第二十六話 にっくきしましまぱんつ①
時間は9時を回りどこの宿屋も満室になっている。
既に10件ほど巡ってみたがどこにも空室はない。
私がこんななりをしているからとも思ったがそうではないようだ。
「ちょめ」 (何でないのよ。これじゃあ、また馬小屋になっちゃうじゃない)
私は大きな橋の中央で辺りを見回しながら途方にくれる。
これ以上、探し回っても無駄なような気もするしどうしたものか。
お金はあるのに宿屋がないなんてまったくツイてない。
日頃の行いはいい方だと思うが神様は意地悪しているようだ。
そんなことを考えていると視界が急に歪んだ。
ムギュ。
「あれ?なんか踏んだ」
私を踏みつけにした少女は足をどけて確かめる。
すると、両脇にいた少女の友達達が罵声を吐いた。
「何これ。気持ち悪いんですけどー」
「キノコじゃない」
「キノコが橋に生えてるってちょーウケるんですけど」
少女達は謝る訳でもなく私の姿を見て爆笑している。
「ちょめ」 (私を踏みつけにしておいて謝罪の言葉もないの)
私は振り向きざまに少女達の姿を見て驚愕する。
なんとそこにいたのはゴリゴリのギャルだったからだ。
金髪、つけま、ミニスカ、ネイル、ルーズソックスとギャルアイテムを身に着けている。
顔には派手なメイクが施されていて元の顔がわからないぐらいだ。
「ちょめ!」 (ギャルは私の天敵なの!ますます許せなくなったわ!)
私が怒りを滲ませてギャル達を睨んでいるとギャルのひとりが仲間に指示を出した。
「そいつを捕まえて」
「全くナコルも好きだね」
「大人しくしなさい」
残りのギャル2人は私のを捕まえるとナコル所へ運んで行った。
「どうするつもり?」
「こうするのよ」
そう言ってナコルはカバンから口紅を取り出すと私の顔に塗りたくる。
「どうよこれ」
「ブーッ。ちょーウケるんですけどー」
「ギャハハハ。傑作だね」
ナコル達は仕上がった私の顔を見て爆笑をしている。
私にはどこがどうなっているのか全く分からない。
ただ、ナコル達の反応を見ていると相当な顔になっているのだろう。
「まだまだこれだけじゃないわ」
ナコル達は悪ノリして私の顔をキャンバスにしてメイクを施す。
それはカワイくするものではなく面白おかしくするものだ。
私は抵抗できることもなくされるがままの状態だった。
「ギャハハハ。ナコルセンスあるわ」
「将来、メイクさんが合っているかもね」
仕上がった私の顔を見ながらナコル達はバカウケしている。
ナコルの中でも一番いい仕上がりになっているのだろう。
「ちょめ」 (放しなさい)
「暴れるんじゃねぇよ。ズレるだろう」
私が体を捩らせて暴れるとナコルが注意をする。
そして化粧道具を使って私のメイクを施した。
「できたわ」
「どれどれ?」
「ギャーハハハハ。腹がよじれる」
「ナコル、最高だわ」
ナコル達は仕上がった私の顔を見てお腹を抱えて笑い出す。
その仕上がりがどうなっているのか私はすごく気になった。
すると、ナコルが手鏡を取り出して私の姿を映した。
「ちょめ」 (何よこれ。化け物じゃない)
鏡に映った私の姿は目も当てられないほど化け物になっていた。
タラコ唇で頬に渦巻きがあってゲジゲジのようなつけまがついている。
目にはアイシャドーが入れられていて顔全体は白塗りになっていた。
「ちょめー」 (”チクショー”)
思わずキーを上げてどこかで聞いたことのある台詞を吐いていた。
「お前にはその顔の方が似合っているよ」
「ちょめ」 (許さない。許さないわよ)
私は化け物の顔をしながら鋭い視線をナコルに向ける。
「何だ、その目は。私に喧嘩でも売っているのか」
「生意気だね。やっちゃおうか」
「やっちゃおう、やっちゃおう」
すると、ギャル達はロープを引っ張り出して来る。
そして私の体に巻き付けてグルグル巻きにした。
「ちょめ」 (私をどうするつもり)
「無様な格好だな。誰が主か教えてやるわ」
そう言ってナコルが首をくいっとさせるとギャル達は私を抱えて橋の上から川に放り投げた。
私の体が宙に浮いたかと思ったら川の中へと飛び込む。
そしてある程度、沈んだところでロープがピーンと張って止まった。
ちょうどバンジージャンプをして失敗になって川に沈んでいるような格好だ。
「うまい具合に沈んだね。魚、釣れるかな」
「エサがエサだからね。どうかしら」
「おーい。しっかりと魚を獲れよ」
ナコル達は橋の上から川を覗き込んで沈んでいる私の様子を確める。
私は私で呼吸もできずに川に沈んだまま必死に耐えていた。
ブクブクブク。
口を開くと息が漏れてしまうので固く口を塞いでいる。
私をエサだと思ったのか頭には魚がつつく感触が伝わって来る。
それは気持ちいいと言うかくすぐったいと言うか何とも言えない感触だ。
ただ、私の顔を見ると魚たちは一目散に逃げて行った。
ブクブクブク。
魚が怖がるって一体どう言う顔なのよ。
確かにビジュアルは白塗りのお笑い芸人のようだけど。
私はそんな化け物じゃないのよ。
ブクブクブク。
そろそろ息苦しくなって来たわ。
ちょめ虫は肺呼吸だから水中で呼吸はできない。
魚のような鰓があれば水中でも大丈夫だったのだけど。
自分ではわからないがだんだんと私の顔が青みを帯びて行く。
そして耐え切れずに口を開いてしまった。
口の中の空気が一気に抜けて泡となって行く。
代わりに大量の水が口の中に飛び込んで来た。
グボッ、ゴボゴボ。
水面に泡が上がって来るとナコルは引き上げるように指示を出す。
「引き上げて」
「ちょめ」 (ブハーッ。ハアハアハア)
ちょっと水を飲んじゃったわ。
「魚、釣れないね」
「まだまだ足んないんだよ」
「なら、次はもうちょっと長く浸けておこう」
そうナコルが指示を出すとギャル達はロープを緩めて私を川に沈める。
瞬間に私は空気を吸い込んで肺に溜めた。
ブクブクブク。
また魚が集まり出して私の頭とつつく。
今度は私の顔を見ても逃げ出すことはない。
ただ、エサだと思っているようで興味深々だ。
ブクブクブク。
私は体を捩じらせてロープが外れないか試みる。
しかし、ロープはがっちり巻かれているのでビクともしない。
その動きはロープを伝ってナコル達に届く。
「引きがあるわよ」
「まだ引き上げちゃダメよ。魚が食いつくまで我慢よ」
「大物が釣れそうだね」
ナコル達は本当に魚がかかっていると思っているようだ。
川にエサを投げて魚がかかるなんて普通ではありえない。
ましてや30センチクラスの私がエサになっているのだからなおのことだ。
もし、魚がかかっているとしたら超巨大魚と言うことになる。
ブクブクブク。
ダメだわ、外れない。
ここでテレキネシスを使っても意味ないし、擬態を使っても意味がない。
魔法でも使えたらロープを焼き切ることができるのだけど。
ブクブクブク。
だんだんと息苦しくなって来る。
さっきより長持ちしているがそれでもだ。
肺の中に入れた空気は二酸化炭素に変わる。
そして泡となって私の口から出て行った。
グホッ、ゴボゴボ。
耐え切れずに口を開けると空気が泡となって行く。
その様子を橋の上から眺めていたナコル達は今だと気づく。
「今よ!」
ナコルのタイミングでギャル達がロープを引き上げる。
すると青い顔をした私だけが姿を現した。
「また、外れじゃん」
「引きはよかったんだけどね」
「エサが悪いのかもね」
”今さらかい!”とツッコミたくなったが止めておいた。
今の私は肺にたくさんの酸素を取り込むことの方が先だ。
今のうちに呼吸を整えておかないと次がキツクなる。
どうせナコル達は止めないだろうから準備をしておくのだ。
「今度、魚を取って来なかったら殺すわよ」
「ちょめ」 (そんな無茶を言わないでよ。私は鵜じゃないのよ)
すっかり主導権はナコルが握っていて私に発言権はなかった。
今はとりあえず耐えるしかない。
ナコル達は私を解放しないだろうし、とことんイタぶるだろう。
だが、我慢をしていたらきっと反撃のチャンスがやって来るはずだ。
「やって」
ナコルが指示を出すとギャル達はロープを緩めて私を川に落とす。
私は川に沈む前に大きく息を吸い込んで肺の中に溜めた。
「今度はやるかな」
「やらなかったらボコるわ」
「さすがはナコルね。残酷~ぅ」
「今日は腹の虫の居所が悪いのよ」
ナコル達は橋の上から川を眺めながら物騒な話をしている。
「マルゲでしょう」
「あいつ、私のことを目の敵にしているから嫌がらせをして来るのよ」
「マルゲはナコルの天敵だもんね」
ナコルは顔に皺を寄せながら不機嫌そうに話している。
ギャル達もその顔を見てさらにエスカレートさせて行く。
「いっそうのこと今度はマルゲを狙ったら」
「それいいアイデアね。マルゲは私達の敵だし」
「だけどマルゲはキレるからね。迂闊には手を出せないわよ」
ナコルは悔しそうな顔を浮かべながら唇を噛み締める。
「マルゲのことを考えたらムカついて来たわ」
「そろそろ引き上げてみる?」
「引きがあってからの方がいいんじゃない」
ナコル達は橋の上から川を見つめながら反応がないか待っている。
私の方は周りに集まって来る魚をテレキネシスで動けないようにしていた。
魚を釣った訳じゃないけど手ぶらでいるよりはマシだ。
もし、何も獲って来ないとナコル達に酷い目に合わされるのだから。
ただ、呼吸を止めてテレキネシスを使うのは難儀だ。
地上にいるよりも思うように力をコントロールできない。
魚が暴れるとテレキネシスからスルリと逃げてしまうのだ。
ブクブクブク。
ダメだわ、思うように魚を捕まえられない。
焦る度に肺の中の空気は徐々に二酸化炭素に変わって行く。
既に川に沈められてから3分は経過しているので息苦しくなりはじめる。
そして口を開いて体中に溜まった二酸化炭素を吐きだした。
ゴボッ、ゴボゴボ。
「来たわよ」
「引き上げて」
ナコルの合図でギャル達はロープを引き上げる。
しかし、上がって来たのはまたまた私だけだった。
「やっぱりダメだったね」
「なら、ボコり決定だね」
ギャル達は嬉しそうに笑みを浮かべながら私を橋の上まで引き上げる。
そして私が咳き込んでいると私の体を抑えつけた。
「いい度胸をしているじゃない。覚悟はできているわね」
「ちょめ」 (許してよ。私は何もしてないじゃない)
「口答えをするつもり。ムカつくわ」
バチン。
ナコルは私の横面を平手で思いっきり叩いた。
私の頬には赤々とモミジが葉を広げる。
「ちょめ」 (私が何をしたって言うのよ。こんなのイジメだわ)
「さっきからちょめちょめと煩いんだよ」
バチン。
私の言葉を聞いてナコルはさらに腹を立ながら逆の頬を平手打ちした。
私の頬はすっかりと赤く染まってぷくりと膨れ上がる。
その痛みに耐えながら私は目にいっぱい涙を溜めた。
「こいつ泣いてるわよ」
「約束を守らないからよ」
「涙なんか見せても手は抜かないわよ」
そう非情なことを言うとナコルは徐に立ち上がる。
そして上から私を見下ろして顔面を蹴って来た。
ドカッ。
激しい痛みが顔に走ると私の顔は大きく歪む。
「あんたの顔を見ているとムカついて来るのよ」
ドカッ。
ナコルは片足を引くと私の横面を蹴りつける。
私の顔は大きくくぼんで世界を歪ませた。
「面白いじゃん。私にもやらせて」
「なら、私がロープを持っているわ。思いっきりやっちゃって」
そう言ってギャル達は役割り分担をして私を蹴りつけた。
顔を蹴られる度に私の顔は歪んで青あざができる。
それを見ながらギャル達は喜んでさらにエスカレートさせた。
「ちょめ……」 (くぅ……痛い)
私は蹲りながら顔に走る痛みに耐える。
顔を中心に蹴られていたから観るに堪えない顔になっていた。
「顔のカタチが変わってる。ちょーウケるんですけど」
「化け物が本物の化け物になったわ」
ギャル達は悪びれたようすもなく私を見て爆笑する。
そんな姿を見ていたら増々とむかっ腹が立って来た。
私は視界の狭くなった目でナコル達を睨みつける。
「へぇー。まだ、そんな目ができるんだ。中々根性があるじゃない」
「ちょめ」 (許さないから。絶対に許さないから)
私は心からの叫びをちょめのひと言に込める。
言葉の意味はナコル達には伝わらないけどそれでもいいのだ。
反撃のチャンスができたらその時に復讐をすればいいのだから。
「あなた、やめておいた方がいいわよ。ナコルは慈悲がないから」
「とことんまでイタぶって謝らせるのがナコルの手段だものね」
「弱いやつは弱いままでいればいいのよ。けっして強者に逆らおうなんて思わない方がいいの」
ナコルは私の頭を掴み上げるとそのまま地面に勢いよく叩きつけた。
ドカッ。
すると、私の額が割れて中から赤い血が溢れ出して来る。
「へんな虫の癖に人間と同じ血を流すんじゃないわよ」
「ちょっと、ナコル。ヤバいんじゃない。血が出ているわよ」
「まだまだこれからよ」
私の血を見てビビっているギャル達とは違いナコルはやる気満々だ。
私の横面に平手打ちをかますして喜んでいる。
既に顔が青あざだらけなので変化はない。
ただ、ヒリヒリとした痛みが頬に走った。
「ちょめ」 (ちくしょう、ちくしょう)
痛みと悔しさが込み上げて来る。
私がどんな悪いことをしたと言うのか。
弱いものを捕まえてイタぶるなんて悪魔のすることだ。
人間がこんなにも愚かな生き物だと言うことを初めて知った。
「そろそろ止めようよ」
「このままだと本当に死んじゃうわよ」
「まだよ。まだ私の気は晴れないわ」
ナコルの中にどんな怒りがあるのかわからない。
私をとことんまで痛めつけなければ晴れないなんて相当深いのだろう。
だが、それは私が飢えつけたものではないのだ。
だから私がイジメられる筋合いはない。
「ちょめ」 (絶対に復讐してやる)
憎しみは憎しみを呼ぶものだ。
因果関係はなくても引き寄せあう。
そして人間の心の中に浸食して行くのだ。
「ムカつくわ。あなたを見ているとムカつくのよ」
「ちょめ」 (それは私だって同じよ。ギャルは元から嫌いなの)
私とナコルは睨みあったまま一歩も引かない。
ここまでやられたのだからやり返さないと気が晴れない。
ナコル達が泣いて助けを求めて来ても絶対に許さないのだ。
「ナコルってば」
「私、捕まりたくないわ」
「まだよ。本番はこれからなんだから」
ギャル達がビビッて引こうとするがナコルは頑なに否定した。