっている私を撮影して証拠写真を撮る。
その後でロープを外して私を自由にさせてくれた。
「それではお名前を聞かせてください」
「私はルイミン。こっちはちょめ助」
「ルイミンさんとちょめ助さんですね」
私達は公園のベンチに場所を映してエリザの調書に協力する。
ルイミンから私の名前を聞いてもエリザは表情を変えることはなかった。
「ルイミンさんはセントヴィルテール女学院の何年生ですか?」
「私は中等部の2年生です」
「中等部の2年生ですね。クラスは?」
「Cクラスです」
エリザは淡々と質問を繰り返しながら調書をとって行く。
証言者の個人情報を調べることは基本中の基本だ。
調書を完全なものにするには確かな情報が必要になる。
もし、ルイミンが嘘を言っていれば調書事態意味がなくなる。
だから、後で知り得た情報と学院にある情報を照合して裏付けをとるのだ。
「ちょめ助さんとはどう言う関係なのですか?」
「ちょめ助は私の友達です」
「友達と」
そんな突拍子もないことを言ってもエリザは動じない。
ルイミンが答えたことを書き記して行くだけだった。
「随分と珍しい友達がいるじゃない。どこで知り合ったの?」
「リリナちゃんの路上ライブの会場です。私がリリナちゃんを応援していた時にちょめ助もその場にいたんです。ちょめ助はリリナちゃんのライブをはじめて見たようで驚いていました。その後で意気投合してお茶したり、リリナちゃんの話をして親睦を深めたんです」
「あなたはアイドルオタクってことね」
「はい。私はアイドル部のリリナちゃんのファンです」
マルゲリータが私との関係に興味を持ったようでルイミンに質問をする。
ルイミンはさも楽しそうに私と友達になった時の話をマルゲリータにした。
「となると部活は推し活部ですか?」
「そうです」
エリザは調書を取りながら聞きとった内容を記して行く。
「では、お名前はルイミンさんでセントヴィルテール女学院の中等部の2年生でCクラス。部活は推し活部でアイドル部のリリナさんのファン。ちょめ助さんとはリリナさんのライブ会場で知り合ったことで間違いないですか?」
「間違いないです」
エリザは調書を読み返しながら聞きとった内容に間違いがないことを確める。
そしてルイミンから証言を得ると次は私に向き直って質問をはじめた。
「では、次はちょめ助さんに質問です。現在の滞在先を教えてください」
「ちょめ」 (そんなのはないわ。だって私、家なき子だもの。”同情するならぱんつくれ”)
「?」
エリザは私の言葉を聞いて頭に疑問符を浮かべる。
”ちょめ”と言われても何を言っているのか理解できていない。
すると、ルイミンが間に入って私の代わりにエリザに答えた。
「ちょめ助は王都に来たばかりだから家がないんです」
「旅行者と言うことですか?」
「う~ん。どうかな。そこまではわからない」
さすがのルイミンでもそこまではわからないよだ。
ルイミンとはリリナのことを話しただけだから身元は明かしていない。
だから、ルイミンが私のことを知っていなくても当然なのだ。
「あなた、この子の言葉がわかるの?」
「わかると言うか、何となくそんなことを言っているような気がするだけ」
「それはすごい才能だわ。もっと自信を持っていいわよ」
「そう褒められると照れるな」
マルゲリータに褒められてルイミンはまんざらでもない顔を浮かべる。
私も驚きだがルイミンは私の言わんとしていることを察してくれる。
それは私とルイミンがオタクと言う部分で共通しているからなのかもしれない。
同じ穴の貉は言葉が通じなくてもお互いのことを理解できるものだ。
「では、質問を続けます。ちょめ助さんはどんな目的で王都に来たのですか?」
「ちょめちょめ」 (”カワイ子ちゃんの生ぱんつを100枚集める”からだとは言えないわ。そんなことを話したら捕まっちゃうもの)
私が答えに迷っているとルイミンが代わりに答えた。
「ちょめ助は推しを見つけるために王都に来たんです。王都ではいろんなグループが活動をしているから」
「ちょめ」 (ナイスフォロー。さすがはルイミンだわ)
ルイミンの頭のキレの良さに感心してしまう。
私は根っからの声優アイドルオタクだから”推しを探しに来た”だなんてちょうどいい台詞だ。
この世界に声優アイドルがいることは知らないがとりあえずマルゲリータ達を納得させられる。
「推しを見つけるために王都に来てリリナのライブイベントを見てファンになったのね」
「証言のどこにも矛盾はありません。ただ、滞在場所がないのは問題です」
「そうね。身元を保証するものがないのと同じだものね」
「私じゃダメなんですか?」
マルゲリータとエリザが証言の問題点を指摘しているとルイミンが手を上げた。
「私がちょめ助の身元の保証人になりますから」
「残念ですけれど、それはできません。身元の保証人は成人じゃないとダメなのです」
「ルイミンの身元の保証人がご両親であるように大人じゃないとダメなのよ」
「そんな……」
マルゲリータとエリザの言葉にルイミンはガックリと肩を落す。
もしルイミンのような未成年が身元保証人になれると収集がつかなくなる。
身元保証人はその人物の身元を保証するだけの責任が伴うことなのだ。
だから、未成年ではその人物の身元を保証することができない。
「ちょめちょめ」 (ルイミン、そんなにがっかりしないで。私は生まれながらの家なき子だから仕方ないのよ。”同情するならぱんつくれ”)
私もガックリと肩を落として大きなため息を吐いた。
「まあいいわ。先に進めなさい、エリザ」
「よろしいのですか、マルゲリータさま」
「ここで重要なのは被害者の身元保証じゃないわ。被害者の被害状況よ。ナコル達がこの子にどんなことをしたのか明らかにすることの方が大事なのよ」
「わかりました、マルゲリータさま」
さすが伊達に生徒会長をやっていないようだ。
何が一番大切なのかよく理解している。
マルゲリータが言うようにナコル達の暴行の内容を明らかにすることが優先されるのだ。
「では、お聞きします。ナコルさん達からどんな暴行を受けたのですか?」
「ちょめちょめ」 (ロープで縛られてグルグル巻きにされてサッカーボールにされたわ)
「ちょめちょめではわかりません。わかる言葉で説明してください」
正直な私はついちょめ語でエリザの質問に答えていた。
ちょめ語なんて使っても誰も理解できないことを忘れて。
すると様子を見ていたルイミンが私の代わりに説明する。
「ちょめ助はロープでぐるぐる巻きにされて蹴られていたんです」
「私はルイミンさんに聞いているのではありません。調書をとっているのですから被害者の言葉でないとダメなのです」
淡々とエリザが正しいことを言うとルイミンは肩を竦めて小さくなった。
そんな姿のルイミンが可哀想に思えたので私はテレキネシスを使って地面に文章を書いた。
「へぇー。そんな力が使えるのね」
「”ロープでぐるぐる巻きにされてサッカーボールとして蹴られていた”ですね」
「ちょめ」 (そうよ。ルイミンが言った通りよ)
エリザは地面に書かれた文章を復唱しながら調書に記録して行った。
「ナコル達がやりそうなことね。これは明らかにイジメだわ」
「暴行を受けたのはそれだけですか?」
次のエリザの質問に答えて地面に文章を書き記す。
「”その後で木に吊るされてサンドバッグにされていた”ですか。酷いですね」
「身動きの取れない相手にみんなで寄ってたかって暴行を加えるなんて、もう犯罪レベルね」
「ちょめ助、私が来るまでひとりで耐えていたんだね。ごめんね」
「ちょめ」 (泣かないでよ、ルイミン。私は無事だったんだから)
心優しいルイミンは暴行の事実を知って涙を流してくれている。
そんな悲しい顔を見ると胸の奥が締め付けられるような感じがした。
「それで時間にしてどれぐらい暴行されていたのですか?」
ルイミンがマルゲリータ達を連れて来るまでだから1時間程度かしら。
はっきりとした時間はわからないけど肌感覚ならばそのぐらいだ。
私は棒を使って地面に時間を記した。
「”1時間”ですね」
「あなた、結構、忍耐強いのね」
「ちょめ」 (だってM子だもん)
マルゲリータに褒められてちょっとだけ気持ちよくなる。
そもそもちょめ虫の忍耐力が強いおかげなのだけど。
回復力も高いし、案外悪くはない設定なのかもしれない。
ただ、やっぱり喋れないのは不便だわ。
「では、体を見せてください」
「ちょめ」 (やーん。こんなところで)
つい人間でいるつもりでいたのでエリザの言葉に恥ずかしくなる。
「体中に靴の痕が付いていますね。これは蹴られた証拠になります」
「ちょめ」 (ちょっと、そんなに体を触らないでよ。くすぐったいわ)
他人にじっくり体を触られるのははじめてなので気持ちよくなる。
エリザはそのつもりはないだろうけど触られている私は違う。
”もっと触って”と欲しがりさんになっていた。
「頬にも殴られたような痕がありますね」
「エリザ。証拠として写真を撮っておきなさい」
「かしこまりました」
マルゲリータに命令されるとエリザはバックからカメラを取り出す。
そして私の怪我している場所をアップで写して撮影して行った。
カメラを向けられるとポーズをとりたくなるけどちょめ虫だから何もできない。
せいぜいニコリと笑うだけだけれどエリザに怒られてしまった。
被害者が嬉しそうにしていると暴行された印象が薄れるからだ。
「これで後は調書をまとめるだけです」
「あとは私達の仕事ね。学院へ戻ってからやるわよ」
「ちょっ」 (ほっ。やっと終わった)
あまりに本格的な取り調べだったので疲れてしまった。
この後でルイミンとお茶をしに行こう。
「あいつらはどうなるんですか?」
「それは上層部が決めることよ。私達は報告をするだけ」
「少なくとも罰がないことはありません」
「そう」
マルゲリータとエリザの答えにルイミンはガックリと肩を落す。
「あら、不服なのかしら?」
「またちょめ助がイジメられないとも限らないから心配なだけです」
「また、同じようなことがあったら私達に報告をしなさい」
「イジメは学院でも否定されていることですから報告を上げれば上層部が動いてくれるはずです。ですから安心してください」
その言葉をどこまで信じていいのかわからない。
どの学校でも上層部と言うのは動きが鈍いから。
ましてやイジメの事実を消してしまう学校もある。
セントヴィルテール女学院がどんな学校かわからないけどあまり信用できない。
「さあ、エリザ。行くわよ」
「かしこまりました」
マルゲリータはくるりと回れ右をするとエリザを連れて学院へ戻って行った。
「とりあえずよかったね」
「ちょめ」 (これもルイミンのおかげよ)
安心したらお腹がグーッと鳴った。