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第百六十三話 火消し作業

アイドル部の部室の前で足を止める。

いつもなら普通に入れるけれど今回は違う。

はじめて学校に入学した時のようなドキドキ感だ。

この先にリリナがいることを思うと足がすくむ。

だけど、ここで地団太を踏んでいても仕方がない。

とても勇気のいることだが前に進むしかないのだ。


「もう、覚悟を決めたじゃない」


私は自分に言い聞かせるように呟いた。


そして手を伸ばして部室のドアノブを掴む。

相変らず心臓はバクバク音を立てている。

だけど、そのままドアノブをひねって扉を開けた。


「失礼します」


不意に部室の中を覗き込むと、そこにリリナとセレーネが座って待っていた。


「お疲れさま、ルイミンさん」

「お、お疲れさまです」

「おぅ。お疲れ」


ぎこちない空気が部室の中を埋め尽くす。

普段ならすぐにお喋りするけれど今はできない。

空気がピリピリしていて言葉すら出て来ないのだ。


「……」

「……」


リリナの方も同じなのか私に話しかけて来ない。

ただ、セレーネだけはいつも通りで間に割って入って来た。


「そんなところで立っていないで中に入ってください。ちょうどルイミンさんが来るのではないかと話していたところなんです」

「そう」


私は部室の扉を閉めて部屋の中に入って行った。

セレーネは手際よくお茶を出してくれる。

そのお茶を啜ってからおもむろに口を開いた。


「久しぶり」

「そうですね」

「元気してた」

「それなりに」

「ならよかった」

「はい」


ぎこちない会話が繰り返しているとセレーネが口を挟んで来る。


「はいはいはいはい、そこまで。お二人とも緊張し過ぎです。いつも通りにしてください」

「そ、そうだね」

「いつも通り、いつも通り」


改めてセレーネに指摘されて不自然なことに気づく。

これではまるでお見合いをしているカップルのようだ。


「ルイミンさん、今日は何か用があって来たんじゃないんですか」

「うん、そう」

「なら、ここで話してください」

「そうだね」


セレーネがうまくリードしてくれたので話しやすくなった。

いきなり自分から口にするとうまく喋れなかっただろう。

覚悟を決めて自分の気持ちを伝えるのだから難しいのだ。


「スーハ―。リリナちゃん、話があるんだ」

「何ですか」

「あんなことを言ってごめん。あの時は気持ちが昂っていてつい口にしちゃっただけなんだ」

「謝らないでください。悪いのは私なんですから」

「そんなことない。リリナちゃんは悪くない。私がリリナちゃんを受け入れないからいけなかったんだ。誰よりも近くで応援していたのにね」

「ルイミンちゃん……」


ようやくリリナに謝ることができた。

本当ならもっと早くにするべきだったのに今になってしまった。

だけど、ちゃんと言葉にしたことで心の中のつっかえがとれたような気がした。


「私、悔しかったんだ。リリナちゃんの一番じゃなくなったから。誰よりも近くにいたからショックだったんだ」

「ルイミンちゃん……」

「あいつのことは正直受け入れたくない。だけど、それだと問題が解決しないから受け入れることにしたんだ。リリナちゃんが好きになった人だもんね。信じてあげなくちゃ」

「ありがとうございます」


実際に自分の気持ちを伝えてみるとそう難しいものではなかった。

なんであんなに悩んでいたのか不思議なくらい気持ちが軽くなった。

リリナと向き合ったことで私の中のモヤモヤが整理されたのだ。


「だけど、あいつに負けるつもりはないよ。もっとリリナちゃんのことを好きになって一番になってやるんだから」

「はい」


私の本当の気持ちを知ったことでリリナの顔が少し明るくなった。


「私は自分の気持を話したよ。今度はリリナちゃんが話して」

「わかりました」


リリナの方も緊張しているのか所作がぎこちない。

まあ、ひた隠しにして来た気持ちを話すのだから仕方ない。

私はお茶を啜ってリリナの返事を待った。


「リリナさん、頑張って」

「ルイミンちゃん、裏切るような真似をしてごめんなさい」

「いいよ、そんなの」

「ルールを破ることだとわかっていたのに恋心を止めることができませんでした」

「仕方ないよ、それが恋だもん」

「私はガイさんんことが好きです。だけど、同じぐらいルイミンちゃんのことも好きです。もちろん”ファニ☆プラ”も大好きです」

「同じぐらいか……」

「だからアイドル活動を辞めたくありません」

「私も同じ気持ちだよ」


リリナとは進むべき道が違っていると思ったけどそれは間違いだ。

離れていても同じ目標を見つめていたことに改めて気づいた。

私達は友達である前に”ファニ☆プラ”なのだ。


「私が弱かったのがいけないんです。心の隙間にすっぽりとガイさんが入り込んで。気がついた時にはガイさんの存在が大きくなっていました」

「私も同じだよ」

「かき消そうと思ってもぜんぜん消えなくて、意識をするたびに気持ちが惹かれ行ってしまったんです」

「そうなの」

「もう、私の中でガイさんは大きな存在になってるんです」

「悔しいけれどそれが本当なんだね」


わかり切ったことだけど改めて聞くとショックだ。

今までは私が一番だったのにあいつに変わるなんて。

好きな人にフラれた時のような悲しみが襲って来る。

だけど、それから逃げてはいけないのだ。


「私はガイさんのことが好きです。もちろんルイミンさんも好きです。だからワガママですけど私を認めてください」

「……うん。認めるよ」

「本当ですか!」

「だって、そのためにここまで来たんだもん。正直、悔しいけどね」


私の返事を聞いて驚いた顔を浮かべるリリナを優しく見守った。


「二人ともよくできました。これで問題解決ですね」

「はぁー、何だか気持ちを話したらすっきりしたな」

「私もです。何であんなに悩んでいたのか不思議です」

「リリナちゃん、覚悟をしていてよ。もっと好きになるから」

「はい。私もルイミンさんことを好きになります」


これで私とリリナが抱えていた問題は解決した。

今まで通りってわけにはいかないけれど前に進める。

あいつがリリナちゃんの心の中に入ったことでライバルができた。

あいつがリリナちゃんを好きになる以上にリリナちゃんを好きになってやるのだ。

それが私にできる唯一のことだ。


「リリナちゃん、改めてこれからもよろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


私とリリナは握手をして仲直りをした。


「さて、あとは噂話の件をどうにかしないといけませんわね」

「ああ、それが残ってたか」

「どうしたらいいのでしょう」


リリナともめていたせいですっかり噂話のことを忘れていた。

噂話は尾ひれをつけて広まっていたのですごい内容になっている。

リリナが妊娠しているとか、責任をとって結婚するとかいろいろ。

どれも真実ではないのに噂をしている人達は気にしていない。

いかに面白おかしくなるかに重きを置いて真実を知ろうとしてないのだ。


「これだけ広まっていると火消し作業が大変ですわね」

「なら、あの噂はデマだったことにする」

「今さら嘘をついても逆効果だと思いますわ」

「ガイさんといっしょにいるところを見られていますし」


デマだったことにしてしまえれば簡単なのだがそううまくはいかない。

一旦広まってしまった噂話は雑草のようにしぶといのだ。


「じゃあ、脚色してリリナちゃんとガイが別れたことにするのは?」

「それだとリリナさんが窮屈になってしまいますわ」

「いい案だと思ったんだけどな」

「隠れて恋愛をするほど難しいことはありませんから。バレた時のショックの方が大きくなります」


いっそうのこと本当に別れてしまえとさえ思っている。

だけど、受け入れると言った以上言葉にはできない。

いつかあいつのことに飽きるまで頑張らないといけない。


「やっぱり素直に認めた方がいいのかも」

「それだとファンのショックが大き過ぎない。私だって錯乱したんだよ」

「リリナさんの案も一理ありますわ。ここは素直に認めた方がいいかもしれません」

「それじゃファンはどうなるの?」

「ルイミンさんと同じようにショックを受けるでしょう。中には離れて行くファンもいると思います。だけど、今のルイミンさんのように乗り越えることもできるんです」

「ファンに委ねるってわけね」


正直、そうした時に結果がどうなるのか不安だ。

もし、みんな離れて行ってしまったらファンがいなくなる。

そうなったら、また一からアイドル活動をしないといけないのだ。

言葉にすることは簡単だけど実際は大変な苦労が伴うだろう。

噂話を払拭するぐらい努力を重ねないとファンは戻って来ない。

たとえファンが戻って来たとしても前のようにはなれないだろう。


「それでうまく行くでしょうか」

「今となればやってみるだけでしょうね」

「わかった。それにしよう。きっと何とかなるさ」


不安がいっぱいだが今はやれることをやるだけだ。

結果がどうなるのか心配だけれど前に進むしかない。

望んでいるような結果がでなくても仕方ないことなのだ。


「それでは次の週末の路上ライブで電撃発表をしますわよ」

「アイドルが熱愛を認める発表をするだなんて前代未聞だね」

「その方がファンに与えるインパクトは大きくなりますわ」

「あとは結果がどうなるかだけですね」


と言うことで私達は次の週末に電撃発表することにした。





噂話が広まってからは路上ライブをしていない。

なので次の路上ライブは久しぶりになる。

ファン達が集まってくれるのか不安だらけだ。

ただ、今回は路上ライブをする告知をすることにした。


「放送部です。今日はアイドル部の”ファニ☆プラ”のみなさんから告知があります」

「はじめまして、アイドル部のリリナです。今日はみなさんにお知らせがあってこの場を借りました」

「続けて」

「今度の週末にクジラ公園で路上ライブをします。久しぶりになるので楽しみにしていてください」

「ふんふん」

「それと重大発表があるので聞き逃しのないようお願いします」

「これは行くっきゃないわね。週末が楽しみだ」

「せっかくのお昼休みをお邪魔さまでした」


リリナが告知を終えると放送部の部員はマイクのスイッチを切った。


「はーい、よかったよ。初めてとは思えない」

「普段、路上ライブをしているからだと思います」

「さすがはアイドル部だね。私達も見習わないと」

「そんなことありませんよ。放送部もすごいです」


放送部員とリリナはお互いに褒め合う。

今回は放送部の協力を得て告知した。

チラシを手配りすることも考えたがこっちの方が効果的だと判断したからだ。

噂が広まっているのは学院内なので学院のファンをターゲットにした戦略だ。

これで私達の狙い通り当日は学院内のファン達が集まることだろう。


「明日も告知をする?」

「そうでわね。路上ライブの日までは毎日した方がいいかもしれませんわ」

「なら、スケジュールに入れておくね」

「ありがとうございます」

「放送部って意外と融通が利くのね」

「あたり前じゃない。天下の放送部よ。みくびらないで」


放送部は部活の中でも影響力を持っている部活だ。

学院内の放送を一手に仕切っているから力を持っている。

なので、先生達も放送部に一目を置いているのだ。


「ありがとうございました」

「また明日も待っているよ」

「失礼します」


私達は放送部の部員に挨拶をするとスタジオから出て行く。


「さーて、お待ちかねのミュージックータイム。今回はガラリと雰囲気を変えてクラッシック音楽をお届けするよ。あまりの心地よさに居眠りしないでね」


放送部の部員が放送を流すとステレオからクラッシック音楽が流れて来た。


「これで準備はOKですわ」

「あとは当日を待つだけですね」

「何だかワクワクしてきた」


不謹慎かもしれないが私の心は踊っている。

当日、ファン達がどんな反応を見せるのかが楽しみだからだ。

きっと私と同じように泣き崩れるファンもいることだろう。

あまりのショックで錯乱してしまうファンもいるかもしれない。

だけど、どんな結果が出ても受け入れなければならないのだ。


その後も路上ライブの日になるまでお昼の時間を使って告知を続けた。





路上ライブの当日、会場は”ファニ☆プラ”ファンでいっぱいになった。

連日続けていた告知のおかげで学院内のファンが多数を占めている。


「ドキドキするね」

「発表するのはリリナさんですわよ」

「だって、私達”ファニ☆プラ”じゃん。気持ちはリリナちゃんといっしょだよ」

「そうでしたわね」


そんな話をしている横でリリナはひとり緊張していた。


「リリナちゃん、緊張している?」

「はい。すごくドキドキしています」

「そう言う時はこれね」

「キャッ!何をするんですかルイミンちゃん」

「緊張がほぐれたでしょ」

「だからと言っていきなり胸を揉むなんて」

「これが一番効果的なんだよ」


この方法はちょめ太郎から教わったものだ。

ちょめ太郎はエッチだからエッチなことをしたがる。

緊張をほぐすと言ってエッチなことをするのが目的だ。

だけど、おかげでリリナの緊張がほぐれた。


「それでは路上ライブはじめます。”ファニ☆プラ”のみなさんはステージへ移動をお願いします」

「「はい」」


スタッフから声がかかったので私達はステージに上がった。

すると、割れんばかりの拍手と歓声が会場から湧き起る。

久しぶりの路上ライブだからファンのボルテージも高いようだ。


「みんなー、元気だった?」

「「元気ー!」」

「みなさんの顔が観れて嬉しいですわ」

「「ありがとー!」」

「私もいるよ」

「「ルイミーン!」」


地道に活動を続けて来たことで私のファンも増えた。

リリナ達に比べたらまだ少数だが嬉しいことに変わりない。

この調子で地道に活動を続ければもっと増えるだろう。


「今日は大切なお話があるので聞いてください」


セレーネは口に手をあてて会場が静まるようにする。

そのサインを見たファン達は口を開くのをやめて静まった。


「では、リリナさん」

「リリナちゃん、頑張って」

「はい」


リリナは息を飲み込むと私とセレーネを見て小さく頷く。

そして一歩前に踏み出してステージの真ん中へ移動した。


「私、リリナは今、熱愛をしています!」

「「えーっ!」」


リリナの予想もしなかった言葉にファン達は驚きを声で表す。

まさかアイドルが熱愛を発表するとは思わなかったからだ。

普通なら謝罪をして熱愛報道を否定するのが定番だ。

だから、余計にファン達が度肝を抜かれたのだろう。



「お相手は聖エクスタール学院のガイさんです」

「やっぱり噂は本当だったんだ」

「リリナちゃんに彼氏ができたなんてショック」

「俺はこの先、誰を応援すればいいんだ」

「まったく。”リリナロス”になっちゃうよ」


会場からはファン達の悲痛な叫びが聴こえて来る。

私が感じたようにファン達も悲しみで溢れかえっていた。


「私はガイさんのことが好きです」

「もう、お終いだ。夢なら覚めてくれ」

「そんなことは聞きたくなかった」

「頼むから否定してくれ。これは間違いなんだと」

「はぁー、これで俺の青春も終わったな」


ファン達の言葉は私の心にチクチクと刺さる。

ファンの気持ちがよくわかるから同情してしまう。

私も当初はそんな気持ちだったから現実を受け入れるのが辛いのだ。


そんなファンのリアクションを見てもリリナは話を続ける。


「ガイさんとのお付き合いは続けるつもりです」

「やめてくれー、それだけは」

「俺のリリナがいなくなる」

「きっとエッチされるんだろうな」

「考えただけで悔しい」


ひとりのファンの心の叫びを聞いて他のファン達もざわめいた。

やっぱり一番気にしているのはリリナが汚されることだ。

純粋で無垢なキャラクターで認識されているから汚されることは信じられないのだろう。

ガイとお付き合いをすればいずれ汚されてしまうのだ。

もし、そうなったらただじゃいられないのだろう。


「ですから、これからも温かく見守ってください」

「できるかよー」

「俺のリリナが」

「戻って来てくれ。今からでも間に合う」

「こうなったら奴をやるしかない」


リリナの気持ちとは裏腹に一部のファン達は過激なことを言い出す。

リリナのお相手であるガイに危害を加えるようなことを言っているのだ。

それがつい出た言葉だとしても見過ごすことはできない。

万が一ってこともあるから不安なのだ。


「リリナさんは勇気を持ってこの発表をしました。ルールを破ってしまったことファンのみなさんを裏切ってしまったことは悔やみきれません。けれど、人を好きになる気持ちはみんな同じです。今まで通りではないかもしれまでんが、リリナさんのファンであるならリリナさんを認めてあげてください」

「それがリリナちゃんのファンである証拠だよ」


セレーネの言葉を聞いてファン達は不用は発言を控える。

リリナに彼氏ができたことは悲しいがリリナが消えたわけじゃない。

今まで通り応援はできなくてもリリナのことを見守ることはできるのだ。


「俺、間違っていたな。リリナちゃんはリリナちゃんだ」

「彼氏ができたことはショックだけれど応援は続けることができる」

「もう、俺のモノにはならないけれど仕方ないよな」

「恋をしているならもっとカワイくなるだろうしな」


ファン達の間からそんな嬉しい言葉が溢れ出す。

それは確かに一部のファンだけでしかないけれど嬉しい。

離れて行くファンは離れてしまっても仕方がない。

ただ、残ってくれるファンは今まで通り愛するのだ。


それがアイドルとしてのリリナの務めであり、私達の使命だ。


電撃発表を終えてからもファン達のどよめきは止まなかった。

ただ、これでファンとの間にできていたわだかまりも消えてなくなった。

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