第百五十三話 嫌なやつ
「出しなさい!」
「ヤダ」
「聞き分けのない子ね。ママに言いつけるわよ」
「私は悪いことしてないもん」
私の言うことが理解できないのかミクは頑として譲らない。
ママに言いつけると脅しをかけても素直に従わなかった。
仕方がないので実力行使で行く。
テレキネシスを使ってミクが持っていたチケットを奪い盗った。
「あっ、返してよ」
「ダメよ。これは悪魔のチケットなの。こんなもの持っていたらミクの心が汚れちゃうわ」
「いいよ、汚れたって。汚れたらまた洗えばいいんだから」
「心はお皿とは違うのよ。ひとたび汚れたら何をしても元には戻らないの」
それは周りにいるギャル信者たちがいい例だ。
彼女達はギャルに染まっているから心が汚れている。
それなのに自分達はカワイイと思っているから質が悪い。
ギャルのどこを見てもカワイイの要素なんて全くないのだ。
「ちょめ太郎はナコル姉ちゃんが気に入らないんだね。だから、私に意地悪しているのよ」
「ナコルは気に入らないけれど、ミクに意地悪なんてしてないわ。私はミクを助けようとしているのよ」
「なら、チケットを返してよ」
「それはダメ!」
ミクではないが私も頑として譲ろうとはしない。
ギャルの魔の手からミクを救うためだ。
「もう、ちょめ太郎の頑固者!」
「頑固者でけっこうよ」
「返してくれないなら奪い盗ってあげるわ」
「ちょっと離しなさい、ミク」
「いや、これは私のだから」
「もう!」
ミクも実力行使をして来て私からチケットを奪おうとする。
私とミクはチケットを引っ張り合いながら綱引きをはじめた。
すると、チケットは二つに裂けてしまう。
「あっ」
「ミクが引っ張るからよ」
「ちょめ太郎が返してくれないからじゃん」
「けどちょうどよかったわ。これでこのチケットもゴミね」
チケットが破れたことで私の手間が省けた。
どうせチケットをビリビリにするつもりだったからちょうどいい。
しかし、喜んでいたのは私だけミクは目にいっぱい涙を溜めていた。
「ちょめ太郎のバカ……うぅ、うぅ」
「ちょっと、これぐらいのことで泣かないでよ。たかがチケットでしょ」
「そのチケットはナコル姉ちゃんがくれたものなのよ。それなのにヒドイ」
「あんな裏切り者をお姉ちゃん呼ばわりはしないで。あいつは憎むべき相手なのよ」
「そう思っているのはちょめ太郎だけだよ。うぅ……」
「確かに言われてみれば……って、ルイミンがいるわよ」
私とルイミンはナコルにいじめられていたから恨んでいる。
だから、ナコルが大切なミクに近づくだけでも虫唾が走るのだ。
ミクもルイも私のカワイイ妹だ。
「ちょめ太郎のバカ……グスン」
ミクは人前なのにも関わらず大粒の涙を流して泣いている。
周りにいた野次馬達は私を罵り、ミクに憐みの視線を向けていた。
「何見てんのよ。これは見せ物じゃないのよ!」
私が歯をむき出して威嚇すると野次馬達は後ろにたじろぐ。
すると、野次馬達を掻き分けてどこかで見たことのあるやつがやって来た。
「私のお店の前で何を騒いでいるのよ。商売の邪魔よ」
「あーっ、アーヤ。何でこんなところにいるのよ」
「それはこっちのセリフよ」
アーヤは私を見るなに目をむき出しにして文句を言って来る。
「全く、アーヤに出会うなんてツイてないわ」
「そのセリフ、そっくり返してあげるわ」
「グスン……うぅ、うぅ」
私とアーヤがいい争いをしていてもミクの涙は止まらない。
指で涙を拭いながら溢れ出て来る涙を対峙していた。
「どうしたの、お嬢ちゃん。何が悲しいの」
「うぅ……うぅ……」
「もしかしてマコにいじめられたの?」
「うん……」
「ちょっと、ミク。適当な返事をしないでよ。誤解を招くじゃない」
「呆れたわね。こんな小さな子を泣かせて心が痛まないの。おお、可哀想に」
アーヤはミクの頭を撫でながら私に睨みを利かせて来る。
「ちょっと、汚い手でミクに触らないでよ。ばい菌が移るでしょう」
「マコよりマシよ。私はカワイイうさぎだからね。どこの馬の骨かわからないようなマコとは違うわ」
「私だって好きでこんな姿をしているわけじゃないの。みんな」
「ちょめジイのせいだって言うんでしょ」
「そうよ」
「ちょめジイもマコもロクでもない人間ね。”カワイ子ちゃんからぱんつを奪う”なんて恥ずかしくないわけ」
「仕方ないでしょ。そうしないといつまで経ってもこの姿のままなんだから」
「マコは元の姿に戻るよりもその方が似合っているわ」
アーヤはちょめ虫になったことがないからそんなことを言えるのだ。
私みたいにちょめ虫になったら悲しくて悲しくて仕方がないだろう。
それなのに諦めていない私は立派だ。
けっしてバカギャルのアーヤにバカにされるものじゃない。
「さあ、ミク。帰るわよ」
「グスン……うぅ」
「ミクちゃん、チケットが欲しいならこれをあげるわ」
「いいの?」
「いいわよ。その代りライブに来てよね」
「うん」
「なんていい子なの。そこらへんの雑草とは違うわ」
アーヤは持っていたチケットをミクに渡していーこいーこする。
すると、ミクの悲し気な表情が柔らかくなって笑顔に変わった。
「ちょっと余計なことをしないでよね」
「別にいいじゃない。もう、ミクちゃんは私の妹よ」
「どの口がそんなことを言わせているのよ。ミクは私の妹なの」
「妹に意地悪しかしないお姉ちゃんなんていない方がいいわ」
「ヴ―」
「グルルル」
私とアーヤはおでこを突き合わしてお互いを罵り合う。
「それを言うならギャルになったお姉ちゃんの妹になる方が憐れよ。周りの人達から後ろ指さされるのよ」
「昭和なの?今どきギャルなんてあたり前よ。私達ギャルに憧れている子は多いのよ」
「憧れているんじゃないわ。騙されているだけよ。本当だったら正統派のアイドルに憧れていたんだから」
「それってマコが作った”ファニ☆プラ”のことを言っているわけ?」
「そうよ。それが普通なの」
「プロデューサーをクビにされたのによく言うわね。呆れるわ」
アーヤは何か誤解をしている。
私はクビになったのではなく自ら降板しただけだ。
ルイミン達との意見の食い違いから別れることになった。
お互いに距離をおいた方がいいと判断したからだ。
「今頃、ルイミン達は自分達の間違いに気づいているはずよ」
「キャハハハ。バカじゃない。あの子達は自分達で新しい楽曲を作っているのよ」
「そんなのうまく行くはずないわ」
「大丈夫よ。私が丁寧に教えてあげたから。マコがいなくてもあの子達はやっていけるわ」
「そんなことない。私がいないとダメなの、あの子達は」
そうあってほしい。
アーヤが言ったように新しい楽曲を作っていたら、私がいる必要がない。
自分達でもやっていけると思い込んで私のことすら忘れてしまうだろう。
そんなことになったら私の居場所がなくなってしまう。
「そう思っているのはマコだけよ。子供は成長が早いものなのよ」
「いいえ。ルイミン達はまだひよっ子なのよ。私がプロデュースしてあげないといけないのよ」
「なら、こんなところで油を売ってないであの子達のところへ行けば」
「そ、それは……」
今さら、どんな顔をしてルイミン達に会えばいいのかわらかない。
私はクビにされたのだから歩み寄るならばルイミン達の方なのだ。
それを差し置いて私から歩み寄れば妥協したと思われてしまう。
ここは心を鬼にしてルイミン達が謝って来るのを待つしかない。
「今さらどんな顔して会えばいいのわからないって考えているんでしょ」
「そ、そんなことないわ」
「わかりやすー。マコは顔にみんな出るからね」
「だったら、どうなのよ」
「どうでもいいわ。私には関係ないし」
「なら、文句を言うのを止めなさい」
アーヤはすっかり興味をなくして足元に落ちていた石ころを蹴る。
そんな態度にちょっとイラッと来てしまう。
アーヤの方から食いかかって来ただけに途中で投げ出すなんてあんまりだ。
すると、私の横からスッと出て来たミクがとんでもないことを口にした。
「お店を見たい」
「あら、私のお店に興味を持ったのね。どうぞ、どうぞ」
「ちょっと、勝手なことをしないでよ。ミクが汚れちゃうじゃない」
「見たいのはミクちゃんなの。マコは関係ないでしょ」
「私はミクのお姉ちゃんとして止めているのよ。こんなべんじょ虫だらけのお店に入ったら後戻りはできなくなるわ」
すかさず私とアーヤは再び言い争いをはじめる。
ギャルに興味を持つなんてしてはいけないことだ。
ましてや人一倍に純真なミクならなおのこと。
せっかく純朴なイメージを持っているのにもったいない。
「アーヤさん、案内してくれますか?」
「いいわよ。ついて来なさい」
「ミク!私はいいと言っていないでしょ」
「ちょめ太郎は私のお姉ちゃんじゃないもん」
「なっ、そんな悲しいことを言わないで。私はミク達のことを家族だと思っていたのよ」
私は大げさに大粒の涙を流してオイオイとウソ泣きをする。
しかし、ミクは振り返ることなくアーヤの後について行ってしまった。
「ちょっと!こういう時は”ちょめ太郎、ごめんね。私が間違っていたわ”とか言うんじゃないの」
「昼ドラの観過ぎよ。最近の子達は精神的にも大人なんだから」
アーヤの指摘はあながち外れてはいない。
とかくミクは病気のルイの面倒をみて来たから見た目より大人だ。
おまたに毛が生えているぐらいだから子供扱いするのは失礼だ。
だけど、私から見たらミクはまだまだ子供なのだ。
「今すぐに戻って来たらおやつを買ってあげるわ。ひとつじゃなくて好きなだけよ」
甘い誘惑してみたが全く相手にされなかった。
これがルイだったら飛びついて戻って来たことだろう。
ルイの扱い方はわかるけどミクの扱い方はまるでわからない。
「あんなの相手にしなくていいのよ。ミクちゃんは自分のしたいようにすればいいの」
「はい」
「いいこね。じゃあ、まずはネイルコーナーから案内するわ」
「よろしくお願いします」
ミクはアーヤに連れられてお店の中に入って行ってしまう。
その背中を悲し気に見つめながら私もミクの後を追い駆けた。
お店の中は意外にすっきりしていて雑然としていない。
ただ、黒を基調にピンクの差し色が映えるデザインだ。
それは”ROSE”のイメージカラーだからそうしているのだろう。
「ここがネイルコーナーよ。いかが?」
「うわぁ~、すごくキラキラしていてカワイイ」
「でしょ。やっぱり同じ女子だからわかるのね」
ミクが目を輝かせながら見ていたのはデザインされたネイルだった。
サンプルのネイルが並んでいて、いろんなデザインが施されている。
よくギャル達がつけている、やたらと長いネイルばかりだった。
「これ、すごくカワイイ」
「お目が高いわね。それはお店の一番人気のネイルよ」
「こんなのつけたらカワイイだろうな」
「ミクちゃんならすごく似合うわ」
ミクはハートを散りばめたネイルに夢中になっている。
普段では見に着けることがないから興味をそそらているのだろう。
「でも、銅貨3枚しかもってないし」
「お試しなら無料でいいわよ」
「本当ですか!」
「私は誰かさんと違って懐が広いからね」
「太ももの間違いじゃないの」
私はウケもしないボケをかましてひとり寂しくなる。
アーヤ達も聞こえなかったふりをして無視をしていた。
「なら、お願いします」
「いいわよ、こっちに来て」
「はい」
「ねぇ、マキ。この子にネイルをしてあげて」
「いいわよ。じゃあ、そこに腰をかけてくれる」
マキと呼ばれた女子はミクを向かいのテーブルに座らせる。
「どの指をしてみたい?」
「う~ん、どうしようかな」
「邪魔にならないのは小指だけど私達は薬指にしてるわ」
「なら、アーヤさんと同じでよろしくお願いします」
ミクは小さな手をテーブルの上に乗せて指先を広げる。
すると、マキがミクの手をとって爪をいじりはじめた。
「カワイイ手ね。これならやりがいがあるわ」
「私の妹だから念入りにね」
「ちょっと、いつからミクがアーヤの妹になったのよ。ホラばかり吹かないで」
「マコは邪魔だからあっちへ行っていて」
「こうなったらとことん邪魔してあげるわ」
ネイルなんて揺れに弱いからテーブルを揺らし続ければいい。
そうすればミミズが這ったようなデザインにしかならないはずだ。
「あなた達、こいつを閉め出して」
「「はい、オーナー」」
「ちょっと離しなさいよ。私を誰だと思っているの」
そう私が叫んでもお店のスタッフは耳もかさない。
そして私を鷲掴みにして外に放り投げ捨てた。
「何すんのよ。私を誰だと思っているの。泣く子も黙るちょめ太郎さまよ」
私は体を起こして周りを見回すとべんじょ虫達が視線を逸らした。
ヤバいものを見た時のような反応振りだ。
「はいはい、そうですか。どうせ私は外野ですよ~」
私はひとりふて腐れながらお店へと戻って行く。
すると、すぐさまお店のスタッフが立ちはだかった。
「ちょっと通してよ」
「ダメです。オーナーから通すなと言われているんです」
「中には私の大切な妹がいるのよ。妹を返してよ」
「それでもダメです」
何を言ってもお店のスタッフは道を開けない。
アーヤの言うことは絶対なようでちゃんと言いつけを守っているようだ。
「ミク―!聴こえているんでしょ!早く出てきなさーい!」
私はお腹に力を入れて渾身の叫びでミクを呼び出した。
その頃、ミクは私の心配など気にせずマキにネイルをしてもらっていた。
「ネイルって繊細な作業なんですね」
「そうよ。手先の器用さが求められる仕事だから向き不向きはあるわね」
「マキさんは長いんですか」
「ネイルと出会ってから3年ね。私も最初の方はうまくできなかったのよ」
「嘘みたい」
「まあ、慣れもあるけどね。よし、できた」
「うわぁ~、すごくカワイイです」
「ミクちゃんにすごく似合っているわ」
ミクは指を折り曲げて完成したネイルの出来栄えに喜んでいる。
ネイルは指先から3センチぐらい長さでギャルのネイルの半分程度だ。
全体が薄紅色で赤いハートのラインストーンの周りに細かなラインストーンが星空のように散りばめてある。
それはまるでハートの流星が空を駆けているかのようなデザインだった。
「私もこんな風にできたらいいな」
「じゃあ、ネイルキットを買って行く?お安くしとくわよ」
「けど、おこづかいは銅貨3枚しか持ってないから」
「銅貨3枚か。ちょっと厳しいわね」
「マキ、ミクちゃんは私の大切な妹よ。まけておきなさいよ」
「オーナーがそう言うんなら仕方ないか。銅貨3枚で売ってあげるわ」
「本当ですか!感激です!」
アーヤのお声がかかって銅貨5枚するネイルキットをミクは手に入れた。
一番グレードの低いネイルキットだけれど本格的なネイルが楽しめる。
同封されていたのはピンク色のネイルが5つとラインストーン各種、それにのりとハケがついていた。
「それでいろいろネイルを試してみてね」
「ありがとうございます」
ミクは深々と頭を下げてお礼を言うとマキからネイルキットを受け取った。
「それじゃあ、ミクちゃん。次の売り場を案内してあげるわ」
「お願いします」
ミクはアーヤに連れられてウィッグコーナーへやって来た。
売場にはカラフルなデザインのウィッグがたくさん並んでいる。
ビビットカラーを基調とした虹色のウィッグは華やかさを感じる。
おまけにヘアースタイルも変化があるから見ているだけで楽しい。
「このウィッグをつけてみんな変身しているのよ」
「どれもカワイイです」
「試しにつけてみる?」
「はい、ぜひ」
アーヤはミクに似合いそうなウィッグをひとつ選ぶ。
そしてミクの頭に選んだウィッグをつけてあげた。
「ミクちゃんがもっとキュートになったわ。鏡で見てごらんなさい」
「うわぁ~、カワイイ。これ、本当に私ですか」
「元がいいからね。何をつけても似合うわ」
「何だか別人になったような気がします」
鏡に映った姿を見てミクは幸せそうな顔をして喜ぶ。
今までこんな風にお洒落をしたことがないから嬉しいのだろう。
まだ小さかった頃はママの化粧道具をいじっていたぐらいだ。
「せっかくだから、完璧に仕上げてげるわ。こっちに来て」
「は、はい」
アーヤはミクの手を引いてドレスコーナーまで連れて行く。
「このウィッグに合うようなデザインのドレスはっと」
アーヤはミクとドレスを交互に見ながら適当なドレスを見繕う。
「このあたりが手頃よね」
そう言ってアーヤは3つ選んだドレスを交互にミクの体に重ね合わせる。
そしてミクに選んだ3つのドレスを試着してもらった。
「着替え終わりました」
「どれ。いいわね。すごく似合ってる」
「私なんかがこんなカワイイドレスを着ていいんですか」
「あたり前じゃない。カワイイ子にはみんなカワイくなる権利があるのよ」
そんな風に言われたのははじめてなので、ミクは改めて自分がカワイイことを知る。
ただ、褒められて得意気になるほどミクは自惚れ屋ではない。
自分よりカワイイ子はたくさんいると自覚している。
その中のひとりが妹のルイだ。
ミクはアーヤが選んだドレスを一通り試着してこれと言うものを決めてもらった。
「やっぱり、白を基調としたドレスが似合っているわね」
「何だかお姫さまみたいです」
「みたいじゃなくてお姫さまよ。いや、天使と言っても過言でないわ」
「何だか恥ずかしいです」
「そうだ、せっかくだから記念写真を撮ろう」
「えーっ、写真ですか!」
ミクはすっかりアーヤに変身させられて写真まで撮ることになった。