第百六十四話 共同作業
リリナが熱愛を発表した次の日は心が軽かった。
それはもうリリナの熱愛で悩まなくてもいいからだ。
リリナの方もスッキリした顔をしている。
後ろめたさがないからだろう。
「今日のリリナちゃん、いい笑顔をしてるね」
「ルイミンちゃんだってそうじゃないですか」
「そうかもね。すごく心が軽いからかもしれない」
「わだかまりがなくなったことで前の二人に戻れたのですわ」
”雨降って地固まる”ではないが前よりも心を通わせているような気がする。
熱愛の一件で私達は少し成長できたのかもしれない。
「今日からまたアイドル活動再開だね」
「週末の路上ライブに向けて練習をしましょう」
「そのことなんだけど……」
不意にリリナが恐る恐る私達の顔を見つめる。
「どうしたの、リリナちゃん」
「私、新曲を作ろうと思うんです」
「えーっ!新曲!また、あの面倒くさい作業をするの」
「そうじゃなくて、私ひとりで作ってみたいんです」
「何でまた」
リリナの予想もしなかった言葉に私とセレーネは顔を見合わせる。
新曲を作るなんて簡単に言うけれど大変な作業だ。
私達は経験があるから、その大変さはわかっている。
なのに、今度はリリナひとりで作るだなんてどう言うつもりか。
「熱愛の一件でいろいろ悩んだことをノートに書き記していたんです」
「気持ちの整理をしたかったんだね」
「昨日、そのノートを見返して入たら楽曲になるって思ったんです」
「確かにリアルな作詞になるだろうけど」
「熱愛は誰もがする経験です。だから、同じような境遇にある人の心に響くと思うんです」
「私にはまだわからないけど、セレーネは?」
「いいアイデアだと思います。作詞はリアリティーがあった方が聴いている人に届きますから」
セレーネに認められてリリナは嬉しそうな顔を浮かべる。
「でもさ、作詞も作曲もリリナちゃんひとりだなんて大変じゃない?」
「作詞は私が書きますけど、作曲の方は手伝ってくれる人がいるんです」
「誰?」
「ガイさんです」
「な~る」
彼氏と新曲を作るなんてリリナちゃんも罪作りだ。
しかも、私に直接言うなんて大胆過ぎる。
私が嫉妬して反対したらどうするつもりだったのか。
「はじめての共同作業が”ファニ☆プラ”の新曲作りだなんて素敵ですわね」
「ってことはガイを直接見れるわけね」
「そう言うことになります」
「リリナちゃんのハートを射止めた奴の顔は拝んでおかないといけないわ」
「ルイミンさんも賛成なのですね」
「今さら”ヤダ”なんてワガママは言わないよ」
ガイのことを受け入れた以上、反対することは何もない。
リリナとガイがラブラブになるのは悔しいけど、私はそれ以上にリリナを好きになればいいのだ。
「で、いつからはじめる予定なのですか?」
「今日からはじめるつもりです。あとでガイさんが来てくれます」
「くぅー、もう準備は万端ってか。妬けるね」
「ルイミンちゃんもガイさんと会えば、きっと気に入ってくれます」
「自信たっぷりじゃん。イケメンなの?」
「はい」
否定しないところがすごいところだ。
きっとリリナが好きになるぐらいだから超イケメンなのだろう。
ただ、気になるところは中身だ。
外見はよくても中身がダメならブサメンだ。
「これは楽しみが増えましたわね」
「ああ、早くガイを見て見たい」
「あと20分ほどすれば来ると思います」
時計の針を見ると16時10分を指していた。
「では、残りの時間で部室の片づけをしましょう」
「そうですね。汚いところを見せるのは恥ずかしいですから」
「リリナちゃん、すっかり恋する乙女ね」
「わ、私は”ファニ☆プラ”のイメージがダウンすると思ったんです」
「いいわ。そう言うことにしておいてあげる」
女子が恋をすると身キレイになると言うが本当らしい。
さすがに好きな人にだらしのないところを見られたくない。
いつも清潔でキレイにしている女子だと思われたいのだ。
とかく女子だけでいると異性の目を気にしなくなってしまう。
だから、足を開いて座ったり、団扇でスカートの中を煽ったりする。
もし、そんな姿を異性に見られたらイメージダウンもいいところだ。
せっかく芽生えた恋心も一瞬で枯れてしまうだろう。
「恋する乙女って大変なのね」
「ルイミンさん、そこの箱を取ってください」
「はーい」
それから私達はガイが来るまで部室の片づけをした。
「やっと、終わったね」
「これならば誰が来ても恥ずかしくありません」
「来て欲しいのはガイさんでしょ」
「からかわないでください、セレーネさん」
掃除の終わりでそんなやり取りをしていると外が騒がしくなる。
「何かあったのでしょうか?」
「ちょっと見て来る」
そう言って私は部室の扉を開けて外に出て行く。
すると、校門の前に人だかりができていた。
「有名人でも来たのかな」
「違いますわよ、ルイミンさん」
セレーネがしたり顔で横にいたリリナを指さす。
リリナは恥ずかしそうにしながら頬を赤らめていた。
「よっ!」
「ガイくん」
「えーっ!こいつがガイ。超イケメンじゃん」
ガイはちょい悪系のちょーイケメンの男子だ。
眉毛が細いので気合が入っているように見えるが怖い人間じゃない。
それは面構えがイケメンだからすんなりと受け入れてしまっているのだろう。
「リリナさんも隅には置けませんわ。こんな素敵な彼氏さんがいるんですから」
「ちょっと、そこ!くっつき過ぎ!」
ガイがリリナの隣にいたので私はイエローカードを掲げる。
「いいじゃないですか、ルイミンさん。お二人は恋人同士なんですから」
「ダメーッ!絶対にダメ!ここは神聖なセントヴィルテール女学院なのよ。不純異性行為は認めません!」
私はリリナとガイの間に割って入って二人を引き離した。
「これがリリナが言っていたお友達か。楽しそうだな」
「はじめまして。セレーネと言います」
「私はルイミン。よろしく」
セレーネが先走ってガイに挨拶をしたので流れで私も挨拶をした。
「俺は聖エクスタール学院のガイだ。軽音楽部に所属している」
ガイは肩に背負っていたギターをちょい見せして自己紹介をした。
「キャーッ、ちょーイケメン」
「好きになっちゃっていいですかー」
「うわぁ~、こっち見た。カッコイイ~」
いつの間にか私達の周りには女子生徒達が輪を作っていた。
お目当てはもちろんのことガイで校門からついて来たのだ。
黄色い声援を上げながらキラキラした目でガイを見つめている。
「何なのよ。たかが他校の男子が来ただけじゃん」
「頭にちょーイケメンがつきますけどね」
「イケメンぐらい王都にはいっぱいるわ」
「セントヴィルテール女学院に来たことがいいんですわよ。普段から男子慣れしてないからガイさんは刺激的なんでしょうね」
確かにちょーイケメンであることは認める。
どう否定してもガイはちょーイケメンなのだ。
だけど、リリナと付き合っているなら他の女子を遠ざけないといけない。
でないと、男子はすぐに浮気するから注意する必要があるのだ。
「立ち話もなんですし、部室の中で話しましょう」
「そうだな」
「そうですわね。ここにいたら他の女子が黙っていませんもの」
「ちょっと顔がいいってだけじゃん。みんなキャーキャー言い過ぎ」
ひとり不満な私をおいてリリナ達はさっさと部室に戻ってしまった。
「もう、リリナちゃんもデレデレしちゃってさ」
「ルイミンさん。早く入らないとカギを閉めちゃいますわよ」
「わかってるよ」
セレーネに促されて私はアイドル部の部室の中に入った。
「ちゃんとカギをかけておかないと他の女子生徒達が入って来ちゃいますからね」
「うえぇ~、もう、部室が取り囲まれている」
「カーテンも閉めておきましょう」
おかげで部室の中が暗くなってしまったので明かりをつけた。
「リリナの学校っていつもこうなのか?」
「今日はガイくんが来たからだよ」
「どの学校もみんな同じなんだな」
「何よ、それ。自慢のつもり」
「モテる男子は言うことが違いますわね」
ガイが何気にモテ自慢をして来たので私はすぐさまツッコミを入れた。
セレーネが言うように自分でモテることを自覚していない男子が言うような台詞だ。
きっと常時モテているからどれが普通なのかわからないのだろう。
「リリナ、新曲の方は進んでいるのか?」
「うん。歌詞はちょうど書き終えたところ」
「なら、あとは作曲だな。まずは歌詞を見せてくれ」
「うん」
ガイの前だといつものリリナも人懐っこい子犬のようだ。
まあ、好きなんだから仕方ないけれど見ていられない。
これが恋する乙女の真の姿なのだろう。
ちょっと嫉妬。
「いいじゃないか、よく書けてる」
「私のことを書いてみたんだ」
「そ、そうか」
予想もしていなかったことをリリナが口走ったのでガイは動揺する。
「あんなちょい悪系イケメンでも動揺することがあるのね」
「それはあたり前ですわ。リリナさんの気持を知ったのですから」
「ちょっと、私にも見せてよ」
「ほれ」
「あーん、ダメですよ。恥かしいですから」
「リリナちゃん、邪魔しないでよ」
「ダメですって」
ガイには見せていいのに私に見せないとはどう言うことか。
どちらかと言えば彼氏に見られる方が恥ずかしいと思うのだが。
私は強引にリリナからノートを奪い盗って書かれていた歌詞に目を通した。
「”禁じられた恋”だなんて今のリリナちゃんそのものじゃん」
「言葉はオブラートで包んでいますがリアリティーを感じさせるものですね」
「ふ~ん、リリナちゃん、こう言う風に思っていたんだ」
「私だっていけないことぐらいはわかってます。だけど……」
「好きの気持ちはとりとめもないんでしょ」
「はい」
そんな風にリリナから言われてみたい。
私のことが好きで好きでしかたないと。
それがガイだなんてがっかりだ。
「アイドルであることはわかっていても恋心は止まらないだなんて情熱的ですね」
「からかわないでください、セレーネちゃん」
「いいのですわ。リリナさんはそれぐらいの方がリリナさんらしいです」
「なんかすごく恥ずかしいです」
セレーネに褒められてリリナは顔を真っ赤にさせて小さくなった。
「じゃあ、そろそろはじめるか」
「うん、そうだね」
そう言うとガイはギターケースからギターを取り出す。
リリナはピアノに向き合って椅子に腰をかける。
すると、ガイは椅子をピアノのそばに持って来て足を組んだ。
ポロロロロン。
ガイはギターの弦を弾くとリリナと見つめ合った。
そして呼吸を落ち着けてからギターを弾きはじめた。
テロテロテロテロテロテロテロロ。
テロテロテロテロテロテロテロロ。
そのギターの音色をリリナは目を閉じて聴いていた。
「今のがイントロだ。どうだ?」
「うん、ちょっと出だしのところが違う感じがする」
「もっと悲し気な感じにしたいの」
「じゃあ、弾いてみろ」
「うん」
そう言うとリリナはピアノの鍵盤を弾きはじめた。
ピロピロピロピロピロピロピロロ。
ピロピロピロピロピロピロピロロ。
「こんな感じだよ」
「そうか。そうなると後半も変えないといけないな」
再びガイはギターの弦を弾きながらリリナのイントロに合わせた音色を奏でる。
テロテロテロテロテロテロテロロ。
テロテロテロテロテロテロテロロ。
「どうだ、合っているだろう」
「うん。前よりすごくよくなった」
「なら、イントロを仕上げるぞ」
「うん」
リリナとガイは二人にしかわからない言葉で話し合っている。
音楽のことに疎い私にとってはすごく難しい話に聞こえた。
「ルイミンさん、私達はお邪魔虫なようですわよ。お二人だけにさせてあげましょう」
「ダメだよ、そんなこと。リリナちゃんが襲われちゃうかもしれないじゃん」
「大丈夫ですわよ。ガイさんはそんな悪い人じゃありませんから」
「なんで、そんなことがわかるのよ」
「第一印象からですわ」
「私には嫌な奴にしか映らなかったけど」
「もし、ガイさんがリリナさんを襲うなら今じゃなくてもできてはずですしね」
「それはそうだけど……」
だけど、リリナとガイを二人っきりにしておきたくない。
たとえ間違いがなかったとしてもライバルとして認めるわけにはいかない。
リリナは私だけのものなのだ。
「私達のことは気にしないでください」
「リリナには手を出さないから安心しろ」
「言葉だけじゃ足りないわ」
「もう、ルイミンさん、さっさと行きますわよ」
「ちょっと、セレーネ。離しなさいよ」
私が駄々を捏ねているので見かねたセレーネが私の腕を引っ張って強引に部室から引っ張り出した。
「さてと。私達はお茶でもしに行きますか」
「私は行かないよ」
「そんなつれないことを言わないで行きましょう」
「ちょっと」
セレーネの強引さに押されて私は近くの喫茶店まで連れていかれた。
ソワソワ、ソワソワ。
「落ち着いてください、ルイミンさん。こう言う時は甘いものがいいですわよ」
「のんきにパフェなんて食べていられないよ。今頃、リリナちゃんとあいつは……」
「大丈夫ですわよ。ガイさんは誠実な方ですから」
「そう?俺様タイプって感じがしたけど」
「けっしてルイミンさんが心配しているようなことは起こりませんわ」
「でも、絶対じゃないでしょ。リリナちゃんを見たら欲望を押さえられなくなることだってあるんだから」
とかくリリナはか弱くて小さいからガイのようなやつに襲われたらアウトだ。
抵抗できずに服を脱がされて露わな姿にさせられてしまう。
そしてあんなことやこんなことをリリナにするのだ。
「あーん、もう、余計なことを考えていたらイライラして来たわ」
「ルイミンさんは想像力が豊かなのですわね。はい」
不意にセレーネがスプーンで掬ったパフェを差し出して来たのでパクリと咥えてしまった。
「美味しい」
「でしょ。この喫茶店の名物ですからね」
「もう、こうなったらビックチョコパフェを全部平らげてあげるわ」
「そうです、その意気です。私達も共同作業をしましょう」
セレーネが頼んだチョコパフェは5人前はありそうな規格外のチョコパフェだ。
チャレンジメニューとしてお店が出しているらしく挑戦者が後を絶たないと言う。
本来はひとりで食べないといけないのだがチャレンジしなければ注文できる。
なので多くの女性客から人気があるメニューなのだ。
「もう、その言い方をやめてよ。結婚式みたいじゃん」
「リリナさん達も共同作業をしていますしね」
「今はその話はなしよ。チョコパフェがマズくなる」
「はいはい、わかりましたわ」
その後も私は小さなスプーンでチョコパフェを掬っては食べを繰り返す。
それに負けじとセレーネも掬っては食べを繰り返すのであっという間になくなってしまった。
「ぷーぅ、食った、食った」
「あれ?もう終わりですか?」
「5人前のチョコパフェを2人で食べたんだよ。お腹いっぱいだよ」
「私はまだまだですわ」
「セレーネって見かけによらず大食いだよね。お腹のどこにチョコパフェが入っているのさ」
「ここですわよ」
そう言ってセレーネは少し膨れたお腹を突き出した。
ただでさえ細いウエストだからお腹のこんもり具合が目立つ。
お腹の中に赤ちゃんがいるかのような膨らみようだ。
それなのにお腹いっぱいでないところが信じられない。
いったいセレーネはいくつ胃袋を持っているのだろうか。
「私、お腹いっぱいだから先に帰る」
「ダメですよ。今、帰ったらリリナさん達の邪魔をしちゃいますからね」
「もう、終わってるよ」
「ダメですわ。リリナさんもたまには羽を伸ばさせてあげませんとね」
そう言うことでセレーネは5人前のいちごパフェにひとりで挑戦した。
「うぷっ、何だか気持ち悪くなって来た」
「うーっ、このいちご甘くて美味しい。これならば何粒でも食べられますわ」
「ちょっとトイレに行って来る」
「ダメですわよ。そんなわかりやすい嘘をついても」
「もー、私を帰らせてよ」
「これを食べ終わるまではダメです」
結局、セレーネからは逃れることができず最後までつき合わされた。
セレーネはチャレンジメニューをクリアしたので無料チケットをもらった。
今度、お店に来た時は無料で食事できるらしい。
「それじゃあ、帰ろう」
「食後のあとは運動です。街を一回りして来ましょう」
「どこにそんな元気があるのよ」
「はいはい、いったいった」
セレーネの時間稼ぎにつきあわされたのですっかりくたびれてしまった。
たとえリリナとガイがよからぬことをしていても何も言い返せないだろう。
それだけの元気すらなくなっていたからだ。




