第百六十六話 忍者の如く
アーヤが帰ってから私はミクの家をお清めすることにした。
少しでもべんじょ虫菌を残しておけば感染してしまうからだ。
キッチンから塩を持って来てミクの部屋の中にまき散らす。
すると、すぐにミクが文句を言って来た。
「ちょめ太郎、お部屋を汚さないでよ」
「これはお清めよ」
「お清め?」
「アーヤがずっと、この部屋にいたからお清めしないとダメなのよ」
ミクは不思議そうな顔をしながら塩だらけになった部屋を見ている。
ナメクジでも這っていたら小さく縮こまってしまいそうなぐらいだ。
まあ、あとで掃除をすればいいから、いくら撒いても大丈夫だ。
「ミク達にもべんじょ虫菌がついているからお清めするわ」
「ペッペッ。ちょっとやめてよ、ちょめ太郎」
「我慢しなさい。これもミク達のためなのよ」
「面白い。ちょめ太郎、もっとやって」
「何べんでもしてあげるわ。ミク達の体からべんじょ虫菌がなくなるまでね」
水をかけっこしているように思ってルイの方は喜んでいる。
こんなこと普段はできないから余計に嬉しいようだ。
私は遠慮なく、ミクとルイの頭からつま先まで塩をかけた。
「もう、塩塗れになっちゃったじゃん。シャワーして流し落とさないと」
「ルイといっしょにシャワーをして来なさい。そうすればべんじょ虫菌がなくなるから」
「ルイ、行こう」
「うん」
ミクとルイは体中についた塩を洗い流すためにお風呂場へ向かった。
「あらかたミクのお部屋のお清めはできたわね」
ずっと塩を撒いていたのでミクの部屋が塩だらけになってしまった。
部屋の中を歩くと体に塩がくっつくぐらい塩だらけになっている。
ただ、これだけでは十分でない。
「ついでにルイの部屋もお清めしとこう」
私はミクの部屋と同じように塩を撒いてルイの部屋のお清めをした。
「ふぅー、これでここはいいわね。あとは玄関に盛り塩をしておかないと」
私は塩が入っている袋を持って玄関に移動する。
そして山盛りに塩を盛って玄関の右と左に盛り塩をおいた。
「これでべんじょ虫菌はミクの家に入って来れないわ」
ついでにアーヤも入って来れなければバンバンザイだ。
最後に私は玄関に塩を撒いて最後の仕上げを終えた。
「もう、ちょめ太郎!お部屋が塩だらけじゃん!」
「ルイのお部屋もお塩だらけになってる」
2階からミクの叫び声が聞こえたので慌ててミクの部屋に戻る。
すると、顔を真っ赤にさせながら肩を怒らせていたミクが仁王立ちしていた。
「だから、お清めだって言ったでしょ」
「それにしてもやり過ぎよ。ベッドまで塩だらけじゃん」
「なら、掃除すればいいじゃない」
「ちょめ太郎が汚したんでしょ。ちょめ太郎が掃除をしてよ」
もっともな意見をミクは返して来る。
確かにミクとルイの部屋を汚したのは私だ。
だけど、それはミク達のためにお清めをしただけだ。
だから、部屋の掃除をするのはミク達なのだ。
「それじゃあ意味がないでしょ。掃除は部屋の持ち主がしないとダメなの」
「それもお清めだって言うの」
「そうよ。ミク達が部屋の掃除をすることによってお清めが完結するのよ」
「そんな話は聞いたことない」
そりゃそうだ。
私が作ったでたらめの話なのだから。
お清めは基本塩を撒けばそれですむ。
ただ、その後のことは何も話されていない。
だから、お清めをした人が部屋の掃除をしなくてはいけないようにはしたくない。
なぜなら、ミク達のことを思ってわざわざお清めをしたからだ。
ミク達はお清めをした私に感謝すべきなのだ。
「私はこれからパパの仕事の手伝いがあるからまたね」
「ちょっと、ちょめ太郎、逃げないでよ」
「だから仕事だって言っているじゃん」
「パパに頼めばお仕事を休めるわ」
「そんなことをしたらパパが可哀想でしょ」
「ちょめ太郎は掃除をしたくないだけじゃん」
ミクは何としてでも私に掃除をさせたいようで邪魔をして来る。
せっかくいい口実が思いついたのに残念だ。
「わかったわよ。掃除をすればいいんでしょ」
「はじめからそうしていればいいのよ」
結局、ミクから逃れることができず掃除をする羽目になった。
「ふーぅ、終わった」
「ちょめ太郎。まだ、机に塩が残っているよ」
「小姑みたいなことを言わないでよ」
「ちょめ太郎が汚したんだからね」
「はいはい。やればいいんでしょ」
1時間もかけて掃除をしたのに、ミクはまだ文句を言って来る。
机に塩が残っていたら自分で片づければいいのだ。
それをわざわざ私にやらせるなんて嫌がらせとしか思えない。
「まったく、誰に似たんだか……ママか」
ママは細かなところまで心を配るからミクにも遺伝しているのだろう。
「嫌なところが似ちゃったわね」
「ちょめ太郎。サボってないでさっさとやる」
「わかってるわよ」
これではパワハラだ。
ミクの方が年下だけど関係ない。
力で従わせようとすることをパワハラと言うからだ。
きっとミクは将来、口うるさい嫁になるだろう。
「終わったよ」
「ちゃんとキレイにできたようね」
「これで文句ないでしょ」
「ごくろうさま」
やっぱり立場はミクの方が上のようだ。
確かに部屋の主なのだから立場が上なのもしかたない。
だけど、私の方が年上なんだから”お疲れさま”と言ってほしかった。
「さてと、お茶にするかな」
「ないよ」
「なんで?さっき、ママがおやつを持ってきたじゃん」
「ルイと食べちゃった」
ミクは悪びれたようすもなくあっさりと答える。
こんなに働いたのにおやつがないだなんてあんまりだ。
しかも、私の分まで食べるなんて非常識にもほどがある。
恐らくルイが私の分を食べてしまったのだろう。
「もう、ヒドイ。酷すぎるわ」
「ちょめ太郎がお部屋の掃除に夢中になっていたから仕方なくだよ」
「どうせルイが食べたんでしょ」
「ルイと半分こにした」
「キィー。グレてやる」
「ごめんね。明日のおやつは私の分をあげるから機嫌なおしてよ」
「私は今、おやつが食べたいの。明日までなんて待ってられないわ」
「でも、ないんだから仕方ないじゃん」
その言葉に私は目にいっぱい涙をためて勢いよくミクの部屋から飛び出した。
「もう、絶対に許してあげないんだから」
しかし、後ろを振り返ってもミクは追いかけて来なかった。
「何よ。こう言う時は追いかけて来て謝るってのが筋じゃない。薄情過ぎるわ」
今までの暮らしは何だったのか。
私はミク達のお姉ちゃんとして振る舞ってきたつもりだ。
なのに私に感謝こそすれ謝りもしないなんてあんまりだ。
「家出してやる」
私の荷物はないのでそのままでミクの家から離れて行った。
行くあてなんてない。
ただ、態度で示さないとミクは気づかないのだ。
どうせ私の家じゃないから家出とは言わないのだけど。
「さてと、どこに行こうかしら」
今さら精霊の森の”おぼこぼさま”にお願いを聞いてもらうのもアレだ。
それに私を見たら捕獲して生け贄にするかもしれない。
”おぼこぼさま”にはじめて出会った時はそうだったからだ。
「やっぱ、王都にしておこうか」
だけど、王都に行っても頼れる人はいない。
ルイミン達とはケンカ別れをしたから今さら頼れない。
もし、私が泣きついたら立場が逆転してしまうのだ。
あくまでも私がプロデューサーでないといけない。
「でもな……」
私は王都の方角を見つめながら目を細める。
「とりあえず、ルイミン達の様子を見に行こうか」
それから決めても遅くはない。
あれからだいぶ時間が経っているから大丈夫だろう。
ルイミン達に見つからなければ何も問題はないはずだ。
あいにく私には擬態と言う特殊能力があるから便利だ。
私は転移の指輪に魔力を注いで王都まで転移をした。
「私の転移のレベルも上がって来たわね。ちょうど部室の前だ」
うまく転移したい時は目的地をリアルにイメージすることだ。
なので行ったことのない場所の転移はすごく難しい。
だから普段使いする時は行ったことのある場所にしか転移しないのだ。
アイドル部の部室は何度も行ったことがあるからリアルにイメージすることができた。
すると、アイドル部の部室からピアノの音が聴こえて来た。
「まだ路上ライブの練習をしているようね。感心感心」
私がいなくなってからも練習だけはしているようだ。
嬉しさ半面、寂しさも同時に覚える。
それは私がいなくても大丈夫だからだ。
「あの子達は、もう巣立って行ったのね……”暮れなずむ街の♪”てっ、ちがーう!ルイミン達はまだひよっ子よ」
プロデューサーの私が面倒をみてあげないとフェスすらできない。
持ち歌が2曲だけじゃ、すぐにファンに飽きられてしまうのだから。
やっぱり新曲をバンバン出さないといけない。
それにはプロデューサーである私の力が必要なのだ。
私が部室の前でひとりノリツッコミをしていると歌声も聴こえて来た。
私は耳を澄ませて聴こえて来るメロディーに聴き入った。
「あれ?なに、この歌。聴いたことがないんだけど」
私が作成した楽曲は”恋するいちごぱんつ”と”春恋別れ”だけだ。
しかし、聴こえて来るメロディーは”恋するいちごぱんつ”でも”春恋別れ”でもない。
「何よ。私がいない間に新曲を作ったっての」
許せない。
プロデューサーの私を差し置いて新曲を作るのはご法度だ。
ましてやアイドルとしてまだまだひよっ子の”ファニ☆プラ”だから勝手なことをしてはいけない。
「こうなったら部室に忍び込んで探りを入れよう」
私は久しぶりに”擬態”を使って自分の姿をくらました。
そしてアイドル部の部室のドアを細めに開けて中に忍び込む。
部室の中ではルイミンとセレーネがリリナのピアノに合わせて歌を歌っていた。
”トキメいた その時から 私のとりこ”
”繋がれるように 秘密のウインクを交わしあう”
”誰もがみんな コタエなんてわからない”
”だけど信じていたい 今はただ”
「ルイミンちゃん、ちょっと違うかな。”今はただ”のところは堪えていた気持ちを心の底から叫ぶような感じをイメージして歌ってみて」
「う~ん、難しいな。こう?」
”今はただ”
「叫ぶんじゃなくて声を押し殺すような感じの方が近いかも。吐息を吐くときみたいに」
「吐息を吐くみたいね。やってみる」
”今はただ”
「よくなった。そう言う感じで歌ってね」
「OK」
ルイミンはリリナの個別指導を受けながら歌い方のチェックをしていた。
(何なのよ。私がいなくてもうまくやってるじゃん。しかも、新曲の練習までしてる。これじゃあ私の出番がないじゃん)
私はルイミン達に聞こえないように心の中で叫ぶ。
「?」
「どうしましたか、セレーネちゃん」
「今、ちょめ助くんの声が聞えたような気がしたんです」
「ちょめ助。どこにもいないよ」
「気のせいかしら」
「虫の知らせってやつかもしれませんね」
「ちょめ虫だけに」
「「ハハハハ」」
セレーネの敏感さにも驚きだが私をネタに爆笑しているだなんてあんまりだ。
確かにちょめ虫だけど”虫の知らせ”の虫じゃない。
私はもっと高尚な生き物なのだ。
「じゃあ、サビの部分からやり直しましょう」
「わかったよ」
「わかりましたわ」
リリナは再びピアノに向き合うと新曲のサビの部分を弾く。
それに合わせてルイミンとセレーネが歌いはじめた。
”誰もがみんな コタエなんてわからない”
”だけど信じていたい 今はただ”
”油絵具で 塗りかえられないけれど”
”黒に光差し込む だから Ah”
(歌詞も私とは違うテイストだわ)
きっとリリナかセレーネが作詞をしたのだろう。
間違ってもルイミンではないことは明らかだ。
(ルイミンはそう言うキャラじゃないし。にしても作曲は誰がしたのかしら)
ピアノを弾けるのがリリナだけだからリリナが作曲したのだろう。
ただ、曲調からするとリリナのイメージとはちょっとかけ離れている。
リリナは純粋でピュアな音色を好むから、この毛色が違う曲を作ったとは思えない。
他に誰か協力者でもいるのだろうか。
私はとりあえずルイミン達の歌の練習を最後まで見守ることにした。
「いい感じに仕上がって来ましたね」
「ちょっと休憩」
「今日は私が買って来たマカロンでお茶をしましょう」
「やったー!おやつタイムだ」
セレーネはお洒落な紙袋からマカロンを出してテーブルの上におく。
そしてティーポットで紅茶を淹れてそれぞれのカップに注いだ。
「どれにしようかな」
「私はイチゴ味がいいです」
「私はブドウ味かな」
「あーっ、ズルい。私が選ぼうと思っていたのに」
「なら、私のイチゴ味のマカロンを差し上げます」
「いいよ、それはリリナちゃんが食べて。私はレモン味にするから」
ルイミンは黄色いレモン味のマカロンをとってニッコリと笑った。
「それじゃあ、いただきます」
「「いただきます」」
さっそくルイミンはレモン味のマカロンをまるまるひとつ口の中に頬張る。
そしてモゴモゴと咀嚼しながらレモン味のマカロンを楽しんだ。
「モゴモゴ」
「ルイミンちゃん、食べ終わってから話してください」
「口の中の水分がマカロンに奪われちゃったんですね」
「モゴモゴ」
セレーネが指摘した通りルイミンは口の中の水分をすっかり奪われてしまっているようだ。
慌てて紅茶を飲み干しているところから見てもその通りだ。
「ぷはーっ、死ぬかと思った」
「一口で食べるからですよ」
「だって、ちょうどいいサイズだったんだもん」
確かにマカロンの大きさは一口で食べられる大きさだ。
だからと言って一口で食べてしまうとルイミンのようになる。
マカロンは意外と口の中の水分を吸収してしまうからお茶がないとダメなのだ。
「このマカロン、すごく美味しいです」
「喜んでもらえてよかったわ」
「セレーネちゃんっていろんなお店を知っていますよね」
「レイヤーをやっていた時にファンのみなさんからたくさん差入れをもらいましたから」
「そう言えば”ファニ☆プラ”のファンって差入れをしないよね」
「まだメジャーになっていないからですよ」
「それにしたってファンなんだから差入れぐらいしてくれてもいいのに」
そんな催促をしているとファンが離れて行ってしまう。
まずは差入れを求めるよりもメジャーになることの方が先だ。
まだ、”ファニ☆プラ”としてはまだまだだから精進しないといけない。
「話は変わりますけれど、ガイさんがいてくれてよかったですね」
「うん。私達にはない要素をガイくんが加えてくれたから新曲が完成したんです」
「悔しいけどセレーネの言う通りね。今までの”ファニ☆プラ”の楽曲とはテイストが違うしね」
聴き慣れない”ガイ”と言う名前に私は反応する。
(ガイって誰よ。新しいプロデューサー?)
だとしたらルイミン達がしたことは裏切り行為だ。
私と言うプロデューサーがいるのに他のプロデューサーに頼ったのだから。
私はまだ”ファニ☆プラ”のプロデュースを降りたわけじゃない。
今は一時的に離れているだけだ。
いずれ戻ろうかと思っている。
「リリナさんとガイさんってお似合いですよね。すごく素敵なカップルです」
「いやーん。そんなに褒めないでください。恥かしい」
「うぅ……複雑な気持ち」
またもやセレーネは意味あり気な言葉を吐いたので私は反応する。
(素敵なカップルってどう言うことよ。リリナとガイは付き合っているとでも言うの?)
それはしてはいけない行為だ。
アイドルたるもの他の男子に現を抜かしていてはいけない。
そんな暇があるならより多くのファンを獲得するべきだ。
まだ、”ファニ☆プラ”はアマチュア域を越えていないのだから。
「これからもガイさんの協力を得られれば、いろんな楽曲を作れそうですね」
「う~ん、でもな……ガイくんもバンドがあるから忙しいかも」
「そうだよ。ガイばっかりに頼ってもダメだよ。私達で作ればいいよ」
「そうはいいますけれど、ルイミンさん。楽曲を作る作業はすごく大変なのですよ」
「そんなのわかっているよ」
「ちょめ助くんがいてくれたらいいのですけどね」
リリナが期待したいた言葉を行ったので私は嬉しくなる。
(ようやく私のありがたみに気づいたようね。そっちが頭を下げたら戻ってあげるわ)
誰にも見えないのに私は誇らしげな顔をしながら胸を張ってみせる。
「ちょめ助なんてあてにしちゃダメだよ。また束縛される毎日がはじまるんだよ」
「それは嫌ですわね」
「やっぱり私達だけで頑張らないとダメなのかも」
私はルイミン達からそう言う風に見られていたことを初めて知った。




