第百五十二話 お芋の出荷
翌朝はいつもより早起きをした。
それはお芋を出荷しに行くためだ。
いつもはパパひとりで行っているが今日は私達もいっしょだ。
「ふわぁ~、眠い」
「ちょめ太郎は寝坊助だね。私なんかバッキバッキよ」
「私はちょめ虫だからね。ミク達よりも睡眠時間が必要なのよ」
「いつもたっぷり寝ているじゃない」
「この体は思いの外疲れるのよ」
「ふ~ん」
私が適当な理由をつけるとミクは興味のなさそうな返事をした。
「それより、朝ご飯はあるわよね」
「ないよ」
「えーっ!ご飯を食べずに市場に行くの?」
「向こうへ行ったら食べるんだって」
「そんなんじゃ働けない」
「市場にすごく美味しい料理屋さんがあるんだよ。ママの料理より美味しいってさ」
「いやーん、いやーん。私は今すぐ食べたいの」
「まったくワガママだね」
”腹が減っては戦はできぬ”と言うぐらいお腹は満たしておくべきなのだ。
それを美味しい料理が食べられるからって我慢しなくてはならないなんて。
そりゃママの料理より美味しい料理には興味あるけれど我慢ができない。
「ママに朝飯をお願いして来てね」
「わかったよ。だけど、ちょめ太郎の分だけだからね」
とりあえず朝飯を食いっぱぐれることはなくなった。
朝飯を食べない10代は多いけれどそれは間違いだ。
朝ちゃんとご飯を食べることで頭の回転がよくなるのだ。
朝飯を食べていない人は授業を受けてもすぐに忘れてしまうだろう。
ミクが戻って来てからダイニングへ行くとおにぎりが用意されていた。
「本当にいいの?」
「いーの、いーの。いただきま~す」
私はテレキネシスでおにぎりを持ち上げると口の中に放り込んだ。
「ウマウマ。さすがはママだわ。おにぎりも美味しい」
「そう言ってもらえると作ったかいがあるわ」
「あーあ、そんなにも食べて。せっかく市場で美味しい料理を食べられるのに」
「私は美味しい料理よりもママのおにぎりの方が好きなの」
「知らないよ、あとで後悔しても」
「いーの、いーの」
それから私の食事が終わるまでミクはお茶をしていた。
パパは出荷の準備があるから納屋でお仕事をしている。
パパぐらいのレベルになると朝飯を食べなくても大丈夫なようだ。
私はママが用意したおにぎりを全部ひとりで平らげた。
「ぷはーっ、食った食った。もう食べられない」
「ちょめ太郎、食べ過ぎだよ。そんなんじゃすぐに眠くなるから」
「いーの、どうせ道のりは長いんだから」
「なら、パパのところへ行くよ」
私はたわわに膨らんだお腹を抱えてミクの後について行った。
「パパ、ちょめ太郎を連れて来たよ」
「ちょうどよかった。こっちも準備が終わったところだ」
外に出ると馬車が3頭並んでいた。
荷車にはいっぱいのお芋が積んである。
「すごいお芋の量だね」
「今は収穫の時期だからな」
「これならたんまりと儲けられそうだね」
「ハハハ。そうだな。ミク達もいるからがっぽり稼がないとな」
私が図星をついたのでパパは開き直って素直に認めた。
パパが毎日働くのはみんな家族のためだ。
いずれミクは学校へ行かないといけないし、ルイの将来のこともある。
だから、今からコツコツ積み立てをしているのだ。
「それじゃあ、行って来る」
「気をつけて行ってらしてください」
「ママ、行ってきまーす」
「いってらっしゃい」
私達はそれぞれの馬車に乗って転移装置のある森へ向かった。
馬車の上は思いのほか心地よかった。
馬が歩く度に振動が伝わって来て私の眠りを誘う。
さっきおにぎりをたらふく食べたから眠いのだ。
「うぅ……眠い」
瞼が重くなって来て私の視界を奪おうとする。
それはいい感じで血糖値が下がって来たせいだろう。
ご飯を食べると血糖値が上がってしばらくすると下がって来る。
その時に強い睡魔に襲われるのだ。
食べてから寝ると牛になると言われるが私の場合は虫だ。
”う”と”む”の違いだけど親戚みたいなものだから同じだ。
「もう、ダメ……ZZZ」
私は睡魔に負けて深い眠りに落ちて行った。
夢の中で巨大なホットケーキを食べていた。
食べても食べても減らないから、すぐにお腹がいっぱいなる。
だけど、食べるのを止められないからお腹は風船のように膨れて行った。
「うぅ……もう食べられないよ」
夢の中で私が泣き言を呟いてもホットケーキを食べることは止められない。
私の意志とは裏腹に私の体はホットケーキを食べ続けるのだ。
おかげでお腹がパンパンに膨れてしまいはち切れそうになってしまう。
「お腹が裂ける~」
次の瞬間、私のお腹は破裂してホットケーキが辺りに飛び散った。
「はっ! ここはどこ」
「何を寝ぼけているのよ、ちょめ太郎。馬車に乗っているときに居眠りしていたから馬車から転げ落ちたんだよ」
「私のお腹は……ある。よかった」
「よかったじゃないよ。ちょめ太郎のせいで市場に行くのが遅れちゃったんだからね」
ミクには文句を言われたがとりあえずあれが夢だったことにほっと一安心をする。
ホットケーキは好きだけれどお腹が破裂するまでは食べたくはない。
きっとおにぎりをお腹いっぱい食べたせいで、あんな夢を見たのだろう。
「ミク、ちょめ太郎くん、行くぞ」
「はーい。ちょめ太郎、もう居眠りしちゃダメだからね」
「わかったよ」
私とミクが馬車に乗るとパパは出発した。
ミクから言われた通り馬車の上で居眠りしないようにした。
また変な夢を見たら嫌だからだ。
巨大なホットケーキはいいけどお腹が破裂するなんて。
やっぱり寝る前は大人しくしていた方がよさそうだ。
そんな風に私が睡魔と戦っている間に転移装置のところまでやって来た。
「ミク、ちょめ太郎くん、馬車を真ん中に移動するんだ」
「はーい」
「ラジャー」
私達はパパに言われた通り転移装置の中央に馬車を移動させる。
それを確認してからパパが転移装置に魔力を注いで行った。
眩い光が私達を包むと一瞬で王都の市場まで転移した。
「毎度のことだけど転移は慣れないわ」
「だけど、目が覚めたでしょ」
「まあね。あれだけの光を見たら嫌でも目が覚めるわ」
「今度からちょめ太郎を起こす時は転移した方がいいかもね」
そんな冗談を言いながらミクはクスクスと小さく笑っている。
起される度に転移をしていたらどこか知らないところまで行ってしまいそうだ。
まあでも、転移装置は知っている場所でないと転移できない仕組みになっているけど。
「そんなところでお喋りしていないで、馴染の仲買人のところまで行くぞ」
「そうだね。いつまでもここにいたら邪魔になっちゃうもんね」
「転移装置って便利そうだけど、意外とそうでもないのね」
好きな場所へ転移をできるとことはすごくいい。
ただ、同じ場所にみんな転移して来る場合は不便だ。
もし、のんびりしていたら転移して来た人とぶつかってしまうのだ。
「その辺を解消してくれたら、すごく便利なんだけどな~」
いっそうのこと信号をつけたらいいかもしれない。
転移先に人がいるときは赤でいないときは青だ。
それならば誰にでもわかりやすいから事故はないだろう。
そんなことをひとりで考えている間にパパ馴染の仲買人のところに着いた。
仲買人が働いている場所だけあって買いとったものが山積みになっている。
小麦粉の袋や穀物、野菜類。
中には冷凍されている魚介類まであった。
「今日も随分と買い込んだな」
「これが商売だからな」
「なら、このお芋もいい値で買い取ってくれよな」
「お前さんところのお芋なら安心だ」
そう言いながら馴染の仲買人は馬車の荷台に積んであったお芋を手に取る。
そして艶や形を確認しながらポキッと半分に折った。
「つゆがじんわりと染み出てるな。これは新鮮な証拠だ」
「昨日、収穫したばかりだから新鮮だ」
「ポリポリポリ。甘みも最高だ。これなら焼き芋にしたらうまいだろうな」
「焼き芋ってな。何人の客を相手にするつもりなんだよ」
パパの馴染の仲買人は生のお芋を食べながらあり得ないことを言う。
それが冗談なのかマジなのかわからないけれどパパのお芋は合格だ。
「で、いくらで買いとってくれるんだ」
「そうだな。馬車3頭分のお芋だからな……」
「ちゃんと勉強してくれよ」
「よし、金貨30枚でどうだ。馬車1頭につき金貨10枚払う」
「もうちょっとどうにかならないか。うちには病気の娘もいるんだ」
「仕方ないな。これはおまけだからな。馬車1頭につき金貨12枚払うよ」
「全部で金貨36枚か……まあいいだろう」
「なら、この書類にサインをしてくれ。金は銀行に振り込んでおく」
パパの馴染の仲買人がそう言うとパパは書類にサインをした。
これで商談は成立する。
普通なら現金で受け取るものなのだけど取引相手が多いから振込にしている。
まあ、その方が安全だからパパも歓迎しているのだ。
「パパ、すごい儲かったね」
「まあでも、半分は必要経費で飛ぶけどな」
「来年の分のお芋の苗も買って植えなくちゃいけないもんね」
「その時は、また手伝ってくれよ」
パパが約束をミクに取り付けたが私は返事をしなかった。
うかつにここで約束しようものならば畑に借り出されるからだ。
農作業ほど大変なことはない。
畑を耕して、畝を作って、苗を植えて。
小まめに草取りをして畑を維持しないといけない。
でないと雑草に栄養をとられちゃうからだ。
そして秋になればお芋掘り作業だ。
1年のうち休んでいるのは冬だけだ。
「それじゃあ、帰るか」
「ねぇ、パパ。ちょめ太郎と王都で遊んで来てもいい?」
「二人だけで王都へ行くのか。心配だな」
「大丈夫だよ。ちょめ太郎の面倒は私がちゃんとみるから」
そうじゃないとツッコミをいれそうになってしまう。
面倒をみるのは私の方でミクじゃないからだ。
パパも心配しているのはミクの方だろう。
「王都で何をするんだ?」
「王都をブラつくだけだよ」
「変なお店に行ったりしないよな」
「パパ、心配し過ぎ。王都は警備兵がいるから大丈夫だよ」
「でもな、ミクはまだ10歳なんだぞ」
「もう10歳よ」
平気だと言うミクと心配するパパとの小競り合いが続く。
まあ、パパにとってミクは目に入れても痛くないぐらいカワイイ娘だ。
だから、心配で心配で仕方ないのだろう。
私も娘の立場だったからよくわかるのだ。
ただ、私の両親はミクのパパほど心配はしなかったが。
すると、パパは私のところへやって来て小声で耳打ちをした。
「ちょめ太郎くん、ミクのことを任せたぞ。変な輩が近づいて来たら逃げるんだぞ」
「わかってるって。ミクのことは私に任せなさい」
「けど、心配だな……」
「もう、父親はどーんと構えているものよ。そんなにせこせこしていたらミクが可哀想だわ」
「だけどな……」
「もう、キリがないから私達は行くわ」
まだ悩んでいるパパをほっておいて私はミクと二人で王都へ向かった。
「パパ、何か言っていた?」
「ミクがカワイくて仕方ないって」
「何それ」
「それがパパの気持ちよ」
後を振返るとパパが心配そうな眼差しでミクの背中を見つめている。
今にも追い駆けて来そうだから私達は速足で市場から離れて行った。
「どこもキラキラしているね」
「そう。普通だと思うけど」
「私はたまにしか王都へ来ないから」
「なら、思う存分、楽しむといいよ」
今のミクは田舎から原宿へ出て来た人と同じなのだろう。
目に映るもの全てが輝いて見えて衝撃を受けているのだ。
まあ、ミクの家は自然に囲まれているからそう思うのだ。
私はそれなりに王都に滞在していたから慣れてしまった。
私達は大通りを抜けて繁華街へやって来る。
「ここから雰囲気が違うね」
「まあね。繁華街だから」
「あっ、あの人、カワイイ」
「どれ?」
「あそこに歩いてる人だよ」
「そう。ただのお洒落女子じゃん」
「私もあんな洋服着てみたいな」
「ダメよ。ミクは素朴なのが魅力なんだから」
あまり見慣れていないからよく見えるだけだ。
あたり前になってしまえばカワイくは見えないだろう。
繁華街を奥へ奥へと進むと人だかりができている場所があった。
「あれなんだろう?」
「バーゲンセールでもやってるんじゃない」
「行ってみよう」
「ちょっと」
人だかりに興味を持ったミクは私をおいてひとり駆け出して行く。
その後を追い駆けながら私も人だかりができている場所まで来た。
「あのう、ここで何をやっているんですか?」
「”ROSE”がお店に来ているのよ。サインもらわなくっちゃ」
「”ROSE”ってあの”ROSE”?」
「そうよ。おしのびで来たんだって。ちょっと私にも見せてよ」
ミクがギャルファッションをしている女子に声をかけるとそう答えた。
よく見ると人だかりの人達はみんなギャルの格好をしている。
黒いフリフリのドレスに差し色のピンクが生えるゴシックスタイル。
”ROSE”がライブで着ていたのを真似しているらしい。
「いいな~。私も会いたい」
「バカなことを言わないで!あいつらはドブネズミ以下のべんじょ虫なのよ。そんな奴らに憧れちゃダメ」
「だって、カワイイじゃん」
「どこがカワイイのよ。あんなのはクズが着る服よ」
ミクはあいつらが見たことのない洋服を着ているから惹かれているだけだ。
見慣れてしまえばとてもじゃないが”カワイイ”となんて言わない。
あいつらは社会のゴミだから憧れてはダメなのだ。
「もう、行よ」
「ちょっと覗いて行こうよ」
「ダメよ。こんなところにいたら心が汚れるわ」
「いいじゃん、いいじゃん。ちょっとだけ」
「”か○ちゃん”の真似をしたってダメだから」
「”か○ちゃん”って何?」
「こっちの話よ」
私は”ちょっとだけ”と聞いて”か○ちゃん”を思い出してしまう。
かつては一世風靡をしたギャグだから記憶の中に残っている。
さんざん”UTube”で”ドリブ”を観ていたから知っているのだ。
私とミクがお店の前ですったもんだしているとギャル達が道を開ける。
「キャー!カワイイ!」
「キャー!キャー!握手してください!」
とびきりギャル達が黄色い声援をあげていると中から”ROSE”が出て来た。
「キャー!こっち見てー!」
「キャー!いっしょに写真を撮ってください!」
「何よ、あんなにはしゃいじゃって。あんなのただのゴミじゃない」
「うわぁ~、カッコカワイイ」
すっかりミクは目を輝かせながら”ROSE”に夢中になっている。
はじめてイルカの赤ちゃんを見た時のような感激振りだ。
「あんなやつらにカワイイだなんて言っちゃダメ」
「だって、本当にカッコカワイイんだもん」
「ミクはあいつらに騙されているだけなのよ」
「他のみんなだって黄色い声援をあげているじゃん」
「あいつらは信者だからよ」
「なら、私も信者になる」
「ダメ―!そんなのダメだから!」
純粋で純朴な清らかな心を持ったミクを”ROSE”の信者にしてはならない。
あいつらは自分よりカワイイ子を認めないからミクは生け贄にされるだろう。
そして気がついた時にはすっかりギャルに染まっていて抜け出せなくなっているのだ。
「ちょめ太郎ってママみたいだね」
「今はそうよ。ミクを悪の道に行かせてはいけないのよ」
私は心を鬼にしてミクを叱りつける。
これはすべてミクを救うためなのだ。
そんな話をしているとナコルがミクを目に止めた。
「ミク」
「あっ、ナコル姉ちゃん」
「久しぶりだな」
「えっ?」
「あっ、こんな話し方じゃわからないか」
驚きの顔を浮かべているミクを見てナコルは口調を変える。
「ゴホゴホ。ミク、元気にしていましたか」
「うん、元気にしていたよ。ルイも元気」
「それはよかったですわ」
「ナコル姉ちゃんは?」
「私は”ROSE”でアイドル活動をしていますわ」
「すごい。本当にアイドルになったんだね」
以前のナコルに戻ったのでミクは普通に話しはじめる。
私から言わせたらすごく違和感を感じるけれどミクは普通だ。
まあ、本当のナコルを知らないからそうしていられるのだ。
「今度、弾丸ライブをしますの。よかったら観に来てください」
「行く行く」
「これがチケットですわ。必ず来てくださいね」
「約束する」
そうナコルと約束をしてミクはチケットを受け取る。
そして大切そうにポケットにしまうとナコルと別れた。
「ミク。今の出しなさい」
「何で?」
「いいから出すの!」
私はミクに怒りをぶつけるように声を荒げていた。