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第十六話 護送

子牛が売られて行くのはこんな気持ちなのか。

私は今、馬車に揺られながら王都を目指している。

頭の中には”ドナ○ナ”がヘビロテしている状態だ。


「ちょめ……」 (私は市場に売られてしまうのね。可哀想な私……って違-う!)


私の場合は市場に売られるのではなくて護送されているのよ。

子羊よりも立場は悪いわ。

そんなしょうもないノリツッコミをしながら時間を潰すのがやっとだ。

やることもなくただ馬車に揺られているのは非常に退屈だ。


「平和じゃのう。馬車の上で啜る茶は実にうまいのじゃ」

(どんな平衡感覚をしているのよ。私は全然平和じゃないわ)


ボロにゃんは器用にお茶を啜りながらのほほんとしている。

その後ろで私は牢屋に閉じ込められたままぐったりとしていた。

能力を奪う銀の首輪をしているせいないのか気力まで奪われているようだ。

ただ馬車に揺られているだけなのに憂鬱な気分になって来る。


「はぐれモンスターと出会わないことが幸運ですね」

「この辺は行商人達がよく行き交っている道じゃからな。あらかたはぐれモンスターの駆除はされているのじゃろう」


この世界に転生して来てからモンスターとは出会っていない。

剣と魔法の世界ならばモンスターがいてあたり前だ。

もちろんモンスターがいるってことは魔王もいたりするはずだ。

しかし、イメル村では魔王の魔の字すら聞かなかった。

田舎のようだから情報が行き届いていないのかもしれない。


(ねぇ、ちょめジイ。この世界に魔王っているの?)

(魔王なんておらん。人間とモンスターが共存している平和な世界じゃ)

(剣と魔法があるのに魔王がいないっての。どんな設定よ)

(お主はラノベの読み過ぎじゃ。異世界には予想もしてない設定の世界もあるのじゃ)


ちょめジイがラノベの存在を知っているのはひとまず置いておこう。

どうせまた例の如く日本からラノベを召喚して読み漁っていたのだから。

それよりも人間とモンスターが共存している世界ってのが気になる。

モンスターと言えば人間にとっては悪だから共存なんてできない。

それなのにこの世界では共存しているなんて私には信じられない。

その設定の上で剣と魔法があるのだから謎でしかない。

いつ剣と魔法を使うのか気になってしまう。


(ねぇ、ちょめジイ。この世界の魔法っていつぐらいに生まれたの?)

(ぞんなもんは知らん。ずーぅと昔じゃ)

(面倒くさいからって適当に答えないでよ。私にとっては大事なことなの)

(お主は”カワイ子ちゃんの生ぱんつを100枚”集めておればいいのじゃ)

(教えてぇ、教えてぇよ。ちょめジイぃ)

(そんな猫撫で声を出しても教えてやらん)


プツッ。


(ちょっと話の途中で念話を切らないでよ。マナー違反よ)


ちょめジイは面倒くさいことは何も教えてくれない。

この世界に召喚された者として知ってくことは多いのにも関わらずだ。

どんな冒険者も何もない状態からは冒険などはじめないのだ。

はじめはある程度、この世界の情報を得てから冒険をスタートする。

そうでないと何が何だかわからなくなってしまうからだ。

何の情報も与えられずにここまで来た私は称賛されるべきだ。

今は身柄を拘束されてしまっているが全部ちょめジイのせいなのだ。


「そろそろ日が暮れるのじゃ。トラ吉よ、適当な場所に馬車を止めておくれ」

「はい、先生。あそこの岩陰がちょうどいいです」


トラ吉はこんもり盛り上がっている岩場の影に馬車を停車させる。

そして馬車から降りると荷台に積んであったテントを引っ張り出した。


「トラ吉よ、ここの平べったいところがちょうど良さそうじゃ」

「それじゃあ先生も手伝ってください」


手慣れた手つきでボロにゃんとトラ吉はテントを張る。

いつもやっているからなのかあっという間にテントができた。

そして今度は薪と藁を取り出して火を熾しはじめる。

火打ち石のような面倒なモノは使わずにライターのような魔導具を使っていた。


(あれもマジックアイテムなのかしら)


トラ吉のグルグルメガネといいライターのような魔導具と言い興味を惹くものが多い。

道具は文明の発達を象徴するものでもあるから道具を見ただけで文明の高さがわかる。

もしかしたら私の言葉を変換できる魔導具もあるかもしれない。

そんな期待を膨らませていると美味しい匂いが漂って来た。


「今夜はチキンカレーですよ。アンド温玉乗せです」

「ふむ。温玉とは豪勢じゃな」

「イメル村の人から頂いたんです。しばらく卵料理を食べられますよ」

「卵は栄養価が高いからな。旅にはもってこいじゃ」


ちなみに卵は専用の金庫のような冷蔵庫の容れ物に入れて保存してある。

なので腐ったり、雛が孵ったりしないのだ。

どんな仕組みで動いているのか興味が沸いたがそれよりも今は食欲だ。

さっきっからお腹がグーグーなっておさまらない。


「ちょめ……」 (私にもちょうだいよ。お腹と背中がくっついちゃいそうだわ。ねぇー、ねぇーってば)


体を揺らして鎖をガシャガシャさせて注意を惹こうとするが届かない。

ボロにゃんとトラ吉は温玉乗せのチキンカレーに貪りついていて夢中だ。


「うまいのう。この温玉とカレーの相性はばっちりじゃ」

「温玉がカレーの味をマイルドにさせてますよね」

「温玉を乗せるだけでいつものカレーのグレードがアップしておる。皆も真似してみるとよいぞ」

「先生、誰に話しかけてるんですか?」

「気にするでない。読者の皆さんじゃ」


ボロにゃんは訳の分からないことを呟きながらカレーを美味しそうに食べている。

その隣でトラ吉も頬を零しながら温玉乗せのチキンカレーに夢中になっていた。


「ちょめちょめ」 (私をどれだけイジメたら気がすむの。私にも温玉乗せのチキンカレーを食べる権利はあるわ。ちょうだいよぉー)

「さっきから外野が煩いのじゃ」

「きっとお腹が空いてるんじゃないんですか」

「なら、キャベツでも渡しておくのじゃ」


トラ吉は荷台からキャベツを取り出すと牢屋のカギを開けて中に置いた。


「たんと食べてください」

「ちょめっ!」 (いらないわよ、そんなの。私を見たらキャベツキャベツって。私はウサギじゃないのよ!)

「気に入らないんですか」

「ちょめちょめ」 (あたり前じゃない。温玉乗せのチキンカレーを見せられてキャベツを食べる奴はいないわ)


私とトラ吉が揉めているとボロにゃんが心ない捨て台詞を吐いた。


「トラ吉や、いらぬと言うなら何もやらんでもよいぞ。キャベツを粗末にするものではないのじゃ」

「ちょめ……」 (何よ、自分達だけいい思いをして。不公平だわ)

「先生、温玉乗せのチキンカレーが食べたいんではないでしょうか?」

「ちょめ!」 (さすがトラ吉ね。勘が良いわ)

「そんな芋虫には贅沢過ぎるのじゃ。温玉乗せのチキンカレーは人間が食べていいものじゃ」

「ちょめっ」 (何よ、自分だってボロ雑巾のクセに。温玉乗せのチキンカレーなんて贅沢よ)


あくまでボロにゃんは私に温玉乗せのチキンカレーを食べさせたくないようだ。

あまりに美味しいから自分達だけで楽しみたいのだろう。

そんな意地悪なことをするボロにゃんなんて豆腐の角の頭をぶつければいいのだ。


すると、トラ吉が荷台からお酒の瓶を持って来てボロにゃんにおちょこを渡した。


「ささ、先生、一杯やってください」

「ふむ。気が利くではないかトラ吉よ。さすがはワシが見込んだ助手じゃ」


トクトクトクトク。


トラ吉がおちょこに酒を並々注ぐとボロにゃんは一口での飲み干した。


「うまいのじゃ。やっぱり酒は生がいいのじゃ」

「ささ、先生。もう一杯」

「ホホホ。すまんのう」


グビグビグビ。


トラ吉は次から次へとボロにゃんのおちょこに酒を注いで行く。

それに応えるようにボロにゃんはおちょこの酒を体に流し込んだ。

それからものの数分も経つとボロにゃんはすっかりホロ酔い気分になる。


「うぃー、ヒクッ。酒じゃ、酒じゃ。酒を持って来い」

「ちょめ」 (何よ、あのボロ雑巾。すっかり質の悪い酔っ払いになったじゃない)


酔っ払いはどの世界も同じようで手も付けられないほど傲慢になる。

トラ吉がせかせかとお酒を注いでいるのにも関わらずやりたい放題だ。

日本でも酔っ払いを見たことがあるがみんな同じで横柄になっていた。

アルコールで思考回路がイカれて強気になってしまうのだ。


すると、トラ吉が温玉乗せのチキンカレーを持って来て差し出した。


「今のうちです。好きなだけ食べてください」

「ちょめっ!」 (本当なの、トラ吉!あなたは地獄に舞い降りた天使だわ。遠慮なく頂かされてもらうわ)


しかし、今の私は能力は使えないうえ拘束されているので目の前の温玉乗せのチキンカレーを食べることができない。

頭を傾けて温玉乗せのチキンカレーに向けようとするが頭が重くてうまくバランスが取れない。

このままでは温玉乗せのチキンカレーにダイブしてしまいそうだ。

見かねたトラ吉がスプーンで温玉乗せのチキンカレーを掬って差し出した。


「僕が食べさせてあげます」

「ちょめ……」 (なんて素晴らしい慈悲なの。トラ吉は神様以上の至高の存在に見えるわ。惚れちゃいそう……ポッ)


と言う訳でトラ吉の慈悲を一身に受けて温玉乗せのチキンカレーを食べさせてもらった。

その間、ボロにゃんは酒を飲み漁ってベロンベロンに酔っ払っていた。


「トラ吉や、こっちに来るのじゃ」

「はい、先生。まだ飲みますか」

「ワシの話を聞いておくれ」

「いつもの武勇伝ですね」

「ちょめ」 (武勇伝って、お笑い芸人じゃないのよ……古いけど)


私の知識はともかくとしてボロにゃんはすっかり出来上がっている。

トラ吉を呼び寄せて座らせると自慢の武勇伝を語り出した。


「ワシが一番難しい事件を受けたのは3年前の金の鯱強奪事件じゃ。犯人は一夜にしてお城にあった金の鯱を盗んでみせた。犯行の痕跡は全く見つからずどうやって盗んだのか誰もわからなかった。そんな難事件を解決してみせたのがワシじゃ」

「もう、その話は10回も聞いてます」

「どんな探偵も警察も犯人の犯行の手口がわからなかった。物理的にお城の上にある金の鯱を盗むことなんて不可能だからじゃ。空を飛びでもしなければ犯行は不可能じゃ」

「ちょめ」 (ヘリコプターがあれば可能だわ。この世界にあるとは思わないけど)


そんな便利な乗り物があったらわざわざ馬車など使っていないだろう。

まだ馬車を使っているところから見るにこの世界の乗り物は発展していないようだ。


「それで先生はどうされたのですか?」

「ワシは何度も犯行現場を調べたのじゃ。どこかに見落としている点がないかと思ってな。捜査の基本は現場に何度も足を運ぶことじゃからな」

「先生のように熟練した迷探偵ではないとできないことです」

「ちょめ」 (本当かしら。老眼鏡をかけているぐらいだから目が悪いんじゃないの)


実際にボロにゃんはよく新聞を前後に動かしながらピントを合わせている。

老眼になると近いものが見づらくなるから年寄りによく見られる行動だ。


「そうしたら痕跡を見つけたのじゃ。小さなものじゃったが何かの羽の産毛が引っかかっておったのじゃ」

「それはビックスワンの羽だったんですよね」

「ワシより先に言うでない。面白味がなくなるではないか」

「ちょめ」 (”ビックスワン”って何よ。要約すれば巨大な白鳥と言うことよね。モンスターかしら)


あとで知ったことだが”ビッグスワン”と言うのはその名の通り巨大な白鳥のモンスターだ。

普段は凍てつくような寒さの氷で覆われた北の大地の湖に生息していると言う。

冬になると南下して来てこの辺の湖にも見られると言うとのことだ。

日本で言えば白鳥そのものの習性と同じだ。

まあ、スワンって言うのだから白鳥そのものなのだけど。


「犯人は”ビックスワン”を使って空からお城の金の鯱を奪ったのじゃ。”ビッグスワン”ならば簡単に金の鯱を運ぶことができる」

「そうですよね。”ビッグスワン”は十メートル級の巨大な白鳥ですしね」

「じゃが”ビッグスワン”を手懐けることは難しい。もともと自然の中で暮らしているから人には警戒するのじゃ」

「ちょめ」 (モンスターと言えども動物と同じなのね)


私ももうちょっと人間に警戒するべきだった。

ちょめジイに言われた通りにしたからこうなったのだ。

全くツイていない。


「それで先生はどう推理をしたのですか?」

「よく聞いてくれたのじゃ。ワシは思考をフル回転させて謎を解き明かしたのじゃ。人に懐かない”ビッグスワン”を手懐けるには……」

「ちょめ」 (ちょっともったいぶってないで早く答えを言いなさいよ。先が気になるじゃない)


ボロニャンはじっくりとトラ吉を見つめながら喋るタイミングを見計らっている。

その目はトロけそうなぐらい虚ろで今にも眠ってしまいそうな雰囲気だ。


「”ビックスワン”をどうやって手懐けたのです?」

「それはじゃな……」

「それは?」

「……忘れてしもうたのじゃ」

「ちょめ!」 (何よ、そのオチ!真剣に聞いていた私が馬鹿だったわ。酔っ払いってそんなものよね。適当なことを抜かしてまるで本当であったかのように話すんだから)


ボロにゃんが語った金の鯱事件もボロにゃんが作った話だ。

あくまで自分を大きく見せようとして適当なことをでっちあげているのだ。

そんなくだらない話を10回も聞いていたトラ吉には頭が下がる。

毎回、決まったつまらないオチで終わるなんて飽きてしまうだろう。

私だったら次からは無視するけどね。

酔っ払いは相手にするだけ無駄よ。


「何だか眠くなって来たのじゃ」

「先生、こんなところで眠ったら風邪を引きますよ」

「ゴロにゃん」

「ちょめ!」 (ここへ来ての赤ちゃん返りかいっ!そう言うのはイケメンが彼女に甘える時にするものなの。年寄りには似合わないわ)


それでもトラ吉は酔っ払っているボロにゃんを介抱する。

まあ、担ぎあげられないので引きずっていたのだけど。

おかげでボロにゃんの後頭部が土で汚れていた。

恐らく毛が抜けてハゲげているかもしれない……プッ。

年寄りなんだからいいけどね。


「それでは僕達も眠りましょう」

「ちょめ……」 (いいの、見張りをしなくて。モンスターと共存しているからと言っても不用心よ)

「問題ないですよ。この辺りにはモンスターも動物もいませんから」


トラ吉の言葉の通りこの辺は岩場で覆われている大地なので生き物がいない。

植物も転々としているだけで荒野そのものだ。

死の大地と言ってもいいほど殺風景なのだ。

そのため月明りに照らされて大地が青白く光っている。

恋人と二人きりで着たらロマンチックになれそうだわ。


すると、トラ吉はグルグルメガネを外して気弱なトラ吉に変わる。


「おやすみなさぁ~い」


そう言ってテントの中に入って行った。


(羨ましいわ。寝袋で眠れるなんて。私なんて拘束されながら牢屋で寝なければならないのよ。どんなプレイよ。ねぇ、ちょめジイ。私にも布団を出してよ)

(ガハハハ。”結局、誰か○るが一番怖い説”が面白いのう。ウケるのじゃ)

(ちょっと、私もあの説好きなの。ちょめジイだけズルいわ)


ちょめジイの今の姿を想像すれば横になってテレビを観ているのだろう。

でなければ”結局、誰か○るが一番怖い説”なんて言葉は出て来ない。

リアルタイムでは観ていないだろうからネットとかで観ているはずだ。

ネットが使えないとか言っていたけどそんなことはないようだ。


(お主のいた世界も面白いのう。一度行ってみたいのじゃ)

(止めてよ。ちょめジイなんて来たら”カワイ子ちゃん”がぱんつを履かなくなっちゃうわ)

(それは困るのじゃ。”カワイ子ちゃん”がぱんつを履いていなかったら楽しみがないのじゃ)

(この超ド級の変態ロリコンエロジジイが。カワイ子ちゃんのぱんつ以外に興味ないのかよ)


カワイ子ちゃんのぱんつには男のロマンがいっぱい詰まっているのはわかっている。

だからスマホで隠し撮りしたり、ぱんつを盗んだりしているのだ。

ちょめジイもその類の野郎だから変態と同等だ。

ただ、ちょめジイの場合は自分ではやらずに私にやらせているところが悪どい。

自分でやれば罪を犯してしまうから私にやらせているのだ。

そして私が捕まれば知らぬ振りだ。

自分勝手にも程がある。

そんなことを考えていたらムカっぱらが立って来た。


(それじゃあおやすみなのじゃ)

(ちょっと、まだ話は終わってないわよ)


プツン。


(ちぃ……若造が)


どこかで聞いたことのあるようなセリフを思わず吐き捨てていた。


と言うことで私は寝心地の悪い牢屋の中で一夜を明かした。

もちろん快適な睡眠はとれなかったので寝不足気味だ。

こんなことが毎夜繰り返されたら私はミイラになってしまうだろう。

そうならないためにもボロにゃんに直談判するしかない。

これはある意味、今風に言うと”眠ハラ”だ。


そんな私とは違いボロにゃんとトラ吉はすっきりした顔をしていた。

たっぷりと熟睡できたからこそできる顔ですがすがしささえ感じる。


「トラ吉よ、朝のモーニングコーヒーじゃ」

「ありがとうございます、先生。先生に淹れたコーヒーは格別なんですよね」

「朝はコーヒーにはじまりコーヒーに終わるのじゃ」


そう言いながらボロにゃんは自分で淹れたコーヒーを口に運ぶ。

そして一口含んで口の中で転がすとゴクリと飲み込んだ。


「うまいのじゃ」

「本当、染みますね」

「ちょめ」 (私にもちょうだい。頭がボーっとしているの)

「何じゃ、お主も欲しいのか。仕方ないのう」


ボロにゃんは別のコップにコーヒーを淹れるとトラ吉に渡す。

トラ吉はそれを受け取ると牢屋に入って来て私に飲ませてくれた。


ゴクリ。


「どうじゃ、うまいじゃろう」

「ちょめ」 (本当に美味しいわ)

「そうじゃろう、そうじゃろう。なんて言ったってワシが淹れたコーヒーじゃからな」


ボロにゃんは自慢したくて私にコーヒーをくれたようだ。

でなければ堅物のボロにゃんが私に飲み物をくれることはない。

それを体現するかのように朝食のトーストは私にくれなかった。


「トラ吉よ、これを食べたら出発じゃ」

「はい、先生」

「ちょめ……」 (やっぱりケチね、ボロにゃんは。どうせならトーストもくれてもいいのにね)


まあ、今は頭がボーっとしていて食欲がないから構わない。

変に食事を摂れば馬車の揺れで酔ってしまうだろう。

そんなことになればあられもないことになるからいらないのだ。


そしてボロにゃん達は食事をすませるとテントを畳んで馬車に積み込む。

焚火は消してから土をかけて燃え広がらないように処理する。

さすがはキャンプを繰り返しているだけあって手際がよかった。


「トラ吉よ、出発じゃ」

「はい、先生」


ボロにゃんの掛け声でトラ吉は馬に鞭を入れて歩かせる。

目指すは王都ダンデールだ。

ボロにゃん達が私をどうするのかわからないが早く王都へ辿り着きたい。

もしかしたら自由になれるかもしれないからだ。


しばらく馬を歩かせてからボロにゃんはトラ吉に指示を出した。


「トラ吉よ、進路を北東に向けるのじゃ」

「先生、そうすると王都ダンデールとは違う方向になってしまいますよ」

「いいのじゃ」

「ちょめ?」 (どういうこと?王都へ行くんじゃないの?)


馬車は街道から離れて北東に向かって進んで行く。

その先に何があるのかわからないが嫌な予感がする。

もしかして私を別の場所に連れて行って処刑するつもりなのだろうか。

街道沿いに私の死体が転がっていたら行商人達は驚くだろうし。


「ちょめちょめ!」 (私はそっちへ行きたくないわ!引き返してよ!)

「煩い奴じゃのう。心配せんでもええわい。お主を殺したりはせん」

「ちょめ……」 (信じらないわ。だってボロにゃんの目が笑っているもの……)


ボロにゃんが何を考えているのかわからない。

どうして王都を目指さずにこっちに進んでいるのか。

私をどうしようとしているのか。

イメル村の村長との約束を守るならば私をイメル村から離れた場所に連れて行くしかない。

だとするならばこの辺りで十分な気がする。

すでにイメル村を出発してから2日目だから自力で戻るのは困難だ。

それでもボロにゃんは馬車を止めることなく進んで行く。


そして3時間ほど馬車を走らせるとトラ吉に馬車を止めさせた。


「トラ吉よ、この辺でいいのじゃ」

「どうどうどう」


馬車が止まるとボロにゃんは降りてトラ吉と荷台にやって来る。


「トラ吉よ、牢屋を下ろして、そ奴を釈放するのじゃ」

「はい、わかりました」

「ちょめ!」 (えっ、ほんとに!やったー!)


ボロにゃんに言われた通りトラ吉は牢屋を下ろすと扉を開ける。

そして私の拘束を解いて銀色の首輪も外してくれた。


「ちょめー」 (ふーぅ。生きた心地がする)

「さあ、どこにでも行くがよい」


そう言ってボロにゃんは私を解放した。


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