第二十五話 怪しげな取引
ルイミンと別れてからは今夜の宿探しだ。
ルイミンの女子寮を頼るのはハードルが高いので止めておいた。
それに迂闊にルイミンの部屋に泊まったら洗脳されてしまうだろう。
とりあえずお金もないので馬小屋にすることに決めた。
ただ、王都ダンデールは広いので馬小屋を探すのにも一苦労だ。
喫茶店から出て30分も歩いているが馬小屋は見つからない。
「ちょめちょめ」 (何なのよ、この広すぎる王都は。もっとコンパクトにならなかったのかしら)
ブツクサ文句を言っても馬小屋はやって来ない。
自分の足で見つけるしかないのだ。
(ねぇ、ちょめジイ。王都の地図はないの?)
(今は話しかけるでない。映画の鑑賞中じゃ)
(映画なんていつでも観れるじゃない。それよりこっちの問題を何とかしてよ)
(自分の問題は自分で解決するものじゃ。人をあてにするでない)
不真面目ながらもちょめジイは至極まっとうなことを言って来る。
言われる通り自分の問題だから自分で解決するのが筋だ。
ただ、あまりに目の前の課題が大きすぎて自分の力では不足しているのだ。
(それはわかってるけどさ。あまりに問題が大きいのよ。私ひとりじゃ無理みたい)
(為せば成るじゃ。まずは自分の力で試してみるのじゃ)
(もう、自分の力で試したの。だからお願いよ)
(ダメじゃ。お主はもっと苦労を知らねばならぬ。それがお主のためじゃ)
ちょめジイは全く取り扱ってくれない。
念話をしている最中も目は映画に釘づけだ。
(それより何の映画を見ているのよ?)
(”タイ○ニック”じゃ。今、ちょうどクライマックスなのじゃ)
(どの顔でそんな恋愛映画を観ているのよ。ちょめジイの青春は終わっているでしょ)
(そんなことはないのじゃ。いくつになっても青春は訪れるのじゃ)
そうあってもらいたいが実際はないだろう。
じいさんの青春なんて余暇を楽しむだけだ。
けっして若者のようなキラキラしたものじゃない。
とりわけスケベなちょめジイには無縁だ。
(なら、映画が終わるまで待つから王都の地図をちょうだい)
(気が向いたらのう)
プツン。
ちょめジイは気のない返事をして念話を切った。
「ちょめちょめ」 (何なのよ。いつもいつも娯楽を楽しんでいてさ。この世界に影響のあるものは召喚しちゃいけなかったんじゃないの)
ちょめジイの身勝手な振る舞いに怒りを覚える。
私にはさんざん規制してくるのに自分はやりたい放題だ。
いずれこの世界は日本文化に浸食されてしまうだろう。
そうなったら異世界のありがたみもなくなってしまう。
私はブツクサ文句を言いながら歩いていると金髪ウサギを見つけた。
「ちょめ!」 (あの時の金髪ウサギじゃん!こんなところで何をしているのよ!)
金髪ウサギは大通りを横切るように歩いている。
私のことには気づいておらず真っすぐ前に進んで行く。
「ちょめ」 (ちょっと待ってよ。あなたには聞きたいことがあるの)
私はお尻を横に振りながら金髪ウサギの後を追い駆ける。
しかし、歩くペースが全く違うのでだんだんと引き離されて行った。
「ちょめ」 (このままじゃダメだわ。置いて行かれちゃう)
すると、金髪ウサギは裏路地の前で足を止めて辺りの様子を確めている。
周りに誰か人がいないのかを確認してから裏路地へ足を向けた。
おかげで距離を縮めることができて金髪ウサギを見失わずにすんだ。
「ちょめ」 (こんな人通りの少ないところへ来て何をするつもりかしら)
裏路地は薄暗くてジメッとしている。
辺りに人はおらず静まり返っていた。
たまにノラ猫が歩いているだけの場所だ。
金髪ウサギはボロボロの建物前で足を止める。
看板も外れかけていてオンボロの建物だ。
金髪ウサギはキョロキョロと辺りの様子を確認する。
そして誰もいないとわかるとボロボロの建物に入って行った。
「ちょめ」 (あそこに入って行ったわ。何があるのかしら)
私は金髪ウサギの後を追い駆けようと思ったが外で待つことにした。
それに如何にも怪しい場所なので迂闊には近づけない。
もし、何か危険な場所だったら命取りになりかねないからだ。
10分ほどすると金髪ウサギが建物から出て来る。
金貨3枚をチャラチャラとさせながら上機嫌になっている。
そして辺りに誰もいないのを確認すると裏路地を後にした。
「ちょめ」 (どこであのお金を手に入れたのかしら)
私は金髪ウサギの後を追い駆けようかと思ったがまずは建物を調べることにした。
そのまま進むと人に見つかるので擬態を使って姿を消した。
建物に入るとすぐに地下へ伸びる階段が目に入った。
中は薄暗くて足元が見えにくい。
転々と灯っている灯かりだけではおぼつかないほど暗かった。
「ちょめ」 (何なのよ、この如何にも怪しげな場所は)
まるでお化け屋敷にでも踏み込んだ気分になる。
すれ違う人もいないし、人の気配も全くない。
ただ、薄暗い階段が伸びているだけで何もなかった。
しばらく進むと階段が終わり長い廊下が伸びている。
その先には木製の古びた扉があり廊下を塞いでいた。
「ちょめ」 (あそこが入口のようね。どうやって入ろうかしら)
普通に扉を開けて入れば不自然だ。
私の姿は見えないのだし中にいる人も不審がる。
だから、誰かが出て来た時に入れ違いに入るのがいいだろう。
私はしばらく中から誰かが出て来ないのか待つ。
そして20分ぐらいそうしていると扉が静かに開いた。
中からは灯かりが漏れて来て暗い廊下を照らす。
出て来た人はフードを目深に被って顔を見えないようにしている。
その隙に私は出て来た人と入れ違いに扉の中に入って行った。
「ちょめ」 (何ここ。バーなの)
中はカウンターバーになっていてマスターがグラスを磨いている。
カウンターには3人の客がいてチビリチビリ酒を楽しんでいる。
脇にあるテーブル席は3つあり4人掛けのテーブルが置かれている。
そこにも客が5人ほどいてそれぞれに酒を嗜んでいた。
ただ、みんなフードを目深に被って顔が見えないようにしている。
その光景を見てすぐにヤバいところだと察した。
「ちょめ……」 (何なのよ。この怪しい雰囲気は……)
普通のカウンターバーのような雰囲気はまるで感じられない。
マスターも何も喋らないし、客も酒をチビリと飲んでいるだけだ。
私は恐る恐る店内に移動して空いている4人掛けのテーブルに着いた。
擬態をしているので誰も私のことには気づかない。
と言うか誰が入って来ても誰も気にしてなかった。
すると、マスターが水の入ったグラスを私のテーブルに置いた。
「ちょめ?」 (え?私が見えるの?)
マスターはそれ以外に何かを言う訳でもなくカウンターに戻って行く。
私は恐る恐る辺りを見回しながら誰も見ていないことを確認する。
そして擬態を解いてもとの姿を現した。
「ちょめ……」 (大丈夫なみたい……)
酒場のマスターはチラッと私のことを見たが気にも止めていない。
ただ、一身にグラスを磨いているだけだった。
「ちょめ」 (何よ、ここ。ちょーヤバいんじゃない)
とりあえず私は気持ちを落ち着けるためにグラスの水を飲む。
テレキネシスを使いグラスを持ち上げて水を口に含んだ。
水はキンキンに冷えていて火照った体を冷やしてくれる。
「ちょめー」 (ふぅー。とりあえず落ち着いたわ)
ただ、自分がこの場にいるのは場違いな気がしている。
バーにいる客は何の反応も見せないが空気感が伝わる。
すると、フードを目深に被った客が私の向かいの席に座った。
顔は見えないが細身の人物であることが窺える。
そして財布から金貨3枚を取り出すとテーブルの上に置いた。
「ちょめ?」 (え?何?このお金?)
私が金貨に驚ていているとフードを被った人物は口を開いた。
「ピッツァリオ家の身辺調査をしてもらいたい。情報はできるだけ詳細なものが欲しい。成功したあかつきには金貨30枚を渡そう。その金貨は前金だ」
「ちょめ?」 (何よ、それ?私は何も承知していないわよ)
フードを目深に被った人物は目を光らせて私を見つめる。
ここで断ることは許さないと言わんばかりの迫力がある。
私がどうしようか迷っているとフードを目深に被った人物は苛立ちはじめる。
指でテーブルをリズムよく弾きながら苛立ちを見せて迫って来た。
私は断れることもできずに出された金貨を受け取った。
「商談は成立だ。期限は2週間だ。できるだけ詳細な情報を頼んだぞ」
「ちょめ」 (わかったわよ。やればいいんでしょ)
とりあえず私は依頼を受けることにした。
フードを目深に被った人物はバーから出て行く。
私はその背中を見送るとバーの中を見回した。
バーの中にいる客は全く気にしていないようで酒を飲んでいる。
そんな物騒な話をしていれば気に留めるはずだがそれがなかった。
私はグラスを水を飲み干すとバーから出て行った。
金髪ウサギと同じように建物から出ると人がいないことを確認する。
そして安全がわかると夜の街へ消えて行った。
「ちょめ」 (とりあえずピッツァリオ家を探さないといけないわね)
ただ、この王都に来たばかりなので右も左もわからない状態だ。
そのためピッツァリオ家の調査には時間が必要だ。
「ちょめ」 (まずは人通りの多い場所から探すのがいいわね)
私は裏路地から抜け出ると人通りの多い通りに出る。
夜なのだけど人が多く行き交っていて賑わいを見せている。
さすがは巨大な王都だけのことはある。
日本で言えば新宿を思わせるような雰囲気だった。
ピッツァリオ家なんて言うぐらいだから貴族なのだろう。
報酬の高さから推測してもそれなりに有力な貴族のはずだ。
ならば、王都で一番大きい屋敷を見つければいい話になる。
「ちょめ」 (とりあえず大きな屋敷を探そう)
屋敷があるところなので繁華街から外れた場所に限定される。
住宅が多いような場所を見つければ見つけるのも簡単なはずだ。
勘で前に進んでいると段々と行き交う人もまばらになって来る。
そしてひっそりとした住宅街に辿り着くことができた。
「ちょめ」 (この辺を探していれば見つかるはずよ)
ただ夜の住宅街はひっそりと静まり返っている。
灯かりは漏れて来るが人通りは全くない。
たまに家に近づけば飼い犬に吠えられるだけだ。
「ちょめ」 (何なのよ。お化け屋敷と変わりないじゃない)
1時間も歩き回って何も見つけられないと心が折れる。
王都が巨大なだけにひとつの区画も大きいのがネックだ。
力尽きてトボトボと歩いているとひときわ大きな屋敷を見つけた。
2メートルの高さはあるであろう黒い柵で囲まれている場所だ。
ようやくお目当ての場所を見つけてほっとしているとまた金髪ウサギを見つけた。
金髪ウサギも門の前で大きな屋敷を覗き込んでいる。
「ちょめ」 (何をやってるのかしら。もしかして私と同じ?)
私はとっさに擬態を発動させて姿を眩ませる。
そして離れた場所から金髪ウサギの様子を窺った。
金髪ウサギは門の前でウロウロしている。
何を考えているのかわからないが目的は私と同じようだ。
ふいに足を止めると呼び鈴を鳴らして逃げて行った。
「ちょめ?」 (今のはピンポンダッシュ?小学生じゃあるまいし)
しばらくすると屋敷の中からメイドが出て来る。
辺りの様子を見回して誰かいないのかを確認する。
メイドはちょっと不機嫌そうな顔を浮かべると屋敷の中へ戻って行った。
その様子を遠くから見ていた金髪ウサギは戻って来る。
門の脇から中の様子を覗きながら何かを調べていた。
「ちょめ」 (そこがピッツァリオ家なの)
私も遠くから金髪ウサギの様子を窺っている。
金髪ウサギが何を調べているのか気になって来る。
もし、その屋敷がピッツァリオ家ならば調査しなければならないからだ。
ただ、金髪ウサギは性懲りもなくピンポンダッシュをして逃げる。
これで二度目なのでメイドも苛立ちながら飛び出して来る。
辺りを見回して人がいないことを知ると小さく舌打ちをした。
「ちょめちょめ」 (金髪ウサギの目的がさっぱりわからないわ。ただ、イタズラしているようにしか見えない)
メイドが屋敷の中へ戻って行くと金髪ウサギも戻って来た。
また先ほどと同じように門の脇から屋敷の中の様子を窺う。
その後で三度ピンポンダッシュをして逃げて行った。
さすがに三度目なのでメイドも駆けてやって来る。
そして辺りに誰もいないとわかると苛立ちを見せた。
悔しがるように奥歯を噛み締めて顔を歪ませる。
すると、屋敷の中から太っちょの執事が出て来た。
「またですか」
「はい。どうせ子供のいたずらですわ」
「今度からは番犬を用意した方がいいですね」
「旦那様にお願いしましょう」
そう太っちょの執事とメイドの会話が聞えて来る。
二人は辺りを見回してから屋敷の中へ戻って行った。
しばらくして金髪ウサギも戻って来る。
ただ、今度は屋敷の様子を確認することなく離れて行った。
「ちょめ?」 (今ので何がわかったって言うの?)
私にはさっぱり理解できない。
私の目には金髪ウサギがイタズラをしていたようにしか見えなかったからだ。
私は金髪ウサギの背中を見送りながら門のところへ近づいて行く。
辺りを見回して何かヒントがないか確かめた。
だけど何も見つからずに終わってしまう。
「ちょめ」 (何なのよ、すごくもどかしい)
やり場のない感情が込み上げて来て私を包む。
奥歯につっかえているような感覚が気持ち悪い。
とりあえず私は金髪ウサギをつけることにした。
金髪ウサギはまた別の屋敷の前に来ると足を止める。
そして門の脇から中の様子を確めてピンポンダッシュをする。
例のごとく次のお屋敷でもメイドが飛び出して来る。
誰もいないことがわかると屋敷の中へ戻って行く。
そんな繰り返しを数回すると執事が出て来た。
「誰かのイタズラでしょうか」
「こんな夜中に不謹慎ですね」
「まさか旦那様に恨みがある人物ではないでしょうか」
「旦那様はまっとうなことをされておられる方ですから嫌がらせをされるいわれはありませんよ」
執事とメイドはそんな会話をしながら屋敷に戻って行く。
その姿を見送りながら金髪ウサギが戻って来る。
その後で金髪ウサギは舌打ちをすると別のお屋敷へ向かった。
「ちょめ」 (何となくだけど金髪ウサギのしていることがわかって来たわ)
恐らく屋敷の執事を確認しているのだろう。
メイドが何度飛び出して来てもピンポンダッシュを繰り返していた。
しかし、執事が出て来るとピッタリと止めて別の屋敷に向かっている。
そこから考えるに金髪ウサギはピッツァリオ家の執事がどんな人物であるのか知っていることになる。
「ちょめ」 (気になるわ。すごく気になる)
ピッツァリオ家の執事がどんな人物なのか。
私はとことん金髪ウサギをつけることにした。
そうすれば金髪ウサギがピッツァリオ家を探してくれる。
わざわざ自分で探す手間が省けるので一石二鳥だ。
金髪ウサギは次の屋敷に向かうと同じことを繰り返す。
ピンポンダッシュをして逃げて誰が出て来るのか確認する。
執事が出て来るまで繰り返して執事を確めるなり止める。
そんな行動が繰り返されるとひと際大きい屋敷の前で足を止める。
そこはこれまでの屋敷とは比べ物にならないほど広大で広い。
門から屋敷へ行くにも馬車が必要なほど離れていた。
ただ、そこの屋敷には警備員が常駐していて近づけない。
金髪ウサギも遠くから様子を確めていて手を拱いていた。
「ちょめ」 (きっとあの屋敷がピッツァリオ家の屋敷よ。間違いないわ)
そう思ったのは金髪ウサギも同じだったようでセコイ真似はしなかった。
堂々と警備員のところへ行って誰の屋敷なのか確かめた。
「ここはピッツァリオ家のお屋敷なの?」
「だったら何だと言うのだ」
「それだけわかればいいわ」
「あまり物騒なことをしていると捕まえるぞ」
「私はただの通りすがりよ」
そう言いながら金髪ウサギは屋敷から離れて行った。
とりあえずピッツァリオ家の屋敷がわかっただけでも収穫だ。
私の狙い通り金髪ウサギも同じ依頼を受けたのだろう。
だから、金貨を持っていたのだ。
「ちょめ」 (後はあの屋敷を調べるだけだけど近づけそうにないわね)
外には警備員が常駐していて屋敷の中には番犬が見張っている。
擬態で姿を隠せても番犬には見つかってしまうだろう。
だから、こっそりと屋敷の中に忍び込むことはできない。
「ちょめ」 (とりあえず今日はここまでにしておこう)
金髪ウサギも帰って行ったことだし、諦めるのが素直だ。
後でどうやって屋敷の中に忍び込むのか作戦を立てないといけない。
ピッツァリオ家の調査はそれからだ。
私もピッツァリオ家の屋敷を後にして街に戻って行く。
後は今夜の宿探しをするだけだ。
お金もあることだし馬小屋でなくてもいい。
どうせならフカフカのベッドで眠りたいところだ。
しかし、どの宿屋もいっぱいで空室がない。
時間も時間だけにどこの宿も埋まっていた。
「ちょめ」 (何なのよ。これじゃあお金を持っている意味がないじゃない)
せっかく得た臨時収入も役に立たないのなら意味がない。
お金があるのに馬小屋だなんて酷な話だ。
だから、何としてでも空室の宿を捜すしかない。
どうせなら朝食付きの宿で寛ぎたい。
おまけに温泉があればなお最高だ。
そんなことを考えながら私は覚悟を決める。
「ちょめ」 (諦めないわよ。ここまで来たんだから。何としてでも見つけてあげるわ)
そう呟いて夜の街へ消えて行った。