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第三十二話 裏社会

私が連れ込まれた場所はボロボロの建物の中だ。

人も寄り付かない裏路地の先にある狭い細道の先だ。

抱きかかえられていたので方向感覚はわからない。

北へ行ったんだか南に行ったのだか全く理解できないでいた。


「お前はここに入ってろ」


そう言って覆面の男は私を牢屋にぶち込む。

乱暴に放り込まれたので頭をぶつけてしまった。


「ちょめ……」 (イタタタ……ちょっと、私はレディーなのよ。もっと大切に扱って)


おねしょをしてしまったレディ―だけど今は内緒だ。

ちょめ虫だから別に何も問題はないはず。


「うまく行きやしたね」

「予め逃げ道も考えおいたのがよかったんだ」

「さすがは兄貴だぜ」


覆面の男達はソファーに腰を下ろしてひと息をつく。

大事そうに金の入った袋を抱えながら談笑していた。


「それよりも袋の中を調べろ。何か仕込まれているかもしれない」

「兄貴、心配し過ぎだぜ。この中には金しかないよ」

「すげー金だぜ。これだけあれば遊んで暮らせる」


兄貴の指示を受けて覆面の男達は金の入った袋を調べる。

ジャラジャラと金貨を鳴らしながら袋の中に仕掛けがないか探していた。

だけど、探せど探せど怪しいものは見つからない。

あるのは金貨ばかりだった。


「何もないぜ、兄貴」

「心配し過ぎでやす」

「この金貨が偽物ってことはないよな」


兄貴は金貨を口に加えて歯で噛み締めて確かめる。

しかし、金貨は折れずに金色の光を輝かせていた。


「だから言ったじゃないですか。兄貴の心配症は過ぎるんだから」

「作戦の遂行には慎重になることに過ぎたことはない。石橋を叩いて渡るような慎重さが大切なんだ」

「まあ、兄貴のおかげで俺達は金持ちになれたのだからな」


貴重な兄貴の言葉も覆面の男達には響かなかったようだ。

目の前にある金に目がくらんでいて話すらまともに聞いていない。

まあ、目の前にある金貨はざっと見積もっても250枚ほどある。

金貨50枚入った袋が5つもあるのだから。


「ちょめ」 (でも、盗んだ金を使っても足がつくわ)


普通の男がいきなり金を使い出したら周りの人達は怪しむもの。

どこから金を手に入れたのか、盗んだ金ではないかと考えるからだ。

とりわけ強盗なんてする輩はどうしようもない奴らばかりだ。

覆面を被っているので顔はわからないだろくでもない顔だろう。


「これで腹いっぱい高級料理が食べられる」

「何を小さいことを言っているんだ。不動産を買うんだよ。それでがっぽり儲けられる」

「馬を買って投資するものアリだぞ。王都では馬車が欠かせないからな」

「何を馬鹿なことを言っているんだ。そんなことをすればすぐに捕まるぞ」


覆面の男達が馬鹿なことを言い出すので兄貴が言葉を挟んだ。


私の考えていた通り覆面の男達はどうしようもない馬鹿だ。

ド派手に金を使おうとしていたのだから。

ただ、兄貴だけはひとり冷静な判断をしていた。


「でもよ、兄貴。それじゃあ金を奪った意味がないじゃないか」

「金はどこで使うのかが肝心なんだ。表社会で使えばすぐに見つかってしまう。だから、警備兵の手の届かない裏社会で使うんだよ」

「けど、裏社会で金を使うって何を買うんだい」

「麻薬だ。麻薬を密売してがっぽり儲けるんだよ」


兄貴の口から思っても見ない言葉が零れた。


麻薬だなんて日本でも禁止されている薬だ。

この世界にも麻薬があるだなんて驚きだ。

剣と魔法の世界だからそんなものはないと思っていたけど違ったようだ。

麻薬はケシの実から作られるからケシの実を栽培出来れば麻薬は採れる。

もしかしたらどこかでケシを栽培している場所があるのかもしれない。


「麻薬でやすか。さすがは兄貴だぜ。目の付け所が違う」

「それなら強盗家業から足を洗えますね」

「そうだ。強盗はリスクの割には儲けが少ないから麻薬の密売人になった方が儲けられる」


兄貴の話した構想はもっともなことだった。

強盗なんて命をかけた仕事だからリスクが高い。

ひとつ間違えたら簡単に命を落としてしまうのだ。


その一方で麻薬の密売人なら比較的安全だ。

裏の世界で取引をするので見つかり難い。

もし、見つかって捕まったとしても命までは取られない。


「ちょめ」 (考えたものね。私だったら全額アニ☆プラにつぎ込んでいるわ)


そうしたら私はアニ☆プラの太客になれる。

スポンサーの立ち位置だからななブーともお近づきになれるわ。


「ちょめ……」 (ウヘヘヘ……よだれが出て来たわ)


私はありもしない妄想を描きながらひとりの世界に入り込む。

どんなにこの世界で大金を手に入れてもアニ☆プラには投資できないのにもかかわらず。

あくまで妄想の中だけの話なので現実に沿っていなくてもいいのだ。


「おっし。ひとまず乾杯をするぞ」

「いいですね。乾杯と行きましょう」


兄貴はテーブルに置いてあった酒瓶を取ると覆面の男達に渡す。

すると、覆面の男達は酒瓶の蓋を開けて立ち上がった。


「もう覆面はいらないだろう」

「でも、あいつが見てますぜ」

「どうせ死ぬんだ。問題ない」

「ちょめっ」 (ちょっと。今聞きずてならない言葉を言ったわよね。私が死ぬとか)


ただではすまないとはわかっていたけど死ぬだなんてあんまりだ。

私は抵抗もせずに素直に人質になったのに酷すぎる。

少しくらい温情を与えてくれて命だけは取らないでいて欲しい。

そんな私の心配をよそに兄貴と覆面の男達は覆面を取った。


「ちょめ」 (見たことない顔ぶれだわ)


だけどみんなろくでもない顔をしている。

老け込んでいると言うか汚れと言うか。

とにかくうだつが上がらなそうな人相だった。


「俺達の作戦の成功に乾杯だ」

「「乾杯!」」


兄貴と覆面の男達は酒瓶を合わせると酒を一煽りした。


「ぷはーっ。一仕事終えた後の酒はうまいぜ」

「体に染みると言うか心まで洗ってくれるようだ」

「この味を覚えておけよ。仕事が成功するたびに味わえるからな」


兄貴は酒の何たるかを説いて覆面の男達に言い聞かせる。

この経験を染みつかせることで仕事に対する情熱を引き出すのだ。


「こんな美味い酒を飲めるなら何でもやったるぜ」

「その意気だ。期待しているからな」


覆面の男の言葉を聞いて兄貴も満足する。

仕事の成功はどれだけ部下の気持ちを引き上げられるかにかかっている。

権力があるからと言って命令ばかりしていても下の者が着いて来ない。

リーダーがリーダーらしさを見せないと誰も動いてくれないのだ。


すると、兄貴がペンと紙を持って机に座る。

そして何やらひとりで手紙を認めはじめた。


「兄貴。何をしているんですか」

「とある人物に宛てた手紙を書いている。せっかく人質を手に入れたのだから使わない手はないからな」

「ちょめ」 (何よ、その意味深な発言。私をどうかしようっての)


兄貴が何を考えているのかわからないが嫌な予感がする。

私を人質に身代金を要求するなんてことはしないだろう。

すでに金貨250枚も手に入れているのだからなおのこと。

だとするならば私を誰かに引き渡すのかもしれない。

いつまでも私を牢屋に閉じ込めていても何にもならないから。


「兄貴のことだからまた金儲けかもよ」

「なら、期待して待っていようぜ」


覆面の男達は談笑しながら酒を煽っていた。


そんな様子を見ながら兄貴はペンを走らせている。

そして手紙を書き終わると見直して笑みを浮かべた。


「おい、これをこの宛先の場所に届けてくれ」

「俺ですか?」

「お前しかいないだろう」


その言葉に辺りを見回すと他の覆面の男達はすっかり出来上がっていた。


「任せたからな」

「わかりました。すぐに行ってきます」


手紙を託された男は仕方なさそうな顔をしながら出て行く。

兄貴はその背中を見送りながら酒瓶の酒を一煽りした。


「ちょめ」 (何なの。私はどうなっちゃうわけ)


このままここにいるのは危険かもしれない。

今はロープで縛られているだけだらかテレキネシスも擬態も使える。

兄貴の目があるので逃げ出せないけれど何かしないといけない。


牢屋のカギは兄貴の座っている机の上に置いてある。

ただ、兄貴が牢屋のカギを見つめているので動かせない。


「ちょめ」 (何とかして兄貴の気を他に向けてカギを盗まないと)


かと言って簡単に兄貴の気を惹き付けることはできそうにもない。

テレキネシスで酒瓶を動かしたところで兄貴は驚かないだろう。

馬鹿な覆面の男達と違って兄貴は沈着冷静なのだ。


なら、擬態を使って姿を消してみようかしら。

いきなり私がいなくなれば兄貴だって驚くはずだ。


私は擬態を発動させて姿を消してみせた。


「何だ、お前はそんな力を持っているのか。これは驚いたな」

「ちょめ」 (何で冷静なのよ。私が見えなくなって驚いたんじゃないの)

「ただ、姿を消す時は自分の姿を見てからにしておけ」


そんな意味深な発言を兄貴がするので私は自分の体を見た。

すると、ロープがしっかりと体に巻き付いていた。

姿が消えているのでロープが宙に浮いているように見える。


「ちょめ」 (私としたことがしくじったわ。こんな初歩的なミスを犯すなんて)


逃げ出すことに気を取られていたからロープで繋がれていたことを忘れていた。

それにいくら姿を消しても牢屋の扉が開かなければ中にいると同じだ。

兄貴はそのことを端的に悟っていたから冷静だったのだ。


「お前は思っている以上に美味しいやつかもしれない。実験台には持って来いだな」

「ちょめ」 (実験台って何よ。私をどうするつもりなの)


思わず兄貴が零した言葉に私は奮えあがってしまう。

密売されるならともかく実験台になるなんて考えてもみなかった。

何の実験台になるのかわからないから余計に怖い。


そんなやり取りをしていると使いに出した男が戻って来た。


「兄貴、戻って来ましたよ」

「彼らは来たのか」

「もちろん一緒に来ました」


そう言った使いに出かけた男の後ろから白衣を来た研究員が3人入って来た。

ひとりは木製のケースを持って、他の二人は黒のバッグを抱えていた。


「おい、こいつらをどかせ」


兄貴はソファーで潰れていた覆面の男達を他に移動させて場所を作る。

そしてソファーに座ると研究員達にも席に着くように指示を出した。


「まあ、掛けてくれ」

「手紙の内容は把握できました。それで実験台はどこにいるのですか」

「気が早いな。その前に交渉を進めよう。実験台ならそこの牢屋に閉じ込めてある」


兄貴が親指で牢屋を差すと研究員達の視線が牢屋に向かった。


「要求の金額は手紙に記した通りだ。用意して来たか」

「もちろん、ここに入っています」


そう言って研究員のひとりは木製のケースをテーブルに乗せる。

兄貴が顎でケースを開けるように指示を出すと研究員がケースを開けた。


「ほう、ちゃんと用意したようだな」

「あたり前です。これは取引ですから」

「ならばこちらも実験台をお見せしよう」


兄貴は徐に立ち上がると研究員を連れそって牢屋の前に来た。


「これが実験台だ」

「ほう、これははじめて見る生き物ですね。実験のし甲斐があります」

「だろう。俺達も命を賭けて手に入れたからな」

「なら、交渉成立ですね」


研究員達は興味深そうな目で私を舐め回すよに見やる。

そしてニンマリと笑みを浮かべながら交渉の成立を口にした。


「ただ気をつけろよ。こいつは妙な力を使いやがる」

「そのことは安心してください。こちらも能力を封じこめる道具を用意しています」


そう言って研究員がバックから取り出したのは銀の首輪だった。

この銀の首輪はボロにゃんに捕まった時にハメられたものと同じだ。

首輪をハメられると能力が吸い取られてしまい何もできなくなってしまう。


私は後ろにたじろぎながら研究員から距離をとった。


「準備に抜かりはないようだな。なら、カギを開けるぞ」


兄貴は牢屋のカギを開けて研究員達を中に入れた。


「さあ、大人しくしなさい。あなたの身柄は私達が預かります」

「ちょめ」 (イヤよ。それだけは絶対イヤ)


私は逃げ出そうとするがロープを掴まれて動けなくなってしまう。

すると、研究員達は近づいて来て私の首に銀の首輪をハメた。


「これで準備は整いました」

「ちょめ……」 (ダメだわ。力が入いらない……)


私は研究員達が用意した小さな檻に閉じ込められてしまう。


「では、私達はこれで失礼します。また、何かあたら呼んでくださいね」

「ああ。またいいものを見つけたら連絡を入れる」

「さあ、行きましょう」


研究員達は私を閉じ込めた牢屋を担ぐと地下施設から出て行った。

兄貴はその背中を見送りながらニンマリと笑みを浮かべる。

私は虚ろな目でその顔見つめながら静かに目を閉じた。


「少し高い買い物をしましたね」

「ですが良い材料が手に入りました」

「新種の生物のようですから実験が楽しみです」


研究員達は物騒な話をしながら談笑している。


実験にすると言うぐらいだから私は実験台になるのだろう。

ただ問題は何の実験台になるのかだ。

新薬を投与されたり、細胞を注入されたりすればどうなるのかわからない。

いくらちょめ虫の回復力が高いとはいえ実験されれば別だ。


「やはりあれを投与するのですか?」

「どんな反応が出るのか実験をしないといけませんからね。でなければ我々に投与できません」

「もし実験が成功すれば私達は億万長者になれますよ」


やっぱり私に何かを投与するつもりでいるらしい。

人間に投与する前に私を実験台にして反応をみるようだ。

賢い方法だとは思うが私が実験台になるのはいただけない。

途中で逃げ出さないといいようにされてしまうだろう。


「ちょめ」 (とは言っても何もできない)


銀の首輪をハメられているから私は無力同然だ。

テレキネシスや擬態を使えばなんとかできたのだけど。


「ここからは目隠しをしてください。研究室の場所がバレると問題が発生します」


研究員のリーダーらしき人物がそう言うと檻が黒の布で覆われた。


もしもの時のことを考えて徹底するなんて中々頭のキレる奴だ。

逃げ出すことを想定して道を覚えようと思ったけど無駄になってしまった。


私が暗闇の中でなんとか状況を把握しようとしていると檻が馬車に乗せられた。


「ここから先は人通りが多くなります。みなさん着替えてください」

「白衣では目立ってしまいますからね」


研究員のリーダーがそう言うと研究員達は白衣を脱ぎ捨てる。

そして、その上から布の服を着て街人に扮装した。


「私が馬車を動かします。あなた達は後ろに乗ってください」


研究員のリーダーが御者台に乗ると他の二人は荷台に乗った。

もちろん私も荷物として馬車の荷台に乗せられている。

すると、馬車はゆっくりと動き出して前に進んで行った。


馬車の車輪の音に混じって街の人達の声が聞えて来る。

雑談と言うか近所話と言うかそんなような話をしている。

となるとここは人通りの多い大通りと言うことになる。

周りが真っ暗で何も見えないから予想して状況を把握するのだ。


黒い布で覆われているから余計に物音に集中できた。


「ちょめ」 (どこまで行くのかしら)


馬車に揺られはじめてから30分は経っている。

時計を見ていないのではっきりとはわからないが肌感覚ではそのぐらいだ。

もしかしたら目的地は相当はなれば場所にあるのかもしれない。


しかし、実際は私の考えとは全く違っていた。

研究員達は経路がわからないように街を練り歩いていたのだ。

強盗のリーダーと言い、研究員のリーダーといい思いの外慎重だ。

裏を返せばアジトの場所がバレるのを恐れているのだろう。


「やっと到着です」


馬車がゆっくりと停車すると研究員達は馬車から降りる。

そして周りに人がいないか確かめてから檻を下ろした。


「私は馬車を片づけて来ます。あなた方はそれを研究室に運んでください」


そう研究員のリーダーの声が聞えると檻がグワッと持ち上がる。

そしてグラグラと揺られながら研究室に運ばれて行った。


建物に入ってから階段を降りる感覚を掴んだ。

歩く度に檻が上下に揺れていたのでわかったのだ。

ただ、その揺れは思いの外長く続いていた。

恐らく相当深い所に研究室があるのだろう。


扉を開ける音が聞えると檻が大きく揺れた。

すると、檻を覆っていた黒い布がはぎ取られる。


「ちょめ……」 (うぅ……眩しい)


急に光が入り込んで来たので私はたまらずに目を閉じる。

今まで暗い場所に閉じ込められていたから目が光りに慣れていない。

そして目を細めて瞼を上げると部屋の中の様子が見えて来た。


辺りは白い壁で覆われた大きな部屋で大きなテーブルがいくつも並んでいる。

テーブルの上には資料と実験台になっている生物が無造作に置かれていた。


「ちょめ」 (ここは実験室じゃないようね)


実験室であれば実験機材が置かれているはずだ。


不意に視線を横に流すとガラス張りの部屋が目に入った。

その部屋の中には研究員達がせかせかと動いている。

恐らくその部屋が実験室なのだろう。


「とりあえず牢屋に入れておきましょう」


研究員のひとりがそう言うと私は檻ごと牢屋に運ばれる。

どうせなら檻から出してもらいたかったが贅沢も言えない。


この先どうなるのかわからないから不安がいっぱいだった。


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