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第三十三話 生物実験

檻の二重構造はより投獄されている感を与える。

どんな力を行使しても逃れられない想いを想起させる。

ただ、今の私はそんな気力さえ湧かなかった。


「ちょめ」 (これからどうなるのかしら)


実験台にすると言うぐらいだから身の安全は保障されていない。

何か変なものを体に投与されて化け物に変化してしまう可能性もある。

もともとがちょめ虫だから成長細胞が活性化して成虫になることも考えられる。

そしたら喋られるようになるだろうか。


そんな心配をしていると研究員がやって来た。


「あなたにはこの新薬を投与します。新たに開発した薬品だからどんな副反応がでるのかわりません。だから、まずはマウスで実験してみます」


そう言いながら研究員は青色の液体の入った注射を見せる。

その色からするにとても体にいいものとは思えない。

別の研究員がマウスの入った箱を持ってやって来る。

そして注射器を持った研究員が一匹のマウスを鷲掴みにした。


マウスは訳もわからずに研究員の手の中で暴れている。

すると研究員は注射の針をマウスのお尻に突き刺した。


「さて、どんな反応が出るでしょうか」


注射器の青色の液体は徐々に減って行きマウスの体に入って行く。

そして研究員は別の透明な箱の中にマウスを入れた。


しばらくするとマウスの体が引きつったようにヒクヒクする。

その後で体を捩るように暴れると透明な箱の中を駆け回りはじめた。


「ほう、すごい反応ですね。細胞が活性化されているようです」

「ちょめ?」 (マウスに何を投与したのよ。細胞の活性化って何?)


研究員は目を輝かせながら走り回るマウスを見ている。

それとは対照的に私は恐怖感を抱きながらマウスを見ていた。


マウスが実験台にされるのはどこの世界でもいっしょだ。

現代でも新薬の開発に数多のマウスが犠牲になって来た。

そのおかげで私達人間は安全に新薬を手に入れることができた。

新たな薬の開発はマウスがあってこその功績だなのだ。


だから、ここでもマウスが実験台にされている。


「だが、そこまでですか」


マウスはすぐに動きを止めて体をヒクヒクさせる。

力が尽きてしまったようで心臓の鼓動が小さくなりはじめていた。

そしてしばらくするとピタリと動きを止めて死んでしまった。


「ちょめ」 (マウス、可哀想)


そんな私の気持とは裏腹に研究員は空の注射器を取り出す。

注射器の針をマウスに刺すと血液を吸い取りはじめる。

その後で血液を一滴プレパラートに乗せると顕微鏡にセットした。


「ほう、僅かばかりではあるが白血球が増殖していますね。ただ、中性子も減少している」


研究員は顕微鏡を覗きながら感想を漏らす。

何がどうなれば成功なのかわからないから恐ろしい。

単純に考えれば白血球が増えているってことは抵抗力が上がっていることだ。

ただ中性子が減少していることは血液のバランスを崩しているのかもしれない。


「これでは使えませんね」


そうがっかりとすると研究員はメスでマウスの細胞を切り取った。

それをプレパラートに乗せて顕微鏡で覗き込んだ。


「細胞の方はいい傾向が見られますね。思っている以上に分裂しています」


研究員はニンマリと笑みを浮かべながら切り取った細胞を培養液に浸す。

それをプレパラートに乗せて顕微鏡で観察をしはじめた。


「培養液に浸したら細胞分裂が爆発的に増えていますね。ただ、細胞は風船のように破裂しています。急激な細胞の変化について行けないようですね」


研究員は顔を曇らせながら大きなため息を零す。

思うような結果が得られなかったのでがっかりしているようだ。


「これは役立たずです」


そう言って研究員はマウスと鷲掴みにすると無造作にゴミ箱に投げ捨てた。


「ちょめ」 (なんて非情な奴なの。あれじゃあマウスが可哀想だわ)


研究員にとってはマウスはただの道具でしかないのだろう。

どんな命も重くて尊ばれるべきものだ。

それが例え実験用のマウスだったとしても同じこと。

命を軽んずるやつは命を軽んじられるのだ。


「やはりあなたで試すしかないようですね。マウスでは失敗でしたけどあなたらな大丈夫でしょう」

「ちょめ」 (その根拠は何よ。確かにマウスよりも大きいけどさ)


研究員は牢屋のカギを開けて私を檻から出すと実験台に固定した。


「ちょめ」 (止めてよ。私は実験台になりたくないわ)

「暴れても無駄です。この固定ベルトは外れません」


私は体を捩って逃げ出そうとするが固定ベルトは外れない。

しっかり私の体を抑えていてビクともしなかった。


「ちょめ」 (銀色の首輪のせいで力が入らないわ)


今の私に逃げるという選択肢は残されていない。

ただ、新薬の実験台になるしか道はなかった。


「さて、どんな反応が出るでしょうか」


研究員は別の注射器を取り出して針の先から液体を押し出す。

そして、その注射器の針を私のお尻に突き刺して新薬を注入した。


「ちょめ……」 (もう、終わりだわ。私もマウスと同じように死んでしまうのよ……)


私が半ば諦めたところで鼓動が激しくなりはじめる。

感覚でもはっきりわかるぐらいにドクンドクンと波打つ。

そして体の血液が反応をしはじめて体温が上昇して来た。


「ちょめ」 (あ、熱い)


体からは汗が滲み出て来て呼吸が乱れはじめる。

それは100mを全力で走った後のような状況だ。

熱は風邪を引いた時に感じる熱とは違い体が燃えるように熱い。


「反応が出はじめましたね」


研究員は私の体を見つめながら変化を見てほくそ笑む。


私の体の表面には青い色素が滲み出て来ている。

それは瞬く間に広がって体をマーブル模様に変える。

同時に私の意識は遠のきはじめてすぐに気絶した。


「意識を失いましたか。ですが反応の方は止まりませんね」


青色の色素が体中に広がると体の熱も冷めて行く。

そしてお尻から白い綿毛のような繊維が飛び出して来る。

それは徐々に伸びて行って私の体を覆い尽くした。


「これは面白い反応ですね。この綿毛は何でしょうか」


研究員は飛び出して来る綿毛を切り取って顕微鏡で調べる。

すると、蚕に見られる繊維と同じであることがわかった。


「実験は成功したと見てよいでしょう。細胞が活性化されて成長が促進しています。この生物が虫であるならば今の状態はさなぎになる前の段階だと考えられますね」


研究員はメスを取り出して綿毛の切除にあたる。

繭の中で私がどのような状態になっているのか調べるためだ。


青虫であるならば繭の中でさなぎの形に変化する。

そして徐々に成虫の形になっていずれは外へ飛び出す。

私が青虫と同じ系統の虫であったら蝶に成長するはずだ。


ただ、私を覆っていた繭は思いの外頑丈で中々メスが入らない。

メスの刃を立てても刃毀れするだけでいっこうに切れなかった。


「この繊維の強度は鉄以上ですね。外から力を加えると強度が増すようです」


メスでは歯が立たないので研究員は電動ノコギリを用意した。


「これなら切れるでしょう」


電動ノコギリが繭に触れると火花が花火のように飛び散る。

まるで鉄の玉を切っているような状態になっていた。


ガガガガガー。


しばらく電動ノコギリを押しあてていると繭に切れ目が入る。

そしてさらに押しつけるとスイカが割れるように亀裂が生じた。


「ここまで来れば後はハンマーで叩けば繭は壊れますね」


研究員は電動ノコギリとハンマーを交換すると繭玉を叩いた。


カーン、カーン、カーン。


鉄を叩くような金属音が研究室に響きわたる。

他の実験をしていた研究員も集まって来た。


「この中に何があるのです」

「実験台がいるんですよ」

「もしかして実験は成功したのですか」

「そう見ていいでしょう。成長は促進されました」


繭玉を割っている研究員が答えるとどよめきが湧き起る。

これまでに新薬の実験をして来てはじめての成功例だからだ。


「これで割れるはずです」


そう言いながら研究員がハンマーを叩きつけると繭玉が粉々に崩れ落ちた。

それは球体状になっている飴を割った時のような状態だった。


繭の中からはマーブル模様になった私が出て来る。

姿形はちょめ虫のままでさなぎにはなっていなかった。


「姿形が変化していませんね。少し繭玉を割るのが早かったでしょうか」


研究員達は私の姿を舐め回すようにマジマジと見つめている。

繭を割ったのだから私の姿形がさなぎに変わっていると思っていたようだ。


「とりあえず血液と細胞を採取しましょう」


研究員は注射針をお尻に刺して血液を採取する。

その血液をプレパラートに垂らして顕微鏡で覗いた。


「おおっ。これは凄い数の白血球です」

「私にも見せてください」

「私にも」


研究員達はこぞって顕微鏡を覗いて血液の状態を確めた。

そして満足そうな顔を浮かべながら拍手をする。


「中性子も減少していないようですから実験は成功ですね」

「こんな結果が得られるなんてはじめてです。これは大発見ですよ」

「細胞の方はどうなんですか?」


血液検査の段階では大成功と言える。

しかし、細胞が増殖していないと意味がない。


研究員は細胞をプレパラートに乗せて顕微鏡にセットした。


「さて、どうでしょう……おおっ、これは」


少し興奮しながら研究員は細胞を培養液に浸す。

そのシートをプレパラートに乗せて顕微鏡で観察した。


「爆発的に細胞が分裂しています。このスピードは脅威です。おまけに細胞は壊れていないので増殖が止まりません」

「本当だ。これは凄い」


私の細胞は変化に対応できたようで進化していた。

姿形は変化していないが体の内部では進行しているのだろう。

その内にさなぎに変わるのも時間の問題かもしれない。


「これで実験の成功は認められました。新薬を開発できたのです」

「念願の新薬の開発にこぎつけたことで我々の努力も報われましたね」


研究員達は往々に拍手をして新薬の完成を喜んでいた。


「後は微調整をして人間に投与できる品質に改良してから増殖するだけです」

「この新薬が世の中に広まればより多くのデータが得られますね」

「私達にとってはお金よりもデータの方が価値がありますから」


そう言って研究員達は新薬の品質の調整をはじめる。


あくまで人間に投与できる品質に変えないと意味がないのだ。

私はちょめ虫だから人間とは性質が違うので同じものは投与できない。

もし、仮に品質を調整しないで人間に投与したら失敗に終わるだろう。

少し濃度を薄めないと人間の体には毒なのだ。


研究員達は私を放置してそのまま研究の続きをはじめる。

実験は成功したのだから私は用済みなのだ。


ただ、私は中々意識を取り戻せなかった。

昏睡状態に陥っていて脈拍も少なくなっている。

それは繭玉に包まれたことで体が冬眠の状態に切りかわったからだ。


私の意識は深い海の底に沈んでいる貝のようになっていた。


ボコボコボコボコ。


泡が吹き出すような音を出しながら私の体は変形して行く。

細胞が分裂をはじめて盛り上がり元の姿がわからなくなる。

それはさなぎに変化する過程で進化をはじめていたのだ。


その物音に気付いた研究員達は私のところに集まって来る。


「変態をはじめましたね」

「思っていた通りさなぎになるようです」

「しかし、この短時間で変態をはじめるなんて成長スピードも早いようですね」

「そのぐらいでないと意味がありませんよ。我々の開発した新薬は短時間で人間を進化させるのですから


そんな物騒な話をしながら研究員達は私の変態を見守った。


しばらくすると私の体は完全なさなぎになった。

その姿は青虫のさなぎと同じ形をしている。

ただ、私の方は全く意識がなかった。


「完全なさなぎになりましたね」

「だとすると今度は成虫になるはずですよね」

「青虫のさなぎと同じようですから成虫は蝶でしょうね」

「それなら別の檻に移し代えた方がよろしいのでは」

「そうしてください。蝶になられて飛び回られたら大変ですから」


と言うことで研究員達は固定ベルトを外して私を別の檻に移し代える。

2人がかりでさなぎが壊れないようにしながら檻の中に入れた。


「これで成虫になっても大丈夫ですね」

「あとどれぐらいで成虫になるでしょうか」

「こればかりはわかりませんね。普通の青虫ならば1時間ほどですが」

「大きいからもう少し時間がかかるかもしれませんね」


研究員達は檻を取り囲むように集まりながらさなぎの私を眺めている。

すでに私がさなぎになってから1時間ほど時間が経過している。

だとするならば私が成虫になるのはもう間もなくと言うことになる。


そしてしばらくするとさなぎの体に亀裂が生じはじめる。

それは内側からナイフで切ったような形で真っすぐに入った。


「おおーっ」

「変態をはじめたようです」


亀裂は徐々に大きくなりはじめ中から真っ白の成虫が這い出て来る。

器用に体を動かしながらさなぎが壊れないようにゆっくりとした動きだ。

それはまさに蝶が羽化する時と同じで徐々に姿を現した。


「真っ白ですね」

「これから徐々に色がついて行きますよ」


成虫の私がさなぎから完全に抜け出るとじっとその場で止まっている。

すると空気に触れて真っ白な体が徐々に色づいて行く。


「これはすごい」


羽は真っ黒に染まり所々に青色の筋が入っている。

それは夜空に漂うオーロラを彷彿とさせる鮮やかさだ。


「どちらかと言うとカラスアゲハに近いですね」

「あれだけ醜い生き物がこんなキレイな蝶になるとは驚きです」


研究員達は目を見開きながら蝶になった私を見つめている。

このサイズの蝶を見るのははじめてだったようで驚いていた。


「おおっ、動き出すようです」


蝶になった私は羽を小刻みに震わせて羽を広げる。

そして羽を上下にバタつかせながら飛び立つ準備をはじめた。

しかし、檻が狭いので飛び立つことはできずにその場にとどまっている。


「檻の中に移し代えておいたのは正しかったですね」

「蝶は成虫になると飛び立ちますからね」


研究員の判断は正しいことが証明された。

私は飛び立てずにその場でとどまっている。

ただ、私に意識は戻っておらず無意識で動いている。

体に染みついている本能が優先しているのだろう。

成虫になったら空に飛び立つと言う命令が実行されているのだ。


私は羽をバタつかせながら飛び立つ準備のまでいる。

すると、羽についていた青い鱗粉が空中に舞い出した。


「まるでダイヤモンドダストを思わせるような光景ですね」


青い鱗粉はキラキラと輝きながら宙に舞っている。

それは鮮やかでその場を夢の世界へと変えた。


バタリ、バタリ、バタリ。


青い鱗粉を吸った研究員達は意識を失って倒れ出す。

ドミノ倒しを思わせるように研究員達は倒れて行った。


「鱗粉を吸い込まないでください!檻から離れてください!」


状況を察した研究員のリーダーは大声で叫んで注意をする。

そして逃げるように檻から距離をとって口と鼻を抑えた。

それに習うように他の研究員達も檻から離れて行く。


「どうやらあの鱗粉には催眠作用があるようです」

「これではうかつに近づけませんね」

「換気扇のスイッチを入れてガスマスクを用意してください」


研究員のリーダーの指示を受けて別の研究員達は準備をはじめる。

研究室には万が一に備えて換気扇が常設されているのですぐに空気の入れ替えがはじまる。

その後しばらくしてから研究員達がガスマスクをして戻って来た。


「まずは檻を換気扇の真下に移動しましょう」


少しでも鱗粉の脅威を取り除くため私の入っている檻を換気扇の下へ移動した。

ガスマスクをしていれば鱗粉の被害を受けないが万が一の場合を考えてのことだ。

それに研究室に鱗粉が充満してしまえば危険度が増してしまうからだ。


「ひとまずはこれでいいですね」

「あの蝶はどうしましょうか。殺しておいた方が安全ですが」

「殺すのは調査してからでも遅くはありません。まずはあの鱗粉を採取しましょう」


催眠作用のある鱗粉なんて研究員達の好奇心をくすぐる。

どんな仕組みでそうなっているのか解き明かせば新薬の開発に繋がるからだ。


研究員達は檻の扉を開けて中に入ると蝶になっている私に近づいて行く。

私を刺激しないようにゆっくりと近ついて羽についている鱗粉を採取した。


試験管に入れられた鱗粉は胞子のように一塊になっている。

青く煌めているので宝石を閉じ込めたような感じだった。


「これだけあれば大丈夫でしょう」


研究員のリーダは檻から出ると檻のカギを閉める。

そして檻を透明な袋で覆い被せて鱗粉が広がらないようにする。


「こうしておけば安心です。研究室内の空気が入れ替わるまで隣の実験室を使います」


そう命令を出して研究員のリーダーは他の研究員達と実験室へ移動した。


その間も私は意識を失ったままで深い眠りについていた。

成虫の蝶は羽をゆっくりと動かしていたが私の意識はない。

蝶は機械的で埋め込まれたプログラムを実行しているだけだったのだ。


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