第三十六話 人?探し
翌朝の目覚めは快適だった。
自然に目が覚めるまで眠っていたからだ。
倉庫には窓がないので10時まで寝ていた。
「ちょ~め」 (ふぁ~。よく寝た)
私は体を起こして伸び上がる。
手がないので頭を上に持ち上げた。
「ちょめ」 (今、何時かしら)
私は倉庫の扉を開けて受付へ向かう。
すると、ちょうどモーニングコールをしに来たスタッフと出会った。
「おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」
「ちょめ」 (おかげさまでね)
私は頭を下げてお礼を示すとスタッフはニコリと笑った。
「それはよかったです。朝食は食堂に準備をしておりますので食堂までいらしてください」
「ちょめ」 (ありがとう。その前におしっこが先ね)
スタッフの案内を聞いてから私はトイレに向かう。
朝一番はトイレからはじまるのが私の朝だ。
寝る前に水を飲んでいるから朝トイレに行きたくなるのだ。
トイレは一階の受付の脇の廊下を真っすぐに行ったとことにあった。
もちろん女子トイレに入る。
ちょめ虫になっているけれど私は立派な女子だからだ。
ちょうどトイレには誰もいなかったので悲鳴を上げられなかった。
私はテレキネシスでトイレの扉を開けて中に入る。
そしてトイレの蓋を開けてから便座の上に飛び乗った。
「ちょめっ」 (ほっ)
ところでちょめ虫ってどこからおしっこをするのかしら。
この間、おねしょした時は眠っていたから知らない。
すると、お尻の先がムズムズして来た。
「ちょめ」 (出る)
体の力を抜いて自然に身を任せるとお尻からおしっこが出て来た。
チョロチョロチョロ。
「ちょめっ」 (はっ、快感)
おしっこはとりとめもないほど溢れ出て来る。
長いことトイレにいってなかったから溜まっているのだ。
ただ、人間用のトイレではおしっこをするのが難しい。
便座にお尻がスポッとハマる訳ではないからだ。
トイレの中に落ちないように器用に便座の上にいる。
ときどきおしっこがはみ出てしまったが気にしないことにした。
チョロ、チョロ、チョ、チョ。
「ちょめ」 (すっきりした)
私はお尻を振っておしっこを切ると便座から飛び降りてトイレのレバーを動かした。
「ちょめ」 (さてと、朝食、朝食)
ちょめ虫には手がないので手を洗う必要はない。
だけど人間であった頃の名残で洗面所の前で止まる。
水を出したところで何もできないのだけど気になるのだ。
「ちょめ」 (あっ、傷が治ってる)
鏡の前に映し出された私は傷ひとつなくまっさらな顔をしていた。
ちょめジイの言っていた通りちょめ虫の回復力は高いようだ。
私は洗面台に飛び乗ってテレキネシスで蛇口をひねる。
そして頭を下に下げて流れ出て来る水に押しあてた。
ジャバジャバジャバ。
「ちょめ~」 (ふぅ~、気持ちいい)
これならここでシャワーも出来そうね。
私は周りに誰もいないのを確認してから体を洗った。
冷水を浴びたので芯から目覚めることができた。
「ちょめ」 (私ってけっこう安上がりだわ)
蛇口を締めてから体を震わせて水を切る。
そしてペーパータオルで体を拭いた。
「ちょめ」 (だけど、相変わらず醜いわね)
ここ最近、この姿に見慣れたけれど醜いことに変わりない。
アーヤのウサギに比べたらぜんぜん不細工なのだ。
「ちょめ」 (せめて私もウサギだったらよかったのに)
そんな叶わないことを呟きながら私は食堂へ向かった。
朝食はバイキングだった。
30種を超える料理が並んでいて好きな料理を好きなだけ食べられる。
和食にはじまり中華、イタリアン、アジアン料理など多種多様だ。
元日本人の私としては和食にしたいところだが軽めにすませておいた。
選んだのはフルーツとクリームがたっぷり乗ったパンケーキだ。
この世界に来てスイーツなんて食べたことがないから惹かれてしまった。
もちろんドリンクは大好きなラテにした。
「ちょめ~」 (うわぁ~、美味しそう)
目の前に置かれたパンケーキはキラキラと輝いて見える。
まるで私に食べてもらいたいと訴えかけているかのようだ。
私はテレキネシスでホークとナイフを操ると器用にパンケーキを切る。
そしてそのまま口に放り込んだ。
「ちょめ」 (幸せ)
パンケーキはタマゴ焼きよりも柔らかくて少し力を加えただけで潰れる。
すると、挟んであったクリームが溢れ出して来て口の中をクリームで染める。
おまけにジューシーなフルーツのジュースと混ざり合って絶妙なハーモニーを奏でた。
「ちょめ」 (異世界のパンケーキだから侮っていたけど本場のパンケーキレベルだわ)
これなら専門店を出せるぐらいの高レベルのパンケーキだ。
まあ、宿屋の朝食になっているくらいだから人気が高いのだろう。
お金を稼ぎたくなったらパンケーキ屋もありだわ。
学校の近くにお店を出せば毎日満員御礼ね。
私は心行くまでパンケーキを楽しんでから朝食を終えた。
「ちょめ」 (世話になったわね)
「これに懲りず、また、ご利用くださいませ」
「ちょめ」 (そうさせてもらうわ)
受付で簡単な挨拶をすませた後、私は宿屋を出て行った。
「ちょめ」 (さてと。アーヤを探さないとね)
アーヤにはまだ聞きたいことが山ほどある。
本名とか何で私を知っているのかとか。
それにちょめジイに何か使命を与えられたのかとか知りたい。
ちょめジイのことだから何かしら使命を与えているはずだから。
「ちょめ」 (とりあえず宛てがないからアーヤを見かけた場所を中心に探すしかないわ)
はじめてアーヤを見かけたのは王都の大通りだ。
あの時は急いでいるようだったから見失ったけど。
南から北へ向かったことだけは覚えている。
ならば大通りを中心に探すべきね。
闇雲に探すのは無謀なのでアーヤの似顔絵を描いた。
これを街の人に見せて尋ねればアーヤの情報が得られる。
「ちょめ」 (私って天才ね)
自分のアイデアに自画自賛しながら大通りを目指す。
そして道行く人に似顔絵を見せてアーヤの行方の尋ねた。
「ちょめ?」 (この子、見たことない?)
「何だい。似顔絵かい。そうだな……」
一番最初に尋ねたおじさんは似顔絵を見ながら考え込む。
「見たことあるようなないような」
もしかして最初からクリーンヒット?
私ってツイているのかも……。
「う~ん。ちょっと思い出せないな。すまんな」
「ちょめ」 (そう。ガッカリ)
せっかくアーヤの情報が得られそうだったのに残念だ。
まあ、でも最初だからこんなものなのかもしれない。
そう簡単にアーヤに関する情報が得られたら面白くないもの。
警察が足で稼ぐように地道な聞き込みが必要ね。
「ちょめ?」 (すみません。この子、知りませんか?)
「あら、似顔絵ね。そうね」
次のおばさんもアーヤの似顔絵を見て考え込む。
ウサギが歩いていることなんて珍しいから目立つはずだ。
「う~ん。ちょっとわからないかも。ごめんなさいね」
結局はおばさんもアーヤのことを知らないようだ。
そもそも王都の人通りは多いし、いちいちすれ違う人を見ていないのだろう。
私だって原宿を歩いていた時は珍しい人がいても関心は向かなかった。
珍しい人がいてあたり前のようになっているからいちいち気にしないのだ。
「ちょめ」 (これはちょっと時間がかかるかも)
私は諦めず街行く人にアーヤの似顔絵を見せて尋ねた。
しかし、1時間粘ってみたけれどアーヤに繋がる情報は得られなかった。
アーヤを見かけたことのある人もいたけれどどこへ行ったのかまでは知らないそうだ。
「ちょめ」 (場所を移した方がいいわね)
次いで私はアーヤを見かけた西側の地区に足を運んだ。
あの時はアーヤは怪しげなバーへ向かっている途中だった。
通りを西から東へ向かっていたことを覚えている。
だから、この辺りで情報収集をしていたら手がかりがつかめるかもしれない。
先ほどの大通りとは違って人通りが少ないけど手当たり次第尋ねてみた。
「ちょめ?」 (あの、この子知りません?)
「今は急いでいるんだ。質問なら他の奴にしてくれ」
はじめに声をかけたおじさんは面倒くさそうな顔をして立ち去って行く。
「ちょめ?」 (この子知りませんか?)
「悪いね。これから大事な用があるんだよ。他の人に尋ねてみてくれ」
次に声をかけたおじさんも取り付く島もなく逃げるように去る。
まるで私が厄介ごとを持ち出して来たかのような冷たい態度だ。
ただ、アーヤのことを知りたいだけなのにこの辺の人は冷たい。
「ちょめ」 (場所が変わると人も変わるのね。同じ王都だと思えないわ)
あまりの街の人の冷たい態度に私の心も折れそうになる。
だけど、ここで諦めてしまえばアーヤに出会えないのだ。
アーヤを見つけるまでは何としてでも諦めることはできない。
私は気持ちを新たにして片っ端から街行く人に尋ねてみた。
しかし、結局ここでもアーヤを見かけた人がちらほらいるだけだった。
「ちょめ」 (アーヤに繋がる情報が得られないわ)
すでに聞き込みをはじめて2時間は経っているのに手掛かりは掴めない。
裏を返せばアーヤはこの辺んで何もしていないことになる。
何かをしていれば必ず誰か誰かに目撃されているはずだから。
「ちょめ」 (やっぱりあの怪しいバーに行かないといけないのかしら)
できればまだ行きたくない場所だ。
ピッツァリオ家の情報も掴んでいないし、危険な匂いがするバーだし。
もし迂闊にもあのバーに行けば仕事を依頼して来た人物に捕まるだろう。
そしてピッツァリオ家に関する情報を要求されるはずだ。
「ちょめ」 (まだ、あのバーに行くのは早いわね)
せめてピッツァリオ家に関する重要な情報を手に入れなくては……。
「ちょめっ!」 (はっ!そうよ、ピッツァリオ家よ!)
アーヤも仕事を依頼されているからピッツァリオ家にいるはずだわ。
あの時もピッツァリオ家の周りをウロウロして情報を集めようとしていたのだから。
アーヤは間違いなくピッツァリオ家の近くにいるはず。
私はいても経ってもいられなくなり、ピッツァリオ家へ足を運んだ。
私の予感はヒットしていた。
アーヤはピッツァリオ家の近くにいた。
離れた場所からピッツァリオ家の様子を窺っている。
ピッツァリオ家の周りには警備員がいるので迂闊に近づけない。
出入り口だけでなくピッツァリオ家の周りを巡回している。
なのでピッツァリオ家は物々しい雰囲気が漂っていた。
「ちょめ」 (やっぱりここにいたのね)
私はさらに離れた場所からアーヤの様子を窺う。
今、声をかけてもいいけどアーヤは相手にしてくれないだろう。
それよりアーヤが何をしようとしているのか見守る方がいい。
すると、アーヤは郵便配達員の衣裳に着替えはじめる。
服装だけでなく郵便カバンも持って如何にもと言う格好にしていた。
「ちょめ」 (郵便配達員に扮してお屋敷の中に忍び込む作戦ね)
いい作戦だとは思うけどうまく行くかしら。
私は擬態を使ってアーヤの作戦を近くで見守ることにした。
アーヤは身支度を整えるとピッツァリオ家の門へ足を運ぶ。
そして警備員に郵便物があるから通してくれとお願いをした。
「郵便だよ。通して」
「郵便だと。いつもの配達員じゃないじゃないか」
いつもの配達員とは違うのでその部分をツッコまれる。
「いつもの配達員は病欠で私が代わりに来たの」
「怪しいな……」
アーヤが事情を説明しても警備員は信じようとはしなかった。
警備員にとってはアーヤの言うことを信じるより疑うことが仕事なのだ。
でなければピッツァリオ家の警備をやっているとは言えなくなる。
(やっぱりダメなようね)
郵便配達員に扮するところまではよかったけど詰めが甘い。
こう言う要所に配置される郵便配達員は固定されているからだ。
「郵便物を出せ」
「これは重要な書類だから本人のサインが必要なの」
「いいから郵便物を出せ」
アーヤが丁寧に説明しても警備員は受け入れてはくれない。
”郵便物を出せ”の一点張りでまったく引こうとはしなかった。
「わかったわよ。じゃあ、あなたのサインをちょうだい」
「待ってろ」
これ以上は無駄だと判断してアーヤの方から折れた。
だけど、最後まで郵便配達員を演じてバレないようにしていた。
「チッ」
アーヤは舌打ちすると逃げるようにピッツァリオ家から離れて行った。
「いい作戦だと思ったんだけどね」
アーヤは木陰で郵便配達員の服を脱ぎ捨てる。
そして、いつものギャルの服装に着替え直した。
「ちょめ」 (残念だったね)
「何!また、あなたなの」
「ちょめ」 (作戦はよかったと思うわ)
「慰めているってわけ。バカにしないでよ」
私が悲し気な顔をしているとアーヤはブチ切れた。
まるで私のような下等生物に同情されなくないと思っているかのようだ。
「ちょめ」 (それより聞きたいことがあるんだけど)
「私はあなたなんかにかまっている暇はないの」
「ちょめ」 (だけど、私は用があるのよ)
「そんなの知らないわよ」
アーヤは取り付く島もなく私を邪魔者扱いする。
アーヤからしてみたら私は厄介者なのだろう。
私はその場から去ろうとするアーヤの前に立ちはだかる。
「邪魔よ。どきなさい」
「ちょめ」 (嫌よ。話を聞いてくれるまでどかない)
「へんてこな虫の癖に生意気よ」
「ちょめ」 (へんてこな虫じゃないわ。ちょめ虫よ)
へんてこな虫とちょめ虫のどこに差があるのかはわからない。
そもそもちょめ虫がへんてこな虫なのだから。
そんなことはさておきアーヤに質問がある。
私はテレキネシスを使って地面に質問を書いた。
「私の本名を知りたいってわけ。そんなこと自分で考えなさい」
「ちょめ」 (それじゃあ答えになっていない。教えてよ)
「アーヤと聞いてわからないようなら何を言っても無駄よ」
「ちょめ」 (何よそれ。理解できない)
アーヤは頑なになって私に本名を教えてはくれない。
”アーヤ”と聞けばわかるだろうと言わんばかりだ。
ただ、私も”アーヤ”と言う名前には聞き覚えがある。
だけど、記憶が飛んでいるので誰なのか思い出せないのだ。
埒が明かないようなので次の質問を書き記す。
「何であなたを知っているかって。そこから話さないといけないわけ」
「ちょめちょめ」 (あなたが日本から召喚されたことはわかっているの。ただ、何で私のことを知っているのか知りたいの)
「全く。あなたはどうしようもないバカね。前から思っていたけどそれ以上だわ」
「ちょめ」 (何よ、その言い方。私は質問しているだけじゃない)
アーヤは私の質問に呆れ顔を浮かべながら私を蔑む。
裏を返せばアーヤが昔から私のことを知っていると言うことだ。
となるとアーヤとは私が日本にいた時に出会っていたことになる。
それ以上の追及は無駄だと判断したので次の質問をぶつけた。
「ちょめジイから使命を与えられたかって。そんなのないわよ」
「ちょめ?」 (うそ。”カワイ子ちゃんの生ぱんつを集めろ”とか言われなかった?)
「あなたが何の使命を与えられたのか知らないけど私はないわよ」
「ちょめ」 (そんなのズルいわ。私にだけ変な使命を与えて)
アーヤの言葉を信じればアーヤは何の使命も与えられなかったことになる。
それは何でなのかはまではちょめジイに聞かないとわからない。
だけど、アーヤとの待遇の違いに怒りすら覚える。
私にだけ制約をして不公平だ。
「もういいでしょう。私は行くから。ついてこないでよね」
「ちょめ」 (待ってよ。まだ聞きいことがあるの)
アーヤが立ち去ろうとするので私はアーヤを引き止めた。
すると、アーヤはグーパンチで私の頭を殴りつけた。
ポカリ。
「ちょめっ」 (痛ッ。何も殴らなくてもいいじゃない)
「しつこい女は嫌われるわよ。じゃあね」
そう言い残してアーヤは逃げるように駆けて行った。