第百四十九話 最終仕上げ
音楽室へやって来るとすぐにリリナはピアノに向かう。
私達は邪魔にならないように距離をおいて静かに座った。
「作曲作業を見れるなんて、はじめてだね」
「作詞と同じで集中力がものをいいますわ」
私はセレーネと小さな声でお喋りをする。
なるべくリリナの邪魔にならないように配慮した。
しばらくするとピアノの音が聴こえて来る。
ピロピロと軽快なメロディーが聴こえたり、しっとりとしたメロディーが聴こえたりする。
恐らくリリナの中でどのメロディーが合うのか探っているのだろう。
「ねぇ、セレーネ。新曲は何をイメージして書いたの」
「ルイミンさんとリリナさんの関係を想い描きました」
「なら、私達が主人公なの」
「そうとも言えますわ」
「でへへへ。何だか照れるな~」
私はだらしのない顔をしながらわかりやすく照れる。
自分が主人公の物語りだなんて感情移入しやすい。
私とリリナちゃんの関係だからファンとアイドルの関係を歌詞にしたのだ。
一番身近なモデルだからセレーネもスラスラと書けたようだ。
「ですが、歌詞を読んだだけでははっきりとはわかりませんわ」
「確かに。オブラートで包んでいると言うか曖昧さを残しているね」
「はっきりと書くと直線的な強い印象を与えてしまうのでやめたのですわ」
「そこがセレーネの感性なんだね」
私が作詞をしたらはっきりと書いてしまっていただろう。
その方がわかりやすくなるけれど強い印象を持たせてしまう。
演説の台詞ではないからあまり強すぎても困る。
おまけに受け止める方もかまえてしまうはずだ。
「あまり生生しく書くより神秘的な表現にした方が受け入れやすくなるのですわ」
「そうだね。歌詞を読んでも透明感のようなものを感じるよ」
「そう言ってもらえると私も嬉しいです」
「セレーネ、作詞は本当にはじめてなの」
「本格的な作詞ははじめてですけれど、趣味で詩を書いていますわ」
「だからなんだね。私には真似できないよ」
セクシーなコスプレイヤーで趣味は詩だなんて仕上がったプロフィールだ。
どこかでとってつけたようなプロフィールだが本当なんだから仕方がない。
庶民派の私にはちょっと近づきがたさを感じてしまう。
「ルイミンさんにはルイミンさんの良さがありますわ」
「例えば?」
「そうですね。元気なところとか、一途なところとか」
「うんうん」
「いじめられてもいじめに負けない芯の強さもありますわ」
「やっぱり~。そうだよね、自分でもそう思っていたんだ」
見ている人はちゃんと見ていてくれる。
私がナコルにいじめられても引きこもらなかったのは芯が強いからだ。
普通ならあんなに酷いいじめにあったら逃げてしまうだろう。
だけど、私は逃げずに立ち上がった。
おかげでこうしてアイドルをしていられるのだ。
ナコルは許せないけれど復讐をしようとは思わない。
そんなことをしたら自分の心が汚れてしまうのだ。
醜いナコルと同じになるなんて最悪なことだ。
だから、私は”ファニ☆プラ”としてナコルの所属している”ROSE”をぶっ潰すのだ。
「ルイミンさんはみなさんの鏡です」
「えへっ、そんなに~。照れるな」
「ルイミンさんのような人がいれば、他のいじめられっ子も強くなれますわ」
「まさにアイドルって感じだな」
「ルイミンさんはなるべくしてアイドルになったんです。もっと自信を持ってください」
「セレーネって褒め上手だね」
こんなに自分のことを認められたことが今までにあっただろうか。
実の両親でさえ私のことを褒めたことなんて数えるほどだ。
とりわけ勉強ができるわけでもないし、スポーツが万能なわけでもない。
それなのに私のいいところを褒めてくれるなんてセレーネはさすがだ。
そんなお喋りをしている間にリリナの作曲作業は進んでいた。
しっとりとしたメロディーラインが細切れで聴こえて来る。
それはリリナの頭の中でイメージが固まっている証拠だ。
あとはバラバラのメロディーラインを組み上げるだけだ。
「リリナちゃん、どう?」
「あともう少しで完成します」
「アーヤさんのアドバイスが生きているようですわね」
「はい。作詞作業と同じようにすればいいってわかりました」
背を向けているリリナだったが聴こえて来る声のトーンは明るい。
それはすっかり迷いがなくなっているからだろう。
あとは時間の問題だ。
「アーヤって本当にすごいんだね」
「人間ができていますし、優しい人ですわ」
「ちょめ助にも見習ってもらいたいよね」
私の知っているちょめ助はせこくてワガママな性格だ。
おまけに女子のぱんつを盗る変態要素も持っている。
お金にがめつくて、威張っていて、いいところがひとつもない。
それなのにアーヤを目の敵にしているなんて間違っている。
きっとアーヤができた人だから焼きもちを焼いているのだろう。
「ですが、ちょめ助くんにもいいところがありますわ」
「どんなところ?」
「う~ん……」
「やっぱりないんだね」
ちょめ助の親友をしている私がわからないのだからセレーネにわかるはずない。
ちょめ助にはどこにもいいところなんてないのだ。
そんなことを考えているとリリナの作曲作業が終わった。
「できました」
「本当?」
「もう、完璧です」
「聴かせてもらってもいいかしら?」
「では、歌い出しから弾きます。聴いていてください」
そう言うとリリナはピアノの鍵盤を弾きはじめる。
思っていた通りしっとりとしたメロディーが聴こえて来た。
AメロからBメロに移る時には転調してメロディーが変わる。
しっとりさは変わらないけれど少しだけリズミカルになった感じだ。
「いい感じの曲だね」
「私の想い描いていたイメージとマッチしておりますわ」
セレーネは心地よいのか目を閉じながら口元を緩ませる。
恐らく頭の中で歌詞のイメージと曲のイメージが重なり合っているのだろう。
セレーネもすごいけれどリリナちゃんもすごい。
お互いに同じようなイメージを描いているのだから。
そしてBメロが終わるとさらに転調してサビに入る。
「すごく心に響く曲だね」
「私が一番伝えたかったことがより強調してくれるようです」
そしてサビが終わるとリリナは鍵盤を弾くのを止めた。
「いかがでしたか?」
「いいよ。すごくいい」
「不思議なものですね。私が言葉で表現したことがリリナさんは音として表現しているのですから」
「それはセレーネちゃんの歌詞がよかったからですよ。一目見ただけでイメージが沸きましたから」
「二人ともすごい。これじゃあ負けちゃうな」
リリナがセレーネの想い描いたイメージがわかったのは今までいっしょにいたからだろう。
セレーネがどんなことを考えて、どんなことをするのか一番近くで見て来た。
だから、セレーネの考え方や行動もわかってしまうのだ。
悔しいけれど二人のことは認めざるを得ない。
「歌い出しからはじめたと言うことはイントロや間奏がまだってことですわよね」
「はい。イントロも間奏もアレンジなので曲が完成してから考えようと思っていました」
「間奏はともかくとしてイントロはちゃんと考えないといけませんわ」
「ですね。イントロのデキ具合でヒットするのか決まってしまいますから」
「そんなにもイントロって大事なの?」
「はい。すごく大事です」
私は音楽に疎いからイントロのよさをあまり把握していない。
ただ、リリナが言うにはイントロ次第で聴いてもらえるかもらえないか分かれるらしい。
それはお弁当を開いた時の見栄えのよさに似たものなのだろう。
見栄えが悪いお弁当は食べる気をなくすし、食欲が沸かない。
それとは違って見栄えがいいと食欲を刺激されておかわりも欲しがるのだ。
「セレーネちゃん、イントロ作成を手伝ってもらえませんか?」
「私にできることは少ないですわよ」
「それでもいいです。セレーネちゃんが言葉にしてくれたらイメージが沸きますから」
「わかりましたわ。いっしょにイントロを作成しましょう」
セレーネの承諾を得ると、リリナは嬉しそうな顔を浮かべる。
これでひとりであくせくしなくてもすんだから嬉しいのだろう。
だけど――。
「リリナちゃん、私は?」
「あっ、そうでした。ルイミンちゃんも手伝ってくれますか?」
「今、完全に私のことを忘れていたでしょう」
「そ、そんなことありません」
「いいよ、いいよ。どうせ私は音感とかないから」
「そんなに自分を蔑まないでください」
そう言われると余計に虚しくなって来る。
確かに私は音感とかないけどリリナに指摘されるまでもない。
自分で自覚しているから余計に傷ついたのだ。
私は頬を膨らませてひとりいじけてみせた。
「私はあっちで振り付けを考えるよ」
「ルイミンちゃん」
「リリナさん、今はひとりにさせてあげましょう」
「でも……」
と言うことで大人なセレーネは私を甘やかすことはしなかった。
私がいじけていることがわかったからひとりにさせたのだ。
私の方としてはリリナに引き止めてもらいたかったのだけど。
私は物欲しそうな目でリリナとセレーネを見ながらひとり離れた場所に行った。
「もう、リリナちゃんったらわかってないんだから」
私は唇を尖らせて不満たっぷりの顔をする。
本当だったら私を引き止めるべきだ。
それは私とリリナが友情を越えた関係だからだ。
かと言ってエッチな関係とは違う。
純粋にアイドルとファンの関係なのだ。
「セレーネを前にするとリリナちゃんて弱くなるよね」
それはそれだけセレーネが精神的に大人だからだろう。
”ファニ☆プラ”の中ではお姉さん的立場にいる。
だから、セレーネの意見が通りやすいのだ。
「あ~ぁ、私もリリナちゃんとキャピキャピしたかったな」
ピアノの方からはキャピキャピとした楽しそうな会話が聴こえて来る。
私ひとりをのけものにしていい気なものだ。
「こうなったら、あっと言われるような振り付けを考えてあげるわ」
リリナを見返すためにはそれしか方法がない。
リリナもセレーネも頑張ったから私も頑張る。
そして振り付けを完成したあかつきにはリリナから褒めてもらうのだ。
「グフフフ。楽しみ~」
そんなバカなことを考えている私とは裏腹にリリナ達はイントロづくりをはじめていた。
「まずは決めポーズからはじまるようにしよう」
いきなり踊り出すと変だからまずはポーズをとることから。
私は思いつくポーズを端からやってみた。
「う~ん、違うな。これじゃないんだよね」
楽曲はしっとりとした曲だからさりげないポーズの方が入りやすい。
両手を斜めにあげて変身ポーズとか背中を丸めたロックバンドポーズはいらない。
片手をあげてしなやかに傾けたポーズがよく似合う。
「だけど、これだとバランスが悪いんだよな」
片手は動きがあるのに手以外は全く動きを感じないからだ。
それでは仏像のようなポーズに見えてしまう。
「片手を動かしたんだからもう片方も動かして体をくねらせた方がいいな」
このポーズにすれば動きが感じられるし、仏像には見えないだろう。
ただ、3人とも同じポーズにするのかが問題だ。
シンクロを意識すれば同じポーズの方がいい。
しかし、それだとバリエーションがないから薄さも感じてしまう。
「はじめのポーズだけバラバラにして振り付けはいっしょにしよう」
その方が観た人も好奇心が掻き立てられるだろう。
画的にも見栄えがよくなるから好印象を持たれる。
あとはその後のダンスをシンクロさせれば完璧だ。
私はリリナやセレーネになったつもりではじめのポーズを決めた。
「とりあえず、はじめのポーズはこれで決まりね」
ひと仕事を終えて休んでいると神秘的なメロディーが聴こえて来た。
リリナとセレーネがイントロの骨組みを完成させていたのだ。
さすがは2人で協力しているだけのことはある。
僅か20分程度でイントロを作りあげてしまった。
「やっぱ2人だと違うな」
私なんかまだはじめのポーズを決めただけだ。
だけど今さら文句は言っていられないからやるだけだ。
しっとりとした曲だから激しいステップのダンスはいらない。
ステージで舞い踊るような振り付けを考えればいいだけだ。
ただ、曲に合わせて適当にダンスをしていてもだめだ。
歌詞の世界観を表現するような振り付けでなければならない。
そこで私はもう一度セレーネが書いた歌詞を読み返した。
「セレーネはアイドルとファンの気持ちを色で例えているからその色をイメージするような振り付けでないとダメね」
けど、色を振り付けで表現するだなんて自分で言っていても難易度が高い。
赤やオレンジならば強いイメージがあるから激しい振り付けが合うだろう。
対照的に水色やブルーなんかは落ち着いた感じの振り付けがいいかもしれない。
「セレーネが想い描いたのは”藍”だから落ち着いている方が合うな」
静に舞い踊る蝶のようなイメージで振り付けを考えればいいはずだ。
私は蝶が静かに舞うような動きを振り付けにしてみた。
「う~ん、何か違うな。蝶じゃないんだよな」
実際にやってみてイメージと違うことに気がつく。
蝶は太陽の下でヒラヒラと舞うから、色で言えばオレンジや黄色だ。
だから、セレーネが想い描いた”藍”とはかけ離れている。
”藍”の色のイメージは深くて、落ち着いていて、神秘的な感じだ。
「精霊の方が合うかもしれないな」
私は夜空で舞い踊る妖精をイメージして振り付けにしてみた。
「いい感じ。全体的なイメージはこれでいいわ。あとは部分的に振り付けを考えるだけね」
イメージが固まったことで振り付けを考えやすくなった。
おかげで振り付けを考える作業ははかどって1時間で完成させた。
「こっちは終わったよ。そっちは」
「こっちも終わりました」
「まずは最後まで通して曲を聴きましょう」
と言うことでリリナ達が作ったイントロを含めて楽曲を最後まで聴くことになった。
「それでははじめます」
そう言ってリリナは鍵盤をピコピコと叩きはじめる。
すると、出来立てホヤホヤのイントロが聴こえて来た。
「いかがでしょうか」
「いい感じ。さすがはリリナちゃんね」
「私も手伝いましたわよ」
「わかってるって」
私が言及しなかったのでセレーネはすぐさま修正を入れて来る。
こう言う細かいところもちゃっかりしているのがセレーネだ。
イントロは鍵盤を細かく叩いているのでリズミカルな感じになっている。
おまけに音程の高い鍵盤を叩いているから妖精が飛び跳ねているかのようだ。
きっとリリナとセレーネのイメージがそうだったのだろう。
そしてイントロが終わるとAメロへと移って行く。
ここからはさっき聴いた通りだ。
「ルイミンちゃん、感想を聞かせてください」
「とってもよかった。妖精の姿が想い浮かんだよ」
「そうですか。バッチリですね、セレーネちゃん」
「私達の想い描いたイメージがちゃんと伝わりましたわ」
私の回答を聴いてリリナもセレーネも満足気な顔を浮かべる。
やっぱり私が思っていた通り妖精をイメージしていたようだ。
「じゃあ、次はルイミンちゃんの番ね」
「うん、頑張るよ」
「それではリリナさん、伴奏をお願いします」
私はピアノの横に立ち呼吸を整えてからはじめのポーズをとる。
そして2,3秒間を空けてからリリナがイントロを弾きはじめた。
そのタイミングで私も考えた振り付けを踊ってみせる。
イントロのリズムに合うように手足を動かして舞い踊る。
「なかなかいい感じですわ」
離れたところで見ていたセレーネも口元を緩ませている。
私の実力を目の当たりにして少し驚いているようだ。
ピアノを弾いていたリリナも楽しくなったのか鍵盤を滑らかに叩きはじめた。
「私達が想い描いていたイメージと重なって見えますわ」
私はリリナが奏でるメロディーに合わせながら踊ってみせる。
そうしている自分でも不思議なぐらいメロディーに乗れている感じがした。
それはまるで妖精になったかのような錯覚を覚えるくらいだ。
そして最後まで踊り切るとセレーネが拍手で迎えてくれた。
「最高でしたわ、ルイミンさん。イメージ通りです」
「ルイミンちゃんがこんなにもできるなんてはじめて知りました」
「そんなにも褒めないでよ。恥かしいじゃん」
リリナとセレーネに認められて心から幸せを感じる。
これまでは出番がなかったら冷や水を飲んでいた。
だけど、振り付けで実力を見せたことで私の認識も変わるだろう。
おまけの私から主役の私になるのだ。
「あとは振り付けを覚えてから合わせるだけですね」
「振り付けは私が手取足取り教えてあげるよ」
「なら、歌の方は私が丁寧に教えてあげますね」
「うん、お願い」
リリナに直々に教えてもらうなんて、こんな幸せなことはない。
おまけに私がリリナに振付を教えられるのだからなおのこと嬉しい。
これもそれも私が”ファニ☆プラ”でいるからだ。
「それでは私が歌詞の意味を説明してあげますわ」
「そうですね。歌詞の意味を知っていた方がうまく歌えますしね」
「なら、みんなで教えっ子しながら完成させよう」
私達は右手を上げながら”オー”と叫んで意志を統一する。
それから時間が許すまで新曲の練習をしたのだった。