第百五十四話 記念撮影
その前にメイクを施してもらうことになった。
ここまで変身したのだから完璧に仕上げないともったいない。
それにアーヤとしてはミクにギャル体験をしてもらいたかったのだ。
「まずはプロのメイクさんにメイクを施してもらうわ」
「メイクですか?」
「せっかくギャルになったんだから最後まで仕上げないとね」
「私、ギャルになれるんですか?」
「嬉しい?」
「すごく嬉しいです。以前からギャルに興味がありましたから」
「そんなセリフを聞いたらマコは涙ものね」
私の知らないところでそんな会話が繰り広げられているなんて。
私がその場に居合わせたらアーヤの横面を殴っていただろう。
”うちの妹をギャルの道に引きずり込むな”と言って。
「サチ、ミクちゃんにギャルメイクを施してあげて」
「わかりました、オーナー」
「よろしくお願いします」
「なら、そこの椅子に座ってください」
「はい」
ミクはサチに言われた通り大きな鏡の前の椅子に腰を下ろす。
そして鏡に移る自分の姿を見ながら口元を緩ませて笑ってみた。
「それじゃあ、まずは顔の汚れを落とすところからはじめます」
「そんなことからはじめるんですか?」
「肌に余計な油分があるとメイクのノリが悪くなってしまいますからね」
「知らなかった」
サチはミクの肌に濡れたシートを押しあてて余計な油分をとって行く。
この時に強くこすると肌荒れの原因になるから避けるのがベストらしい。
そして一通りミクの顔の余計な油分をとると濡れたシートをゴミ箱に捨てた。
「次は化粧下地を塗りますね」
「いきなりファンデーションじゃダメなんですか?」
「いきなりだとファンデーションのノリが悪くなりますから」
「だから、ママのファンデーションを塗った時に仕上がりが荒かったのか」
ミクはママが化粧をしている姿を見て真似ごとをしていた。
だから、正式なメイクの順番など全く知らずにメイクをしていたのだ。
ママが鏡の前でしきりに肌を触っていたのは下地処理だったのだろう。
「下地は薄く全体に伸ばすように塗るのが基本ですよ」
「そうなんですか、勉強になります」
「そのうちにミクちゃんもメイクするようになりますから覚えておいてください」
「はい」
サチはミクの顔に満遍なく下地を薄く塗って土台を整えた。
「下地がすんだらファンデーションを塗ります」
「下地の次はファンデーションですね」
「ファンデーションも薄く伸ばして塗るのが基本ですよ。厚めに塗るとおかめみたいになってしまいますからね」
「ファンデーションも薄くっと」
「特にミクちゃんのように若い方は肌がキレイなのでファンデーションの塗り過ぎに気をつけてくださいね」
「わかりました」
サチはミクの肌の色に近いファンデーションを選んで手の甲につける。
そしてファンデーションをスポンジにつけると顔の中心から外へ向かって薄く延ばすようにミクの肌に塗りつけていった。
こうすることでムラをなくすことができるのだ。
「表情が明るくなりましたね」
「本当だ。さっきよりも明るくなってる。すごーい」
「顔の表情が明るいか暗いかだけの違いでも見た人に与える印象も変わりますから」
「確かに。表情が暗いと元気がなくみえたり、悩んでいるのかと思われちゃいますね」
ミクは顔を動かして表情が明るくなったのをしきりに確かめた。
「次はコンシーラーなのですけれどミクちゃんの肌はキレイないので必要ないですね」
「コンシーラーって何ですか?」
「シミやクマなどを隠すためのパウダーですよ」
「そんなものもあるんですね」
ミクははじめて聞くアイテムの名前は用途まで質問をして聞いている。
こう言うところが私とは大きな違いと言えるだろう。
私の場合は大雑把だから適当にしか理解していない。
それに比べてミクは丁寧だから細かいところまで覚えてしまう。
そうした方が正しく理解できるから一番いいのだけど私には真似できない。
「次はポイントメイクに移りますね。ポイントメイクの順番は眉メイク、アイメイク、チーク、リップの順にします。この順番ですると全体のバランスがとりやすくなるんです」
「へぇ~、知らなかった」
「じゃあ、まずは眉メイクからしますね」
「お願いします」
サチはミクの頭を指で軽く押して水平をとる。
ここで水平を保てないとメイクをした時にシンメトリーにはならないのだ。
「ギャルメイクの場合は眉をいじりますけれどミクちゃんの場合はナチュラルの方が似合いますね」
「ナチュラルでも大丈夫なんですか」
「最近はナチュラルメイクをしているギャルも多くいますから大丈夫ですよ」
「ギャルって幅が広いんですね」
ミクの眉は大きくいじられることはなく形と長さを揃えるだけで終った。
「いかがですか」
「何だか以前よりもはっきりした感じがします」
「眉も人に与える印象を大きく変えますから大事なんですよ」
「そうなんですね」
ミクは顔を動かしながら整った眉の仕上がりを確認する。
メイク前にちゃんと水平をとっていたからシンメトリーになっていた。
「次はアイメイクに移ります。まずはアイシャドウを塗って目元の印象を変えます」
「お願いします」
「選ぶ色はミクちゃんのキュートさを強めるピンクがおススメです」
「選ぶ色でも印象を変えられるんですね」
「ブラウンなら自然に、レッドやオレンジなら大人っぽく、ブルーなら爽やかな印象になります」
「ブルーなんてちょっと試してみたいです」
サチはピンクのアイシャドウを手の甲に乗せ色の調整をすませる。
そして太いチップにつけて目尻から眼頭に向かってアイシャドウを置く。
それでアイホールを目安にぼかして仕上げた。
次いで目尻としたまぶたはチップの先端で塗り揃え、最後は左右のバランスを調整して終わり。
「目元に表情が出て来ました」
「仕上がりを見て見たいです」
メイクをしている間は鏡に背を向けているのでミクはメイクの様子を見れない。
ただ、サチの説明と肌に感じる感覚でアイメイクの仕方を覚えていた。
「次はアイラインを引きますね。アイラインを引くとより目元がはっきりします」
「うぅ、目を閉じちゃう」
「怖がらなくても大丈夫ですよ。自然にしていてください」
「でも、緊張する」
自分でメイクをする時はそうでもないが人にしてもらうと目を閉じてしまう。
それは眼球の傍までペンシルが近づくためだ。
少しでもズレたら眼球にあたってしまう。
だから、恐怖心が勝ってしまって目を閉じてしまうのだ。
それでもサチが優しい言葉をかけてくれたので安心してアイラインを引いてもらった。
「前よりも目元がはっきりしましたよ」
「あ~ん、早く見て見たい」
「最後はマスカラで仕上げます」
「まつげをカールさせるやつですね。以前、ママがやっているのを見ました」
サチはビューラーを使ってしっかりとミクのまつ毛をカールさせる。
その後でマスカラを小刻みに動かしてまんべんなくマスカラを塗って行く。
さすがはプロなので手際もよくものの2、3分で終ってしまった。
「微妙な変化ですけれど、これがお洒落のポイントです」
「これで終わりですか」
「最後はつけまです。これがないとギャルにはなれませんから」
「つけまははじめてです」
「ゴリゴリのギャルメイクではないので毛量の少ないものを選びます」
「楽しみです」
サチはつけまセットから適度なつけまを選びとる。
そしてミクの目のサイズに合うようにカットして長さを調節する。
のりはつけまの縁に薄く伸ばして塗りつけたあと、のりが透明になるまで乾燥させる。
最後にピンセットでつけまを持ってミクのまつでの上に乗せた。
「動かないでくださいね」
「はい」
中央から目尻、目頭の順にまつげの生え際に沿って軽く押さえる。
その後で指でつけまを下から支えるように持ち上げてまつげと馴染ませた。
「カワイく仕上がりました」
「見ていいですか」
「どうぞ」
「うわぁ~、すごくカワイくなってる」
つけまの毛量を押さえたので自然な感じの目元に仕上がっている。
それでいて目元がはっきりしているので以前と印象がガラリと変わっていた。
「いかがです?」
「私、こんなにも目が大きかったかな」
「それもアイメイクの効果ですよ」
「ほんとカワイくしてくれてありがとうございます」
「まだ、チークとリップが残っていますわ」
「引き続きお願いします」
アイメイクの仕上がりに満足したミクの心は踊っている。
メイクをしただけで前よりもカワイく変身できたからだ。
これで最後まで仕上げてもらったらもっとカワイくなるだろう。
ミクは期待を大きく膨らませながら残りのメイクをしてもらった。
「チークはうっすらと頬に乗せると自然に仕上がります。あまり乗せ過ぎると酔っ払いみたいになるので気をつけてくださいね」
「はい」
サチはピンク色のチークをブラシにつけてミクの頬を2、3度軽く撫でる。
それだけでチークは終わってしまった。
「最後はリップです。リップは色選びが重要です。赤が強ければ強い印象になり、ピンク色に近いとナチュラルな印象になります」
「なら、ナチュラルメイクだからピンク色ですね」
「理解が早いですね。ミクちゃんはお若いのでピンク色のリップが合いますわ」
「ピンク色か。楽しみ」
サチはミクの唇に合うピンク色のリップを選んでミクの唇に乗せる。
下唇の中央から口角へ向かって塗り、上唇は山を意識して塗った。
「それでは唇を合わせてリップを馴染ませてください」
「こうですか」
「はい、OKです」
そしてサチはリップブラシをとって細かな部分の仕上げをすませる。
「最後はグロスを塗ってプリプリの唇に仕上げます」
最後にミクの唇にグロスを塗ってすべてのメイクを終えた。
「これで終わりです。鏡で仕上がりを確認してみてください」
「うわぁ~、カワイイ。まるで別人になったみたいです」
「元の素材がよいからですわ」
「ありがとうございます。すごく感激です」
ミクは何べんも頭を下げてサチにお礼を伝えていた。
「終わったようね。じゃあ、これを履いて」
「何ですか、これ?」
「気合が入るわよ」
「恥ずかしいです」
「安心して。みんなも履いているから」
「でも……」
ミクは最後まで抵抗したがアーヤの剣幕に押されてしぶしぶ渡されたぱんつを履いた。
「おまたがスースーします」
「じきになれるわ。それじゃあ、最後は撮影よ。ついて来て」
アーヤはミクを連れて別館にある撮影スタジオまで案内する。
そこにはすでにプロのカメラマンとアシスタントが撮影の準備をしていた。
「連れて来たわよ」
「オゥ、これはベリーキュートな少女ね。ミー好み」
「はあ」
「やたらとテンションが高いけれど腕は確かだから」
「お願いします」
プロのカメラマンは細身の男性であっち系のタイプだ。
やたらとクネクネしているのでミクは不安になってしまう。
「それじゃあ、そっちに立って、OK」
「ここですか」
「もう少し、バックバック」
「この辺ですか」
「ベリー、グー」
ミクはプロのカメラマンの指示通りの場所へ移動する。
「はじめるわよ。まずはポーズをとってちょうだい」
「ポーズって言われても」
「難しく考えなくてもいいわよ。自然にしていてくれれば」
「はあ」
棒立ちになっているミクの緊張を和らげようとプロカメラマンは声をかける。
さすがに写真を撮るのに棒立ちでは不自然過ぎて仕方ない。
「右手で下唇を触ってみてちょうだい」
「こうですか?」
「OK、ベリーグー。いいわ」
「何だか恥ずかしいです」
「その反応がいいわ。初心さが前面に出ていて。もう少しちょうだい」
ミクはプロのカメラマンが要求して来るのでそれっぽく仕草をみせる。
「次は両手でハートを作って胸の前に持って来てみてちょうだい」
「ハート、ハートっと」
「いいわ。すごくキュート」
「ちょっと嬉しいかも」
「カメラ目線をOK?」
「カメラを見ればいいんですね」
ミクはカメラのレンズを覗き込むように熱い視線を向ける。
その度にシャッターが連写されてミクのグラビアを撮影して行った。
「上目遣いをしてみてちょうだい」
「こうですか」
「オオゥ。ズッキューン。ハートを射ぬかれちゃったわ」
「褒め過ぎです」
写真を撮影されるたびにプロのカメラマンが褒めてくれるのでその気になってしまう。
はじめはガチガチに緊張していたけれど今でポーズを自然にとれるようになっていた。
「あの子、才能がありますね」
「あたり前じゃない。私の妹なんだもん」
「オーナーに妹さんがいたんですか」
「本当の姉妹じゃないけれど本当の妹のように思っているわ」
ミクの撮影を見守っていたアーヤとアシスタントがお喋りしている。
私が傍にいたら目くじらを立てて怒っていたところだ。
ミクがアーヤの妹だなんて絶対に認められない。
ミクは私の大切な妹なのだから。
「オーナーって人を見る目がありますね」
「まあね。これでも手広く商売をしているぐらいだからね」
「あの子もギャルにするんですか?」
「それは私が決めることじゃないわ。あの子が自分で決めることなの」
「でも、これだけギャルを疑似体験したらギャルになりたいって言い出しますよね。それも狙いですか」
「私はギャルの伝道師なの。ギャルがいかにカワイイのか広めることが使命なのよ」
そんな使命をアーヤが持っていたなんて初耳だ。
てっきりこの世界にギャル文化を広めようとしていると思っていた。
ただ、これ以上べんじょ虫を増やすことはして欲しくない。
この世界が汚れてしまうから。
「OK、OK。じゃあ、次はスカートを持ち上げてちょうだい」
「こんな感じですか」
「アップ、アップ。絶対領域が見えるぐらいよ」
「恥ずかしいです」
「こんなことで恥ずかしがっていちゃダメだわ。あなたは選ばれた人なのよ。もっと自分に自信を持って」
次第にプロのカメラマンの要求が高くなりはじめる。
普通の写真じゃ飽き足らずセクシーな写真を撮りたいようだ。
ただ、絶対領域が見えるまでスカートを持ち上げたらぱんつが見えてしまう。
普通のぱんつならそれでも構わないが今履いているのは特殊なぱんつなのだ。
「できません」
「もう、いいところなのに」
「ちょっと、オタギリ。調子に乗り過ぎよ」
「これはこれはオーナー。撮影はミーに一任じゃありませんでしたぁ」
「ミクは私の大切な妹なの。汚すことは許さないわ」
「オーナーがそう言うんじゃ仕方あーりません。セクシー写真は止めてアップの写真を撮りますわ」
絶体絶命のところでアーヤが助け舟を出してくれた。
あのままオタギリの言う通りにしていたら裸にされていただろう。
にしてもあのキャラで名前がオタギリだなんてギャップがあり過ぎる。
「お花を用意してちょうだい」
「あっ、はい。ただいま」
オタギリがアシスタントに指示を出すとアシスタントがお花を用意する。
「ミクちゃん、あともう少しだから頑張ってね」
「はい」
「撮影した写真はフォトブックにするつもりだから」
「いろいろとありがとうございます」
「お礼なんていいわよ。私とミクちゃんの仲だもの」
アーヤはすっかり気をよくしてミクの気づかいをはじめる。
水筒を持って来たり、メイクをなおしたり、まるでスタッフだ。
それだけミクがカワイイからお世話をしているのだろう。
「さあ、はじめるわよん」
「がんばって」
「はい」
ミクはアーヤに見送られながらフォトスタジオに入って行く。
「そこのお花をバックに撮るわよん。一番の笑顔をちょうだい」
「ニコ」
「カタいわね。もっと楽しいことを考えて、OK?」
「楽しいこと……ルイと遊んでいるときかな」
「いいわよん。そのまま」
「ニコッ、ニコッ、ニコッ」
オタギリはミクの満面の笑みをカメラにおさめて行く。
その度にミクは笑顔を絶やさないように工夫していた。
それから20分ほど撮影が続くとようやく終わりを迎えた。
「OK、最高だったわよん」
「ふぅー、くたびれた」
「お疲れ、ミクちゃん。この後で撮影した写真を見繕ってフォトブックを作るから少しだけ待っててね」
「ありがとうございます」
「じゃあ、ミクさん。こちらへ」
「はい」
ミクはアシスタントに連れられて控え室へ向かう。
その背中を見つめながらアーヤは嬉しそうな顔を浮かべた。
控え室にやって来るとミクは着替えをはじめる。
まずは恥ずかしいぱんつを履き替えることにした。
「やっぱり履いてたんですね、そのぱんつ」
「アーヤさんが薦めて来るから」
「オーナー一推しのアイテムだからミクさんにも薦めたんですわ」
「でも、すごく恥ずかしいです」
「まあね。特殊なぱんつですから」
「私は普通のぱんつがいいです」
ミクは自分のぱんつを履くとホッと胸を撫で下ろす。
いつまでもアーヤのおススメのぱんつを履いていたらおまたがスースーして仕方がない。
さっきはアーヤにススメられたから履いただけだ。
けっして自分で好んで履こうとは思わない。
「普通の子なら、そう思うわよね」
「と言うと?」
「ギャルの子達はみんなあのぱんつを履いているわ」
「本当ですか!」
「ちょっとしたブームになっているのよ」
「知らなかった」
アシスタントの予想もしてなかった言葉にミクは驚いてしまう。
あんな恥ずかしいぱんつを履くことがブームになっているなんて信じられない。
きっとアーヤが言っていたように度胸をつけるために履いているのだろう。
でなければ、あんな恥ずかしいぱんつなんて履けない。
「どう?ミクさんの勝負ぱんつにしてみない?」
「け、けっこうです」
勝負ぱんつなんて言われてミクは顔から火が出そうになった。