第百六十話 アーヤの企み
二人ともどちらも引かずに争っている。
そんなにアーヤと寝るのが楽しみにしているようだ。
私と言うものがありながらアーヤをとるなんてあんまりだ。
「アーヤお姉ちゃんと寝るのはルイなの」
「ルイは病気でしょ。ひとりで寝ないとダメだよ」
「そんなこと言ってルイの邪魔をしないでよ」
「私はルイのことを思って言っているんだよ」
「お姉ちゃんのイジワル」
「私はイジワルじゃない」
いつの間にかケンカに発展しはじめている。
「もうやめな。アーヤなんて外で寝させればいいいのよ」
「ダメ―。アーヤお姉ちゃんはルイと寝るの」
「アーヤお姉ちゃんは私と寝るの」
いいアイデアだと思ったけど二人には通じない。
そもそもアーヤはウサギなんだから洞穴で寝ればいい。
それをミクとルイといっしょに寝ようとするなんておこがましい。
たとえ神様が許しても私が許さないのだ。
「なら、ジャンケンで決めましょう。そうすれば公平でしょ」
「いいよ。ジャンケンならルイが勝つもん」
「私だって負けないから」
アーヤの提案に乗ってミクとルイはジャンケンをすることにした。
「最初はグーよ」
「いいよ」
「グーね」
こっちの世界に来て”最初はグー”をするだなんてアーヤもジャンケンの魔術にハマっている。
語呂がいいから普通にジャンケンをするより勢いがつくのだ。
たしか”○村けん”が最初に考えたと聞いたことがある。
「いくよ。最初はグー」
「「ジャンケンポン」」
アーヤの音頭でジャンケンをはじめるとミクとルイはそれぞれの手を出した。
ミクがパーでルイがチョキだった。
「やったー!ルイの勝ちだ」
「くぅ……ルイに負けるなんんて」
「これでアーヤお姉ちゃんと寝るのはルイに決まりね」
「まって。勝負は3本勝負よ。だからあと2回やるの」
「お姉ちゃん、ズルい」
「ジャンケンは3本勝負って決まっているの」
ミクは負けたことを逆手にとってルールを変更して来る。
それほとルイに負けたことが受け入れられないのだろう。
「勝ったのはルイだからアーヤお姉ちゃんはルイのものだよ」
「ダメだよ。まだジャンケンが終わってない」
「またジャンケンなんて嫌だからね」
「負けるのが怖いんだね。ルイの弱虫」
「ルイは弱虫じゃない」
「なら、ジャンケンよ」
さすがはお姉ちゃんだけのことはある。
ルイの心を揺さぶってジャンケンさせようとしている。
その辺りがお姉ちゃんと妹の差と言っていいだろう。
「お姉ちゃんはちょめ太郎と寝ればいいじゃん」
「嫌だよ。ちょめ太郎、エッチなんだもん」
「なっ」
私はミクからそんな風に見られていたなんてはじめて知った。
確かにミクのぱんつもルイのぱんつも盗ったけどエッチではない。
あくまでしかたなくぱんつを盗っただけだ。
エッチと言うなら私じゃなくてちょめジイの方だ。
”カワイ子ちゃんの生ぱんつ”が欲しさに私をちょめ虫にした。
そして元の姿に戻るための条件として私にぱんつを集めさせたのだ。
けっして私がぱんつを好きなわけじゃない。
「マコってミクちゃんからそう見られていたのね。グフフフ」
「笑うな、べんじょ虫」
私はニタニタ笑っているアーヤに文句を言った。
「ルイはアーヤお姉ちゃんと寝るから」
「私もアーヤお姉ちゃんと寝たい」
「ダメだよ。ジャンケンに負けたんだから」
「だからジャンケンは3本勝負って言っているじゃん」
「はいはい。わかったわ。3人で一緒に寝ましょう。これなら文句はないでしょ」
「うぅ……」
「アーヤお姉ちゃんの言う通りだよ」
ルイは不満そうだったがアーヤのアイデアに乗ることにした。
おかげで得をしたのはミクだ。
ジャンケンに負けたのにアーヤと寝られるのだから。
にしても――。
「何でアーヤなのよ!」
本当だったら二人で私を取り合ってくれてもいいはずだ。
今日来たばかりのアーヤより一緒に暮らしていた時間が長いのだから。
それなのに”ちょめ太郎はエッチだから一緒に寝たくない”だなんてあんまりだ。
「それじゃあベッドに行きましょう」
「ルイの部屋のベッドね」
「わかったわ」
アーヤはルイに手を引かれてミクといっしょにルイの部屋に向かう。
その背中を見送りながら私はガックリと項垂れた。
「もう、何なのよ。アーヤお姉ちゃん、アーヤお姉ちゃんとばかり言っちゃって。あんな奴のどこがいいって言うのよ。あいつはべんじょ虫の親玉なのよ」
口から出で来る言葉はアーヤの悪口ばかり。
言葉がとりとめもなく溢れて来るから止まらない。
同時に虚しさが込み上げて来た。
「後で謝っても許してあげないんだから」
私はミクの枕をテレキネシスで持って扉に投げつけた。
その夜、アーヤ達がどんな話をしたのかわからない。
いつもより遅い時間まで隣の部屋から話し声が聴こえていた。
きっとアーヤのことだからミクとルイを手懐けるようにしたのだろう。
それとは対照的に私はミクのベッドの中でひとりいじけていた。
翌朝の早朝、ルイの部屋から物音がしてくる。
ゴソゴソと物音がして扉が閉まる音が聴こえて来た。
私は細く扉を開けて廊下の様子を見るとそこにアーヤが立っていた。
「こんなに早く起きるだなんて。おしっこにでも行くのかしら」
アーヤはそのまま廊下を歩いて静かに階段を降りて行く。
その後ろから少し距離をおいて私もアーヤの後について行った。
「おはよう、アーヤさん」
「おはようございます」
「こんなに早く、どうしたんだい?」
「パパさんの畑のお手伝いをしに来たんです」
「あれは本当だったのかい。嬉しいね」
「私も実際に野菜を収穫してみたいので」
「それならアーヤさんの分のお弁当を作らないとね。ちょっと待ってて」
ママはキッチンに戻ってアーヤのお弁当を作りはじめる。
「また何か企んでいるのね」
「まったく朝からそれ」
「ちょめ太郎くんも畑仕事を手伝ってくれるのかい?」
「アーヤ、ひとりにはしておけないからね」
「それは嬉しいね。今日の仕事は賑やかになりそうだ。ママー、ちょめ太郎くんの分のお弁当も頼むよ」
「はーい」
私は自分の席について熱々のお茶を啜る。
その隣でアーヤも熱々のお茶を啜っていた。
「アーヤ、何を考えているのよ」
「何って。私は純粋に収穫を体験したいだけよ」
「嘘コケ。収穫は泥だらけになるのよ。べんじょ虫の親玉であるアーヤが収穫なんてするわけないじゃん」
「私も時々考えるのよ。ラーメン屋で出している野菜を見て、どんな風に栽培されて収穫されるのかって。きっと私の知らない苦労がそこに隠れていると思うのよね」
「アーヤが真面目なことを言っている。きっと槍が降って来るわ」
「これでも経営者だからね」
アーヤは最もらしい言葉をならべて正論を述べて来る。
いっちょ前の経営者にでもなったかのような口ぶりだ。
たかがラーメン屋をオープンしているだけで大きく出過ぎだ。
私だってにらせんべい屋を開店していたからそのぐらいのことは考えている。
新鮮なニラをお客さまに届けるために仕入れにもこだわっていたぐらいだから。
「聞くけど、アーヤ。お店は何と何をやっているの?」
「飲食系ではラーメン屋とカフェ。ファッション系ではギャルショップかな。今後、カラオケ店もオープンさせるつもりだけどね」
「あんたね、何者になるつもりなのよ」
「これもギャル文化を広めるための施策よ」
すっかりアーヤに先を越されていたことに驚きを隠せない。
ギャルショップにも驚いたがカラオケ店まで手を伸ばそうとしているだなんて。
きっとギャル達が楽しめる場所を提供してギャルを増産しようとしてるのだ。
「なら、”ROSE”のプロデュースは辞めたのね」
「もちろんやっているわよ。だって、”ROSE”が流行を生み出しているんだもん」
「くぅ……憎らしいけれど実力は認めないといけないわ」
「まあ、大変だけれどそれがやりがいになっているからね」
アーヤは誇らしげな顔をしながら悔しがっている私を下目に見た。
ここまでアーヤが考えていたなんて王都がギャルに染まるのも時間の問題だ。
ただ、あっちの世界で社会問題になったように援助交際が問題視されるだろう。
ギャルと言えば援助交際だから、こっちの世界のギャルも同じ轍を踏むはずだ。
そうなればギャル文化を広めたアーヤの責任が追及されるはずだ。
そんな話をしている間にアーヤと私のお弁当ができあがった。
「それじゃあ出発しようか」
私とパパとアーヤはママに見送られながらパパの畑に向かった。
まだ太陽が昇る前なので辺りは薄明るく肌寒い。
野菜の葉には朝露がついていて少し濡れている。
私達は馬車から降りて畑の中で移動した。
「今日はレタスを中心に収穫してもらうかな」
「これがレタスですね。とても美味しそうです」
「レタスは陽が昇ると葉が固くなってしまうから早朝に収穫するんだ」
「へぇ~、そんな秘密が隠されていたんですね。驚きです」
アーヤはパパの説明を聞いて頷きながら感心していた。
「それじゃあはじめるか。レタスは根元をひねるだけで収穫できるぞ」
「鎌とか使わないんですか」
「手で収穫した方が根が傷まないんだ。それに次のレタスが生えて来るからな」
「へぇ~、ちゃんと考えられているんですね」
パパ、曰く、レタスは枯れるまで何度も収穫できるとのことだ。
なのでなるべく収穫の時に根元を痛めないようにしないといけない。
そのために外側の葉から採って行くのがいいと言う。
「アーヤさんは隣の畝を任せたよ。ちょめ太郎くんはその隣だ。レタスは傷みやすいから丁寧に頼んだよ」
「わかりました」
「アーヤより先に収穫してあげるんだから」
私とアーヤとパパは横に並んでレタスの収穫をはじめる。
パパに言われたことに注意しながら慎重にレタスを採って行く。
さすがに慣れているパパはホイホイとレタスを収穫していた。
「まずは外側の葉を取ってからレタスを収穫するのよね。ホイッと。採れた」
「アーヤ、遅いわね。私は3つも収穫しちゃったわよ」
「別に私は競争なんてしていないからいいのよ」
「そんなことを言って。ほんとは悔しいくせに」
そう思っていたのは私だけでアーヤは普通にレタスを収穫していた。
それでも私はアーヤに負けまいとどんどんレタスを収穫して行く。
気がつくとだいぶアーヤと距離ができていた。
「ふぅー、これでこの勝負は私の勝ちよ」
アーヤに勝つほど嬉しいことはない。
アーヤは目の上のたん瘤のような存在だから余計に嬉しいのだ。
すると、パパが私が収穫したレタスを見て注意をした。
「う~ん、レタスの葉が傷ついているな。こうなると売り物にならなくなるからもっと注意してくれ」
「えーっ、そんなに傷ついていた。おっかしいな」
「アーヤさんの方は完璧だ。さすがはアーヤさんだね」
「パパさんのおかげです」
アーヤはパパに褒められてすっかり満足している。
はじめてなのに完璧だったから余計に嬉しいのだろう。
ただ、私の目から見てもアーヤとの差がよくわからない。
私の収穫したレタスはちょっと傷がついているだけだからだ。
「うまいね、アーヤさん。この後もこの調子で頼むよ」
「わかりました」
「何よ、アーヤばっかり褒められて。私だって一生懸命収穫してるのよ」
その後も私達は陽が昇るまでレタスの収穫を続けた。
おかげで予定していた収穫分を確保することができた。
収穫したレタスは馬車に乗せてシートをかけて日差しを遮った。
「ちょっと早いけどお昼にしようか」
「ふぅー、疲れた」
「アーヤさん、すっかり泥だらけだね」
「夢中になっていたから気づきませんでした」
「出荷が終わったら早めに家に帰ってお風呂に入るといいよ」
「そうします」
アーヤは顔からつま先までほどよく泥だらけになっている。
ギャルの親玉なのに泥だらけになっていても気にしていないよう。
きっと心が汚れているから泥だらけになっても変わらないのだろう。
私達はママが作ったお弁当を広げて早めの昼食を摂った。
「パパさん、提案があるんですけど」
「何だい?」
「パパさんが収穫している野菜を私に納入してくれませんか」
「それは構わないけど何に使うんだい?」
「実は私、王都でラーメン屋を展開していて新鮮な野菜が欲しいんです」
「ラーメン屋かい。すごいねそれは」
アーヤの説明を聞いてパパはすっかりと感心してしまう。
飲食店を経営するなんて普通はできないことだからだ。
「ですからパパさんの新鮮な野菜を仕入れてお店で出したいんです」
「それはこちらとしても嬉しい限りだ。私の野菜をPRできる」
「なら、契約をしてくれますよね」
「いいとも、いいとも」
「でしたら、この契約書にサインをお願いします」
「ここにサインをすればいいんだね」
アーヤはおもむろに懐から契約書を出すとパパにサインを求めた。
すかさず私は間に割って入ってパパがサインをするのを邪魔した。
「パパ、騙されちゃダメだよ。アーヤは何か企んでいるのよ。サインしちゃダメ」
「企んでいるって何をだい。契約書にはおかしなところはないぞ」
「アーヤはパパのサインをコピペして悪用するつもりなのよ」
「まったく何を言い出すかと思ったら。私がそんなことするわけないじゃない」
「いいえ。アーヤは腹黒い奴だから何か企んでるのは間違いないわ」
「信用ないな。ちゃんとした契約よ」
私の追及が激しいのでアーヤは半ば呆れはじめる。
どう説明しても私の納得は得られないことを知っているかのようだ。
パパはパパで契約書にサインをしようとしている。
「ちょめ太郎くんの心配もわかるが、これはチャンスなんだよ。私の作った野菜の評判が上がればいずれ王都の人達の食卓に出るだろう。そうなったらいい値で野菜を買いとってもらえる」
「パパ、誘惑に負けちゃダメよ。アーヤはパパの畑を乗っ取るつもりなのよ」
「そんなことしないわよ。畑をもったら維持管理が大変だからね」
「産地直送を銘打ってがっぽり儲けるつもりでしょ」
「私は商売のすみ分けはするつもりでいるわ。だから畑は圏外なのよ」
アーヤはそれらしい理由の並べて何とかパパのサインをもらおうとする。
それもこれもアーヤの企みだから信じてはいけない。
だけど、パパはアーヤの考えを知って感心していた。
「アーヤさんの考え方はしっかりしている。私も安心してサインができるよ」
「ありがとうございます、パパさん」
結局、パパはアーヤが出した契約書にサインをしてしまった。
「ああ、これでパパも終わったわ」
きっとパパはこの後でアーヤにいいようにされてしまうだろう。
タダ働きをされて野菜を奪われてこき使われて。
ミクを学校に通わせることもままならなくなるはずだ。
そうしたらアーヤがミクとルイを引き取って親代わりをしはじめる。
そして正式に契約を結んでミクとルイの家族になるのだ。
そんな私の心配を無視するようにパパとアーヤは契約の内容を詰める。
「で、野菜はどれぐらい欲しいんだ?」
「とりあえず初回は5キロほど頂ければいいです。どれだけ捌けるかわからないので」
「なら、様子を見ながら量を増やし行く感じだな」
「そうしていただけると助かります」
アーヤはラーメン屋の状況を勘案しながら具体的な数字を提示する。
その内容に納得したパパは今後の方針を確認した。
「それで必要な品目を教えてくれ」
「とりあえずラーメンに使うもやし、きゃべつ、にんじん、ネギあたりでしょうか」
「それなら問題ない。私の畑で収穫できるものばかりだ」
「キノコ類とかはありますか?」
「すまない。キノコには手を出していないんだ。手間がかかるからな」
「そうですか。なら、別口を探さないといけないわ」
アーヤはメモをとりながら仕入れる野菜をチェックして行った。
ただ、お目当てのキノコは手に入らないので少しがっかりする。
まあ、手間のかかる品目だからパパだけでは無理がある。
なので、キノコを専門に扱っている人を探すつもりだ。
「キノコならば市場の馴染の仲買人に聞くといいかもしれない。顔が広いからいろいろと知っているはずだ」
「それは助かります」
「アーヤさんにはお世話になっているからな。これぐらいはあたり前だ」
「パパさん、頼りにしています」
と言うことでお弁当を食べ終えてから王都の市場に出荷しに向かった。
いつも野菜を買ってくれる馴染の仲買人から話を聞いてキノコを作っている人を教えてもらう。
ついでに鳥、豚、牛、タマゴ、魚介類など専門に扱っている業者も紹介してもらった。
「これで私のラーメン屋も安泰です。みんなパパさんのおかげです」
「これぐらいはあたり前のことだよ。なんて言ったってアーヤさんは有益な取引相手だからな」
「ラーメン屋でパパさんの野菜を仕入れたことをPRしておきますね」
「頼むよ。これでこれからも忙しくなりそうだ」
まだ陽が高い時間に家に戻ることができた。
それは早朝から仕事をしたからだろう。
出荷したレタスもいいい値で買い取ってもらえた。
また、明日もレタスを出荷する予定でいる。
「ただいま」
「おかえりなさい。みんな泥だらけね」
「ママ、お風呂の用意を頼むよ」
「わかりましたわ」
私達は玄関で泥を落としてから家に上がり込む。
「パパ、お帰り」
「ただいま」
「アーヤお姉ちゃんもお帰り」
「ただいま」
「ちょっと私もいるのよ。私にお帰りはないわけ」
ミク達はパパやアーヤにばかり労いをみせる。
私が目の前にいても全く気に留めていない。
アーヤがやって来たおかげで私は認識されなくなった。
振り返れば今までの時間は何だったのだろうか。
アーヤが来る前はミク達といい関係を築いていたいのだ。
それが1夜にしてなくなった。
「これもそれもみんなアーヤのせいだわ。呪ってやる」
私はひとりボソボソと呟きながらアーヤを呪った。
結局、アーヤは1週間もミクの家に滞在していた。
その間もパパの畑を手伝ってポイントを稼いでいた。
おかげで別れの時はミクもルイもすごく悲しんでいた。




