第百七十話 聖エクスタール学院④
部室に戻って来ると不良たちも安心をする。
ようやく生徒指導の先生から解放されたからだ。
ただ、大手を振って喜んでいたわけじゃない。
ガイが余計なことをしたことに腹を立てていた。
「何で余計なことをするんですか、先輩」
「俺達は助けてくれなんて頼んでないですよ」
「普段は放置しているくせに余計な時だけ顔を出さないでください」
「お前達、本気で言っているのか」
不良たちが不満を漏らすとガイは睨みを聞かせる。
「本気ですよ」
「先輩が余計なことをするから立場が悪くなったんだ」
「俺が顔を出さなかったらお前達は解放されなかったんだぞ」
「だからって先輩が俺達の代わりに謝罪する必要なんてなかったんだ」
ガイがしゃしゃり出て来たことで不良たちの顔がつぶれたことを怒っているようだ。
場違いな反発だけれどガイはどうするのだろうか。
「なら、お前達に場を納めることができたとでも言うのか」
「どうせ一通り怒られたら解放されていましたよ」
「生徒指導のセンコーだって暇じゃないんだから」
安直な考えを言っている不良たちはバカ丸出しだ。
あんな事件を起こしたのに認識が甘すぎる。
ただのいたずらレベルでなく立派な犯罪なのだ。
警察に突き出すことだってできる。
それをすると学院のイメージが悪くなるからしなかっただけだ。
「お前らが好き放題すると部のイメージが悪くなる。ただでさえ部員が少ないからいつ廃部になってもおかしくないんだぞ」
「そんなの俺達にカンケーネー」
「どうせ俺達は頭数を揃えるためだけの存在だしな」
「まともに部活動をしているのは先輩たちだけですよ」
ガイが何でこんな奴らを部員にしている理由がわかった。
部活は最低でも5人以上いないと部として成り立たない。
ガイ達バンドメンバーは4人しかいないから不良たちを部に入れたのだ。
「お前達がやりたければいつでもバンドはできるんだ」
「俺達には音楽センスはないですからね」
「手先も器用じゃないからギターなんてヒケネー」
「歌も下手だからとてもじゃないけどバンドなんてできません」
まあ、誰が見ても不良たちに音楽センスがあるとは思わない。
ただ仲間とつるんで無駄な時間を過ごして食っちゃベっているだけしかできない。
まるでべんじょ虫を見ているかのようだ。
案外、不良とべんじょ虫の相性はいいようだ。
「俺だってはじめは何もできなかったんだ。だけど、練習を繰り返してうまくなったんだ。だから、お前達にもできる」
「俺達はバンドなんてやる気はありませんよ」
「大変なことは嫌いだからな」
「みんなでつるんでいたほうがタノシー」
これ以上、ガイが不良たちを説得しようとしても無駄なようだ。
そもそも不良たちが努力をするなんてことはできない。
嫌なことから逃げる選択しかしてこなかったからだ。
だから、今さら熱く語りかけても何にも響かないのだ。
「じゃあ、俺達、これで失礼します」
「おつかれー」
「カツカレー」
「ガハハハ。今の超ウケる~」
そんなバカな挨拶をして不良たちは部室から出て行こうとする。
すると、ガイが立ちはだかって邪魔をした。
「お前達はしばらく大人しくしていろ」
「何でですか」
「あれだけのことをしたんだぞ。もっと自覚を持て」
「俺達、不良だから大人しくなんてデキネー」
「それでもやるんだ。でないと退学になるぞ」
「退学?上等。やれるものならやれってんだ」
ガイが不良たちのことを思って言った言葉も不良たちには届かない。
ガイにケンカを売られたと勘違いして凄んでみせた。
「退学になったらどうするつもりだ」
「毎日、遊んで暮らしますよ」
「遊ぶお金はどうするんだ」
「そんなのカツアゲに決まってるじゃないですか」
「お前らな。自分で働こうとは思わないのか」
「俺達、大変なことは大嫌いだから」
クズだ。
どうしようもないクズだ。
自分で働きもせずに他人のお金を頼るなんてクズだけだ。
まだ10代なのに、もう人間のクズになってるなんて悲し過ぎる。
「お前達に何を言っても無駄なようだな」
「先輩、ご理解が早くて嬉しいです」
「じゃあ、俺達はこれで」
「シツレー」
不良たちはガイを押しのけて部室から出て行ってしまった。
「どうしようもない奴らだ」
ガイは大きなため息を吐いて不良たちの背中を見送った。
それから1週間。
ようやく職員会議の結果が出た。
問題を起した不良たちは1ヶ月の停学処分。
問題に比べて処分が甘いとの声も聞かれたが1部の職員たちだけだ。
ただ、これで被害者である女子生徒達が納得するのかはわからない。
だが、一応決着がついたのでガイ達、先輩もほっとしていた。
「この程度の処分ですんでよかったな」
「もっと厳しい処分になるかと思っていたからな」
「きっとガイの働きかけがよかったんだろう」
「これであいつらも大人しくなればいいが」
一番の問題はそこだ。
1ヶ月の停学処分に甘んじて悪さをするかもしれない。
不良たちはとことん根性がねじ曲がっているからあり得るのだ。
「まあ、けど、あいつらがいるから軽音楽部も続けていられるんだけどな」
「俺達、4人だけだと廃部になってしまうからな」
「だけど、あいつらのおかげでイメージダウンもいいところだ」
「軽音楽部=不良のたまりばみたいになっているからな」
ガイ達、バンドメンバーは難しい顔をしながら愚痴をこぼす。
本来であれば自分達だけで部活をしていたかったがそれも敵わない。
軽音楽部が存続できなければバンド活動なのどできないのだ。
すると、軽音楽部の部室に噂の不良たちがやって来た。
「「チーっす」」
「お前らか」
「処分のことは聞いたか」
「1ヶ月の停学処分でしょ。聞きましたよ」
「まあ、あれだけのことだから打倒ですけどね」
「何を言っているんだ、お前ら。ガイの働きかけがあったからこの程度ですんだのだぞ」
「「アザーっす」」
一応、不良たちはお礼の言葉を述べるが全く響かない。
軽く口で言った言葉だし、態度からも感謝は伝わって来ない。
まるでそれがあたり前のことのようにしか捉えてないのだろう。
「先輩達は部活ですか」
「俺達はお前達のことを話しあっていたんだ」
「また、難癖つけるつもりですか」
「処分がでたけどこれで終わったわけじゃないぞ」
「1ヶ月、大人しくしていればいいんでしょ」
「違う。被害者のところへ行って謝罪するんだ」
ガイが真面目なことを言うと不良たちの顔が雲る。
いかにも嫌だ感が溢れていて見ていられない。
「罰を受けるんですから謝罪はいらないんじゃないんですか」
「お前達が罰を受けても被害者の心は傷ついたままだ」
「だから、謝罪すっか」
「そうだ」
「逆効果じゃネー。あいつら俺達を見たら怒り狂うはずだ」
「それでもやるんだ」
まずは被害者に対して誠意を見せることがはじめだ。
その上できちんと謝罪をして反省している姿を見せる。
そして今後のきちんとした生活態度をとることで更生したことを証明するのだ。
「やりたくネー」
「かったりーよな」
「謝罪をするかわりにエッチなご褒美でもあればするけどな」
「それ言えてる~」
「バカなことを言っているんじゃない。まだ懲りてないのか」
聞いているこっちの方が不快な気分になる。
ガイがあれだけ言っているのに何も響いていない。
それどころかまた同じ過ちを犯そうとしている。
不良たちが考えるエッチなご褒美は覗きのことなのだ。
「ガイ。強制的に連れて行った方がいいぞ」
「こいつらに何を言ってもはじまらない」
「俺達、先輩も含めて誠意を見せた方がいい」
「わかった。そうしよう」
「勝手に納得しないでくださいよ」
「俺達は嫌だからな」
ガイ達は反発する不良たちを捕まえて実力行使をする。
はじめから説得するのは無理なのでまともな方法でもある。
不良たちは暴れ回っていたが後ろ手に縛られて身動きをとれなくなっていた。
「これは立派なパワハラですよ」
「俺達は奴隷じゃネー」
「放せよ」
「パワハラでけっこう。バカはグーで殴らないと言うことを聞かないからな」
「虐待だ」
「これは躾だ」
「訴えてやる」
「どうぞ」
不良たちはあくまで反発するがガイ達には効かない。
それはバカはどう扱えばよく理解しているからだろう。
「それじゃあ被害者のところへ謝罪に行くぞ」
「俺達はいかない」
「離しやがれ」
「チクショー」
ガイ達は暴れる不良たちを連れて被害者のところへ向かった。
ガイ達が校舎に入ると他の生徒達が自然と道を作る。
それは停学処分になった不良たちを連れていたからだろう。
とりわけ女子生徒はゴミ虫を見るような目で見ていた。
「おらっ、見せ物じゃネー。あっちへ行け」
「おい、騒ぐんじゃない」
「こんなの謝罪でも何でもない。俺達をいじめているだけだ」
「よくそんなことが言えるな。あれだけのことをしたのに」
まるで動物園からライオンが逃げ出したかのようだ。
不良たちは騒ぐし、周りの生徒達もはやし立てている。
そんなやり取りを繰り返していると被害者のクラスの前にやって来た。
「俺はゼッテー謝んねーからな」
「いったい何の騒ぎよ」
「軽音楽部の者だ。今日は謝罪をしに来た」
「謝罪?今さらどの面下げて来ているのよ」
「そうよ、そうよ」
「いくらガイ先輩だからって素直に受け入れられないわ」
被害者の女子生徒達は突然の来訪を拒む。
不良たちの顔は二度と見たくないと言わんばかりだ。
まあ、それだけのことをしたのだから仕方がない。
「謝罪をさせないと俺達も引けない。受け入れてくれ」
「どうする、ユイ」
「ガイ先輩がそう言うなら受け入れてもいいですけれど条件があります」
「条件?」
「私とお付き合いしてください」
「なっ」
「ちょっとユイ。何を考えているのよ」
予想もしなかったユイの言葉にその場にいたみんなが目を丸くする。
「何だよ、こいつ。とんだアバズレじゃねーか」
「イケメンを見たらおまたを開くタイプか」
「そんなにヤラれたいなら俺がしてやる」
「最低」
「やっぱりクズだわ」
「いつもそんなことしか考えてないからあんな破廉恥なことをするのよ」
いつの間にか被害者と不良たちの間に深い溝ができている。
ユイのとんでも発言がきっかけなのだが不良たちのせいもある。
確かに女子はイケメンに弱いけれどすぐにおまたを開くようなアバズレではないのだ。
大事なものはちゃんと大切な人にしか捧げないようにしている。
「お前にもかけてやろうか」
「やめてよ」
「ガハハハ。やっぱ女だぜ」
「ちょっとその発言、いただけないわね」
「女は男にへいこらしていればいいんだ」
「いつの時代の男子よ。時代錯誤も過ぎるわ」
弱いやつに限ってそう言うことを言いたがる。
不良たちはハッタリだけだから根は弱い。
女子たちが本気になったら泣かされてしまうだろう。
「おい、お前ら。何のために来たと思っているんだ」
「俺達は連れて来られただけだ」
「そうですよ。俺達は謝るつもりなんてないですから」
「こんなやつらに謝んなくてもいいんだよ」
不良たちはここに来ても謝罪をしようとはしない。
あくまで悪いのは自分達じゃないと言い張っている。
すると、ガイが一歩前に踏み出して被害者の足元で土下座をした。
「全ては俺達の不徳の致すところだ。この通りだ、申し訳ない」
「何でガイ先輩が謝るんですか」
「こうでもしなければ俺の気がすまない」
「マキ、どうする」
先輩であるガイが頭をさげたことで被害者たちの怒りが収まる。
だけど、本当に謝罪をしてほしいのは不良たちなので納得はしてない。
「ガイ先輩の誠意はわかりました。だけど、そいつらが土下座して謝らないと許せません」
「おい、お前ら。土下座をして謝れ」
「やだね。そんな真似できるかよ」
「土下座は負け犬がすることだ」
「なら、お前達は負け犬だな」
ガイが指で合図をするとバンドメンバー達が不良たちを抑えつける。
そして力任せに膝を折ると床に頭を押しつけた。
「離せ、この野郎」
「イテ―じゃねーか」
「大人しくしろ」
被害者たちは憐みの目で不良たちを見下ろしている。
「さあ、謝るんだ」
「誰が謝るかよ」
「ゼッテー言わねー」
「あんなことをしてすみませんだろう」
「もういいですよ、ガイ先輩。こいつらが反省することなんてないんですから」
「しかし、それでは」
「みんなもいいよね?」
マキが代表をして声をかけると女子生徒達も頷いた。
「あーん、これじゃあガイ先輩とお付き合いできないじゃない」
「ユイ、いい加減にしなさい」
「だって、私が一番の被害者なのよ。ご褒美ぐらいあってもいいじゃん」
「悪いな。今、付き合っている人がいるんだ。キミの声には答えられない」
「えーっ!噂はやっぱ本当だったんだ。ショック―」
「もういいでしょ、ユイ。ガイ先輩、もう二度とこいつらを近づけないようにしてください」
「わかった。約束する」
と言う流れで不良たちの謝罪は終わった。
結局、謝ったのはガイだけで不良たちは何もしてない。
被害者たちもわかっているからそれ以上は求めて来なかった。
ただ、ひとり納得していなかったのはユイただひとり。
あんな破廉恥なことをされて要求も断られてさんざんだ。
まあ、ガイはリリナと付き合っているようだから仕方ないけれど。
(なんてやつなのガイって。不良たちに変わって土下座をして謝るなんて)
人間ができていると言うか芯が通っていると言うか今どき珍しい。
ルックスがイケメンだけではなく心の中ももイケメンなようだ。
リリナが心惹かれたのもなんとなくわかる。
だけど、私としては素直に受け入れられない。
アイドルは恋愛禁止なのだからルールは守らないといけない。
私はガイがひとりになるのを待ってから擬態を解いて姿をさらした。
「私を見ても驚かないのね」
「何となくだが誰かが尋ねて来るような気がしていたからな」
「まあ、いいわ」
ガイのリアクションを見るよりも話しを薦めることにする。
「私は”ファニ☆プラ”のプロデューサーをしているんだけど、リリナと別れてくれないかしら」
「そんななりでプロデューサーか。本当に面白いやつだな」
「話をはぐらかさないで」
「俺もリリナのことが好きだからな。いきなり別れてくれって言われてもな」
「あんたバカじゃない。リリナはアイドルなのよ。彼氏がいちゃ困るの」
「恋人がいたってアイドルはやっていける」
「はぁ~、話にならないわ」
「そりゃどうも」
ガイの無知ぶりに私も大きなため息を吐いてしまう。
アイドルは純真無欠でなければならないのは常識だ。
だからこそ尊くて女神さまクラスになれるから人気が出るのだ。
それをどこの馬の骨かわからない彼氏つきだなんてイメージダウンもいいところだ。
「アイドルはファンあっての存在なのよ。ファンが求めていないかぎりアイドルは純真無欠じゃなくちゃいけないの。あんたみたいなのがいるといい迷惑よ」
「俺もバンドをやっているからわかるけど本物のファンってのはそれも受け入れてくれるものじゃないのか。少なくとも俺達バンドのファンはみんなそうだ」
「嘘コケ。そんなファンなんているもんか。たとえいたとしたって私は認めない」
「それじゃあ本末転倒じゃないか」
「くっ……」
ガイにツボを突かれて返す言葉を見失ってしまう。
あまりにガイが面倒くさいからつい心にもないことを言ってしまった。
「とにかくリリナと別れてちょうだい」
「ヤダと言ったら」
「あなたを殺すわ」
「殺すか……お前ってほんと面白いやつだな」
私が本気で言ったのではないかと見抜いたガイはお腹を抱えて笑い出す。
こうでも言わないとガイが身を引いてくれないかと思ったから言ってみただけだ。
「バカみたいに笑わないでよ。真面目な話をしているのよ」
「悪い、悪い。で、話しって何だっけ」
「リリナと別れる話よ」
「俺もリリナの一ファンだからな。少し考える時間をくれ」
「どれくらい」
「1ヶ月ぐらいかな」
「そんなに」
「気持ちも整理しないといけないしな」
「わかったわよ。だけど、1ヶ月だけだからね」
「前向きに考えるよ」
とりあえずガイとの交渉は何とかうまく行った。
コタエを聞いたわけじゃないけど前向きに考えると言った。
ガイもリリナのファンならばリリナのファンの気持ちがわかるはずだ。
「じゃあ、私は行くわ」
「名前を聞かせてくれ」
「ちょめ太郎よ」
「ちょめ太郎?ブハハハ」
「ちょっと失礼ね。人に名前を聞いておいて爆笑するなんて」
「悪い、悪い。予想もしてなかった名前だったからな」
そんな失礼な態度をするガイにムカっ腹が立つ。
これでイケメンでなかったら顔面にグーパンチしていたところだ。
「どこへ行けば会える」
「私は気まぐれだからね」
「次に会える日を楽しみにしているよ」
「そりゃどうも」
私のご機嫌をとろうとしてガイが余計なことを言うので軽くあしらって部室を出て行った。




