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第十五話 取り調べ

真夏のビーチで横になって日焼けをしている。

空は雲一つない青空で海は限りなく青く澄んでいる。

水平線の境は見えないほど空の青さと海の青さが混じり合っていた。


「やっぱり夏は海よね。フェスとかもいいけど海には敵わないわ」


真夏の太陽はギラギラと照りつけて白い砂浜を熱く焼く。

紫外線が気になるところだけど日焼け止めクリームを塗りたくったから問題ない。


「ここにカクテルと80’の夏ソングが流れたら最高なんだけどね……古い?」


私がいつの時代の人間であるのかは今は伏せておこう。

れっきとした華の14歳なのだけどネットで昔の動画を観たから知っているのだ。

”アニ☆プラ”の動画を漁っている時に偶然見つけたので学習のため視聴しておいた。

けっこう今は80‘や90‘が流行っているから観ている女子中学生も多い。


「それにしても暑いわね」


夏が暑いのはあたり前なのだけど今日の日差しはやけに強い。

まるでストーブの前にいるような暑さで肌が焼けるように熱い。

”私はサンマじゃないのよ!”と叫びたくなるような暑さだ。


空を見上げると太陽が妙に煌々と光っていて妙に大きい。


「えっ?」


空の上にあった太陽はぐんぐんと大きくなって落ちて来る。

太陽の表面のフレアが目視できるほど太陽は近づいていた。


「た、助けて―ぇ!」


私の断末魔の叫びがビーチに響きわたったところで目を覚ました。


(ハアハアハア……夢?フゥー、助かった)


しかし、なんて夢を見たのだろうか。

夏のビーチで太陽に焼かれる夢なんて悪夢だ。

どうせならビーチで”アニ☆プラ”のライブの夢を見たかった。


「ホホホ。やっと目が覚めたようじゃな」


その声に顔をあげるとボロにゃんが白熱灯のライトを私に向けていた。


(そんな時代遅れの白熱灯を浴びせられていたから変な夢を見たのよ)


LEDがあたり前になっている世代にはわからないと思うが白熱灯は熱を持つ。

なのでちょっと寒い時に白熱灯をつけると暖房の代わりになるのだ。

昭和の世代のあるあるなのだけど、この豆知識もネットの動画で入手した。


「さあ、吐くのじゃ。吐いて楽になれ」

(吐くって何をよ)


何気に辺りを見回すと昭和時代の刑事ドラマを思わせるようなセットが組まれていた。

質素な部屋にテーブルとパイプ椅子、それに壁に時計がかかっているだけの部屋。

テーブルの上にはステンレス製の灰皿とタバコの箱とライターが置いてある。

よく見ると私はパイプ椅子にグルグル巻きにされて動けないようになっていた。


(ちょっと、どんなプレイよ)

「お主がやったことはわかっているのじゃ。正直に吐けば許してやるのじゃ」

「ちょめ!」 (許すも何もこんな状態にしたのによくそんなことが言えるわね。今すぐ、私を解放しなさい)


すると、ボロにゃんは徐に立ち上がって泣き落とし作戦に転じた。


「田舎のお袋さんも心配しておることじゃろう。”こんな風には育てた覚えはない”と言っているのじゃ。お袋さんの泣いている姿を想い出すのじゃ」

(何よそれ。昭和の刑事ドラマあるあるじゃない。お母さんの話をして泣き落とそうとする作戦だわ)


私の両親は共働きだったしあまり両親といっしょにいた時間は短いけどうまく行っていたわ。

親を泣かせるようなことはしてこなかったし、悪い娘じゃなかったから親子関係はよかった方。

まあ、私がいなくなって心配しているだろうけど警察に行方不明届を出すまでには至らないはずだ。

おばあちゃん家に長期滞在していることにしておけば問題ない。

あとでちょめジイにお願いをして連絡をとらしてもらおう。


「ふむ。頑固な奴じゃな。なら、これはどうじゃ」


そう言ってボロにゃんが差し出したのはかつ丼だった。


「吐けばこれを食べていいぞ。腹が減っておるのじゃろう。吐いて楽になるのじゃ」

(これも昭和の刑事ドラマあるあるじゃない。お腹は減っているけど何を話せばいいのよ)


かつ丼を食べて正直に吐露する犯人はまずいないだろう。

あくまで刑事ドラマの世界だから効果があるのであって現実にはない。

前に聞いたことがあるが実際にかつ丼を頼めば自腹になるらしい。


「どうじゃ、特注のかつ丼じゃぞ。カツはジューシーで衣につゆが染みてダクダクじゃ」

(ゴクリ……かつ丼の誘惑には負けるわ)


このところまともな食事はしていないからお腹はペコペコ。

昨夜もトラ吉が分けてくれたステーキの一切れだけしか食べてない。

育ち盛りなのだからしっかり食べないとおっぱいは大きくならないわ。


「ムムム。頑固じゃな。いらんならワシが食うのじゃ」

「ちょめっ!」 (待って!何でも話すから私にかつ丼を食べさせてちょうだい!神様、仏様、ボロにゃん様ぁー)


その私の反応を見てボロにゃんはニンマリと笑みを浮かべる。


「やっと素直になったようじゃな。では、話してもらおうか」

「ちょめ……」 (何よ、かつ丼が先じゃないの。仕方ないわね。プンプン)


お腹がかつ丼を求めて暴れ回っているが私は空腹を抑えて全てを話すことにした。


「ちょめちょめちょめ……」 (幼女のぱんつを奪ったのは私よ。だけど、それはちょめジイに命令をされて仕方なくしたことよ。だから、私も被害者なの)

「何を言っておるのじゃ。ちゃんと話すのじゃ」

「ちょめちょめちょめ……」 (だから、私は被害者なんだって。ちょめジイから脅されているのよ。お願いだから私を元の姿に戻して)

「ふざけるでない。ワシが年寄りだから馬鹿にしておるのか!」


私が”ちょめちょめ”としか言わないのでボロにゃんは腹を立てて怒り出す。

すると、後ろで調書をとっていたトラ吉が近づいて来てボロにゃんに言った。


「何語でしょうか?」

「ちょめ語なんて聞いたことがないのじゃ」

「ちょめ……」 (私だって聞いたことないわよ。だけど、この設定なんだから仕方ないでしょう)


ボロにゃんとトラ吉は首をひねりながら困惑顔を浮かべている。

二人に理解されないのだから他の誰かに理解できる訳もない。

”ちょめちょめ”言っている私だって自分の言葉が理解できないのだから。


「どうしますか?」

「これでは調書がとれんのじゃ。裁判所に提出する資料も揃えることができん」

「ちょめ」 (資料が揃えられないなら私は釈放よね。だって罪を問えなければ裁判のしようがないものね。あー、安心した)


私はホッと胸を撫で下ろして安心する。

裁判にかけられなければ牢屋に入れられることもないだろう。

不起訴で無罪放免になるはずだ。


「村長さん達にはどう報告をしましょう」

「ふむ。不甲斐ないことじゃがありのままを伝えるほかないじゃろうな」

「けど、村の人達が納得するとは思えませんね。もしかしたら処刑になるかもしれません」

「ちょめっ!」 (処刑って何よ!幼女のぱんつを奪っただけで死刑になるわけ。そんなのは理不尽だわ)


せめて罰金とか強制労働とかにして欲しい。

私だって死刑になることを覚悟で幼女のぱんつを奪ったわけではない。

私が元の姿に戻るため仕方なくしたことなのだ。

情状酌量の余地は十分になあるはずだ。


「仕方ないのじゃ。ワシとしてはこ奴に罰を受けさせたかったのじゃけどな」

「ちょめ……」 (ちょっと、諦めないでよ。あなたが諦めたらそれで終わりじゃない。最後まで私の面倒をみてよ。お願いだからぁー)


ボロにゃんは少し寂しそうな目をしながら遠くを見つめる。

まるでこれから死に逝くものを憂いているような態度だ。


(私はまだそんな明後日な方向にはいないのよーっ!)


このままではダメだ。

村人に身柄を引き渡されたら私は処刑されてしまうだろう。

顔がわからなくなるぐらいまでボコボコにされるかもしれない。

そしてクタクタになった私を磔にして火炙りの刑に処するのだわ。


(あーん。私はこんなところで終る訳にはいかないのよ。”ななブー”をトップ声優アイドルにするまでは終われないのよ)


でも、待てよ。

私がこの世界で死ねば現代に戻れるかもしれない。

現代の私は死んでいないのだから意識だけ離れていると言うこと。

ならば、物理的に現代に戻れる可能性が高い。


(それならいいわ。私を好きなようにして)

(言っておくが、お主が死ねば元の世界のお主も死ぬのじゃ)

(何でよ。意識だけ分離しているんじゃないの)

(確かにそうじゃが魂が消滅すれば肉体も消滅するものじゃ)

(そんなー。今すぐ私を元の世界に戻してよ。ちょめジイならできるでしょう)

(できん。お主は”カワイ子ちゃんの生ぱんつを100枚集める”まではこの世界から離れることはできんのじゃ)


久しぶりに念話を繋いで来たかと思えば”できぬ”の一点張り。

これでは何のための念話なのかわからない。

そもそもちょめジイの都合でこうなったのだから責任をとってもらいたい。

私はちょめジイに脅されて幼女からぱんつを奪った被害者なのだ。

本当の黒幕はちょめジイであって私に責任はない。


(なら、この状況を何とかしてよ。”この状況、あたり前じゃねぇーからな!”)


どこかで聞いたことのある台詞を吐いてちょめジイに訴えかける。

けれども、ちょめジイは何の答えも出すことなく念話を切ってしまった。


「とりあえず朝食をすませたら村長に相談をしに行くのじゃ」

「そうですね。本当のことを話せばわかってくれますよね」


そう言いながらボロにゃんとトラ吉は部屋を出て行く。

私をパイプ椅子に括りつけていることも忘れて。


(あーん。私を置いて行かないでよ。せめてロープぐらい外して行ってもいいじゃない。かつ丼がぁー)


目の前には熱々のかつ丼が誰かに食べられるのを待っている。

鼻をくすぐるようなかつ丼の匂いが漂って来てこの上なく食欲を刺激する。

これでは釣り竿にニンジンをぶら下げられてひたすらニンジンを追い駆けている馬のようだ。


(生き地獄だわ。目の前のかつ丼が食べて欲しいと訴えかけているのに何もできないなんて)


口いっぱいに滲み出ているよだれがいつの間にか池を作っている。

なんど同じシチュエーションになったことだろう。

ちょめ虫に転生した私は食で苦しんでいる。

元が人間だったから余計に食で苦しむのだ。

こんなことならはじめから芋虫の方がよかったとさえ思ってしまう。

そうすればそこら辺に生えている雑草でも満足できたのだ。


そんなことを考えながら私はひたすら食欲と戦った。

ボロにゃん達が戻って来た頃には私はミイラになりかけていた。

その後でボロにゃんがかつ丼を食べさせてくれたので死にはしなかった。

ただ、私の処刑の運命はじわりじわりと歩み寄って来るのだった。





私を連れてボロにゃんとトラ吉はイメル村の村長の家までやって来た。

もちろん私は拘束されたままで自由に動くこともできない。

村長は虚ろなボロにゃん達の顔を見るなり何かに気づいた。


「それで取り調べの方はどうなったのじゃ」

「ふむ。それがな、こやつは”ちょめ”としか話せんのじゃ」

「”ちょめ”とは何じゃ?」


ボロにゃんの言った言葉を理解できずにイメル村の村長は小首を傾げる。

すると、ボロにゃんがトラ吉に指示を出して棒で私を突かせた。


「ちょめ」 (痛い。突かないでよ)

「ほれ、この通りじゃ」

「そうか……これでは裁判にかけられんな」

「それが問題なのじゃ。ワシの方としては何とかしてやりたいのじゃがな」


罪を犯した者は裁判にかけられて審議をされるのが筋だ。

有罪か無罪かはさることながらどれだけの量刑が適当なのか決める必要がある。

私は幼女のぱんつを奪っただけだからそれほど重い刑は与えられない。

悪くて強盗、良くて迷惑条例違反が妥当だろう。

だから、それほど深刻になる必要もない。

ただ、これは裁判が行われた時の場合だ。


「この者の処遇はワシの一存では決められぬ。これは村で起こった事件じゃからな。村の男達に話をして決めなければならぬのじゃ」

「ちょめ……」 (止めてよ。そんなことをしたら私どうにかされちゃうわ……グスン)


私の心配など気にも止めずイメル村の村長は村の男達を招集した。


「村長、話って何だ」

「この者の処遇を決めようと思ってな」

「裁判にかけるんじゃないのか」

「それが証言が得られんのじゃ。この者はワシらに理解できぬ”ちょめ語”を使うのじゃ」

「”ちょめ語”?」


イメル村の村長の言葉を聞いて村の男達の顔もきょとんとなる。

それを見ていたボロにゃんがトラ吉に指示を出して私を突かせた。


「ちょめ」 (止めてよ)

「なるほどな。これじゃあ俺達には理解できない」


村の男達も納得したように頷きながら腕を組んで難しい顔をする。


「ワシの方としてはこの村の安全を確保できればいいと思うておる」

「そんなのじゃ甘いぜ、村長。こいつは罪人なんだ。罰を与えないと」

「そうだ。またいつ同じ犯罪を繰り返すのかわからないんだぞ」


村長の言葉を聞いて村の男達は声を荒げて怒り出す。

村長の方としては第一である村の安全を最優先させた答えだ。

ただ、村の男達としてはそれだけでは割り切れないと述べる。

被害者の心境を考えればあたり前のことで家族としても同じ意見だ。

だけど私には同じ過ちを犯すつもりはは毛頭ない。

早くこの村から離れて自分の身の安全を確保したいのだ。


「ならばどんな刑罰を考えておるのじゃ」

「強制労働だ。死ぬまで働かせるんだ」

「一生、監獄に閉じ込めておくのもいいぞ」

「そんなのは甘っちょろい。極刑だよ。死刑にするべきだ」

「ちょめ……」 (なんて心ない発言をするの。死刑なんてあんまりじゃない。うぇーん死にたくないよぉ―)


私が死んだら元の世界の私も死んじゃうのよ。

そんな残酷なことをしてはいけないわ。

あなた達が犯罪者になってしまう。


「じゃが、死刑なんて考えが飛躍し過ぎておらんか」

「そんなことはないさ。新種の生物なのだから根絶やしにしておく必要がある。でないと生態系が壊されてしまうぞ」

「だが、新種であるならば見せ物にするのもアリかもしれない。見世物にして外貨を稼げば村も潤う」

「ダメだ。死刑に決まりだ」

「いや、見せ物だ」


村の男達の意見が真っ二つに割れて死刑派と見せ物派に別れる。

私としてはどちらも受け入れ難いが、生き残れるならば後者の方がいい。


「村長、どうするんだ」

「村長が決めてくれ」

「ムムム……わかったのじゃ。両方の間をとって市中晒しの刑にするのじゃ。村の者達に犯人の顔を晒して周知させるのじゃ。そうすれば未然に犯罪は防止できる」


村長は苦肉の決断をしたが村の男達は納得していない。

不服そうな顔を浮かべながら処刑の後のことを訪ねて来た。


「それで処刑の後はどうするんだ。もちろん殺すんだよな」

「馬鹿言え。王都で見世物にして外貨を稼ぐんだよ。がっぽりと稼げるぞ」

「市中晒しの刑で罰を与えたのじゃ。それ以上はすることもないじゃろう」


村の男達があまりに勝手なことを言うので村長は断言した。

これ以上、エスカレートしてしまえば村の空気も悪くなってしまう。

今は村人同士が争っている場合ではないのだ。

犯人に罪を償わせてこの村から追い出すのが優先事項だ。


「決まったようじゃな。罪を償わせた後はワシらに任せてくれ。二度とこの村には近づけんようにしてやるのじゃ」

「お主達しか頼れる者はおらんのじゃ。任せたのじゃ」


と言うことで私の量刑は市中晒しの刑に決まった。


私は馬の鞍の上に固定されて動けないようにされている。

その馬を村長がゆっくりと引きながら村の中を巡らせるのだ。

村の者達は私を見るなり冷ややかな視線を向けて来る。

あれが幼女たちからぱんつを奪った変態なのかと揶揄しながら。


「変態男かと思ったらへんてこな虫じゃない。あんなのが犯人だなんてね」

「誰も気づかないわよ、あんな姿じゃ」


確かに村人の言う通り私の姿を見て変態と思う人間はいないだろう。

どこからどう見てもキノコのような芋虫なのだからモンスターかと思うはずだ。

ただ、私はモンスターに部類されるような能力も力も持っていない。

だから、本来であれば人畜無害な生き物なのだ。


「お兄ちゃん、へんてこな生き物だよ」

「あの野郎が俺の妹のぱんつを奪ったのか。こうしてやる」


そう言ってぱんつを奪われた幼女の兄が落ちていた石ころを拾って投げつけて来た。


「ちょめ」 (痛い)


石ころは私の頭にクリーンヒットして大きなコブを作る。


すると、周りで見ていた通行人達も真似て石ころを投げつけて来た。


「ちょめっ……」 (痛い、痛い、痛い。止めてよ、私が何をしたって言うのよ。あんまりよ)


石ころは雨あられのように私に降り注ぎ体を傷つける。

私が痛がる表情を浮かべると村人はつぶさに反応する。

そしてエスカレートさせて私をイビる喜びを覚えて行った。


「これが村人の声じゃ。これに懲りたら二度と村には近づくのではいぞ」


誰が近づくものよ。

こんな村、私の方からおさらばしてあげるわ。

好きで訪れた村じゃないし、何の思い入れもないからね。

やっぱり私は都会の風の方が合っているのよ。

隣に住んでいるのが誰かわからないような断絶感が合うの。


それから市中晒しの刑は1時間ほど続いた。

その頃になると私の体は傷だらけになっていた。

村人は傷ついた私を見て嘲り笑っている。

これが人間の悪い心なのだとはじめて知った。


「これでこの者の処罰は終わりじゃ。あとはお主らに任せたぞ」

「安心せい。二度とこの村には近づけないようにしてやるのじゃ」

「先生、馬車の準備ができました」


イメル村の村長が私の身柄をボロにゃんに引き渡すと私は檻に入れられた。

もちろん能力を奪う銀の首輪はつけたままで鎖に繋がれている。

もしもの時を考えて念入りに拘束しているのだと言う。


「この村には随分世話になったのじゃ」

「それはこちらの方じゃ。迷探偵さんにはお世話になったのじゃ」

「また仕事があったらいつでも連絡をしておくれなのじゃ」

「そうならないことを祈っておるのじゃ」


ジイさん達の”~じゃ”会話が終わると馬車がゆっくりと動き出す。

村人は遠ざかる馬車を見つめながらホッと胸を撫で下ろす。

これでまた元の平和なイメル村が戻って来るからだ。


それは私の方としても同じ心境だ。

ロクなことがなかったこの村を離れられるのだから。

王都に辿り着いたらもっと楽に過ごせるだろう。


私は舌を伸ばして村人達にあかんべーをした。


「ちょめ」 (もう二度と来てやらないんだから)


少しはすっきりできた。

だけど、傷が疼いてジンジンする。

体中あざだらけで擦り剥けている箇所もあった。


「ちょめ……」 (痛いよぉー、痛いよぉー)

「これでわかったじゃろう。これが村人達の心の痛みじゃ。これに懲りたら悪さをするでないぞ」

「先生、傷薬を縫ってあげた方がいいんじゃないですか。化膿したら傷が酷くなりますよ」

「ふむ。仕方ないのう。こんなところで死なれても目覚めが悪いからな。トラ吉よ、任せたぞ」

「はい、先生」


トラ吉は何て心の優しい猫なのよ。

どこかのボロ雑巾とは訳が違うわ。

やっぱり年をとるとダメね。


トラ吉は檻を空けて私の傍に近寄る。

そして手に傷薬を盛って塗り込んでくれた。


「ちょめ!」 (染みる!)

「痛かったですか。でも、我慢してくださいね。ちゃんと手当をしておかないと化膿しちゃいますから」


こんな風に優しくされたのはこの世界に来てはじめてかもしれない。

ちょめジイは頼りにならないし、ボロにゃんは意地悪だし。

優しくしてくれるのはトラ吉だけだわ。


「それじゃあ、包帯を巻いておきますね」


そう言ってトラ吉は私に包帯を巻いてくれた。

だけど仕上がりは微妙でミイラのようになった。


「ちょめ」 (トラ吉、ありがと)


私が訴えかけるような目で見つめるとトラ吉は少し照れた。


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