第二十三話 悪の組織
深い青みを帯びた黒髪を靡かせてポーズを決めている。
身長は高く手足がすらっと伸びていてモデルを彷彿とさせる。
肌は健康的な色で艶があり程よい感じに張りがあった。
「きれい……」
「ちょめ……」 (本当だわ……世の中にこんな美人がいるなんて……)
今まで出会って来た女子の比じゃない。
妖艶で透明感があってまるで女神を思わせる。
ちょうど女神を模したような衣裳とマッチしている。
「女神さまだわ」
「ちょめ」 (10代の色気じゃないわね)
女子の色気が出て来るのは20代になってからだ。
それまでの色気は大人っぽさよりもカワイらしさが目立つ。
だから、妖艶なんて言葉とは無関係な立場にいるのだ。
だけど目の前にしているレイヤーは違っていた。
「セレーネさん。こっちにスマイルをお願いします」
「こっちには流し目をお願いします」
集まったファン達もなぜかですます調の言葉になっている。
どう見てもファン達の方が年上なのだけどセレーネの魅力にやられているようだ。
確かにセレーネを目の当りにしたら丁寧な言葉を使ってしまう。
「セレーネさんね。メモしておかないと」
「ちょめ?」 (なんのためによ?)
「それはセレーネさんの魅力を調べてリリナちゃんにも取り入れるためよ。こんなにも人気があるのだから学習しない手はないわ」
「ちょめ」 (抜かりはないようね。さすがはリリナの熱狂的なファンだわ。一番にリリナのことを考えている)
ただ、セレーネのどこをリリナに取り入れるかが問題だ。
リリナとセレーネは対照的な位置にいる。
リリナは可愛らしさでセレーネは妖艶さだ。
可愛らしさは幼さなさがないと出ないし、妖艶さは大人じゃないと出ない魅力だから。
それを都合よく合わせようだなんてちょっと無理がある。
「セレーネさん、スカートを捲っておみ足をお願いします」
「こっちは胸を強調したポーズをお願いします」
集まったファン達の要求もだんだんと毒味が増して来る。
それはセレーネから醸し出される妖艶な魅力に飲まれたからだろう。
周りにいるファン達は圧倒的に男子が多いから仕方ないのかもしれない。
中には女性ファンもいるがまだまだ少数派だ。
比率で言えば8:2で男性ファンの方が多い。
「ここぞとばかりにエッチな注文をしているわね。何だか、この熱気は嫌い」
「ちょめ」 (まあ、セレーネを見れば誰だって興奮するわ)
同性の女子達のファンもセレーネの魅力に染まっている。
男性のファン達に混ざってエッチな要求をしていた。
ただ、セレーネは冷静で全くエッチな要求には応えていない。
あくまで女神のイメージを崩さないように注意しているらしい。
そこはさすがトップのレイヤーだと感心した。
「私達もカメラを持って来ればよかったね」
「ちょめ」 (そうだね)
私はともかくとしてルイミンがカメラを持っていないことは痛い。
リリナの熱狂的なファンだからカメラを持っていると思ったのだけど。
まあ、ここの世界のカメラがいくらぐらいするものなのかはわからない。
周りにいるファン達が持っているカメラを見れば高そうなものばかりだ。
「代わりに目に焼き付けておこう」
「ちょめ」 (随分と安上がりね。だけど、今は仕方ないわ)
私とルイミンは目をひん剥いてセレーネの姿を脳裏に焼き付けた。
おかげで目をずっと見開いたままでいたので涙目になってしまった。
すると、私達に気がついたセレーネが笑みを浮かべて手を振って来た。
ズッキューン。
「反則だわ、今の攻撃」
「ちょめ」 (”ルイミンは改新の一撃を受けた”ってところね)
リリナ一筋のルイミンだけどセレーネの魅力にやられたようだ。
すっかりだらしない顔をしながらセレーネを見ている。
隣にいる私も同じようにだらしのない顔を浮かべいた。
「リリナちゃん、ごめんなさい。私はふしだらな女です」
「ちょめ」 (そんなに悔やむことないわよ。セレーネが相手なら仕方ないわ)
「そんな甘いことじゃリリナちゃんのファンじゃないわ。この世界で推しが一番魅力的なのよ」
「ちょめ」 (まあ、気持ちは痛いほどわかるわ。私も”ななブー”推しだし)
推し活しているファンにとって推しは世界最強の人物でないといけない。
たとえ他に魅力的な人物が現れても心を惑わせてはいけない。
それはある意味、神様の前で一生添い遂げると誓いあうカップルみたいだ。
契約の指輪はしていないけれど契約の誓いは心の中で立てるのだ。
「それにしてもすごいね。どれだけ稼いだのかな」
「ちょめ」 (確かにね。投げ銭の大多数は金貨だ。リリナの比じゃないわ)
セレーネの足元に置かれている箱には大量の投げ銭が山積にされている。
その中で煌めいているのは金色に輝いた金貨達だ。
リリナの時でもちらほらしか見かけなかったからセレーネのすごさがわかる。
ざっと計算しても数十枚の金貨はあるだろうか。
「あんなに稼げるならリリナちゃんにもコスプレしてもらおうかな」
「ちょめ」 (アイドルがコスプレしてどうするのよ。そんなことしなくてもコスプレしているようなものだし)
日本にいる時とは違うからアイドルがコスプレしても意味がない。
日本にいればファンタジーのコスプレならばアイドルがしても様になる。
だけど、ここは異世界だからファンタジーのコスプレをしてもあまり変わらないのだ。
まあ、剣士とか魔法使いとかジョブものならばウケるかもしれない。
ただ、リリナのイメージとは合わないだろう。
「何だかここにいると負けた気分になって来るね」
「ちょめ」 (まあね。アイドルVSコスプレイヤーみたいだし)
「ちょめ助。もう行こう」
「ちょめ」 (そだね)
何だか私とルイミンは試合に負けたような気分になった。
アイドル推しの二人だから余計に悔しくなったのだ。
けしてレイヤーを否定する訳じゃないけどアイドルファンにとっては目の上のたん瘤だ。
すると、セレーネが近づいて来て優しい言葉をかけてくれた。
「今日は応援に来てくれてありがとう。はじめての方よね。お名前は?」
「わ、私はルイミンです。こっちはちょめ助」
「また来てね。ルイミン、ちょめ助」
「は、はい。また来ます」
「ちょめ」 (なんて神対応なの。これだから人気があるんだわ)
ルイミンはガチガチに固まってしまいたどたどしい口調になる。
そんなルイミンを横目に見ながら私はセレーネの神対応に感心した。
ただ、私はまたしてもちょめ助になってしまった。
恐らくセレーネにもちょめ助として印象づいただろう。
本当は”マコちゃん”ってカワイイ名前があるのに。
「セレーネさんっていい人だね」
「ちょめ」 (確かにあの神対応はリリナも見習うべきね)
「何だか好きになっちゃった」
「ちょめ」 (それが素直なルイミンの気持ちよ。大切にしなさい)
たとえ推しがいたとしても好きな人がいても構わない。
好きな人は好きな人、推しは推しと分ければいいのだから。
ただ、中には推しに嫉妬してしまう人も僅かながらにいる。
実在しているから余計に自分と比べて嫉妬してしまうのだ。
どう足掻いても推しには敵わないとわかっていてもだ。
まあ、そう言う人とは付き合わないに限る。
「次はどこへ行く?」
「ちょめ」 (そうね。他のイベントも見たいわ)
「なら、あそこだね」
ルイミンが指し示したイベントはそれほど人だかりはできていなかった。
集まっているファン達は女子が多くてみんな同じ格好をしていた。
金髪、つけま、ネイル、ミニスカ、ルーズソックスと。
私の嫌いなアイテムを身に着けたギャル集団だった。
「ちょめ!」 (ちょっと!何でこの世界にギャルがいるのよ!)
「ちょめ助、ギャル部のことを知っているんだ。最近、できた部活なのよ」
「ちょめ」 (何よ、ギャル部って。どんな活動をする部活なのよ)
「私も詳しくは知らないんだ。だから、イベントを見てみよう」
と言うことで私とルイミンは偵察のためギャル部のイベントを見に行った。
ギャル部の部員たちが横一列になってリバイバル版のパラパラを踊っている。
それに合わせるように集まったギャルファン達が集まってパラパラしている。
それはまさに80’の竹の子族を思わせるような光景だった。
「ちょめ……」 (次元を越えてもギャルはギャルなのね……)
ギャルはおばさんに匹敵するほど神経が図太いから生き絶えないのだ。
今だにギャルと言う言葉が日本の表舞台に立って注目されている。
ギャルに感化された若者は年端もいかなくてもギャルになっている。
いずれこの世界もギャルで埋め尽くされるだろう。
「何だか楽しそうだね」
「ちょめ!」 (ダメよ、ルイミン!あなたはギャルになっちゃダメ。あれは悪魔の組織なのよ)
ギャルを神とあがめて同じ信者を増やして行っている。
おまけにギャルウィルスは感染しやすいから注意しないといけない。
ひとたび気を許してしまえばギャルに染まってしまうのだ。
まるで”バイ○ハザード”のような状況になっているのよ。
「ちょっと楽しいかも」
「ちょめ!」 (止めて、ルイミン!リバイバル版のパラパラを踊ってはダメ。すぐに勧誘されるわよ)
ルイミンは音楽に合わせてリバイバル版のパラパラを真似しはじめる。
そんなルイミンに注意するが私の声は届かない。
すると、例のごとくギャルが私達の周りに近づいて来た。
「いい筋をしているわね。もっとこう緩急をはっきりさせるともっとよくなるわ」
「こう?」
「そうそう」
「ちょめ!」 (いや、やめて!私の友達を悪の道に誘い込まないで!)
ルイミンはギャルに褒められて気分をよくする。
そしてギャルと一体になりながらリバイバル版のパラパラを楽しんだ。
私の叫びなどリバイバル版のパラパラにかき消されてしまう。
「ちょめ……」 (もうダメだわ……ルイミンはギャルになっちゃったわ)
私はガックリと頭を下げてルイミンから距離をとる。
ギャル嫌いな私にとってはここにいることが不快なのだ。
ギャルは日本にいた時に対立をしていた。
カーストの上位にギャルグループがいてオタクグループがしいたげられていた。
けっしてオタクグループはギャルグループには劣らないけどカーストは絶対だ。
だけど、半年前にギャルグループのリーダーが転校したことで順位が入れ替わった。
それからはオタクグループがカーストの最上位に君臨したのだ。
ギャルなんて大した活動もしていないのだから底辺が似合う。
オタクグループのリーダであった私がいなくなってどうなっているのかはわからない。
ただ、ギャルを見るだけで虫唾が走ってしまう癖は消えていない。
「ちょめ」 (私からルイミンを取らないで。この世界へ来てはじめて友達になったのよ)
私の心の叫びが届いたのかルイミンが戻って来た。
「楽しかった」
「ちょめー」 (ルイミーン。あなたがいなくなって寂しかったのよぉぉぉー)
私は涙をボロボロと零しながらルイミンにすり寄る。
ルイミンはちょっと戸惑っていたがすぐに笑顔を見せた。
「ちょめ助、大げさなんだから」
「それ、あなたのペット?変わっているわね」
「ちょめ助って言うの」
「へぇ~」
ルイミンに尋ねて来たギャルは物珍しそうに私を見つめる。
そして私の頭をポンと叩くとこの後の予定を聞いて来た。
「この後、予定ある?」
「特に決まっていないけど」
「なら、1次会へ行こう」
「ちょめ!」 (いやよ!ギャルの集まりになんか行きたくないわ!)
ギャルの思わぬ誘いに敏感に拒否反応をする。
ギャル嫌いな私がギャルと親睦を深めるなんてことはできない。
ただ、ルイミンは訳がわからないようで困惑していた。
「私はいいけどちょめ助が嫌がっているみたい」
「ちょめ!」 (”私はいいけど”なんて言わないで。ルイミンはギャルになっちゃいけないの!)
「まあ、無理なら別にいいんだけど」
「ごめんね」
私の抵抗振りを目の当たりにしてギャルも諦めた。
ギャルからしてみたら私の体調が悪いと捉えたのだろう。
何も文句も言わずに行ってしまった。
「ちょめ!」 (もう二度と来んな!)
「ちょめ助、お腹でも痛いの?」
「ちょめ」 (別に痛くなんかないわ。私はルイミンを守っただけ)
「とりあえず、あそこで休憩しよう」
そう言ってルイミンは私を木陰に連れて来た。
ルイミンは水筒からお茶を出して飲んでいる。
私はルイミンの膝の上で寛いでいた。
「でも、ギャル部って面白いよね。推し活部にはない面白さがあるわ」
「ちょめ」 (そんなことないわ。あいつらはただ屯して騒いでいるだけよ。何も考えていないんだから)
私が認識しているギャルと言うのはコンビニで屯している連中と大差がない。
ただ訳もなく屯して無駄に時間ばかり使っている暇人なのだ。
お金がなくなれば”援○交際”をしておじさんから巻き上げる。
そしてそのお金でギャルアイテムを惜しみもなく買っている。
まさに社会のゴミだ。
ギャルなんてこの世からいなくなればいいのだ。
「今度は1次会に行ってみたいね」
「ちょめ!」 (ダメよ!そんなことをしたら信者になってしまうわ!)
「ちょめ助も行きたいんだ。そうだよね、気になるよね」
「ちょめ!」 (あいつらは悪魔の組織なのよ。そんなところへ行っちゃダメ!)
すっかりルイミンはギャルにやられてしまったようだ。
”1次会に行きたい”だなんてギャルの恐ろしさを知らなすぎる。
私はいたいけな子羊を地獄へ送るようなことはできない。
「あーあ。何だか動いたらお腹が空いて来ちゃった。何か食べる?」
「ちょめ!」 (チョコレートケーキがいい!ルイミンが美味しい喫茶店を知っているって言ったところ!)
「ああ、でもちょっとお金が足りないね。今日は奮発したから」
「ちょめ……」 (残念……せっかくご馳走にありつけると思ったのに)
この世界に来て贅沢をしたことはほとんどない。
ちょめジイは意地悪だし、お金もないし。
せめて自分でお金を稼ぐことができれば……。
「ちょめ!」 (そうよ!自分でお金を稼げばいいんだわ!)
私はルイミンの膝の上から飛び退くと地面に降り立つ。
そして落ちていた空き缶を持って来て目の前に置いた。
「どうしたの、ちょめ助?」
「ちょめ」 (いいもの見せてあげるわ)
そう言って私はテレキネシスを使って空き缶を宙に浮かす。
すると、ルイミンは飛び上がって驚いた。
「それ、ちょめ助がしているの?」
「ちょめ」 (どうよ。私だってこれぐらいのことはできるのよ)
「すごい!ちょめ助、超能力者だね!」
「ちょめ」 (まあ、こんなのは朝飯前だけどね)
私は得意気にいつもより空き缶を浮かしてみせる。
ルイミンは私の能力を目の当たりにして感心していた。
「ちょめ助、ここで待ってて。私がお客さんを集めて来るから」
「ちょめ」 (任せたわよ、ルイミン)
そしてしばらく待っているとルイミンがお客を連れて来た。
どう言う触れ込みで連れて来たのかわからないが嫌そうにしている。
「それではちょめ助の超能力SHOWのはじまりです!」
そう紹介してルイミンはすみやかにはけて行く。
入れ替わりに私は一歩前に踏み出して構える。
そしてテレキネシスを使って空き缶を宙に浮かばせた。
「へぇ~、中々やるじゃないか」
お客からは感心の声がこぼれ落ちる。
ただそれだけでは満足しないようだ。
魔法のある世界だから、これぐらいのことでは驚かない。
私も期待に応えるように他の空き缶も同時に浮かべた。
そして交互に違う動きをさせながら空き缶を自在に操る。
さすがにその動きは予想していなかったようで驚きの声が漏れた。
「ちょめ助、頑張って」
ルイミンが後で見守っている手前、無様な真似はできない。
私はさらに空き缶の数を増やして複雑な動きをさせた。
するとお客達が感心して拍手と歓声を沸かせた。
「ちょめ助、すごい!」
「ちょめ」 (まだまだこれだけじゃないけどね)
私は調子に乗って擬態の能力を発動させて消えた。
「ちょめ助、どこへ行ったの?」
「ほう、これはすごいな」
私の姿が見えない状態で空き缶だけが宙で回転している。
その光景を傍から見たら怪奇現象に他ならないだろう。
そして私は空き缶をお客の足元に置いた。
「これはいいものを見せてもらった」
「小さいのにすごいわね」
そう感心しながらお客は空き缶に投げ銭をする。
カンカン、カンカン、空き缶の音が鳴りお金が溜まって行く。
その音はとても心地がよく稼いでいる実感を沸かせた。
「ちょめ助ってすごいんだね」
「ちょめ」 (まあ、私が本気を出せばこんなものよ)
「私も何かできればいいんだけど」
「ちょめ」 (ルイミンはそこで観ていて。私が稼ぐから)
私達は友達なのだからお互いに助け合うのだ。
ルイミンはお客を呼んで来て私がSHOWをする。
そうやって二人で力を合わせて稼げば二倍に嬉しい。
そして私とルイミンは投げ銭を稼いだ。
まあ、たいしたことはしていないから銅貨が多かったけど。
それでも1時間もSHOWをしていると小銭が並々に貯まった。
「ひい、ふう、みい、よお……」
「ちょめ?」 (いくらぐらい稼げたの?)
「全部で銀貨20枚分ね」
「ちょめ?」 (それだけあればチョコレートケーキを食べられるの?)
この世界で言う銀貨20枚は日本円に換算すると2千円ぐらいだ。
チョコレートケーキがどのくらいの値段かわからないが十分に間に合うはずだ。
2千円以上するチョコレートケーキなんて聞いたことがないから。
「これなら大丈夫よ。チョコレートケーキを食べられるわ」
「ちょめ!」 (やったー!頑張ったかいがあったわ)
自分の頑張りが身になって本当に嬉しい。
これは私とルイミンでした功績なのだ。
「それじゃあ行こうか、ちょめ助」
「ちょめ」 (行こう、行こう)
私とルイミンは足取り軽く広場を後にする。
まだ、広場ではいろんな部活がイベントをしている。
全部、見て回りたかったけど今は食欲が優先だ。
「ちょめ」 (楽しみだな。どんな美味しいチョコレートケーキが食べられるのだろう)
期待をめいいっぱいに膨らませてみる。
その度に口の中がよだれでいっぱいになる。
そんな私を見てルイミンは楽しそうにしていた。