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第三十四話 ヒーロー

私は怪しげな馬車が止まっている建物の外にいる。

つい、2、3時間前に建物の中に何かが運ばれて行った。

何が運ばれたのかまではわからないが金目のものに違いない。

でなければあんな御大層に人目を気にすることないのだ。


おまけに誰がつけたであろうひっかき傷があった。

それはボロボロの建物まで続いていたが馬車もここから出発した。

だから間違いなく金になる予感がしている。


このところピッツァリオ家に繋がる情報が得られなくて困っていた。

お金を稼ごうにもおいしい仕事がないから収入が途絶えてしまう。

建設現場や倉庫の仕分けなどの肉体労働系の仕事はいくらでもある。

ただ、異世界に来てまでする仕事じゃないのだ。


やっぱり異世界に来たのだからそれなりの仕事で金を稼がないと。


「きっとこの中には金銀お宝が眠っているのだわ」


私は周りに人がいないかを確認してから扉を開ける。

すると、すぐに地下に降りる階段が目に入った。


「真っ暗で何も見えないわ」


私はバッグに忍ばせてあったライトを取り出す。

そしてライトの底をくるりと回してスイッチを入れた。


このライトは電池式のものではなくて魔導具のひとつだ。

エネルギー源が魔石なのでエネルギー切れがない優れもの。

道具屋に行った時に見つけたので念のため買っておいたのだ。


「いかにもって雰囲気ね。ワクワクするわ」


私は足元を照らしながら足取りも軽く階段を降りて行く。

この先にお宝があると思うとワクワクせずにはいられない。


「やっぱり、これが異世界の楽しみ方だわ」


私は半年前に、この世界へ召喚された。

しかも人間としてではなくウサギとしてでだ。

何でも私を召喚したちょめジイと言う老人がそう言う設定にしたらしい。


最初はウサギ?なんて思ったけれど案外悪くはない。

普通に人と話せるし、味覚も人間と同じだし。

ただ、魔法が使えないのは玉に傷だ。

異世界へ来たのに魔法を使えないなんて面白味に欠ける。


「随分と長い階段ね。どこまで行くのかしら?」


既に階段を降りはじめてから10分は経っている。

だけど、まだまだ階段の底は見えない。

きっとお宝を隠すのだから深くしたのかもしれない。


しばらく階段を降りて行くと底まで着いた。

ただ、代わりに長い廊下が伸びている。


「何よ、これで終わりじゃないの」


私は長い廊下を見つめながら文句を垂れる。

そう簡単にお宝にありつけないのはワクワクさを増すがタイパが悪い。

やっぱり今どきの10代だからタイムパフォーマンスを重視したいのだ。


私はせかせかと長い廊下を歩いて行く。

そしてしばらくすると十字路に辿り着いた。


「ここから分かれ道ね。順当に考えれば真っすぐだけど仕掛けがあるかもしれない」


お宝を隠してあるとすれば侵入者用のトラップがあるはずだ。

ただ、真っすぐに進まないとすれば右か左かだ。


「ここは勘ね」


私は迷わず右の道を選んだ。

特に理由はない。

ただ、何となく右のような気がしたからだ。


ここでどちらにしようか迷っている時間がもったいない。

こういう時は素直に勘にしたがったほうが早いのだ。


右の道は真っすぐに進むと少しづつ左に曲がって行く。

ちょうどコーナーを曲がる時のような通路だった。

そしてそのまま真っすぐに進むと鉄の扉の前までやって来た。


「この扉を開けて進むようね」


私は扉に何か仕掛けがしていないか確かめる。

ここでトラップに引っかかってしまえば全てがおじゃんだ。

しかし、扉には何の仕掛けも施されていなかった。


「とりあえず大丈夫みたい」


ただ、扉の先に仕掛けがあって扉を開けたとたんトラップが発動することも考えられる。

なので、私は扉を細目に開けて隙間から中を覗いた。


「何の仕掛けもないようね」


すると、扉の向こうから人の話し声が聞えて来た。


「監視だけだなんて暇だよな」

「侵入者でもいれば楽しめるのだけど」

「それもいいが俺達の責任が問われるぞ」

「そうなったら減給かもな」


部屋の中にいたのは警備員のようだ。

話声の数から想定して3人はいるだろう。

私はバッグの中から睡眠弾を取り出す。


「これで眠ってもらうわ」


私は勢いよく扉を開けて催眠弾を放り込むと扉を閉めた。


「な、何だ!」

「ガスだ!口を抑えろ!」


そんな警備員達の声が聞えてから数分経つと何も聞えなくなった。

睡眠弾の効果は10分だから、すでに部屋の中の警備員は眠っているだろう。

念のため私はスカーフをマスク代わりにして扉を静かに開いた。


「寝てる、寝てる」


部屋の中にいた警備員は深い眠りの中にいる。

それよりも気になったのが壁一面に並べてあったモニターの数々だった。


「何よこれ。丸見えじゃん」


モニターは研究室や実験室をはじめ、そこまで着くまでの廊下も映し出していた。

ただ、このコントロールルームと、ここまでの通路は除外されていた。


「ここで監視しているって訳ね」


私は椅子に座りモニターの下にあるレバーを動かしてみる。

すると、カメラの角度が変わって監視している場所がよく見えるようになる。


「へぇ~なるほどね~」


私は研究室を映し出していた3台のカメラを動かしてみた。

カメラ①は入口の天井に着いているようで部屋の中が見える。

カメラ②は実験室へ通じる扉の上に設置されているようで部屋の中央が見える。

カメラ③は研究室の奥に設置されていて換気口の様子が見てとれた。


「あれ?何かいるじゃん」


カメラ③が捉えた映像からは換気口の下に檻が置いてある。

解像度が悪いので何がいるのかわからないが生き物のようだ。


「蝶?にしてはデカいよね。巨大な蛾かしら」


日本をベースに考えたら檻の中にいるのはUMAだ。

ただ、ここは異世界だから巨大な蝶がいてもおかしくない。

檻に入れられていることから察するに珍しい蝶なのかもしれない。


「ククク。これはお宝の匂いがするわ」


あの蝶を売ってがっぽり稼げば貧乏生活からもおさらばだ。

この世界に来て不便さは感じないけれどまったく金がない。

冒険者でもないし商人でもないからお金を稼ぐことができないのだ。


「それじゃあさっそくあの蝶を奪いに行くわ……ってちょっと待った」


実験室に設置されているカメラが映し出したモニターを目に止める。

実験室には多数の研究者がいて何やら実験をしているところだった。

実験室にも3台のカメラがあるがどのカメラも研究員を映し出していた。


「マズいわ。研究室の隣に人がいるじゃない。しかもたくさん」


このまま何もせずに研究室へ行ったら見つかってしまうだろう。

あんな大きな蝶を動かそうとすのだからひと目についてしまう。

もし、誰かに見つかってしまったらお宝どころの話じゃない。


私は何かないか辺りを見回してるとケースのある赤い丸ボタンを見つけた。

ケースには触ると危険のシールが貼られていた。


「自爆スイッチかしら……女は度胸。ポチッとな」


私はケースを外して赤い丸ボタンを迷いもなく押した。

すると、ガチャンとカギがかかるような音が聞えた。


「これってオートロックのスイッチだったのね」


どうやらカギがかかったのは実験室だけだったようだ。

実験室にいる研究員が慌てふためいている様子がモニターに映し出される。


「ラッキー。日頃の行いが良いせいね。これならあの蝶を奪えるわ」


私はコントロールルームを出て廊下を進み研究室へ向かった。

研究室までのルートは真っすぐだったので迷うことがなかった。

私がさっきためらっていた真っすぐの道が研究室への道だ。


静かに研究室の扉を開くとほんのりと甘い香りがして来た。


「何かしら。この匂い」


花の香りとも違うし、はちみつの香りとも違うし。

人工的な香りと言うよりかは自然に近い香りだった。

おかしな点は香りだけではなかった。

蝶の閉じ込められている場所には青い靄ができている。

その靄は換気扇に吸われている状態だった。


「あの靄ってあの蝶が出しているようね」


私が遠くから蝶の様子を眺めていると実験室に閉じ込められている研究員が私に気づいた。

硬質の窓ガラスを叩いて何か叫んでいる。


「あなた達にかまっている暇はないの。そこで大人しくしていなさい」


私は騒いでいる研究員を無視して少しづつ蝶のいる檻に近づいて行った。


蝶がいる檻に近づいて行くと甘い匂いがキツクなって来る。

おまけに靄の濃度も高まっていて明らかに害があるような感じがした。

私はスカーフを撒き直して口をしっかりと覆った。


「思っていたよリも大きいわね。私と同じくらいかしら」


私の身長が30センチぐらいだから蝶もそのぐらいある。

モンスターみたいな凶暴性を持っていないようだ。

複眼で私を見つめてもゆっくりと羽を動かしているだけだ。


「とりあえずこのままじゃ運べそうにないわ」


檻を担ごうにもそれなりの重さがあるから無理だ。

かと言って檻から蝶を出して運ぶのも難しい。

空に逃げられでもしたら捕まえられないからだ。


私は周りを見回して何かないか確かめる。

すると、テーブルの上に液体の入った注射器が置いてあった。


「何の注射器かしら……」


注射器は3本あって赤、黄、緑の液体が入っている。

液体の濃度は高くなく、向こうが透けて見えるほどだ。

ただ、何の効果がある注射器なのかはわからない。


「このうちのどれかが催眠効果のある注射器よね……わからないからみんな打っちゃえ」


そう決めて私は赤色と黄色と緑色の注射器を3本、檻に入っている蝶に打った。

結果はどうなるのかは全く分からないがなるようになるのが世の中だ。

ただ、そんな甘い考えを持てていたのは最初だけで蝶に変化が現れるとそうも言っていられなくなった。


「マズいわ……」


注射を打った直後、蝶は動きを止めただけで変化は見られなかった。

しかし、しばらくすると葉が枯れるように体が固くなってカピカピして行った。

目の前にあったのは生き生きとしていた蝶ではなく枯れ果てた蝶だった。


「あーあ。死んじゃった」


せっかくの金づるを無駄にしてしまったことはいただけない。

何のために危険を冒してまで、ここへ潜入して来たの意味がない。

日頃の行いはいい方だと思っていたけど神様は味方をしてくれなかったようだ。


私は何気に枯れ果てた蝶に触れてみる。


「わっ!」


蝶は砂が崩れるように粉々に崩れ落ちてしまった。


「これじゃあ、もうダメよね」


形を保っていればオブジェとして役に立ったかもしれない。

ただ、粉々に崩れ落ちてしまったのなら何の役にも立たないのだ。

すると、粉々に崩れ落ちた欠片の中から白い塊が顔を覗かせていた。


「もしかしてタマゴ?」


私は檻のカギを開けて檻の中へ入る。

そして粉々になった欠片を掻き分けながら白い塊を表に晒した。


「やっぱりタマゴだわ。あの蝶はメスでお腹にタマゴを抱えていたんだわ」


神様は私を見放さなかったようだ。

タマゴを与えてくださるなんてラッキーとしかいいようがない。

蝶よりも運びやすいから難なくタマゴを持って逃げられる。


私はロープを使って籠を作るとタマゴを乗せて担いだ。


「見た目よりも重くはないわ」


タマゴと言っても鶏の卵のように固くはない。

薄い膜がタマゴを覆っているような感じだ。

膜が白いのでタマゴの中身は見えないが。


「さて、おさらばね。アデュー」


私は実験室で悔しそうにしている研究者を横目にタマゴを担いで立ち去った。


蝶のタマゴだからタマゴが孵れば蝶になるはずだ。

そうしたら手懐けて見せ物として売り出せば稼げるはずだ。


「ククク。たんまりと儲けられそうね。よだれが滴るわ」


私は外に出ると辺りを見回して誰もいないことを確認する。

そして軽い足取りでスキップしながら街に消えて行った。





人目に付かないところと言えば夜の公園の木陰だ。

たまにベンチでイチャついているカップルはいるがチョメごとに夢中だ。

それに建物だと大抵、ヤバ目のやつらが根城にしているから危険だ。

だから、私は比較的安全な公園の木陰にしたのだ。


私は籠からタマゴを下ろして地面にそっと置く。

そしてタマゴを触りながら舐め回すように見た。


「ちょっと押しただけで凹むわ。中は液体が入っているみたい」


鶏のタマゴならば温めれば雛は孵るけれど蝶のタマゴはどうしたものか。

そのまま放置していても孵りそうにもないし、何かしらしないといけないだろう。


私はタマゴの膜に耳を押しあてて中の音を聴いてみる。

すると、チャポンチャポンと水がたわむ音が聞えて来た。


「強引に割ってみようかしら……」


ここでタマゴが孵るまで待っているのは時間がかかる。

それならば人工的にタマゴを割って孵す方法がいい。

ただ、その場合、蝶が不完全体のまま生まれる可能性が高い。

奇形の蝶なんて生まれた日にはモンスターと揶揄されて人が引いてしまうだろう。


「やっぱりここは蝶が孵るまで待つしかないわ」


私は覚悟を決めるとタマゴの前に陣取って胡坐をかく。

そしてタマゴとにらめっこしながら変化が現れるのを待った。


30分。


何の変化も現れない。


1時間。


まだまだ変化はない。


3時間……。


「そんなに待っていられないわよ。もういいわ。強引にタマゴを割るわ」


私はシビレを切らして電動ノコギリを持ち出して来てスイッチを入れる。

電動ノコギリの音が辺りに響きわたるとタマゴに亀裂が入った。


「生まれる」


タマゴの亀裂は縦横無尽に走るとヒビの間から液体がチョロチョロと零れて来る。

そして自然の力に任せるようにヒビが裂けて液体がどわっと流れ出た。


「あっ!あなたは……」


タマゴの中から出て来たのは生まれたばかりのちょめ虫だった。

生まれたばかりなのかちょめ虫の肌は赤ちゃんのように柔らかだ。

ちょっとだけ体が透けていて中の内臓の様子が見てとれる。

ちょうどレントゲンで見たときのような感じといったところだ。


「何であなたがここにいるのよ。蝶はどうしたの?」


私が呼びかけて見るがちょめ虫は目を閉じたままで返事もしない。

小さく呼吸をしながら体が緑色に変色するのを待っていた。


「あの蝶があなただって言うの。シクったわ」


本来であれば檻の中にいた黒色の蝶が生まれるはずだったのだ。

蝶として生きていたのだから蝶として生まれてもおかしくはない。

それがこんな醜いちょめ虫だなんて何のために危険を冒したのかわからない。


ただ、その時、私は知らなかった。

蝶は青虫が成虫になった姿だと言うことを。

学校では教えてくれなかったから知らないのだ。


「私の苦労を返してよ」


文句をちょめ虫に行ってもちょめ虫は何も答えない。

まだ目覚めていないから何のリアクションもないのだ。


「これじゃあ私の計画が台無しじゃない。あなたじゃ見世物にならないわ」


だれも醜い生き物を見たところで喜ばない。

見世物にしたところで石を投げられるのがオチだ。

人はキレイなものには見惚れるけれど醜いものには唾を吐くのだ。


文句を垂れながらもしばらく様子を見守っているとちょめ虫が変化して来た。

だんだんと体が緑色に変色して行って体が透けなくなりはじめる。

ただ、ちょめ虫はまだ目を閉じたままで目覚めの兆候はなかった。


「まったく呑気なものね。人の苦労も知らないで眠っているんだから」


私は怒りに任せてちょめ虫の体に足蹴りを加える。

すると、ちょめ虫がピクリと反応をして瞼をゆっくりと開けた。


「ちょめ」

「ちょめじゃないわよ。助けてもらったんだからお礼ぐらい言ってもいいでしょう」


文句を垂れてみるがちょめ虫は現状を理解できていないようだ。

はじめてこの世界を見たようなリアクションをしている。


「ちょめ?」

「カァーッ。ムカつく。ここへ来てすっとぼけるなんて許せないわ」


ポコリ。


ちょめ虫の言動にイラついて私はちょめ虫の頭をグーで殴りつけた。


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