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第二十九話 久しぶりの感覚

宿探しは難航するかと思われたがそうでもなかった。

宿を尋ねること3軒目で空室がある宿を見つけた。

22時と受付を締める時間帯だけに見つかったことは驚きだ。

運がよかったと言っても過言でないだろう。

日頃の自分の行いに感謝だ。


「ちょめ」 (これでひとまず安心ね)


私が扉の前に立つとドアボーイが扉を開けてくれる。

そしてそのまま歩いて行ってフロントの前に来た。


「いらっしゃいませ。1名様ですね」

「ちょめ」 (そうよ。部屋まで案内してちょうだい)

「それでは前払いになりますので金貨を1枚払ってください」

「ちょめ」 (高いわね。まあいいわ)


私は財布から金貨を1枚取り出すとフロントに渡した。


「では、ボーイがお部屋までご案内しますので後について行ってください」


そうフロントの女性が言うとボーイがやって来てカギを受け取る。

そして私を先導する形で部屋まで案内してくれた。


私は何も荷物がないのでボーイも手ぶらだ。

本来であれば荷物もボーイが運ぶ。

そして後でチップをもらうのが習わしだ。

このボーイは私にあたってハズレくじを引いたと思っていることだろう。


ボーイの後をついて行くと3階の奥の部屋まで辿り着いた。


「こちらがお部屋になります」

「ちょめ」  (ありがとう。チップはないけど勘弁してね)


ボーイが扉を開けてくれているので私は部屋の中に入った。


「ちょめ……」 (すごい……)


部屋は20畳は有にあるぐらい広い部屋だ。

天井も高いので余計に広く感じる。

壁には大きなガラス張りの窓がある。

外は真っ暗なので何も見えないが視線を上に向けると星空が目に入った。


部屋の中央にはキングサイズのベッドが置いてある。

その隣にも豪華な木製のテーブルと柔らかそうなソファーがある。

さすがに日本ではないのでテレビはなかったが中々の部屋だ。


「ちょめ」 (この世界に来てようやく人間らしい夜を送れるわ)


私はベッドに飛び乗ってフカフカ具合を確かめる。

それは馬小屋にあった乾草のベッドよりも柔らかい。

ベッドの上で飛び跳ねるとグワングワンベッドが撓った。

布団もお日様の匂いがするし今夜はいい夢が見られそうだ。


「ちょめ……」 (はぁ……幸せ。ベッドがこんなにも気持ちのいいものだとは知らなかったわ)


私はベッドの上で横になりながら天井を見上げてホッと息をつく。


天井にも豪華な装飾が施されてていて照明が優しい光を放っている。

蛍光灯のような強い光ではなく、間接照明のような柔らかな灯かりだ。

宿泊する人の睡魔を誘うような心の配りように感心する。


「ちょめ」 (とりあえず、まずはシャワーよね)


ナコルに川に落とされて汚れているからすっきりしたい。

けして汚い川ではなかったが気持ち的にきれいになりたいのだ。


私はシャワー室のガラスの扉を開けて中に入る。


「ちょめ」 (シャワー室も豪華ね)


金色の装飾が施されていて基調のオフホワイトとマッチしている。

金属部分は全部、金色なので金持ちになったような気分になった。


私はテレキネシスでシャワーの蛇口をひねる。

すると、ちょどいい湯加減のぬるま湯が流れ出て来た。


「ちょめっ!」 (痛っ!沁みる)


川に落とされた時には気づかなかったがシャワーのお湯で傷痕が沁みる。

それも痛みが全身に走るので電気ショックを受けているような気分になった。

とりわけ沁みたのがナイフで切られた頬で激痛が走った。


「ちょめ……」 (痛い……)


ちょめ虫の神経感覚はわらかないけど人間のように敏感だ。

膝小僧を擦り剥いた時に入るお風呂のようにジンジンとしている。


私はふいに姿見に自分の姿を映してみた。


「ちょめ!」 (化け物!)


顔に施されたメイクは崩れていて見る影もない。

それ以上に顔が青あざで腫れあがっていて元の形がわからない。

まるでボクシングの試合でボコボコに殴られた選手のようだ。


「ちょめ」 (酷い顔。こんなのじゃ表も歩けないわ)


今までこの姿で歩いて来たことなど忘れて憂う。

私の顔を見て来たボーイ達は何を思っていたのだろうか。

とりあえずお金は払ってくれる客として見てくれてはいるのだろう。


私は沁みるのを我慢しながらソープで全身を丸洗いする。

そしてシャワーで泡を洗い流すと体を震わせて水気をとる。

その後はタオルでポンポンと優しく叩きながら体を拭いた。


「ちょめ」 (このままほっておいたら傷口が化膿しちゃうわね)


私は部屋に備え付けてあった救急箱を取り出して手当をする。

傷口の周りに消毒をすると消毒液に反応してジンジンと痛む。


「ちょめっ」 (痛っ)


シャワーのお湯をかけた時とは違う痛みだ。

消毒液が傷口に入るから余計に痛いのだ。

だけど、そうしないと傷口が化膿してしまう。

もし、そうなったら感染症にかかってしまうかもしれない。

ちょめ虫がどこまで抵抗があるのかわからないけどリスクは減らしておいた方がいい。


「ちょめ」 (もっとナコルを辱めておけばよかったわ。これじゃあ割に合わない)


全部の傷口に消毒を終えてから大きめの絆創膏を貼る。

ばい菌が入らないようにしておかないと後が大変だから念入りに行った。

すると、ミイラを思わせるような絆創膏だらけの姿へと変わった。


「ちょめ」 (これじゃあミイラと変わりないわね)


絆創膏か包帯かの違いだけだ。


(無様な姿じゃのう)

(ちょめジイ。何よ、こんな時に念話をして来て)

(このところ部屋に籠ってオンラインゲームをしておったから気分転換に繋いだのじゃ)

(人が苦しんでいる時にゲームだなんて非常識だわ)


ちょめジイはついにゲームにまで手を出したようだ。

こうなったらとことんまでゲーマーになってしまうだろう。

ゲームと言う遊びはプレイヤーを虜にするからだ。


(それで、カワイ子ちゃんの生ぱんつは集まったのか?)

(まあね。今日は3枚も手に入れたわ)

(でかしたのじゃ。さっそく確認してみるのじゃ)

(そんなことより傷薬はないの?)

(大丈夫じゃ。ちょめ虫の回復力は凄いから一晩で治るのじゃ)

(本当に?だけど、心配だから傷薬をちょうだい。痕が残ったら嫌だし)


私がカワイ子ちゃんの生ぱんつを3枚も手に入れたので喜んだからなのかちょめジイは傷薬を召喚してくれた。


(その傷薬を傷口に塗り込んでおけば大丈夫じゃ)

(ありがと)

(それじゃあな)


プツン。


ちょめジイはそれだけ言うと念話を切った。

恐らく亜空間からナコル達のぱんつを取り出すのだろう。

そしてテイスティングをしてから部屋に飾るのだ。


「ちょめ」 (まあ、ちょめジイがぱんつをどうやって楽しむかなんて私には関係ないけどね)


私は絆創膏をはがしてからちょめジイからもらった傷薬を傷口に塗りつけた。

少し沁みたけれど傷口に利いているような気がして安心できた。

その後で絆創膏を貼り直して傷口を塞いだ。


「ちょめ」 (とりあえずこれでよしと。安心したらお腹が空いて来たわ)


私はテレキネシスを使ってメモ帳にメッセージを書いて廊下にいたボーイに渡す。

すると、しばらくしてからボーイが夕食を運んで来た。


テーブルの上に並べられたのは北京ダッグ、小籠包、冷麺、回鍋肉、チンジャオロース、エビチリなどをはじめとする中華料理の数々だった。


「ちょめ」 (異世界に来て中華料理が食べられるなんてちょめジイ様様ね)


私は並べられた中華料理にすっかり目を奪われてしまう。


恐らくちょめジイが中華料理のレシピを召喚したのだろう。

この世界に影響を与えるものは召喚してはダメなのだが料理の場合はいいかもしれない。

日本の料理だって海外の料理が流れ込んで来て発展した料理が多いからだ。


「ちょめ」 (これを全部、私が食べていいってことよね。何から食べようかしら)


私は目を泳がせながらどの料理から食べようか迷う。

どの料理も美味しそうで私に食べられることを待っているかのようだ。


「ちょめ」 (やっぱり最初は北京ダッグからかしら)


テレキネシスでナイフを操りながら北京ダッグを薄くスライスする。

それにレタスを入れてピーヤンで包んでからソースをつけて口に運んだ。


「ちょめ」 (最高。食感が楽しいわ)


パリパリと焼けた皮としなやかな肉の感触、それに野菜のシャキシャキが歯を楽しませる。

咀嚼するたびに肉の旨味と野菜の汁が溢れ出して来て絶妙なハーモニーを奏でる。

北京ダッグほどお肉と野菜を合わせた美味しい料理なんてない。

北京ダッグを食べるのは初めてだけど初めてじゃない気がする。


「ちょめ」 (これならいくらでも食べられそうだわ)


私は夢中になって北京ダッグを貪る。

無限料理なんてのがあるがそれと同じだ。

しかもお肉と野菜を同時に摂れるから体にもいい。


ただ、気になるところは北京ダッグの皮を全部食べたらどうするかだ。

お肉の部分が余るけれどこれも食べていいものかわからない。


「ちょめ」 (まあ、食べ方なんて人それぞれよね。勿体ないから食べちゃおう)


とりあえず他の料理も食べたいので北京ダッグは残しておく。


「ちょめ」 (次は何を食べようかしら……小籠包かな)


私はテレキネシスを使って小籠包を持ちあげる。

そして大口を開けて小籠包を口の中に放り込んだ。

小籠包を噛み締めると熱々のお汁が溢れ出して来る。

それは肉の旨味が全部溶け出していて口の中を幸せにした。


「ちょっちょっ」 (ハフハフハフ……熱いわ。だけど美味しい)


皮もモチモチしているしお肉の旨味と混ざって美味になる。

口の中で咀嚼していると皮とお肉の旨味が絶妙な加減だ。

ただ、熱いのがたまに傷だが美味しさは引けをとらない。

私の中では中華料理のうち小籠包が俄然一位だ。


「ちょめ」 (熱いのを食べたから次は冷たいのよね)


次に目を付けたのは冷麺だ。

冷やし中華とはまた違った美味しさがある。

冷やしラーメンのようでもあり、そうでもないようであり。

とにかく美味いの一言に尽きる。


「ちょめ」 (異世界に来ての冷麺はありがたいわ)


私はズルズルと冷麺を啜りながらその美味しさを堪能する。

麺を啜ると言う行為が新鮮で懐かしさを感じさせた。


「ちょめ」 (やっぱり私は日本人なのね)


日本は麺料理が充実しているから麺を啜ると言う行為が体に染みついている。

ラーメンにはじまり冷やし中華、蕎麦、うどん、ソーメンと種類が豊富だ。

派生した麺料理を加えれば数え切れないほど充実している。


麺を噛み締める度にプチプチと切れて行って歯ごたえが楽しい。

おまけにおつゆと麺が口の中で混ざり合って美味しさを倍増させる。


「ちょめ」 (次は何を食べようかしら)


冷麺を半分ほど食べてから次の料理に目を向ける。

全部、食べてしまうとお腹が膨れてしまうので止めておいた。

料理を美味しく食べるにはお腹の加減が大事なのだ。


次に目に留まったのはエビチリだった。


大振りのエビがソースと絡み合っていて如何にも美味しそう。

赤色と言う色彩が食欲をさらに刺激する。


私はエビチリをひとつ浮かびあげると口の中に放り込んだ。


「ちょめ」 (随分とスパイシーなエビチリね)


日本のエビチリとは違ってそんなにも甘くはない。

代わりにスパイシーで舌がヒリヒリとする。

大振りのエビはプリッとしていて噛み応えがある。

咀嚼するたびにエビの食感とスパイスが混ざり合う。

本格的な中華のエビチリもクセになる美味しさだった。


「ちょめ」 (白飯が欲しいところね)


ご飯といっしょに食べたらさらに美味しいだろう。


「ちょめ」 (スパイシーなものを食べたから次はまったりしたものがいいわ)


目を付けたのがたっぷりと餡を掛けたかに玉だった。

本場の中華のかに玉だから本物のカニを使っている。

日本でカニカマをつかったかに玉を見かけるけど、それと比べ物にならない。

タマゴにうっすらと顔を覗かせているかにの身は繊維が束になっている。


私はスプーンを使ってかに玉を切り分けると口に運んだ。


「ちょめ!」 (美味しい!)


まったりとした餡と卵が口の中に広がって埋め尽くす。

ところどころから顔を覗かせているかにの身は繊維が解けて行く。

そしてジワリとカニの出汁が溢れて来て餡とタマゴと混ざり合った。


「ちょめ」 (こんなかに玉は初めて食べたわ)


タマゴ料理の中でかに玉が一番かもしれない。

タマゴかけごはんも美味しいけれどそれ以上だわ。


「ちょめ」 (次は何にしようかしら)


回鍋肉もいいし、チンジャオロースもいいわ。

その前にフカヒレスープね。

これを食べなければ中華ははじまらない。


私はホークを器用に使ってフカヒレを一口切り分ける。

それを口の中に運んで噛み締めるように咀嚼した。


力を入れなくてもフカヒレの繊維はほどけて行く。

トロけるような食感と旨味が口の中を覆い尽した。


「ちょめ」 (はじめて食べたけどフカヒレスープがこんなに美味しいなんて知らなかったわ)


おまけにコラーゲンたっぷりだからお肌にも良い。

明日、目を冷ましたらプリプリの肌になっているかもしれない。


美味しくてキレイになれてフカヒレスープは最高の料理だわ。


それから私は並べられた中華料理をはじから食べて行った。

ちょめ虫の胃袋はどんな大きさかわからないがたんと食べられた。


「ちょめ」 (ゲプッ。もう食べられないわ)


あれだけあった料理は全て私のお腹の中に消えた。

だけど見た目は変わりなくて満腹感だけ残っている。

これならどんなに大食いであっても他人にはバレないだろう。


こんなに幸せな気分になれたのは久しぶりだ。

この世界に来てロクなことがなかったけど報われた。

しばらくの間は幸せな気分に浸っていられそうだ。


「ちょめ……」 (お腹がいっぱいになったら眠くなって来たわ……)


重力に逆らえない瞼はだんだんと下に降りて来る。

元から半目だけれどさらに虚ろな目に変わった。


食べてから眠ると牛になると言われているが今は関係ない。

すでに人間ではないし、牛になったところで大差はないだろう。


私は柔らかそうなソファーに腰を下ろす。

するとじんわりと沈み込むように形を変えた。

まるでビーズクッションに座っているかのようだ。


「ちょめ」 (このまま深い眠りに落ちて行きたいわ)


だけど眠る時はベッドがいいわよね。

せっかくキングサイズのベッドがあるのに寝なければ勿体ない。

私は重い体を引きずりながらソファーを抜けてベッドへと向かう。

既に体は睡眠モードで上手に力が入らない。


「ちょめちょめ」 (ダメよ、私。こんなところで眠っちゃいけないわ。ベッドは目の前なの。頑張って)


ソファーからベッドはそんなに離れてないが今の私には距離を感じる。

まるで大きな虹の橋を渡る時のようだ。

おまけに容赦なく睡魔は襲って来るしで眠気との戦いになっていた。


「ちょ……め」 (眠……い)


ひとたび気を許したらそのまま深い眠りに落ちそうだ。

だけどこんなところで眠ってはいけない。

ベッドに入るまでは我慢しないといけないのだ。


全ては心地よい眠りを楽しむため。

フカフカのベッドで眠っていい夢を見るのだ。


そして眠気と葛藤すること数分。

私はようやく安住の地へ辿り着いた。

その頃には半睡眠状態だった。


「ちょめ……」 (もうダメ。おやすみなさい……)


のしかかる瞼に逆らわず静かに目を閉じた。

瞬間、深い眠りに落ちて小さな寝息を立てる。

その感覚は深い海に沈んで行くような感じだ。


私が眠りにつくと部屋の電気は自動的に消える。

代わりに間接照明がついて部屋を怪しげに照らした。


「ちょめ」 (ムニャムニャ……もう食べられない)


私は寝返りを打って体を横にする。

するとお尻の穴が緩んでおならが飛び出した。


プー。


だけど誰もいないからおならをしても問題ない。

普段なら恥ずかしいことだけど今はいいのだ。

ただ、気を許したお尻ほど質の悪いものはない。

おならは寝返りを打つたびにリズムを刻むように零れた。


プー。


だが、プーならおならもかわいいものだ。

これがバフッと鳴ったら引いてしまうだろう。

如何にもおならっぽいし臭そうだ。


プー。


あいにくだが私のおならは臭くない。

音がするだけで無臭なのだ。

これもちょめ虫だからなのかもしれない。


プー。


私は小意気よくおならをしながら眠り続けた。


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