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第百六十一話 スキャンダル

新曲ができあがったので路上ライブができるようになった。

今は週末に控えている路上ライブへ向けての練習だ。

今回の曲はしっとりとした歌なのでしっとりと歌い上げる。

ただ、口にするほど簡単ではなく、なかなか難しい。

激しい楽曲なら強く歌えばいいし、寂しい楽曲ならか細く歌えばいい。

だけど、今回はしっとりな曲なのでしっとりの表現が難しかった。


「しっとり歌うってどうやればいいのかな。私の辞書にないから難しい」

「言葉の意味を解釈すれば少し湿っぽくて嫋やかなことですよ」

「セレーネ、難しい言葉を使わないで。余計にわからなくなる」

「今までになかった曲調なので歌い上げるのが難しいですね」


アイドル経験が長いリリナでさえ、今回の楽曲に困っている。

作詞作曲をしたのがセレーネとリリナなのだから理解していてほしい。

まったく関与していない私にはかなり難しく感じられた。


「何かモデルみたいなものがあればわかりやすいんだけど」

「私の知っている限りでは、この手の楽曲を歌っている人はいませんわ」

「確かに。私もアイドル活動経験が長いけれど聴いたことない」


これではズブの素人の私には超ハードルが高いと言うものだ。

するとリリナがもう一度歌詞を読み直そうと提案して来た。


「まずは歌詞の意味を読み解くことからはじめまましょう」

「そうですね。どんな歌なのかわかればヒントがつかめるかもしれませんし」


と言うことで私達は歌詞の書かれたノートを広げた。


”『アイの世界』”


”夜空を見上げて 祈る”

”微笑む月は 優しい”

”散りばめられてる 星は”

”ファン達の思いの カタチ”


”許される人は ひとり”

”舞台に立てる angel”

”翼を広げて 踊る”

”流星は儚く 白き”


”手を伸ばしても 届かない”

”触れられぬから 尊きもの”

”耳を澄ませて 感じとる”

”肌感覚で つながりたい”


”凛とした時の中で”

”絵具を塗る”

”透明な すごく透明な”

”アイの世界”


「1番はファンの視点から描いていますわ。ファンの気持ちを表現したのです」

「サビの表現が抽象的だから歌い上げる時も幻想的なイメージを持った方がいいですね」

「幻想的って言われてもな。余計にわからなくなる」

「現実世界じゃなくて物語を読み進めるように歌えばいいのですよ」

「それって”なしたろう”とか?」

「ちょっと違うかな。どちらかと言えば”シンデレロ”みたいな物語です」


幾分かわかりやすくなったけれど経験の浅い私には難しい。

特段、アイドルのリリナやレイヤーのセレーネのような経験はないからだ。

自分が主役になるよりも主役を応援するようなことばかりして来たから。


「物語の主人公の立場から歌うのではなく第三者の視点で歌うのがいいですわ」

「そうですね。とかくBメロのところは主人公視点のようにも思えますし、ファン視点のようにもとれますから」

「そう言われてみて少しわかったような気がする」


私は改めて1番の歌詞を読み解いて要点を掴んだ。


”海を見下ろして 願う”

”うつろう波は ざわめく”

”ユラリと漂う 海月”

”アイドルの気持ちの 鼓動”


”訪れる人は 不定”

”座席に座る cloud”

”両手を叩いて 歓喜”

”声援は確かに 強く”


”つなぎとめても 叶わない”

”溢れ出るから 切ないもの”

”声を届けて 響かせる”

”心レベルで 味わいたい”


”キラメイた 水面の上で”

”歌を歌う”

”静謐な すごく静謐な”

”アイの世界”


「2番はアイドルの視点で描いてありますわ。アイドルの気持ちを表現しましたの」

「1番を読んだ後だと2番がよくわかりますね」

「確かに違いはわかるけどさ。どうやって歌えばいいの?」

「1番の舞台は夜空を2番の舞台は海をですわ。ですから海の情景を思い浮かべながら歌ってみるのがいいかもしれません」

「海か……」

「ルイミンちゃん、海月になったような気分で歌えばいいんですよ」


リリナにそう言われて何となくだが感覚がつかめた。

海だけだとどんな海なのかわからないから想い描くのは難しい。

荒っぽい海なのか穏やかな海なのか判断がわかれるからだ。

だから、”海月になったみたいに”と言われてわかったのだ。

海月はプカプカと海に漂っているから穏やかな海なのだろう。


「月明りのキレイな夜の海を想い描いていますの。ですからそのようなイメージを思い浮かべてください」

「その海でたくさんの海月が浮いているなんて神秘的ですね」

「そうだね。海月って妖精のようにも見えるからね」


3人でセレーネが書いた歌詞を読み解いたので世界観がよくわかった。

あとはそれをどう歌で表現するかにかかっている。


”空と海と星と祈り”

”時の流れの中に溶けて”

”不確かなリアルと夢を”

”一筋の閃光に変える”


”輝いた 粒子を糧に”

”心を洗う”

”神聖な すごく神聖な”

”アイの世界”


「ねぇ、セレーネ。何でタイトルを”アイの世界”にしたの?漢字で”藍の世界”でもよかったんじゃない」

「それは色の”藍”と気持ちの”愛”とどちらともとれるようにしたんですわ。1番ではファンがアイドルを想う愛を描いていますし、2番ではアイドルがファンを想う愛を描いたのです」

「舞台を夜空や夜の海にすることで”愛”と”藍”をかけたんですね。さすがです」

「ふ~ん、そうなのか」


私からしたらどちらでもいいように思えるけれど作詞を担当したセレーネにとっては重要なことだ。

趣向を凝らすことで歌詞に厚みを持たせているのだ。

それはあとで考察をするファンのことを意識したのかもしれない。


「それでは歌の練習をはじめましょう」


歌詞を読み解いたことでイメージが描きやすくなった。

あとはしっとりと歌い上げることができれば仕上がる。

きっとしっとりの言葉の中には神秘的な意味もあるのだろう。


まずはパート分けせずにみんなで合せて歌うことからはじめた。





1週間みっちり練習をして路上ライブをできるだけの仕上がりになった。

これで曲のレパートリーは3曲になった。

少しボリュームがすくないように感じるけれど以前よりマシだ。

アンコールを求められても新曲を選ぶことができるようになった。


「いよいよだね。緊張する」

「練習通り歌えば大丈夫ですわ」

「ファンの人達は喜んでくれるかな」

「サプライズですから喜んでくれますわ」


路上ライブで新曲を発表することは告知していない。

なのでファンにとってはサプライズになるのだ。

あえてサプライズにしたくて情報を隠していた。

おかげで私達の方も楽しみができた。


「路上ライブまで時間がありますから最終仕上げをしましょう」

「わかった。これが最後だもんね」


路上ライブの時間になるまで私達は新曲の練習を繰り返した。


開場1時間前になるとぞくぞくとファンが集まりはじめる。

久しぶりの”ファニ☆プラ”の路上ライブだからファンの期待も高い。

その中ににらせんべい屋の時のファン達も集まっていた。


「にらせんべい屋も無駄じゃなかったのね」


だけど、にらせんべい屋には戻りたくない。

ぜんぜんアイドル活動ができないからだ。

ちょめ太郎が儲けることばかり考えていたのが原因だろう。

今はそのちょめ太郎もいないから私達の自由にできる。

今回の路上ライブもその中のひとつだ。


私達は楽屋に戻り時間になるのを待つ。

あと30分ほどで本番がはじまる。

緊張のせいなのかおしっこに行きたくなってしまった。


「ちょっとトイレに行ってくるね」

「時間までに戻って来てよ」

「わかってるって」


私は楽屋を出て女子トイレに急ぐ。

そして個室に入るとカギを閉めて便座に座った。


「ふぅー、間に合った」


私がチョロチョロとおしっこをしているとトイレにファン達が入って来た。


「ねぇ、聞いた?」

「何を?」

「リリナちゃんの熱愛」

「えーっ、リリナちゃん、熱愛しているの!」

「リリナちゃんが見知らぬ男子と歩いているところを見た人がいるんだって」

「男友達じゃないの?」

「恋人つなぎをしていたから間違いないってさ」


ファンの口から予想もしていなかった言葉を聞いたので私は驚いてしまう。

さっきまでしていたおしっこも止まってしまいファン達の話に耳を傾けた。


「相手は誰よ?」

「聞いて驚け。聖エクスタール学院のガイだって」

「ガイって軽音楽部に所属しているギタリストでしょ」

「そうよ、そのガイよ」


聖エクスタール学院のガイと言う名前は聞いたことがある。

かなりのテクニシャンでギターを持たせたら右に出る者がいないと言う。

おまけにイケメンで女子達からモテモテだと言う噂も聞いたことがある。

ただ、清純なリリナとちょい悪系のガイとでは全く釣り合っていない。

だから、きっと誰かが流したデマだろうと思った。


「どうせデマでしょ。リリナちゃんとガイなんて釣り合わないもの」

「だからハマったんだよ。ギャップ萌えってやつで」

「でもさ、アイドルって恋愛禁止でしょ。問題なんじゃない」

「公にしていないぐらいだから秘密の恋なんだよ」


ファン達はありもしない恋バナで喜んでいる。

とかく女子は恋バナが大好物だからよく話している。

だけど、今回の恋バナは誰かが流したデマでしかない。

きっと”ファニ☆プラ”の人気を妬んだ別のグループが流したのだろう。


「リリナちゃんってカワイイ顔しているにやる時はやるのね」

「もう、エッチしたかな」

「やっているんじゃない。アイドルって何かとストレスが溜まるから」

「ああ~ん、リリナちゃんの純潔が」


ファン達の噂話はエスカレートしてとんでもない話になる。

息を飲んで聞いていた私は沸々と怒りを燃え上がらせていた。


噂をするのは仕方ないけれどありもしないことを言うのは反則だ。

しかも純粋なリリナちゃんのイメージを壊すようなことは許せない。

たとえ幻想だったとしても罪深い行為なのだ。


「好きなことを言い過ぎ。出て行ってはっ倒してやろうかな」


今の気持ちはそんなところだ。

だけど、アイドルである以上迂闊なことはできない。

もし暴力沙汰にでもなったら”ファニ☆プラ”が叩かれてしまうのだ。


「でも、これでリリナちゃんを見る目が変わるな」

「そうね。もう、アイドルとして見られないかも」


ファンの女子はそんな悲しいことを軽く口にする。

恋愛禁止のアイドルだから噂が本当だとしたら大問題だ。

あのリリナは掟を破って恋愛に走ったことになる。

そのことを私達に話さないことも問題を大きくしている。


「これで”ファニ☆プラ”も終わりね」

「今日が最終回になるかもね」

「次はどのグループを応援しようかな」

「やっぱり”ROSE”じゃない。最近、人気が急上昇しているし」

「今乗れば遅れはとらないかもね」


そんな許せない話をしながらファンの女子達はトイレから出て行った。


「何よ、あいつら。適当なことをペチャクチャ喋っちゃって。リリナちゃんが恋愛なんてするわけないじゃん」


私はひとりイライラしながらおしっこのことを忘れてトイレから出る。

そしてファンの女子達が出て行ったトイレの入口を見つめながら憤慨した。


「誰よ、適当な噂流したの。私達に何の恨みがあるってのよ」


せっかくの路上ライブなのに気分が台無しだ。


私はツカツカと靴音を鳴らしながら楽屋へ戻った。


「どうしたのですか、ルイミンさん」

「どうしたもこうしたもないわよ。ファンの女子達が適当なことを言っているのよ」

「適当なことって?」

「リリナちゃんが熱愛しているとかぬかしているのよ。そんなのあるわけないじゃん」


私はセレーネを相手に怒りをぶちまける。

その横でリリナは下を向いて沈黙を保っていた。


「それはずいぶんとエスカレートした話ですね」

「エスカレートのレベルじゃないよ。眉唾の話だよ」

「けど、裏を返せばそれだけリリナさんの人気が高いってことですわ」

「人気があるのはわかるけど嘘を言うのはよくないよ。迷惑するのはこっちなんだから。そう思うよね、リリナちゃん」

「……そ、そうですね」


私が話を振ってもリリナは一点を見つめたまま視線を合わせようとしない。

本番前だから緊張しているのかもしれないがいつものリリナちゃんとは違う。


「どうされたのですか、リリナさん」

「な、何でもありません」

「気分が悪いなら外の空気をあたって来るのがいいよ」

「そ、そうさせてもらいます」


リリナの顔色は悪く虚ろな目で楽屋を出て行った。


「リリナちゃん、大丈夫かな」

「リリナさん、もしかして……」

「何?」

「いいえ、何でもありません」


セレーネは意味あり気な発言をするとすぐに撤回した。


きっと私にはわからないことをセレーネは感じとったのだろう。

ただ、私はリリナちゃんのことが心配だった。


路上ライブを終えて楽屋に戻って来てもリリナの様子がおかしい。

いつもなら路上ライブの成功を祝っているはずなのに不自然だ。

ひとりどんよりした空気を発しながら思いつめたような顔をしていた。


「リリナちゃん、どうしたの?顔色が悪いよ」

「何でもありません」

「何でもないじゃないよ。いつもと全然違うじゃん」

「ですから何でもないんです」

「リリナちゃん、私に何か隠しているでしょ」

「……」


答えが返って来ないってことは肯定したと同じことだ。

リリナが思いつめるまで悩んでいるのはことが大きいからだろう。

何を隠しているのかわからないから余計にイライラして来た。


「リリナちゃん、答えてよ。何を隠しているの?」

「……」

「リリナちゃんってば」

「……」


私が執拗に問いかけてもリリナは視線も合わせてくれない。

ただ、俯いたままでひとり沈黙を保っていた。


「もしかして熱愛してるって噂話は本当なの?」

「……」

「どうなのよ。本当のことを話してよ」

「……」


私はリリナの肩を掴んで大きく揺さぶって問い詰める。

すると、見かねたセレーネが間に割って入って来た。


「ルイミンさん、落ち着いてください。それではリリナさんが話せませんわ」

「落ち着くなんてできないよ。もしかしたらリリナちゃんは熱愛してるのかもしれないんだよ」

「誰かを好きになる気持ちはみんな持っています。それがたとえリリナさんでもね」

「確かにそうだけど、リリナちゃんはアイドルなんだよ。アイドルは恋愛が禁止じゃん。反則だよ」

「アイドルの恋愛禁止は正式に決められたものではありませんわ。ファンのみなさんの中だけで通説になっているだけです」

「それでも掟を破ったことには変わりないわ」


アイドルが恋愛禁止と言われるようになってから久しい。

誰がそんなことを決めたのかわからないけれどあたり前になっている。

だから、アイドルをしている人は恋愛をしないように注意しているのだ。


「まだ、リリナさんが熱愛をしていると決まったわけではありませんわ」

「なら、何で答えてくれないのよ。何もないなら答えられるはずでしょ」


私とセレーネが言い合いをしている姿をリリナは横目で見ていた。

そして徐に立ち上がるとそろりと私のところまで来た。


「リリナさん……」

「わ、私は……」

「なに?」

「わ、私が恋愛をしているのは本当のことです」


リリナは押し殺したような小さな声で呟いて恋愛していることを認めた。

その言葉に私は一瞬耳を疑って聞き返していた。


「恋愛をしているなんて嘘なんでしょ」

「ほ、本当です……」


しかし、リリナは恋愛していることを認めた。

ただ、セレーネはそのことを知っていたようで驚いていなかった。


「リリナちゃん、嘘だと言ってよ。リリナちゃんは掟を破ったんだよ」

「……」

「ファンを裏切っただけじゃなく私も裏切ったんだよ。あんまりだよ」

「仕方なかったんです」

「何が仕方ないよ。ルールぐらい守れるでしょ。リリナちゃんはアイドルなんだから」

「私はアイドルの前にひとりの女子です。だから普通に恋愛がしたいんです」


そんな悲しい言葉をリリナの口から聞くとは思わなかった。

誰よりもアイドルで誰よりも頑張って来た姿を知っているから余計にショックだ。

私達は今まで何のためにアイドル活動をして来たのかわからない。

全てはメジャーなアイドルになるためだと思っていたけど違ったようだ。


「リリナちゃん、酷いよ。私は信じていたんだよ」

「ごめんなさい……」

「酷いよ、酷すぎる」

「ルイミンちゃん……」


私はあまりのショックに耐えられなくなり膝を折って崩れ落ちた。


信じていたリリナに裏切られるなんて悲し過ぎる。

私は誰よりも近くでリリナを見て来たからなおのことだ。

今までの頑張りが全て水の泡になって消えたと言ってもいい。

それなのにリリナはちっとも悲しそうでない。

ただ、自分がしてしまったことを後悔していた。


「もう、リリナちゃんの顔なんて見たくない。この先もリリナちゃんの推し活なんてしないから!」

「る、ルイミンちゃん」


私はやり場のない感情を抱きながら楽屋から飛び出して行った。


「リリナさん、ルイミンさんのことは私に任せてください。その代り何でそうなったのか話してくださいね」

「わ、わかりました」


そんな会話がされていたなんて私は全く知らない。

ただ、やり場のない感情をぶちまけたかっただけだ。

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